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奈落の勇者  作者: キムハン
第1章
8/11

第5話 エリナという女

 

 ザザーンという音が微かに聞こえた。・・・これがさざなみというのだろうか、心なしか少し揺れている気がする。

 そして、あの時の嫌な臭いがする。イソノ香りだったけ・・・

 

『・・・全く、いつまで眠ってんのよ。この男は。』


  ・・・ん?何か聞き慣れない声がするな。女の声だ。ベル・・・は違うな。話さないし、あいつ。


『アレン、起きたのかい?』


今度は聞き慣れた声がした。

 その声を聞いて俺はようやく目が覚めた。


『なっ!』


 意識がはっきりとして、体を飛び起こした。


 身動きを取ろうとすると案の定手錠のような物で、手は拘束されていた。


 チッまたかよ。全く魔力が練れない。しかし、いつもならもう少し慌てて居ただろうが、初めてのことじゃない。


 以前にも同じことがあったから少し冷静になれた。


 そしてようやく何があったか、思い出してきた。俺はマナナン・マクリルの港でジャックの船に乗ろうとしたんだ。

 そしたら全然知らない奴がいて・・・


『あんた、一番最後ね。寝過ぎよ。』


あ?こいつ誰だ。いや、今はそんなことどうでもいい。ここは一体なんなんだ?


 俺は辺りを見渡した。


 すると、俺の目の前には鉄格子があった。よく考えなくてもわかる。間違いなく牢屋の中にいる。

 そして俺の鉄格子の先にはオーシルがいた。彼もどうやら牢屋に入れられているらしい。

 見たところ彼にも俺と同じ手錠がはめられている。


 いや、待て、ベルは?


 『ちょっと、無視すんじゃないわよ!』


 そして、俺の隣。鉄格子の先にもう一つ鉄格子で出来た牢屋がある。そこには金髪の髪の長い、全く知らない女がいた。まじで誰だ?


それにさっきから口悪すぎだろ。初対面でよくそんな暴言が吐けるもんだ。というか今はそれどころじゃない。


『あ?知らねーよ。お前誰だよ。』


『人に名乗らせる前に、まずは自分から名乗りなさい!』


なんなんだこいつはさっきから。俺の嫌いなタイプの女だ。


『・・・アレンだ。』

『《エリナ》よ。』


 エリナという女はキッとした目でこちらを見てくる。俺はそんな彼女を無視して、オーシルに話しかけた。


『おい、ここはどこなんだ。あと、ベルは・・・?』


 オーシルは至って冷静だった。彼はどうやら俺より先に目覚めていたらしい。

 

『どうやら船の中みたいだね。そしてその牢屋の中。詳しいことは僕にも分かんないや。それにベルも僕が起きた時にはもういなかったんだ・・・』


彼は申し訳なさそうな顔で話していた。


『ジャックの船なのか?』


 そうだ、俺たちは確かにジャックが言っていた9番の船の前にいた。やるとしたらジャックしかいない。海賊だが、そんな奴とは思えなかったが・・・


『いや、さっき僕たちの様子を見に来た人は海賊って感じではなかったかな。』


 オーシルは首を振った。


『でも僕たちもさっき起きたばっかりなんだ。そこのエリナって人なら何か知ってるかも・・・』


 チラッと少し怯えた表情でオーシルはエリナの方を見た。


「フンッあなた達に話すことなんて無いわ。」


 エリナはそう言って、俺たちを無視してきた。


 場は静まり返っていた。主にエリナのせいだが、場所が場所なだけで仕方ない事だとは思う。でももう少し協力してくれてもいいんじゃないだろうか。同じ捕まった者同士なんだから。


 こういうコミュニケーションの場はオーシルに任せよう。彼の当たり障りのない態度や笑顔はこれまで様々ないざこざで役に立ってきた。どうも俺が話すと喧嘩になってしまいそうで良くない。


 しかし、オーシルの方を見ると、彼のお得意の笑顔は引き攣りまくっていた。一向に彼が話始める気配がない。なんだよ、俺が気絶している間に何かあったのか?仕方ないので俺から話しかけてみる。こいつの態度は気に入らないが、今は情報が少ない。この船が何者の船なのか、ベルの居場所、など気になることが沢山ある。


 「なあ、同じ場所に捕まってる者同士のよしみだ。何か知っていることを教えてくれないか?」


 俺がなるべく当たり障りのない口調でエリナに尋ねてみた。しかし彼女は何も言わず、目を瞑りながら無視し続けている。俺はその態度にイライラしてきたが、怒っても仕方がないので、我慢して語りかけてみる。


「さっきは態度悪くてすまなかった。この通りだ。」


 俺はとりあえず頭を下げてみた。すると、彼女は目を開け、鋭い目つきの目だけをこちらに向けてきた。


「あんた、気に入らないわ。まったく誠意を感じない。とりあえず頭下げて、謝っとけば済むと思ってるんでしょ。いままでそうやって生きてきたのがまる分かりね。」


 彼女はそう言い放ってきた。


 俺はさっきまで我慢していた怒りが爆発した。


「あ?もともとはお前が!・・・」

 

 一言何か言ってやろうと思った矢先、コツコツと複数の足音が階段を下りてきている音が聞こえた。3人とも階段の方を凝視していた。


 しばらくすると騎士の格好をした女とフードを被った人間がいた。階段を降りきり、俺たちの牢屋の前までコツコツと歩いてきた。俺の鉄格子の前で騎士の格好をした赤い髪の女が口を開いた。


「どうやら、全員目が覚めた様子ですね。・・・あなたが首切りのアレンで間違いないですね。」


 俺は何も答えなかった。すると女は後ろを振り向きオーシルを見た。


「そしてあなたが()()の弟子ですね。彼女はお元気ですか?」


「・・・さあ、どうでしょうね。なにせ5年は会ってませんから。」


 女が邪魔でオーシルの表情が分からない。というか黒狼?初めて聞いたぞ。なんのことだろう。


 心なしかエリナがぴくりと反応したように見えた。


「大物揃いですね・・・まあなんにせよ、あなたたちの身柄は()()()()()()()()の名のもとに拘束させていただいています。国までまだ時間がかかりますが、あまり抵抗はしないように。」


 ステンラトアってその名の通りステンラトア大陸の王国だっけか、確か世界の西に位置する大陸だったな。そんな遠くの国がわざわざ反対のマー大陸まで何しに来たんだ。


 そこで俺はベルの事を思い出した。


「おい、ベルをどうしたんだ。」


「ベル?もしや()()の事ですか?」


 俺がそう聞くと、女は怪訝な顔をした。魔人?なんの事だ。


 そしてさっきまで黙っていたフードを被った奴が女を退けて俺の牢屋の前に来た。彼は俺の鉄格子を勢いよく片手で掴んできた。


「・・・お前。あれが何か分かってんのか?名前なんて付けて手なずけるつもりなのか?リルの街からここまで来たんだろ。なら、あれがただの人間じゃないって分かるような事があったはずだ。」


 覇気のある声で男は俺に問い詰めてきた。


 俺はベルがただの人間じゃないことはもうとっくに知っている。炎が使える事、あの年ごろとは思えないくらい何十キロも歩ける異常な体力があること。聖教会の言っていた話では、魔物と共に行動していた事。



すると、赤髪の女がまた口を開いた。


「あの子供に関しては、機密事項です。なので、無関係のあなた達に話すわけにはいきません。抵抗せず、大人しくあの子を引き渡してください。これはステンラトア国王直々の命令です。」


 俺は全く会話についていけなかった。それもそうだ。いきなり機密事項がどうだの、言われてもピンとくるはずがない。俺は何も言えなかった。


「これは忠告です。邪魔をすれば、()()()()の我が国を相手に世界中を逃げ回る事になりますよ。」


 女がそう言い残すと、彼女たちは階段へ向かった。すると、俺の横のエリナの牢屋の前で女は足を止めた。


「・・・あなたの()()は、国に着いてから検討しましょう。」


「・・・勝手にしなさい。」


 エリナは狼狽えずただそれだけ言った。特にそれ以上の会話はなく、彼女たちは階段を上がっていった。


 ・・・しばらく沈黙が続いた。そんなこと言われても俺たちは一体どうしたらいいんだろう。


「ねえ、オーシル、でいいのよね?」


 突然、エリナが口を開いた。オーシルはまさかエリナから声をかけられると思っていなかったのか少し驚いていた。


『え?そ、そうだけど。』


『黒狼の弟子って本当なの。』


オーシルはそれを聞くと、神妙な顔で答えた。


『・・・うん。それは間違いないね。』


エリナはそれを聞くと、目を瞑り、少し間を置いて答えた。


『そう。』


なんだよ。それだけかよ。そう思った矢先にエリナは続けて話した。


『・・・あんた達、脱出したいのなら手を貸すわ。』


『は?』


『え?』


 さっきまであんなに俺たちを無視していたのに、一体どういう風の吹き回しだよ。


『おい、一体どうしたんだよ。さっきまであんなに無視してたじゃねえか。』


 エリナははぁっと深くため息をついて、こっちを向いた。


『あんたはついでよ。私はオーシルに協力するだけ。』


俺は我慢の限界だった。


『んだと?お前さっきから・・・』


『ま、まあまあ二人とも落ち着こう。アレンもエリナが協力してくれるって言ってくれてるんだから。事を荒げずに・・・』


チッ、この女いつか痛い目に合わせてやる。


『フンッ、まあ今はどっちみち、脱出は不可能よ。もう少し大陸に近づいてからじゃないと。』


『何か策があるの?』


『・・・もう少し経ったら話すわ。』


どうやら二人だけで話は終わってしまったらしい。話の流れ的にしばらくはこの牢屋で過ごす事になりそうだ。ベルは大丈夫だろうか・・・


 あれから2か月が経った。案の定牢屋での生活はあまり楽しいもんじゃない。まあ捕まってるから当たり前なのだが、それにしてもこの手錠のせいで、魔力も練れないし、常に魔力を乱されている感じがして不快な気がしてならない。まあ、足の拘束が無いだけマシなのかもしれない。牢屋の中だけなら自由に歩けるし。


 何より辛いのが、船酔いだ。気絶から目覚めて最初のうちは何度も吐いた。船の少しの揺れが気になるし、このイソノ香りも相まってさらに気持ち悪くなる。食べてもすぐに戻すので、体調はどんどん悪くなるばかりだった。最近はだいぶ慣れたが、正直生きた心地がしなかった。


 そして、エリナだ。彼女はかなり気難しい性格で、会話1つにもいちいちキレてくる。この2週間で何度喧嘩したか分からない。俺はこいつと上手くやっていける気がしない。オーシルがいかに出来た人間かを思い知らされる。


 そんなこんなで船での牢屋生活が2か月を過ぎた。


『それじゃ、そろそろ話しても良いころね。』


 エリナがおもむろに口を開いた。


『まず、一応聞いておきたい事だけど。あんた達、今は()()()()、出来ないわよね?』


『無理だね。この手錠のせいで。』


じゃらっと手錠をアピールするようにオーシルが手を挙げた。


そういえば、ずっと気になってた事だが、リルの街の教会の連中にも同じような手錠を掛けられて、今みたいに全く魔力が練れなかった。


『なあ、この手錠ってなんなんだ。ただの手錠じゃないのは分かってるんだが・・・』


俺がそう言うと、エリナが呆れたような顔で言った。


『あんた、ほんとに何も知らないわね。』


『この手錠は魔力使い用に作られた特別な手錠だよ。ところでアレンは()()って知ってるかい。』


エリナが俺を馬鹿にしているのを見兼ねて、オーシルが答えてくれた。魔力使い専用ねぇ。魔術?魔術陣形の事か?


『陣形の事か?』


『違う。陣形は頭でイメージして体現させる技術。魔術は専門の知識を使って道具に魔力で作ったシステムを付与する。』


エリナが本のような口調で口を挟んできた。なるほど。全く何を言っているか分からんのだが。


『単純に言えば、()()()()()()()()()()()()って感じで覚えたらいいよ。そしてこの手錠には僕たちの魔力を乱す魔術が組み込まれてる。』


 相変わらずオーシルの説明は分かりやすい。


『話が逸れたけど、これのせいで私達は今、魔力感知が出来ない。船の警備も人数も実力も何も分からない。それだけじゃなく魔力を纏う事も出来ないし、陣形も使えないってわけ。』


 エリナが語り口調で話している。聞けば聞くほど状況は絶望的だな。この手錠をどうにかしない事には脱出は不可能ってわけだ。


『そこで教えてあげるわ。これは私だけの能力。』


エリナは目を閉じ、再び目を開けた。するとエリナの目が綺麗な()()()に光っていた。


 なんだこりゃ。ベルの赤い瞳とはまた別の感じがする。


『この眼はいわゆる千里眼。遠くの物を見る事が出来るわ。それに物を透かして見る事が出来る。』


千里眼?透視?そんなの御伽話の類だろ。


『ほんとに、そんな事出来るの?』


オーシルが真剣な顔で聞いていた。なんでそんな前向きに信じようとするんだ。瞳の色が変わるのは驚いたが、何かの手品じゃないのか。


『ちょっと待って。』


 そう言うとエリナは、こめかみに手を当て目をつぶった。


『10、11、12、小型船にしては多いわね・・・荷物は・・・船室の中ね。』


エリナは目を閉じながらぶつぶつ独り言を言っていた。


 しばらくその様子を見ていると、彼女は目を開けた。


『船員は12人。小舟が2隻あるから1つ盗んで脱出出来る。私と、多分あなた達の荷物は後部デッキの2階の船室よ。・・・それとあなた達の言っていた子供がその下の階にいる。その・・・結構頑丈に拘束されているわ』


 何を根拠に言ってやがる。俺たちはそれが分からないんだから答え合わせになりやしない。そんなの信用出来るか。どうやらオーシルも同じ事を思っているらしい。オーシルは疑いの目をしていた。


『エリナ。申し訳ないけど、あまりにも突拍子のない事で信用出来ないんだ。何かその能力を証明できる事はない?』


エリナは顔をしかめてめんどくさそうな表情をしていた。


『ま、それもそうね。ならあんた。ちょっと見せて。』


そう言って彼女はその眼で俺の身体をまじまじと見始めた。そしてしばらくして、黄緑色に光っていた眼は元に戻った。


『あんた右の脇腹に古い傷があるでしょ。』


・・・驚いた。この傷はアベルと初めて会った時に彼に付けられた傷だ。俺はエリナにこの傷のことを教えていない。エリナどころか、ベルにもオーシルにも教えた事はなかった。


『アレン。どうなの?』


 オーシルは俺に聞いてくる。これに関しては認めるしかない。俺は手錠が付いた腕で服を少しだけ捲り上げた。


『・・・あぁ、確かに俺は昔この傷を負った。』


『どう?信用した?』

 

オーシルはしばらく考えた後に答えた。


『本当・・・みたいだね。でも、その能力があったとしても、この手錠が取れない限り、この牢屋すら出れないけど。』


それを聞かれるとエレナは自分の長い金髪を何本か抜いた。


『この手錠だけど、少し欠陥があるの。魔力は練れないけどあくまでそれは身体全体を強化するだけの魔力量は無理ってだけで、少しの魔力を少しずつ出せはする。それを使えば、魔力で強化する事も、小さな部位なら出来る。』


そう言って彼女は抜いた髪の毛に魔力を集中した。すると、髪の毛が少し頑丈になった気がする?あまりにも微妙な変化だ。にしてもエリナも魔力使いなのか。あの手錠がされているあたり間違いないのだろうが、こんな使い方ができるのは相当な実力者じゃないだろうか。


『君、捕まるの1回や2回じゃないね・・・』


 オーシルは苦笑混じりにそう言った。


『これを使えば手錠は解ける。まあ多分ピッキングは私にしか出来ないけど。あとはもう少し大陸に近づくのを待つだけ。』


『あとどれくらい待てばいいんだよ。』


『そうね。出航した時間から考えて、多分あと3日もあれば丁度良いかもね。』


 この生活もあと3日の辛抱ってわけか。


『でも、あんた達ほんとにいいの?もし私とここを荒らしたら、ステンラトアを敵に回す事になるわよ。まあこのままここに居ても何されるか分からないけど。』


俺はオーシルと顔を見合わせた。そうだ。別にこのまま居ても取って食われるわけじゃない。このまま乗り続けて、ベルを明け渡せば、無事に生きて帰れるんじゃないか。


『僕は早くラーンに行かなくちゃならない。それにステンラトアに追われると言ったってあの国が世界中を支配してるわけじゃない。

 他国に渡ればそう簡単に彼らも手を出せないはずだよ。それにベルを放っておけないしね。』


オーシルはどうやらもう決まっているようだ。彼はこの依頼に関係ないのにつくづくお人好しだ。


 俺はどうなんだ。

 大国を敵に回すほどの覚悟があるのかと言われると自信はない。

 依頼は失敗に終わるが、ステンラトアに捕まるのなら聖教会に追われることもない。


・・・あの月明かりの夜の事を思い出す。


 ベルは俺に何かを教えてくれる気がする。


 ベルを通して、アベルのあの言葉の意味が分かりそうな気がするんだ。

 それに、まだベルの事は知らない事だらけだ。

 全然しゃべらない、飯は割となんでも食う、寝る時はすぐに寝る。


 俺はベルの事をもっと知りたい。


『俺もやる。ベルを助ける。』


 心なしかオーシルは嬉しそうだ。


『決まりね。実行は3日後の夜。それまでに作戦を突き詰めるわよ。』


  エリナがそう仕切り、3日後の夜に作戦の決行が決定した。


 それからの3日間、俺たちは大人しく過ごした。作戦を話し合いながらなんとかバレずにこの日を迎える事が出来た。


 作戦の概要はまず、エリナが魔力で強化した髪の毛で手錠を解除する。

 手錠を解除したら自身の鉄格子を破ってもらう。

 魔力が扱えるならこんな檻なんてすぐに破れるだろう。

 そして、俺とオーシルの手錠を解除して、荷物と武器を取りに行き、ベルを助け出し、小舟を盗んで脱出する。


 正直ゴリ押しにも程があると思う。

 オーシルはともかく、エリナも余程自分の腕に自信があるようだ。

 ただ2人が言うには彼らはこの船も守らないと自分達の命が危ない。

 何せ、予備の小舟が2隻しかない。

 船が沈没してしまえば元も子もないのだ。

 なので最悪この船にでかい穴を1つや2つ開けてしまえば実質俺たちの勝ちだ。


 3日後の夜、俺たちは作戦を開始した。

 エリナが眼の能力で見張りの位置を確認し、問題ない距離になった時にピッキングを開始した。


 しかし、早速ハプニングが起きた。


 なにやらエリナがピッキングに手間取っているらしい。

 あんなに意気揚々と『私にしか出来ない!』なんて息巻いていたのに本番となったらこのザマかよ。


『おい、早くしろ。気付かれるぞ。』


俺は小声でエリナを急かせた。


『うっさいわね。この手錠ちょっと複雑なのよ・・・お?取れた!うわっ!』


エリナが手錠を解除出来たその瞬間。


 凄まじい爆発音が聞こえたと同時に船体が大きく揺れた。


『まずい!とにかく急ごう!』


 オーシルがそう言うと、エリナが自分の檻に向けて何か構え出した。

 今は魔力感知が出来ないから分からないが、多分身体に魔力を纏ってるんだろう。


『うおおおりゃー!』


変な雄叫びを上げながらエリナは勢いよく牢屋に向けて蹴りをぶっ放した。

 檻はあまりの勢いに扉が開き、思いっきりひしゃげていた。

 というかめっちゃ声でけえ・・・もし、さっきの爆発の騒ぎがなかったら即バレだぞ。

 まあ多分あのまま何もなければ静かに開けたかもだが・・・


  エリナはすぐに俺たちの手錠も解除した。

 さっき手こずったからか知らないが、俺たちの手錠の解除はかなりスムーズだった。


『よし!次は荷物と武器だ!』


『後ろのデッキよ!』


俺たちは急いで階段を駆け上がった。

 ここまで激しく牢屋を壊したのにも関わらず、見張りは全然こっちに来ない。

 案の定、船上に上がると後部デッキの方が激しく燃え上がっていた。

 その炎を囲むように武装した人間が何人もいて、さっきの赤髪とフードを被った男もいる。


『まずいわ!あそこはあの子がいた場所よ!』


エリナが炎が上がっている部屋の中を指差した。


『まずは武器だ!』


  俺はそう叫んだ。エリナが言うベルがいた場所には兵隊がゴロゴロいる。

 ベルを助けるにもあんなところに武器無しで飛び込めるわけがない。


 俺たちはそのどさくさに紛れて、炎の中を突っ切った。

 しかし、その最、フードの男と目が合った。


『脱走だ!捕虜が脱走したぞ!』


フードの男がそう叫ぶ。俺たちは彼等に背を向け、2階の俺たちの武器を取りに、階段を駆け上がった。


 フードの男が叫ぶと次々に騎士達が魔力を纏い出した。完全に臨戦態勢だ。その瞬間俺たちは戦慄した。


 さっきまで大した魔力を感じなかった。

 手錠が外れ、船内には人がいるにも関わらず、魔力感知が出来なかった。

 今となっては人がいるのにおかしいのだが、船の炎に気を取られてあまり気にしていなかった。

 しかし今となってはいきなり騎士全員がかなりの魔力量を誇っており、どいつもこいつも魔力が洗練されている。

 一体どういうトリックなんだ?


 その中でもあとフードの男だ。なんだあの膨大な魔力量は。明らかに只者じゃない。


 彼は何やら()()()()をした剣を取り出した。

 そしてフードの男がその膨大な魔力を纏い始めると服がなびき始めた。

 その勢いで、彼のフードが脱げて素顔が露わになった。


『おいおい、めちゃくちゃ大物じゃねえか。』


『彼がどうしてこんなところに・・・』


その顔は世間知らずの俺でも知っている。

 なにせつい最近まで超有名だったからな。

 金髪碧眼、あの独特な形をした剣、そして何よりあの膨大な魔力量。

 そう、彼が10年前に魔王を討伐した張本人。


()()!?』


エリナがそう叫んだ。


『どおりで魔力の数が増えたわけだ。俺たちから逃げられると思うなよ。』


 勇者はそう言って、独特な剣を構え出す。

 剣は()()()に発光し、魔力が集中しているのが分かる。それと同時に勇者の剣の鞘?の様な部分が6つに分裂し始めた。

 その分裂した鞘達は宙を飛び、勇者の周りに停滞した。


  何をする気だ?


『展開 魔術陣形』


その瞬間。

 勇者の周りを停滞していた鞘が一斉に何かをこっちに向かって何かを撃ち始めた。

 着弾した階段は勢いよく爆ぜた。


 魔力で出来た矢みたいな物か?とにかく当たったら無傷では済まなさそうだ。


『矛!』


勇者がそう叫ぶと、俺たちの物とは比べ物にならないくらい大きな斬撃が俺たちの足元に直撃した。その斬撃はあまりにも大きく、階段に続く床ごと船体を抉った。俺はその斬撃に巻き込まれて、デッキの1階に落ちてしまった。


『アレン!』


オーシルが落ちた俺に向かって手を差し伸べる。


『俺はいい!早く武器をたのむ!』


俺がそう叫ぶと、オーシルは悔しそうな顔をして了承し、2階の部屋に走り去った。


 さて、絶対絶命だな・・・


息をつく暇もなく、炎の壁を突っ切って、一人の騎士が俺に向かって飛び込んできた。


 そのまま俺の腹に槍を勢いよく突き刺してくる。俺はそれをなんとか皮一枚で避けた。


 しかし、槍を避けられた騎士はそのまま肩を突き出して、さっきの突きの勢いのまま身体ごと俺に体当たりをしてきた。


『グハッッ!』


俺はあまりの勢いのタックルで地面に叩きつけられてしまった。


 騎士はそんなチャンスを見逃すはずもなく、倒れた俺の腹に向かって再び鋭い突きを繰り出してきた。


『盾!』


  俺はギリギリで陣形を展開した。


 しかし、その突きの威力は思ってた以上に強力で、俺の盾を一撃で突破してしまった。勢いよく繰り出された槍は盾を貫いて尚、その勢いが止まることはない。


 俺はギリギリ刃の先端を両手で鷲掴みにし、なんとかくい止めることが出来た。


 しかし、騎士はそのまま槍を力強く押し返してくる。刃が指に食い込み、尋常じゃなく痛い。


 辛抱たまらず、俺は槍を持ったまま身体を捻り、槍を逸らせて、地面に突き刺した。そのまま身体を起き上がらせて、なんとか態勢を立て直す。


 しばらく、睨み合いが続く。指がズキズキと痛み、ポタポタと血が滴っている。


・・・こいつ、強い。このレベルが一般兵なのか・・・?


 もし次、今みたいな取っ組み合いになったら、素手の俺が間違いなく死ぬ。俺は直感でそう思った。


 ・・・一発だ。一発で決める。


 騎士は再び間合いを詰めて、鋭い突きを繰り出してきた。


 俺はできるだけ姿勢を低くする。こいつはどうせ、俺を弱らせるためにまた腹を狙ってくる。槍使いの定石だろう。


 俺は槍と目線を合わせ、素早く首だけで避ける。その態勢のまま強く踏み込み、相手が間合いに入ったところを思いっきり顔面を殴った。


 鎧があろうと魔力を纏えば余裕で粉々だ。


 しかし、思っていた感触とは違った。見ると、その騎士はいつの間にか槍を片手で持ち直していて、もう一方の手で俺の手を受け止めていた。


『遅いね。所詮は田舎育ちの魔力使いだ。』


騎士がそう言ってきた。そして彼は槍を捨て、俺の腕を掴んだまま組み伏せてきた。


 俺が身動きを取れないでいると。炎の中からもう一人の騎士が飛び込んできた。


 さっきの赤髪の女だ。そいつはそのまま動けない俺にめがけて、勢いよく剣を振るった。


 あ、終わった・・・


『アレン!』


俺はハッと正気に戻った。声がする方を見ると、オーシルが俺に向かって俺の剣を投げていた。


 俺はもう片方の腕を精一杯伸ばし、なんとかその剣を受け取った。


 飛んできた勢いのまま鞘を抜き、そのまま俺を抑えていた騎士に向かって逆手持ちで切りかかった。


 騎士は慌てて、俺から距離を離した。そしてすぐ目の前に、あの赤髪の女がすぐそこまで来ていた。


 俺はスムーズに態勢を立て直し、一瞬で構える。


『魔術陣形 斬』


俺の半径3メートル以内に小さな陣形を創り上げる。女と騎士は丁度その範囲内だ。


 女は一瞬で全身に傷を負い、一歩俺から離れた。


 しかし、さっきの騎士は全く傷を負っていない。


『魔術陣形 盾』


 この一瞬で盾を展開したのか?こいつほんとにただの一般兵かよ。


 ギィンギィンギィンと盾に俺の陣形が攻撃し続けているが、一向に割れる気配はない。この陣形はどちらかというとカウンター寄りの技だ。盾を破れるほどの威力の技じゃない。


 クソッこのままじゃジリ貧だ。


『な!?』


 すると勢いよく燃え上がっている場所からまた勢いよく炎が上がった。それに赤い女と騎士が巻き込まれた。俺はギリギリその炎に巻き込まれずに済んだ。


『アレン!こっちだ!』


 オーシルが2階から手を差し伸べてきた。俺はすかさずその手を掴んだ。彼は勢いよく俺を引っ張り上げてくれた。


『無事で良かった。あそこにベルがいる。勇者を惹きつけてくれてたんだ!さっきの炎はベルだ!』


やっぱりそうか。ならベルはまだ生きている。勇者が俺のところに来なかったのはベルのおかげか。


『ちょっと!火力が強すぎる。このままじゃ脱出用の小舟まで燃やされちゃうわよ!』


それはそうだ。しかし、どうやってあの炎の中心のベルを救い出すんだ?


 すると、炎はどんどん勢いがおさまっていった。さっきまで激しく燃え上がっていた炎がみるみるうちに小さくなっていく。炎が消え、さっきまで偶然にも俺たちを守っていた炎の壁が無くなり、俺は勇者と目が合った。


 まずいぞ、ただの一般兵であの強さだ。勇者なんて相手に出来ない。


 炎が完全におさまり、勇者のさっきの剣の鞘を俺たちの方に向けていた。


 黄緑色に発光し、今にも魔力を撃ち出そうとしたその瞬間。


 今度は勢いよく水飛沫が上がった。


『おい!なんなんだ!今度は水かよ!』


 すると炎で空いたデカい穴からベルが這い上がってきた。


()()だ・・・』

『あの炎の中で生きてるなんて・・・』

『化け物め!』


騎士達はベルに気を取られ、ベルに対して次々と罵倒している。

 

 なんとかして、ベルをあの場から救い出さなければいけない。しかし、あの実力を10人以上も相手にするのはあまりにも無茶だ。


『おい!俺が魔人をやる。お前らはあいつらを捕えろ!』


 勇者がそう叫ぶと、騎士達が一斉にこっちを振り向いた。魔力を見るに全員が手練だ。相手にしたら間違いなくやられるぞ。


『アレン!盾だ!陣形を使え!』


オーシルが急に叫び出した。俺は一瞬判断が遅れたが、なんとか言われた通り、陣形を展開した!


 俺とアレンとエリナ、全員が盾を展開した。するとほんの0.何秒単位の誤差で、とてつもない雷撃が船内に走り去った。


 陣形はなんとか保っている。そして、雷撃の中心部分をよく見ると、そこにはベルがいた。これもベルの仕業なのか。

もしかして、さっきの水も?ベルは一体幾つの属性を使えるんだ?


 さっきの水飛沫で辺りは完全に濡れており、雷撃がよく通っている。おかげで、騎士達はひとたまりもなさそうだ。


 しばらくすると、雷撃は治った。船内の騎士達は全員倒れていた。どうやら勇者も倒れているらしい。不意打ちとはいえ、よくやったもんだ。俺たちはベルが属性を使うと分かっていたから、オーシルがなんとか反応出来た。


 俺たちは急いでベルのところへ向かった。するとベルは全く動かなかった。


『おい。ベル!大丈夫か?』


俺はベルに駆け寄り、彼女の肩を揺らした。


『大丈夫。多分、気絶してるだけだよ。』


 オーシルがそう言った。


 すると、船内が再び激しく揺れ出した。


『ねえ。多分さっきの炎で船に穴が空いてるわ!早く脱出しましょ。』


俺たちは気絶したベルを担ぎ、急いで小舟が置いてある場所に移動する。


 船は3人乗れるほどの大きさでそこまで大きくはない。しかし、俺たちが乗る分には十分だ。それにしてもさっきまであんなに殺伐とした雰囲気だったのに、嫌なほど静まり返っていた。


『ベルがいなかったら間違いなく全滅だったね。』


オーシルが口を開いた。その通りだと思う。彼らは想像以上に強かった。勇者以外の騎士も一般兵とは思えない強さだった。


俺たちはボートを漕ぎ出し、ステンラトア兵の船を離れた。ここから大陸までどのくらいかかるんだろうか。


 すると、さっきまで気絶していたベルが起きた。


『ベル!良かった。起きたのか。』


俺がそう言うと、ベルは何も答えず、無視して船の後ろの方に行き、身を乗り出した。


『ちょ、ベル危ないよ!』


 オーシルが必死に止めようとしたその時、船がいきなりとんでもないスピードで前に進み出した。


 俺たちは慌てて船にしがみつく。


『え、これってベルがやってるの?』


 船にしがみつきながらオーシルが心配そうに言った。


『多分?まあいいじゃない。この速度なら大陸まですぐよ!』


ベルは能力を駆使しすぎなんじゃないだろうか?そんな疑問を抱きつつ、ベルに能力を使わせ、船はかなりのスピードで前進している。


 こうして俺たちはステンラトアを敵に回した。おそらく、この先はステンラトア大陸。今さっき俺たちが喧嘩を売った世界最大の国がある大陸だ。


 かなり遠回りになってしまって、モルス聖教国までまだまだ先だ。


 あとついでに俺たちの旅にエリナが加わった。


 


 




 



 








 


 



 






 












少し専門用語が出てきたので、振り返りを含めてざっくり解説します。


・魔力使い

その名の通り魔力を使って戦闘する人間。国の兵士や貴族、一般人も鍛錬次第で使える。


・魔力での身体強化

魔力を操り、身体を強化する技術。魔力使いの基本となる技。作中では、魔力を纏う、魔力で強化っていう表現で使っていますが、同じ意味です。


・魔術陣形

単に陣形とも言われる。

ノリでいつも武器を持って展開してますが、武器無しでも問題なく展開できます。


矛 魔力で衝撃波を放出する技。矢と一緒に飛ばすと威力が倍増したり、剣で斬撃を飛ばす事も出来る。


盾 基本的には魔力で見えない壁のような物を作り上げるバリアのような物。


・魔術

陣形とは対となる技術。陣形が生き物に対する技術なら、魔術は物に対する技術。

しかし、難易度は陣形とは比べ物にならない。魔術を使うには専門の知識が必要。現代でいうところのプログラミングのような物。


・属性

魔物特有の能力。火、水、雷、土、風の5つの属性がある。基本的には1種類しか使えないが、たまに2種類使える魔物もいる。

属性が使えない魔物も存在する。

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