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奈落の勇者  作者: キムハン
第1章
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第2話 狩人の大男


 リルの街を出発して、1週間くらいが経った。見渡す限りの平原で、特に危ないこともなく、旅は至って順調だった。


 ただ一つ問題があった。ベルと何にも会話が出来ない。本当に何も会話してない。リルの街から一言も言葉を交わしていないのだ。それもそうだ。夜になって飯を食おうとすると、ベルはどこかへ立ち去ってしまうのだ。


 最初の方こそ気にかけていたが、ここら辺は凶暴な動物も少ないし、問題なく戻ってくるので、最近はもうほったらかしにしている。飯も置いておいたら俺が寝ている間に食べているらしい。


 ただ、寝る時や食べる時に決まってどこかへ立ち去ってしまうため、俺と2人っきりになるのを避けているらしい。嫌われているのか知らないが、ちゃんと無事に戻ってくるなら俺は別に構わない。


 そしてもう一つ気になる事がある。


 それは彼女の傷だ。靴屋で手当してもらえたものの、全く傷は治らない。まだ1週間しか経ってないから綺麗さっぱり治るとまではいかないとは思うが、むしろ悪化しているような気がする。気のせいだろうか。


 何はともあれ、ベルはしっかり後ろを付いてきている。

 旅としては問題なく進んでいる。マナナン・マクリルまでもう少しだろうか?

 もうかなり進んできてるとは思うんだが・・・


 すると、街道に別れ道が出来ていた。ちょうど真ん中に看板が建てられている。


ーーーーー←←←マナナン・マクリル 1000キローーーーーーーーーナカゴ村→→→3キローーーーーーーーーーー


『せ、1000、キロ?・・・』


 あまりの衝撃に声が出ていた。


 1000キロだと・・・おいおい、何日かかんだよ。全く冗談じゃないぞ。

 そんなの徒歩じゃとてもじゃないが、限界があるってもんだ。馬でもあれば・・・ん?


ーーーーーーナカゴ村→→→3キローーーーーーーーーー


 ナカゴ村か・・・ここから3キロ、かなり近いな。

 村というなら、馬の1頭や2頭くらいいるだろう。幸い俺には金がある。前金で金貨100枚も貰ったからな。道中は野宿ばっかだったからまだ全然使ってない。ベルの靴くらいしか買ってない。


 よし、ナカゴ村へ少し寄り道するか。


 俺は進路を変更し、馬か何かしらの移動手段を手に入れるため、ナカゴ村へ向かった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しばらく道を歩いていると村が見えてきた。村はそれほど大きくはないが、木で出来た建物が数多く並んでいた。

 この規模なら馬が手に入りそうだ。


 村に到着し、早速馬宿を探す。

 適当な村人に聞いてみるとすぐに見つかった。どうやら俺たちが来た村の反対側にあるらしい。


 少し歩くと馬宿を見つけた。手彫りで作られた馬のオブジェクトがあるおかげで、すぐに見つける事が出来た。


 店の前に行くと、何やら大柄の男が馬を2頭連れていた。

 男は馬宿の店主とおぼしき奴と馬に荷車を取り付けている最中だった。


『おーい。ちょっといいか』


『お、へい。ちょっと待ってください。』


店主とおぼしき男はやはり店主だった。彼は大柄な男に軽く会釈すると、すぐにこっちに駆け寄ってきてくれた。


『お客さん。もしかして、馬を探しに来ましたか?』


『あぁ、とりあえず馬を見して欲しいんだが。』


 すると店主は少し困ったような顔をした。


『あーすいやせん・・・たった今ちょうど売り切れちまいまして・・・』


そう言うと彼は目線だけで俺に促すように大男を見ていた。


 おいおい、まじかよ。冗談じゃねえぞ・・・


『なあ、おいあんた、良かったら1頭だけ分けてくれないか。どうしてもこれから必要なんだ。』


大男は馬と荷車を取り付け終わったらしく、こちらに身体を向けてきた。


 『いやー、あげたいのは山々なんだけど、ちょっとなぁ、僕もつい先日馬を亡くしたばっかで、ようやく手に入れたんだ。それにどうしても職業柄2頭必要なんだよ・・・』


彼は申し訳なさそうにそう言った。

 髪は茶色で短髪。髭を生やしているが、それでも優しそうな顔は隠せていない。屈託のない本当に申し訳なさそうな顔をしていた。


 俺はそんな彼の態度にあやかって、もう一度お願いしてみる。


『なあ、頼むよ。どうしても必要なんだ。ほらガキも連れてるんだ。頼む!』


 俺はそう言って、ベルの方へ手を向けた。ベルはボーッとしていて、見ているのか、聞いているのかよく分からない顔をしていた。うん、実に興味無さそうだ。


  彼は頭をかき、心底困ったような顔をしていた。そしてうーんと考え始めた。


『君、どこまで行くんだい?』


 お?これはいい流れだ。

 

『マナナン・マクリルだ。』


俺がそう言うと、彼はもう一度考え始めた。


『よし、僕もマナナン・マクリルに用があるんだ。一緒に行こうか。』


よし、これでなんとか足は確保できた。人が増えるのは厄介だが、仕方ないだろう。


『だけど、少し手伝って欲しい事があるんだ。』


『手伝って欲しい事?』


 俺がおうむ返しで答えると、彼は笑顔で話した。


『僕、狩人なんだ。ちょっとこの村の人に仕事頼まれててそれを手伝ってくれたら、一緒にマナナン・マクリルに行ってあげてもいいよ!』


ふーむ、なるほど、タダではいけないってことか。正直金で解決出来た方が100倍マシだった。めんどーだが、致し方ない。


『なんの仕事なんだ?』


彼はふふんとした顔で答えた。


『魔物討伐、だよ。』


 うわ、だりーーーー


 俺は渋々了承した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 話を聞くと、どうやら魔物は村から少し離れた場所の洞窟に巣を作ってしまっているらしい。


 俺たちはそこへ行き、魔物を殲滅すれば良いという話だ。


 とはいうが、簡単にいってくれる。魔物は他の生物とは訳が違うのだ。

俊敏に動く強靭な肉体に、火や土、雷といった()()を扱う種族もいる。

 最近は魔物が減ってきて、生半可な気持ちで挑む馬鹿も増えてきているらしい。そして、そいつらは無惨に食い殺されてしまうのだ。


 とりあえず、俺たちはその洞窟に向けて出発した。馬を使っての移動なので、そこまで日にちはかからない。村や人間曰く、1日もあれば着いてしまう程の距離らしい。


 どうやらそこは狩りによく使う場所らしく、魔物が出没して狩りが出来ずに困っているんだとか、そこで、同じ狩人である《オーシル》が名乗り出たっていう話の流れらしい。


 オーシルはどうやらかなりの強者らしい。正直会った時から感じていた。この魔力の感じは弱い訳がない。流石狩人というだけはある。魔物討伐に関しても一回や二回じゃないと言う。


 それに彼はいい奴だ。まだ少ししか話していないのに、それだけは分かる。なんというか声質というか話し方というか、見た目とは真反対の柔らかさがある。


 ベルにも話しかけており、さっきはベルの傷を労わってやったりしていた。まあ、ベルは全部無視しているわけだが、オーシルは全く気にしていないらしい。


 そういえば、これから魔物討伐に行くというのに、ベルを連れてきてしまった。


 危険な場所に護衛対象のベルを連れていくのは悪手だが、なんにせよ、得体の知れない村に護衛対象のベルだけ置いていくわけには行かないので、連れてきてしまったわけだ。


 まあ、俺が守ってやればいいだけの話、それにオーシルもこの性格ならベルをみすみす見殺しにしたりなんかしないだろう。


 村から出発したのが午後からだったので、景色が草原から木がポツポツと生え始めてきた場所に到着した辺りで、少し暗くなってきた。


『ちょっと食料調達しようか。遠くにシカが見えたんだ。』


オーシルはそう言って馬を降り、背中の弓を手に持ち替え、俊敏な動きでシカのいるであろう方角に動き出した。


 俺には全くシカなんて見えなかったが、本職が言うので、俺もオーシルの後に続いた。しかし、あんまり近づいたら邪魔をしてしまうかも知らないと思い、一定の距離を離して動いた。


 するとオーシルの動きは止まり、弓を構え出した。彼は弓に矢を仕込み、力一杯弦を引いている。弦は今にもはち切れそうなほど限界まで張っていた。


 彼が狙いを定め指を話すと、先ほどまで力強く張っていた弦が収縮し、矢は勢いよく飛んでいった。飛んでいった先で生き物の悲鳴が聞こえた。


 近づいてみると、彼の矢は綺麗にシカの脳天を貫いていた。恐らく苦しむ暇すらなかっただろう。


 オーシルはシカに向けて手を合わせ、何かを祈るように真剣な顔で目を瞑っていた。恐らくいただきます。近いものなのだろう。俺も真似して、手を合わせ目を瞑った。


 瞑想を終えると、オーシルはシカを手際良く下処理していった。血抜きに解体。みるみるうちにシカは市場のような売られている部位だけになった。

 食べきれない部分や使わない部分はここに置いていき、自然に還すらしい。まあここら辺は俺と同じだな。


 あ、そういえばベルを置いてきてるのを忘れてた。急いで馬に戻らないと。


 そう思い、解体した部位を持って戻ろうとすると、林の奥から生き物の断末魔が聞こえた。


 先ほどのシカとは違い、明らかに苦しんでいる。そんな苦しそうな声はしばらく続いて、急に静かになった。

 俺はオーシルと顔を見合わせ、お互いに頷いた。ゆっくり、慎重にその声がした方へ近づいていく。


 すると、そこにいたのはベルだった。ベルがこちらに背を向けながらしゃがんで何かしているようだった。


 ふーーなんだよ、脅かすんじゃねえよ。


『おい、ベル。何してんだ。さっさとい・・・』


俺は驚愕した。オーシルも唖然としていた。ベルの目線の先にはリスがいた。普通のリスじゃない。


 それはリスだった何かだった。リスはあまりにも無惨に殺されていた。さっきのシカのように必要だから殺したんじゃなく、ただただ殺すために殺されていた。


 ベルの手には石が握られていた。石は血まみれで顔もよくみると血がついていた。


 『お前!』


パチンっと林に音が響いた。気づくと俺はベルの頬を叩いていた。彼女は特に何も言わず、ただ叩かれた頬を左手で押さえていた。

 

『お、おい』


 オーシルが困惑しながらも俺の右手を止めた。するとベルは、次に右手で首を掻きむしった。爪を尖らせ、かなり強く掻いていた。爪には血垢のような物が溜まっていた。


 まさか、ベルの身体の傷が治らないのは、自分で掻きむしっているから?


 俺はベルの掻きむしる手を無理矢理静止させ、そのままその腕を引っ張っていった。ベルは俺に引っ張られながら俯いていた。


 馬の場所に戻ってくると、俺たちは何も言わず、夜食の準備に取り掛かった。


 ベルはその間も何も言わず、ただボーッとその光景を眺めていた。


 飯が出来ると、ベルは再びどこかへ行こうとした。俺はそれを無理矢理引き留めた。


 ベルは何も言わずに大人しくなり、体を丸めて夜飯を食べずに寝てしまった。


辺りは静かだった。夜行性の動物の声などはせず、虫の鳴き声と、焚き火のパキパキとした音だけが静かに林に響き渡っていた。


『なあ、少しやりすぎだったんじゃないかな』


 オーシルは尋ねるように俺に聞いてきた。


『・・・あれは駄目だ。生命を粗末にしやがった。』


『確かにそうだけど・・・』


 オーシルは何か言いたげだったが、それ以上何も言わなかった。


『あれぐらい、大丈夫だ。俺だって小さい頃は何度も殴られたさ。』


  俺がそう答えると、オーシルは真剣な顔で焚き火を見つめていた。


『アレンは、両親はいたの。』


 オーシルが焚き火を見ながらそう聞いてきた。


『いや、俺が物心ついた時にはいなかったよ。紛争に巻き込まれて死んだらしい。』


『そうか・・・すまない・・・』


 彼は申し訳なさそうにいった。


『いや、別に顔も何も覚えてないんだ。辛い過去でもない。両親より俺を拾ってくれた爺さんの方が俺からしたら親みたいなもんだな。あの人は色々教えてくれたよ。』


 俺がそう答えるとオーシルが再び聞いてきた。


『その人にどんな事教わったの?』


『色々さ、魔力の使い方とか、狩りの仕方も教わったな。あとはこの世界の話とか。地図とか言葉遣いとか。』


俺がそう答えると、オーシルは苦笑した。


『ははっ、言葉遣いはあまりちゃんと学ばなかったみたいだね・・・』


オーシルは続けて聞いてきた。


『・・・ベルには、そんな人いたのかな』


『・・・さあ、知らねえよ。だが、俺があんくらいの時は大人に殴られようが、嫌な事言われよーが人を無視なんてしなかったし、自分より弱い奴をいたぶる趣味なんてなかったぞ。』


 オーシルは俺の方に顔を向けて言った。


『ベルはアレンじゃないんだよ?』


オーシルがそう言うと、俺はハッと小馬鹿にしたように笑った。


『何言ってんだよ。そらそうだろ。』


『アレン。君は、ベルのことを考えてあげてるのかい?』


オーシルは説教をしてきた。またかよ。あー・・・うざ。


『もう寝る。』


『おい、拗ねるんじゃない。君は子供じゃないだろう。話を聞け、おい。』


俺はオーシルを無視し続け、目を閉じた。


 知らねえよ。あいつは未だに生きたくねえって眼をしてるんだ。俺が気を遣っても、うんともすんとも答えやしない。


 そんな奴の何を考えてやれってんだ。


 俺はあんなクソみたいな国で這いつくばって生きてきた。体の傷もどうやら聖教会の仕業じゃなく自分で作ったっぽいじゃねえか。


 自分に力がないからって自分を傷つけて被害者ぶんのも、弱いものを傷つける奴もどっちもクソだ。


 甘えんだよあいつは。


 俺はイライラした気持ちを誤魔化すように眠った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝、俺たちは目を覚まし、何事もなかったように準備をして、目的地へと向かった。


 道中は大した会話はなく、あるとしても、道中の移動をスムーズに行うための会話程度だ。


 ベルの様子はいつもと変わらないように見える。相変わらず無表情で何を考えているか分からない。


 オーシルはというと昨日のことについてあまり触れてこなかった。彼なりの気遣いなのだろうか。


 太陽がちょうど真上に位置する程度の時に、林の木と木の間に小さく洞窟が見えた。

 俺たちはその場に馬を置き、洞窟がよく見える位置まで、頭を下げ、慎重に移動した。洞窟がよく見える位置までくると、適当な草むらに身体を隠した。ベルの様子を確認すると、ちゃんと付いてきていた。


 よくよくその洞窟を観察するとどっちかというとそこは洞穴だった。


 しかし、そこには間違いなくいる。その体は大きく、体表は赤い。顔はごつごつしており、鼻は豚のよう、牙が2本生えている。棍棒のような武器を持った奴もいれば、何も持ってない奴もいるし、寝ている奴もいる。


 その洞穴には《オーク》がたくさんいた。

 

 見た目や仕草、生態まで人間にかなり酷似しているが、列挙とした化け物であり、人間を見つけたらすぐに襲ってくる獰猛な魔物だ。


『いるな。』


『そうだね、13?くらいかな。』


 俺とオーシルが状況確認を行う。


『どうやって仕留めようか。』


 オーシルがオーガ達から眼を背けずに俺にそう聞いてきた。


『お前は援護してくれたらいい。俺が奴らの懐に入り込んだらすぐ終わる。』


『すごい自信だね・・・勝算はあるの?』


俺は腰に刺した剣をオーシルにアピールするようにポンポンとした。


『まあ見てろって。』


 俺は身を隠そうとせず、堂々と真正面からオークの巣に歩いていく。

 オークは俺に気づいたようだ。仲間にそれを知らせるように奴らは叫んだ。その雄叫びは木々を揺らし、その衝撃で鳥は羽ばたいていた。


 奴らは俺に向かって全速力で走ってくる。棍棒を持ち、俺の頭を叩き割ろうと、思いっきり振りかぶった。


『展開 魔術陣形』


俺は魔力を纏い、イメージする。腰の剣に手を添え、俺の周囲に陣形を展開するように。防御のための陣形ではなく、攻撃のための陣形を、あの振りかぶった手を切り落とすように。


 『斬』


俺がイメージを完成させ、魔力を解き放つと、俺の周囲3メートルほどの陣形が完成した。

 先ほどの棍棒を振りかぶったオークの手は落とされていた。オークは理解が追いついていないようだった。

 しばらく自分の手を見つめ、少し時間が空いてから、そのオークは腕を抑え、悶え苦しみ出した。


 それを見た他のオークが次々と俺に飛びかかってくる。


 しかし、俺に近づいたオークは次々と体のあちこちを切り刻まれ、悲痛の声を上げていた。


 流石にオークも警戒し、俺から少し距離を取ってきた。すると、後ろから矢が凄い勢いでオークの頭を貫いた。その矢はオークの頭を貫いたと同時に、粉々に粉砕した。


 昨日のシカを射った時とは比べ物にならない威力だった。その矢はただ相手の息の根を止めるだけのとてつもない殺傷能力を持っていた。


 ふと後ろを見ると、オーシルからメラメラとした魔力を感じた。

 どうやらオーシルも肉体強化だけじゃなく、魔術陣形を使えるようだ。


 次々と、オーシルの矢はオークを仕留めていく。2体目、3体目、4体目、次々とオークを殲滅していった。

 

 すると、仲間がどんどんやられていく様を見て錯乱したのか、俺の方に1体のオークが飛び込んできた。俺は体勢を変えずに腰の剣に手を添え、どっしりと構え続ける。


 飛び込んできたオークは体中を切り刻まれ、血飛沫をあげながら倒れた。


 いつの間にか、洞穴にいたオークは全て倒してしまった。

敵がいないのを確認するとオーシルは草むらからこちらに近づいてきた。


『すごいね・・・さっきの、あんなの見たことないよ。それにその剣。面白い形だね・・・』


『あぁ、昨日教えた爺さんからもらったんだ。というかお前もお前だろ、あんな矢を放てる奴、俺も見たことねえよ』


『ハハッ、まあね』


彼は謙遜するように渇いた笑いをした。

 

 これにて一件落着だ。さっさと村に戻って報告して、マナナン・マクリルに行きたいもんだ。


 あれ、そういえばベルは・・・


草むらの方から気配がした。魔力の気配がまだ残っている。オーシルもどうやらそれに気づいたようで、ほぼ同時に後ろを振り向いた。


 そこには野生動物を抱えた。3体のオークがいた。


 どうやら巣から離れて、狩りに出払っていたらしい。


 巣の騒ぎを聞きつけて、こっちにやってきてしまったようだ。


 そして彼らが見つめる先にはベルがいた。まずい!


 俺が剣を構えるよりも先に、オーシルが矢を放った。

さっきの矢が、勢いよくオークの頭に直撃した。すかさず俺も剣を抜き、陣形を展開する。


『矛!』


斬撃は勢いよく飛んでいき、もう1体のオークの首をはね飛ばした。


 しかし、まだ1体残っている。そのオークは手に持った槍のようなものを逆手に持ち、ベルに襲い掛かろうとしていた。

 既にオークはベルに向かって武器を構えていた。


 クソッ!間に合わない!


 その瞬間、パッッとベルを中心に周りが光った。


 それと同時にオークは激しく燃え始めた。


 皮膚が爛れ、オークは激しく転げ回った。


 しばらく苦痛の声を上げ、少しするとピクリとも動かなくなった。


 ベルはというと、彼女はその場にへたり込んでいた。


『なんだ今の・・・まるで、属性じゃないか。』


オーシルは驚きと少し恐怖の混ざったような声でそう言った。


 それもそうだ。俺だって驚いてる。ベルはただの子供じゃないのか・・・?


 しかし、間違いなく、ベルは魔物特有の属性攻撃をした。確かにベルがあのオークに向かって炎を放ったように見えた。


 一体どういうことなんだ・・・


 俺の中でずっと考えていた一つの疑問。聖教会の連中はベルを厄介者扱いしていた。


 聖教会はやはり何かを隠している。それは今の力を見て明らかだ。ベルはやはりただの人間じゃなく、何か特別な存在なのだろうか。


 しかし、今そのことを考えるのはよそう。まずはベルの状態を確認しなければならない。


ベルの出した炎はかなり火力が高く、オークだけでなく、周りの木々にも燃え移っていた。彼女はその燃えた中心で座り込んでいた。


 その背中はあまりにも儚く、弱々しかった。


 俺とオーシルがベルに駆け寄る。ベルはよく見ると小刻みに震えていた。


 ・・・しかし、彼女は強かった。こんなにもすごい力を持っている。


この力があれば、あの聖教会の牢屋なんてすぐに破壊して外に出られたんじゃないのか。それどころか、昨日俺が引っ叩いた時だってこの力を使えば簡単に反撃出来た。


 しかし、彼女はその力を使わず、自分の首や腕、足などを掻きむしり、自分より小さく、弱い者を傷つけた。


 こんな力を持っておきながら・・・一体どうして・・・


俺には分からなかった。彼女がどうしてそんな事をしたのか、彼女がどうしてその力を使い、自由になる道を選ばなかったのか。


 『・・・ベル・・・』


俺は彼女の背中の後ろに膝を着いた。


 小刻みに震える彼女の背中はとても寂しげだった。


 俺は彼女の肩に手を置こうとする。


 しかし出来なかった。俺にはそんな資格が無いと思ったからだ。

俺は昨日、何も考えずに彼女の行為を怒鳴りつけ、そして手まであげた。そんな事をしてしまったのだ。


 俺はあのクソみたいな国の連中にはなりたくないと思って彼女に名前を与え、共に旅を始めたつもりだ。


 しかし、実際は違った。俺は無意識にあの国の連中と同じ考え方をしていた。理解できない子供を、理解する事を諦め、拒絶した。


 俺はそれ以上何も言えなかった。何も出来なかった・・・


『ベル。立てるか。』


俺の代わりにオーシルがベルに手を差し述べてくれた。ベルはその手を握らない。オーシルは彼女の手を向いにいき、そっと掴み、彼女を立たせた。


『アレンも行こう。』


 オーシルは俺にも手を貸してくれた。俺は何も言わずに彼の手を取った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 帰り道。辺りが真っ暗になってきたので再び野宿をする事にした。


 林を抜け、木々がなくなり、見渡しの良い平原で焚き火を起こした。飯の支度をして、飯を食べようとすると、ベルは相変わらずまたどこかへ行ってしまった。


 俺はベルが気になって、ベルの向かった方角を探しに行った。


『アレン。』


 すると、オーシルに呼び止められた。彼は真剣な顔で訴えかけるように俺をただ見ていた。


『あぁ、分かってるよ』


 俺はそれだけ言い残し、ベルを探しにいった。少し先に進むと、平原で見渡しが良かったのですぐに見つけることが出来た。ベルはそんなに遠くへ行っておらず、ただ立っていた。


 何もせず、ベルは空を眺めていた。今は雲が一つもなく、綺麗な丸い月が見えていた。


 俺はベルから少し離れてベルの方を向いて立った。月明かりに照らされている彼女は何も言わない。こちらに顔を見せることもなかった。



『ベル・・・その、悪かった。叩いたりして・・・』


  俺がベルに謝罪するが、彼女は何も言わず、空を見上げ、月を眺めていた。


『・・・俺は何も分かっていなかった。本当にすまない。』


 彼女は何も反応はしない。


 俺はベルに恐る恐る近づいて、なんとなく横に並び、同じように空を見上げた。ベルは逃げようとはしなかった。


 しばらく沈黙が続いた。静かすぎて時間が止まったようだ。

 

 ・・・苦手だ。こういう時一体何を言えば良いのだろう。


 こんなに他人と関わった事なんて、アベル以外いなかった。自分でも何がしたいのかよく分かってない。


 謝罪すれば良いって事じゃない。そんな事は俺でもわかる。


 ベルを助ける?ベルを護る?そんな大層な事を俺は正直思っていないのかもしれない。


 だがそれ以外に、俺に何が出来る?


・・・ただ、俺は分かりたいと思っている。ベルの事を理解したい。もっと知りたい。それだけは間違いない。彼女が何か大事な事を教えてくれる気がするんだ。


 しかし、俺は()()をベルに伝えなかった。出来なかった。


 すると、沈黙に耐えかねたのか、ベルは逃げるように馬の方へと戻っていってしまった。


『ッ! ベル!・・・』


俺は追いかけようとしたが追わなかった。


・・・今の俺に、そんな資格はない。そう思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 翌朝。俺たちはナカゴ村に到着した。村の人に魔物を討伐したのを伝えると、彼らは大喜びし、お礼ということで、金貨を5枚もくれた。俺たちは大勢の村人に見送られて、ナカゴ村を後にした。


 村を出て、しばらく経つと、辺りが暗くなってきたので、野宿する事にした。

 

 焚き火を起こし、鍋をセットして、適当な具材を入れ、夕飯の支度をする。いつも通り、俺とオーシルが先に食べようとしたその時だった。


 ベルが俺たちの横に座ってきた。


 俺とオーシルは顔を見合わせて、何も言わずに、焚き火に置いた鍋の中身をベルの木皿に入れ、彼女に渡す。


 ・・・許してくれたんだろうか?正直嬉しかった。ベルの方から俺たちに歩み寄ろうとしてくれていたから。


 ここで変に絡んでもベルは嫌がるだろう。


 でも、これだけは・・・


『・・・ベル。』


 俺が彼女の名前を呼ぶと、こっちに顔を向けてくれた。


『ご飯を食べる時は手を合わせて、《いただきます。》食べ終わったら《ごちそうさま。》って言うんだぞ。」


『え、なにそれ。』


 ベルと俺の間からおっさんの声が聞こえた。お前じゃねえよ。


『・・・なんだ。オーシルも知らなかったのか。』


『聞いた事ないなぁ、どんな意味なの?』


俺は昔の事を思い出した。俺が初めてアベルとあの小屋でご飯を食べた時の事を。


『作った人、かかった時間、命そのもの全てに感謝するための言葉だ。』


 俺はそう答えた。


『へえ、いいなぁ、それ』


 オーシルは感嘆の声を上げた。


『なら俺も。』


 俺とオーシルは手を合わせて目を瞑った。


『『いただきます。』』


 2人同時にいただきますと言った。


 すると、微かに小さな声が聞こえた。


『・・・いただきます。』


俺とオーシルは顔を見合わせて、ふっと笑った。


 道のりはまだまだ長い。


ようやく、俺たちの旅が始まった気がした。



 


 




 





 














 



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