第30話(累計 第77話) 僕とアーシャちゃんのデートその二。 しかし、平和は長続きしない。
「マモルくん、マモルくん! こっち見て! すっごい大きな水槽なの!」
「すみだ水族館」大水槽を前に、幼子の様にはじゃぐアーシャちゃん。
僕は彼女に手を引っ張られて、引きずられている。
「ここは小笠原の海を再現した水槽みたいだね。へぇ、サメやエイなんかも居るんだ」
「エイさんって可愛いの。あれ? あのお魚はスーパーでも見た事あるわ、美味しそう!」
はしゃぎながらも、美味しそうというコメントが出るのは、まだまだ育ち盛りのアーシャちゃんらしい。
アーシャちゃんの生まれた国や育った地域では、魚を頻繁に食べる習慣はないはずだが、すっかり日本の食事に感化された様だ。
最近では母さんの料理を学ぶべく、色々と頑張っているらしい。
……包丁さばきは、流石なんだけどね。
「美味しそうは可哀そうだよ、アーシャちゃん。一応、ここの子達は見てもらうのが仕事なんだからね」
「そうなんだけど、最近わたしはお肉よりもお魚派なの。お義母様の煮魚は絶品だもの」
僕はあまりに可愛いアーシャちゃんを見て、抱きしめたくなる。
しかし、ここは天下の公道ならぬ水族館の中。
じっと我慢である。
「もっと他のところも見に行きますしょう、マモルくん!」
「そうだね」
僕はぎゅっと握ったアーシャちゃんの小さな手のぬくもりを感じながら、幸せを感じていた。
◆ ◇ ◆ ◇
その後、同じスカイツリータウン内にあるプラネタリウムまで堪能した僕とアーシャちゃん。
今は夕食の為に、予約していた東京ソラマチ三十階にあるレストランに来ている。
二人、夜景が一望できるテーブルに座る。
既に夕闇が迫る中、まるでさっきみたプラネタリウムの星のような灯りが下方いっぱいに見えた。
「凄い眺めだね、アーシャちゃん」
「うん、そうだね。マモルくん」
何処か憂い顔のアーシャちゃん。
さっきまでの元気さが、どこにもない。
「どうしたの、アーシャちゃん? さっきまで元気だったのに? 何処か調子でも悪いの?」
「ううん。体調に問題はないわ。今日はとても嬉しかったし、楽しかったわ。こんなお土産まで買ってもらったんだもの」
何処かくすんだ笑顔のアーシャちゃんの背後にはお土産、大きなペンギンのぬいぐるみが二つある。
……片方は妹のミワ用。買う前に本人に確認したら、ぜひ買ってきてとの事だったんだ。
「じゃあどうして?」
「前にもマモルくんには言ったよね。わたし、こんなに幸せで良いのかなって」
「うん、覚えているよ。あ、もしかしてミハイルの事で悩んでいるの?」
デート最中に男の名前、それもアーシャちゃんの幼馴染であり現在の敵の名前を出すのは失格プレイ。
でも、僕にはアーシャちゃんの曇り顔の理由が他には思いつかなかった。
「……そうなの。わたしはパーパに助けられて逃げる事が出来たわ。でも、身寄りのいなかったミーシャは社会の闇の中で苦しみ、世界を呪うようになってしまったの。ミーシャが悪魔に魂を売ってしまったのは、半分はわたしのせい。なのに、わたしはマモルくんと出会って幸せだから……」
「アーシャちゃんはやっぱり優しいよね。敵になってしまったミハイルの事を心配しちゃうんだもん。でもね、そんなアーシャちゃんだから、僕は大好きなんだ。僕はね、アーシャちゃんにいつも笑ってて欲しい。その為なら何でもするよ」
「マモルくん……」
アーシャちゃんの灰蒼な瞳から、ぽろぽろと真珠の様な涙がこぼれる。
僕はアーシャちゃんの泣き顔は綺麗だとは思うが、それでも見たくはない。
「そうだねぇ。僕がミハイルを殺さずに止めて見せるよ。そして、見せつけてやるんだ。お前が壊そうとしている世界は捨てたもんじゃないって。そして僕とでなら、アーシャちゃんはずっと笑っていられるのを見せてやるよ!」
「……ぷ! それって昔のカレシに、仲良いのを見せつけるってヤツ? あははは! ミーシャが残念がって悔しがるわね。マモルくん、貴方はわたしの太陽、そして白馬の王子様。わたし、もう悩まないわ。マモルくん、ミーシャを止めるのを一緒に手伝ってくれる?」
「うん、もちろん! 僕とアーシャちゃんのコンビネーションをミハイルにもう一度見せつけてやろうよ!」
ようやく笑顔を取り戻したアーシャちゃん。
僕は、絶対にアーシャちゃんを守ると心に誓った。
「マモルくん。あの灯り一つ一つに皆の暮らしがあるって今日言ってたわね。わたし、マモルくんと一緒にこの平和を守ってみたいわ」
「うん、一緒に頑張ろう!」
僕は、伸ばしてきたアーシャちゃんの手をそっと握った。
「じゃあ、ご飯食べちゃおう。こんな豪華な料理、残したらもったいないや」
「そうね。じゃあ、頂きます!」
◆ ◇ ◆ ◇
「今日は色々ありがとう。わたし、頑張る気力がわいたわ」
「僕の方こそ、明日から戦う理由が出来たよ。ミハイルにぎゃふんって言わせてやるさ」
今は帰り道。
山手線の電車に二人揺られている。
……アーシャちゃん、ペンギンのぬいぐるみをぎゅっと抱っこしてて可愛いなぁ。
僕は妹ミワへのお土産なぬいぐるみを手提げ袋に持つが、アーシャちゃんは自分で抱っこして運びたいと言うので、ご希望通りにしている。
「帰ったら母さんたちにお礼を言わなきゃ。施設予約におこずかいまで全部準備してくれたんだもの」
「そうね。お義母様には一杯お礼しなきゃ。今度、お礼を買うのを一緒に来てくれる、マモルくん?」
「もちろん!」
……母さん、もしかして自分へのお礼が次のデートになるって予想してたのかな? 母さんならありそうだよ。
その後、疲れたのか少しうとうとしだしたアーシャちゃんが、横に座る僕の肩に体重を乗せてくる。
甘い髪の匂いが僕を囲む。
僕はアーシャちゃんの体温を感じ、この子と今共にいられる幸せを実感した。
が、その幸せは長続きしなかった。
「え、何!?」
「きゃ、どうしたの?」
突然ガガガガと激しい音を立てて電車が急ブレーキを掛ける。
逆Gに倒れそうになったアーシャちゃんを僕は抱きしめて、なんとか踏ん張った。
そして電車は停止をした。
「急ブレーキだなんて、一体何があったんだろう。人身事故?」
僕が疑問を思ったとき、車内アナウンスがなされた。
「皆様、急ブレーキ申し訳ありません。現在、都内で同時多発テロが発生、国民保護法における緊急対策事態が発令されました。線路の安全を確認次第、最寄り駅へ移動します。皆様には、すみやかに最寄りの避難場所への移動をお願い致します」
ザワザワとしだす車内。
また皆のスマホから一斉に国民保護サイレンが鳴り出した。
「これは!? マモルくん!」
幸せが終わってしまったのが残念なのか、悲しげな顔のアーシャちゃん。
僕は、ついに心配していた事態が来てしまった事を知った。
「心配してた事が来ちゃったんだね。僕らも行動しよう」
「ええ!」
心を切り替えて戦士の顔になるアーシャちゃん。
僕らは二人、皆を守るための戦いを始めた。