第35話(累計 第82話) 都内攻防戦 その3:闇の囁き。悪意はアリサに迫る。
東京湾岸、中央防波堤外側埋立地にそびえる超高層ビル「ネオバビロンシティ」。
それは円錐状に建てられた現代の魔城であり、悪魔の住まう塔。
その最上階53階、地上250メートルの展望フロアー。
そこには、土曜夜間ながらビル内企業で仕事をしていた者達が集められていた。
「ははは! 我らは東京を制圧した。愚民どもよ、我ら『あの方』の使徒にひれ伏すがよいわ!」
「きゃぁ!」
手足を結束バンドで縛られた上、床に座らされているOLやサラリーマンたちに銃口を突きつけ、不満そうな男性には蹴りを食らわせるテロリスト達。
彼らは灰色べースの都市迷彩服や戦闘ベストに身を包み、アサルトライフルなどで武装していた。
「おお! 奴隷のように働くしか能がないオマエらムシケラは、我らに屈すればよいのだ!」
テロリスト共は、まるで何かに酔いしれたかのように興奮していた。
「貴方がた。あまり人質をイジメないでくださいね。我々の品位が下がりますから」
興奮気味に叫ぶテロリストリーダーに向かって、物憂さげに呟く銀髪の少年。
彼は、行儀悪そうに椅子に仰け反って座る。
「しかしマスター。こいつらは我らを今まで馬鹿にしていたんですぜ。今こそ、恨みを張らす時じゃないんですかい?」
「ですが、彼らは人質ですが、観客でもあります。せっかくですから、最後まで我らの行動を見守ってもらいましょう。」
苦笑しつつ、配下のテロリスト共に人質を傷つける事を禁じる少年。
「ですが、学院長さん。愚民たちは、私達マイノリティを馬鹿にしまくったんだもの。少しくらい痛い目を見たら良いのよ。ああ、あの可愛いくて強い坊やが来ると思ったら、股間が熱いわぁ。ねえ、貴方でも良いのよ、ボーイ?」
「それは遠慮させて頂きます、先生。今は戦時ですので。マモルを生け捕りにしたら貴方にあげますからね」
……学院の教師や育てた学徒兵も連れてきたけど、どこまで役に立つかな? まあ、マモルの引き金を撃てなくするくらいは出来るだろうね。
視線を筋骨隆々な「男性教師」から外し、暗い笑みを浮かべて階下に映る夜景を眺める少年。
彼や『あの方』にとって、今回の作戦は実験に過ぎない。
都市を制圧するのには、どのような方法を取ればよいのか。
世界有数の高度都市化した東京を短時間とはいえ制圧できるのなら、他の国など赤子の手を捻るのと同じ。
「さて、アーシャちゃん。どうやって明朝までにここに来てくれるかな? すいません、現状を報告してください」
「はい、マスター。現在、都内は上空を舞う四機の飛行船によりECMが実行中。ネット通信拠点であります大手町通信会社ビルの施設は全て破壊済み、これにて通信関係は完全に抑えています。抑えた拠点ですが、霞が関の警視庁・警察庁は占拠済み。自衛隊ですが、市ヶ谷及び習志野、木更津を制圧。攻撃ヘリや輸送ヘリ、パワードスーツも確保し、こちらに搬送中です。今のところ、作戦は大成功です」
PCに張り付くテロリストから現状を聞く銀髪の少年。
作戦は上手く進んでいるのに、あまり面白そうな顔もしていない。
「国会議事堂や官邸、皇居はどうなっていますか?」
「国会ですが臨時会が行われていますが、土曜日夜だったので議員は議員宿舎にもいませんでした。官邸は立てこもられていて、未だ制圧できていません。皇居を襲った部隊は、何者かの手により殲滅されています」
「面白くないなぁ。案外、抵抗が手ごわい。やはり少数精鋭部隊では面を制圧するのは難しいですね。今回は核兵器を抑止力に使っていますし、都民を人質にしてますので、自衛隊や警察も手荒な行動は出来ないでしょう。ましては在日米軍は、政治的問題から自らの基地から出るのも難しいでしょうね」
面白くないと言いながらも、苦戦を聞き暗い笑みを浮かべる少年。
そんな指揮官を前に、不思議そうな顔をするテロリストオペレーターだった。
「何か良い事はありましたか? 一部とはいえ我々が苦戦をしているのが?」
「ええ。ボク自身は勇者、マモルともう一度戦ってみたいですからね。因みに放送局は?」
「ECMにてテレビ、FMラジオ局は放送を妨害中。AMラジオのみは放送させていますが、それで宜しいのですか? 普通、クーデターでは放送局を抑えるのが定石ではありますが?」
「今回、我々は政権を奪取するのを目的にしては居ません。政権という現世界の秩序を破壊するのが目的。ですから、先程の放送以外は何もしないのですよ」
ほくそ笑む少年を前に寒気を覚えるオペレーターだった。
しかし、PCから発せられた警報を聞き、慌てて少年に知らせる。
「警告! 十数機からなるパワードスーツ部隊が東京湾臨海道路から埋立地へ侵入を確認。地下道を出たところで我らの無人機部隊と戦闘を開始しました。敵部隊は……。M3を使用した警察特殊部隊及び自衛隊の混成部隊と判明! 迎え撃ちますか、マスター?」
「これはアーシャちゃんが所属する部隊の様ですね。確か市ヶ谷に居たはずですが、包囲網を強行突破されたのでしょうか? 分かりました。では、ボク自ら出陣します。攻撃ヘリも出して下さい。各部隊へレーザー通信を。アーシャちゃん、待っててね」
少年、ミハイルは無人機からレーザー通信で送られてきた戦闘映像を見て闇のような笑みを浮かべ、ゆらりと幽鬼の様に立ち上がった。
「さあ、祭りの始まりですよ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「マモル殿。先程、市ヶ谷に通信が繋がったでござる。自衛隊と警察部隊の共同作戦にて内部に居たテロリストの掃討に成功。そのまま第一機動強襲室と自衛隊の方々は、ネオバビロンシティに向かったでござるよ」
「ひとまずは安心だけど大丈夫かなぁ、強襲室のお兄さん達。ミハイルが、ただで待っているとは思えないのに」
まだ駅構内にある避難シェルターに待機中の僕とアーシャちゃん。
ユウマくんから随時情報を送ってもらっている。
……確か強襲室の他の人は市ヶ谷で機動隊や特車部隊と一緒に訓練をしていたんだよね。
「そうよね。早くわたし達も向かわなきゃ。でも、武器もパワードスーツも無いんじゃ、戦えないわ」
「ぐふふ。そこは安心するでござる。海上保安庁殿らに移動手段など手配をしてもらっているでござるよ。我らも間もなく基地を発進するでござるし」
含み笑いをするユウマくん。
どうやら、何か斜め上っぽい作戦を思いついた様だ。
「では、マモル殿らに作戦詳細を提示するでござる。名付けて、『パイレーツ作戦』でござる!」
「うっそぉ!」
僕はスマホに送られてきた作戦内容を読み、大声で驚いた。




