第52話(累計 第99話) 魔の塔攻略戦その十五:終劇。そして……。
「『あの方』の中にカーシャちゃんが居るよ」
「あ、あの子は死んだはず。だって頭をヤーコフに撃ちぬかれて、血を流して、わたしの腕の中でどんどん冷たくなって……」
ミハイルの発言にアーシャちゃんはすっかり混乱状態になり、拳銃の銃口をミハイルに向けらえなくなった。
「ミハイル! 口から出まかせでアーシャちゃんを混乱させようとしたのか! 許さないぞ?」
「マモル。ボクは何一つ嘘は言ってないよ? だって、全部事実。まあ、幸せそうなアーシャちゃんに対してのイジワルでもあるけどね? はは!」
僕に散弾銃の銃口を突き付けられても、一切動じないミハイル。
面白そうな顔から見て、僕らを挑発する発言には違いない。
しかし、どこまで真実か……?
「ミーシャ。少し話過ぎですよ? 全く、これだから貴方は困ります」
そんな時、半壊していた僕の機体から女性っぽい電子音声が聞こえてきた。
「だってしょうがないじゃないですか? 捕まって、僕は何もアーシャちゃんに出来はしない。だったら、口で攻撃。それも真実を言って動揺させるのが一番効果的だものね」
「ミハイル、オマエは少し黙れよ! アンタが『あの方』か? テレビ放送と声が違うぞ?」
「アレはわたくしの中に居る指導者格の人ね。今は、わたしがアーシャちゃんに話したいから変わって話しているの? 久しぶりね、アーシャちゃん? 分かる? わたし、カーシャ。エカチェリーナ・アリョーシナよ?」
「か、カーシャちゃん! 本当にカーシャちゃんなの? どうして? 貴方はあの時に死んだはずじゃ?」
『あの方』は、親し気にアーシャちゃんに話しかける。
無機質な電子合成音声のはずなのに、その声にはどこか優しさも感じられる。
「そうね、わたしは貴方の腕の中で一度死んだわ。そして『あの方』になったの。これ以上はネタバレになってわたくし達の不利になるから、お話出来ないわ。でもね、もう大きくなれないわたしの代わりに美人さんに成長したアーシャちゃんの顔を見られて、お話出来たのはすごく良かったの」
とても嬉しそうに話す『あの方』、いやエカチェリーナ。
彼女が話すことが真実なら、『あの方』とは亡くなった亡霊の集合体なのか?
「さて、そろそろここも危なくなるわ。ミーシャ、貴方は、自分がどうすべきか分かっているわよね?」
「ええ。もうボクが生きてたら困るんだよね、『あの方』」
しかし、ミハイルに向かって話しかけた途端、冷酷な声に代わる。
そしてミハイルも、それを受け入れる。
「ええ。死んで、ミハイル。貴方の遺体は、こちらで回収するから綺麗に死んでね」
「はい!」
「え?」
「何を言っているの? カーシャ、ミーシャ?」
彼らが何を言っているのか、僕らが混乱したとき。
強風と眩しいばかりの照明が僕らを包む。
「あれはオスプレイ! じゃあ、自衛隊の支援だ」
また階下から、どたどたと多数の足音。
そしてモーター音が聞こえてきた。
「アーシャはん! 大丈夫」
「リーちゃん、早いって」
コクピットを開いたままのM3二機。
リナさんと少尉の機体が、僕たちを助けに来てくれた。
何か所か被弾をした後があるものの、二人は無事そう。
また一緒に、自衛隊レンジャー部隊の人々が屋上に上がってくる。
更には空中で静止したオスプレイからも、ロープ懸垂で自衛隊のお兄さん達が降下してきた。
「じゃあ、さよなら!」
「え、ミーシャ?」
僕らの視線が自分から離れた隙に、拘束具を解除したミハイル。
一路、屋上ヘリポートの端まで走り出した。
「く!」
僕とアーシャちゃんが散弾銃を撃つが、素早いミハイルには当たらない。
僕は当たらない散弾銃を放り投げ、ミハイルの後を追いかけた。
「待て! 何処に行く。その先は……。まさか!?」
「ミーシャ、止まって! そのままじゃ落ちちゃう!」
「ごめんねぇ。ボク、ここで死ななきゃカーシャちゃん達に迷惑かけちゃうんだ。それにアーシャちゃんといっぱい話せたから後悔は無いし、残りの人生には夢も希望も無いからね」
僕らの方へ顔を向けて笑顔で話しかけるも、前に走るミハイル。
もう残り数メートルでヘリポートの端になる。
「止まれ! 止まらないと撃つぞ!」
自衛隊のお兄さん方も、ただ逃げるだけの少年相手に撃つのを躊躇する。
「じゃあねぇー」
そんな軽い言葉で、ミハイルは空に飛び出した。
「じゃあねぇ、じゃないんだぁ!」
僕は、手首に仕込んでいたワイヤーアンカーを撃ちだす。
それは上手くミハイルに絡む。
「止まれぇぇ」
僕は、両足でブレーキを掛ける。
しかし、ミハイルが落ちていく勢いでどんどんヘリポートの端まで滑っていく。
「おい、皆。彼を押さえろ!」
「マモルくん!」
「マモルはん!」
「マモル!」
周囲の自衛隊のお兄さん達、アーシャちゃん、リナさん、少尉が僕の身体を抑えてくれる。
そして残り十センチのところで、僕は踏みとどまれた。
「ぐぅぅぅ。あ、ミハイルは?」
「どうして、僕を死なせてくれないのかなぁ」
「嫌なの、ミーシャ。わたし、もう誰にも死んでほしくないのよぉ!」
視線をヘリポートの端に向けると、アーシャちゃんが下を覗き込んで叫んでいた。
僕はワイヤーをパワードスーツに乗ったままのリナさんに渡し、巻き上げてもらう。
「さあ、僕の手を握って」
「ミーシャ! わたしの手も!」
そして、アーシャちゃんの横に行く。
上がってくるミハイルの手を握ろうと、僕は手を伸ばした。
「君たち、どうして泣いているんだい? ボクは君たちの敵なんだよ?」
気が付くと、僕は涙を流していた。
それは横に並ぶアーシャちゃんも同じ。
「戦いが終わったら、敵だどうだなんて関係ないよ! さあ、早く手を出して、ミハイル!」
「そうなの。マモルくんは誰にも死んでほしくないの! わたしもミーシャには死んでほしくないの。だって、あの頃の友達なんて、もう貴方だけなんだものぉ!」
僕らは、涙を流しながら手を伸ばす。
「ほら、悪ガキ。俺にしがみ付け。これ以上、俺達を困らせるな!」
自衛隊のお兄さん達も懸垂しながらロープワークでミハイルの下に回り込み、彼をしっかりと確保する。
「……ボク。君たちの仲間を沢山殺したんだよ? 何故、助けるの? どうして殺さないの?」
「自衛隊を舐めるな! 俺達は国民や弱き人々を守る存在だ。既に敗れ去ったキミは弱き存在。だから、助けるのは当たり前だ!」
「そうだよ。僕もキミを助けたいんだ!」
「ほんま、皆アホやなぁ。敵を助けて泣くんやから。まあ、ウチも助けてるんやから、同じアホ。同じアホなら人助けするんや、ほいほい!」
「リーちゃん、一言余分だぞ? まったく、マモルたちや日本の軍隊はお人好しすぎるぞ? はぁ。でも気分は良いな」
「ね、ミーシャ。世界は貴方やわたしの知っていた狭くて冷たい場所だけじゃないの。こんなお人好しで馬鹿ばっかり、でも優しくて素敵な世界もあるのよ?」
ポカンと途方に暮れた顔で、上に持ち上げられたミハイル。
誰も彼も文句を言うが、ミハイルを助けてくれた。
ミハイル、今度は絶対に逃がさないと、少尉の機体のワイヤーでぐるぐる巻きにされた。
「はぁ。もー完全にボクの負け。あーあ。こんな優しい世界、どうして今までボクの前に来なかったんだろう?」
「まだ遅くはないわよ、ミーシャ。貴方には、まだまだ人生が続くんだからね」
「ああ、そうだよ、ミハイル。キミの捻くれた根性。僕が叩き直してやるから、楽しみにしているんだね」
ミハイルも含めて皆、泣きながらも笑う不思議な光景。
こうやって、東京を襲った大規模テロは終わったのであった。
◆ ◇ ◆ ◇
「まったくミーシャには困った事ですわ。満足に自害も出来ないのですからね」
「しかし、どうする? ミハイルから我らの存在が明らかにならんか?」
「ボクらの事がバレちゃうの? それ、困るなぁ」
「今からミハイルを暗殺してはどうじゃ?」
「もう手遅れでしょ? あのユウマという少年。わたくし達の正体に気が付いていましたし」
暗闇の中、老若男女、少女や幼子も含む多くの「人々」が話し合う声だけが響く。
「今更、暗殺に行くのも馬鹿らしいですわ。それに、潜水艦も失ってしまったのは痛かったですの。また新たな移動手段を探さなきゃですの」
「そうだな。しばらくは雌伏し、兵員と装備を充実させるべきであろう。幸い、今回の作戦の裏で行ったFXや株式操作で資金だけは十分にある」
「しょうがないのぉ。では、日本のボウヤ達がどうワシらに近づくか楽しみにしておくかいのぉ」
「ボク、あの子達と遊んでみたいなぁ。あのミハイルくんが敵わないなんて凄いや!」
声達は口々に事態について相談をしていく。
また、声を上げない存在達は黙々と演算を続ける。
「では、我ら『あの方』はしばらく活動を縮小します。次に大きく動くのは世界を破壊するときですわ!」
「ああ、我らをこんなところに追いやった世界に復讐を!」
「ママをボクから奪った世界に復讐を!」
「ワシらと同じ存在を生ませないために、世界に復讐を!」
声達は声高々に世界に復讐を誓う。
「ええ。アーシャちゃんのいる世界に復讐を!」
エカチェリーナ、カーシャは暗闇の中、大きく叫んだ。
(第二部 完)
これにて第二部終焉。
続きは最終章となります。
しばしお休みを頂き、10月23日より『あの方』との最終決戦を描いていきます。
では今後とも、ブクマなどでの応援を宜しくお願い致します。