そしてお皿から誰もいなくなった
白だしとごま油で和えた、にんじんしりしり。
たまご焼き器でふわふわに巻かれた、ましかくなタコ焼き。
何層にも重ね合わせた、噛みしめる度にうま味が奏でるミルフィーユかつ。
さっぱりとした大葉を練り込んだ、肉汁たっぷりの羽根つき餃子。
ワニの口が大きく開いて美味しさを溢れさせながら、次々とむしゃむしゃ箸を進める。
凶暴の象徴である鋭い瞳孔を閉じて、冷めた身体をほかほかとした料理であたためていく。
幸せを噛みしめるように赤味噌クリームスープを堪能すると、武骨な指先であわせて命の尊重を口にした。
「オレ、こんなうめぇ餌、初めて食った」
「餌じゃなくて料理です。それにオヤジさんのところでお世話になっているはずでしょう」
「オヤジが入院してっから。オレのことがきにくわない若頭が“可愛がって”くれてんだ。ドッグフードの方がうまい餌をくれるよ」
口端についた揚げ物の破片を取り除いてあげれば、滲んだ梅の花が現れた。ワニが大人しくしているからといって、口に傷をつけるなんて若頭は命知らずのようだ。
「君はまだまだ育ちざかりなのに。よく我慢していますね」
「きさめさんがえ……りょうり、食わせてくれっから。それだけでじゅーぶん」
膨れた腹を満足気にさすっているのを尻目に、空いた食器を片付けるとワニが膝に顎を乗せて甘えてきた。
「きょうもオレ、残さずたべてえらい?」
「偉いですよ。ちゃんと残さず食べられて」
「でもきさめさん、オレのためにこんなすげー料理なんか作らなくても」
「私が好きでやっているだけだから。それに食材も鮮度があるうちに使わないと」
一度も踏み入れさせたことのないキッチンに視線を向ける。
ワニの尻を叩いた若い衆の男。
タコ頭だと馬鹿にした老人。
体型を鶏ガラと馬鹿にした、丸々と太った豚野郎。
にんにく臭いと蹴り飛ばした半グレ。
それなら代わりに美味しい姿になってもらわなきゃ。
一人残らず皿の上でワニの栄養になって償ってもらわなきゃ。