第3話 マナナン・マクリル
あれからどれだけ経っただろうか。ただひたすら何もない平原を馬で歩き続けて2週間当たりから数えてない。正直かなり舐めていた。まさか大陸を横断するっていう事がここまで過酷なものだとは・・・
俺たちの進んできた街道はさっきから少し登り坂になっていて、ようやく頂上が見えてきた。馬に乗っているから疲労はまだマシだが、乗り続けるのも腰が痛くて楽じゃない。
まだ旅は半分も終わっていない。こっから先が不安だ。
今までは陸続きだったが、マナナン・マクリルに着いてからはしばらく船の旅になる。もちろん船は初めてだ。船は貿易船だか商船だかに何かしらの理由を適当に付けて、金でも払えば問題なく乗せてくれるとは思うが、初めてのことは何かと不安になってしまうものだ。
そして、そこからは何も分からない。アベルに世界の大陸を教えてはもらったが、実際に行って経験しないことには危ないことだらけだ。未知の環境、未知の国、未知の魔物・・・
俺はちゃんとベルをモルス聖教国まで送り届けられるのだろうか・・・
俺は馬を操作しながら、少し振り返り、荷車を確認した。そこにはベルが背中を向けて、空をボーっと眺めていた。
あの時からベルは少し変わった。言葉こそあまり発しないが、頷いたり、首を振ったりしてちゃんと意思を伝えてくれるようになった。飯もあれから一緒になって食べてくれるし、寝るときも同じタイミングで寝ることも多くなってきた。相変わらずたまに居なくなるが、小動物を殺したりはしてないと思う。
傷に関しても、少しずつ良くなってきている。たまに癖で搔いてしまう様だが、掻いてることに気づくとすぐ辞めるのだ。そこが少し微笑ましくもある。
あの時の炎はあまり詮索しないようにしている。オーシルとは少し話し合ったが、今はそっとしておこうということだ。聖教会の依頼といい、まだベルの事は分からないことだらけだ。
何はともあれ上手くやっている。ベルもベルなりに少しずつ成長しているようだ。なんだかんだ旅は順調だ。
「お、アレン、ベル着いたよ!」
俺がいろいろ考えていると、オーシルがなにやら興奮して大声を出し、指を差していた。前を向き、オーシルの指の刺す方角を見た。
俺たちはようやく丘の頂上まで登り切り、向かいの景色を一望できた。そしてその景色を見て俺は言葉を失った。
「おぉ・・・」
海は青く、それに浮かぶ建物は屋根が赤く、外壁は白で塗られている建物がいくつも規則正しく並んでおり、海の色とすごくマッチしていた。天気がいいのもあって、町全体がキラキラしているようにも見える。街の中には水路が巡っており、その上に橋がいくつも架けられ、まるで 海の上に街が浮かんでいるようだった。
そしてなんだか嗅いだことのない匂いもする。いい匂いとは言えないが、なんだかサッパリとしていて風と合わさり、とても気持ちがよかった。
その景色に思わずベルも荷車から顔を乗り出し、街の風景を眺めていた。街の景色が反射しているからか、眼がキラキラしているように見える。
正直俺も、初めての海に興奮が抑えきれない。
「よし、早く行こう。それで馬預けてちょっと街を見て回ろう。そうしよう。」
「さっきまでヘロヘロだったじゃないか・・・」
俺たちはようやく、マナナン・マクリルに到着した。
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俺たちは街に到着すると、まずは馬を売ることにした。
せっかく買った馬だが、ここから先は船の旅になる。自分たちの船も持っていないため、他人の船に乗せてもらう事になる。そこに馬を乗せるわけにはいかない。
街の馬宿で手続きを終わらせ、馬を手放す。ここまで1000キロも旅を共にしてきたんだ、少し愛着もあり寂しく感じた。ベルも心なしか寂しそうにしていた。
悲しいが、今度は良い飼い主にまた飼われる事を祈ろう。
そして次に街で宿の部屋を取ることにした。
乗る船を探さないといけないし、しばらくこの街に留まることになるかもしれない。長旅の疲れもあるし、ここはちゃんとしたベットで休息をとることも大切だろう。
適当に金を支払い、手続きを済ませた。いつまでいるか分からないことを伝えると、一日一日超過した分のお金をその日に支払えば大丈夫とのことだった。
俺たちは、手続きを済ませ、一回宿の外に出た。
「ベル、疲れてない?あれだったら少し休んでからでも、」
オーシルがベルに尋ねた。しまった、ベルの事を全く考えていなかった。こういうところが良くないんだろうな・・・
その点オーシルはよく周りを見ている。彼のおかげで、旅はスムーズにいっていた気がするし、食べ物は充実するし、作る飯も美味い。尚且つベルの事を良く気にかけていた。考えてみれば俺よりオーシルの方がベルに懐かれている気がする。なんだか悔しいな。
「・・・だいじょうぶ。」
ベルはふるふると首を横に振り、そう答えた。
「そっか、辛くなったら言うんだよ。」
オーシルは優しく答えた。こいつ・・・
そういえば、ベルって体力あるよな。馬が手に入る前も1週間くらい歩きっぱなしだったのに全く疲れた素振りを見せなかった。これもベルが属性を使った事と関係があるのだろうか?
「じゃあ、とりあえず適当に歩くか。」
「そうだね。とりあえず港の方にいこうか。船も見ておきたいしね。」
俺たちはそう言いながら、横に並んで街を見て回った。ベル、オーシル、俺の順だ。
街を歩いていると思ったが、本当にいい街だ。街はリルの街に比べれば少し狭っ苦しいが、開放的な雰囲気がある。やはり海が見えているのが理由なのだろうか。相変わらず変な臭いはするが。
ふと横を見るとベルは鼻を摘まんでいた。
なんだか海に近づけば近づくほど臭いが強くなってきている気がする。
「なあ、なんか変な臭いがしないか。」
俺は気になって横のオーシルに尋ねてみた。
「ん?あぁ磯の香りのこと?これは海の匂いだよ。初めはちょっと気持ち悪いかもだけどすぐに慣れるよ。」
イソノ香りか、なるほど、これが海の匂いなのか。なんにせよ慣れるしかないな。
歩き始めてしばらく経つと、開けた場所についた。海がよく見え、いろいろな船がたくさん停泊していた。そこは街中よりも騒がしく、活気にあふれていた。これが噂に聞く港か、悪くないな。
「うーん、どの船がいいかなぁ」
オーシルは顎に手をやり、なにやら停泊している船を眺めていた。
そういえば、オーシルはこの街に用があるって言ってたような気がするが、一緒に船を探してくれるのだろうか。
『あ、僕も目的地はここではないんだ。だから、まだもう少し一緒だね。』
俺の心読んだかのようにいい笑顔で彼は言った。なんだ、そうなのか、正直心強い。初めは人が増えるなんて面倒だと思っていたが、仲間ってのも悪くない。
「それはいいな。どこまで行くんだよ。』
『あーそれは・・・ん?なあ、あれなんだろ』
オーシルは遠くの方を指差した。何やら、人だかりが出来ている。
俺たちは人だかりの所へ向かうと、何やらそこは騒がしかった。どうやら誰かと誰かが揉めているぽかった。
人だかりからなんとか顔だけ出し、様子を見ると、何やら倒れている若い男性を庇っている白い服装をした人間が何人かと、ガラの悪い連中が広場の中心で揉めていた。
『やめなさい!もう十分でしょ!』
白い服装をした女性がガラの悪い連中に訴えかけている。
『おいおい、あんたら、エンリ薬師団だろ?だったら関係ない。そいつは俺らの金を盗もうとした。』
『だからってやりすぎよ!もう意識の無い人をこれ以上傷つけるのは許さない!』
どうやら、盗みの話で揉めているらしい。どこにでもあるんだな、こういう事は。
『どかねえのなら、まずはあんたから先にやる。』
そういうと、ガラの悪い連中のリーダーらしき男はサーベルを取り出した。剣を抜くと、ガヤがどよめきだした。流石に流血沙汰は御法度らしい。しかし、なんで誰も止めに来ないんだ。治安部隊とか衛兵とかいないのか?
『あーあれはここらで有名な海賊だね。誰も怖がって止められないんだ。』
オーシルがぼそっと呟いた。海賊か、初めて見たな。
すると、また誰か1人、女と海賊の間に割って入った。そいつも白い服装をしていた。風貌から見るに女の仲間らしいな。見た感じ青年ぽいな。
『お、どうした兄ちゃん。何か用か?』
『クリック!辞めなさい!』
青年は女と海賊の間に立ち、女を庇っていた。でも、その足はなんとも情けなく、ガクガク震えており、酷く怯えているようだった。
『アレン。助けよう。』
『は?』
おいおい、何言ってんだ。見ず知らずの人間を助ける義理なんて無いし、大体俺たちにはやる事が、
なんて考えている隙にオーシルは群衆の真ん中に飛び出してしまった。何考えてんだあいつは!
『おいおい、また入ってきやがったな。今度は誰だ。』
『ただの狩人だよ。』
そう言って、オーシルは魔力を纏いだした。海賊は少し驚いた表情をする。
『おー!いいねぇ!魔力使いはこうでなくっちゃな!』
海賊は嬉しそうな顔をしながら剣を構え、魔力を纏いだした。
海賊の魔力は洗練されており、どうやらそこらのごろつきでは無いらしい。流石、有名な海賊なだけはある。
というかオーシルって意外に喧嘩っ早いんだな。巻き込まれる俺の身にもなってくれ。
『ベル、ここで待ってろ。』
ベルはこくりと頷いた。
俺は群衆を抜け出し、なんとかオーシルの隣に辿り着いた。
『アレン、君は後ろの連中を頼む。僕はこいつをやる。』
『おい、勝手すぎるぞ!』
俺がまだ納得しないでいると、オーシルと海賊は思いっきり魔力を解き放った。
周りの群衆が逃げるように離れていく。しかし、珍しいものなのか、離れても見るのは辞めないらしい。
『魔術陣形・・・矛!!』
海賊が剣を思いっきり振り抜いた。その斬撃は勢いよくオーシル目掛けて一直線に飛んでいった。
『魔術陣形・・・盾。』
オーシルは至って冷静に盾を展開し、彼の周囲に魔力の壁が構築され、飛んできた斬撃を防いだ。魔力で作った壁には少し傷が付いていた。
しかし、それを見抜いていた海賊はすかさず、オーシルに接近した。
彼のスピードは素早く、オーシルの目の前に来るのにさほど時間はかからなかった。
彼はひびの入った魔力の壁に向けて、剣を垂直に持ち替え、強く足を踏み込み、鋭い突きを繰り出した。
突きが炸裂し、魔力で出来た壁はヒビの入った部分を起点にどんどん崩壊していく。
しかし、海賊の突きの勢いは止まらず、そのままオーシルの脳天を貫こうとしたその時。
キンッと金属同士がぶつかる音が響き渡った。
オーシルは背中の弓を素早く取り出し、弓の本体の金属部分で突きよりも素早く、剣を受け流していた。
オーシルは剣を受け流した体勢で身体の流れにそのまま身を任せ、身体を回転させる。
流れるような手つきで右手から左手に弓を持ち変え、思いっきり左足を踏み込み、弓のしなる部分で勢いよく海賊の頭を殴った。
顔面の横に思いっきりクリーンヒットし、海賊は数メートル吹っ飛ばされ、ぴくりとも動かなくなった。
周りは静まり返っていた。みんなポカーンっと面食らった顔をしていた。何が起きたのか、理解しきれなかったのだ。
少し時間が経ち、状況が把握出来ると、群衆は歓声の声を上げ、拍手喝采がオーシルに送られた。
俺は何もせず、ただ見ていた。海賊の連中達も、俺を襲おうと構えていたが、2人の攻防に目を取られ、いつのまにか終わっていたことに愕然としてしまっている様子だった。
というかオーシル、彼は想像していたよりもずっと強かった。あの身のこなしはそうそう出来るものじゃない。
『ありがとうございました。なんとお礼を言えばいいか。』
すると、倒れている男性を庇っていた、白い服装の女性が声をかけてきた。
『あの、お礼をさせていただきたいのですが、少し待ってもらってもよろしいですか?彼を手当しないと、それに、彼も・・・』
そう言って彼女は心配そうに倒れている男性と、なんと海賊も助けようとしていた。
『いや、お礼なんて、僕も手伝いますよ。』
オーシルは笑顔でそう答えた。
こいつ、どこまでお人好しなんだ。
俺が不機嫌な態度を取っていると、オーシルはこちらに近づいてきて、ぼそっと耳打ちした。
『ほら、こうやって何か貰えるかもしれないだろ?縁っていのはこうやって作るのさ。』
そう言って彼はウインクした。
なるほど、それが狙いね。ちゃっかりしてるな。
彼女達は倒れている男性と海賊を建物の中に運ぼうとしていた。どうやらこれから治療に入るらしい。
海賊の手下のような連中はなんか慌てているようだった。船長が連れて行かれそうになっているからだろう。
『あなた達の船長に酷い事はしません!』
彼女はそう言い残し、怪我人2人を建物に運んだ。
とりあえず、俺たちは白い服装をした彼女達について行くことにした。
さて、一体これからどうなることやら。