第5話 運命の夜。僕は事件に巻き込まれる。
子猫を葬った後、僕と柊さんは通学途中によく話す様になった。
通学の間は、二人だけの時間。
彼女、僕には学校での仮面のような微笑ではなく、年相応な可愛い表情で話しかけてくれる。
僕は彼女と親密になれたことで、とても幸せな気持ちになった。
◆ ◇ ◆ ◇
「マモル? こんな夜遅くから学校へ行くの?」
「うん、母さん。明日までに仕上げなきゃいけない宿題忘れちゃってたから。自転車で行くから送ってくれなくても良いよ?」
僕は教室に忘れ物をしていたことに気が付き満月が照らす中、自転車で一路学園に向かった。
「ふぅふぅ。やっぱりそこそこ遠いなぁ。毎日、自転車通学したら寝坊出来ないけど体力は付きそう。でも……」
最後の坂道を頑張って自転車で昇る僕。
自転車で通えば、柊さんとは通学途中に話せない。
その事を残念に思いつつ、僕はIDカードになっている学生証を使って学園の夜間出入口から入った。
その後、宿直実に向かい当番の先生に事情を説明して、教室の警報システムを解除してもらった。
「え、えっと、植杉くん。何があっても気にしないで直ぐに帰ってね」
「? はい」
ちょうど担任の宗方先生が当番だったので話が早かったものの、先生は妙な事を僕に言う。
僕は少し疑問に思いながらも、3階の教室まで向かった。
「あ、やっぱりココに忘れていたんだ」
僕は自分の机の中からフラットファイルを探し出し、背中に背負ったリュックに入れた。
「夜の教室って不思議だなぁ」
照明に照らされる、誰もいない夜の教室。
何処か神秘的で怖い感じもする。
「柊さんに、また明日会えるよね。このところ元気そうだし」
左隣の席、そこに座る美少女を僕は幻想した。
病弱だという話だけれども、僕に対し通学中に見せてくれる笑顔。
とても暖かいものを感じる柊さんの笑みに、僕は毎朝癒されていた。
「さあ、帰ろう」
しばし柊さんの事を思い、心臓をドキドキさせた僕。
帰ろとして教室の照明スイッチに手を掛けた瞬間、パンという乾いた、しかし大きな音が下方から聞こえてきた。
「ん? これって破裂音だよね。まるで火薬が……」
僕が疑問に思うと同時に更に連続してパンパンという音が響き、夜の窓から閃光が見えた。
「うわ! これって銃撃音!?」
僕は急いで部屋の照明を切り、寝転がった。
「ど、どうして? あれ、そういえばさっき宗方先生が変な事を言ってた気が」
その後も、散発的に破裂音が校舎内に響く。
「うわ! こ、怖いよぉ。誰か、助けてぇ!!」
僕は思わず頭を両手で抱え、恐怖に震えてしまう。
さっきまでとは別のドキドキで心臓が痛い。
「怖い」という言葉で頭の中がいっぱいになった。
自転車で汗をかいていたポロシャツの背中、今度は冷たい汗でびっしょりになる。
……怖い、怖い、怖い! もう柊さんに会えないの? 僕、こんな処で死んじゃうの? そ、そんなの嫌だ!
僕の脳裏に、恥ずかしそうに笑う柊さんの姿が浮かんだ。
「マモル! 恐怖を飼いならせ。恐怖こそ最高のセンサー。自分を、そして愛する人を守るとき、自分の中の恐怖に打ち勝ってこそ男の子だぞ。好きな子の前で良いカッコしたいだろ?」
柊さんの姿がキッカケになったのか、恐怖に襲われていた僕の脳内に爺ちゃんの言葉が蘇る。
中学生時代のイジメで家に閉じこもった僕。
爺ちゃんは、僕を自分の合気道道場へと半分無理やりに連れて行き、色んな事を教えてくれた。
僕は、そこで沢山の人々に触れ合い、爺ちゃんから心の在り方と技術を学んだ
その教えで僕は強くなり、再び学校にも通えた。
「そ、そうだ! ここで怖がっていても危ないだけ。今は、ここから逃げよう。もう一度、柊さんに会うんだ。今度、柊さんに会ったら好きだって伝えるんだ!!」
僕は勇気を振り絞り、匍匐前進をしながら教室より廊下に出た。
「これって下の階で戦闘をしている? 下から音が聞こえるんだけど? どうして夜の学校で銃撃戦なんて? ん? 銃撃音が二種類ある。フルオート自動小銃と拳銃? 別の組織同士で撃ちあってるの?」
僕の趣味にミリタリーがあるが、その知識では銃撃戦や爆発に巻き込まれたら、まずは身を守るために姿勢を低くしろとある。
それだけで銃弾や爆弾の破片に当たりにくくなるからだ。
そして状況を冷静に判断し、逃げるか、隠れるかを決める。
……ゴルゴさんも外務省との話で言ってたっけ? 他にも、冷静さを失った瞬間、死ぬって誰かが言ってたような。
「そうだ! 110番を。あれ? 電話が繋がらないし、インターネットにも繋がらないよ?」
スマホの電波、アンテナが一本も立っていない。
いつもの学園なら5Gどころか無料WiFiすら完備。
電波が繋がらない事は、あり得ない。
「電波妨害、ECMも行う相手なんだ。じゃあ、急いで逃げないと危ない! 学園ごと爆破されてもおかしくないよ」
手榴弾なのか、大きな爆発音とともに校舎が揺れ、強化ガラスな窓も大きく揺れる。
戦闘はどんどん激しさを増している様に、僕は思った。
「何処で戦闘をしているんだろう? そこを避けて逃げよう。あ、宗方先生も一緒に逃げなきゃ」
僕は、廊下にある大鏡を通して下の階を見る。
銃撃音と閃光から、戦闘は向かいの棟の二階で行われている様だ。
……窓から直接外を覗くなんて怖くて出来ないよ。流れ弾当たっても死んじゃうもん。
「じゃあ、このまま階段を気を付けて下りて逃げれば」
僕は姿勢を低くしたまま、一路階段を目指した。
◆ ◇ ◆ ◇
「あと、もうちょっと」
僕は、無事に一階まで逃げることが出来た。
一階の廊下は、満月が雲に隠された事もあって薄暗い。
しかし、戦闘音は僕にどんどん近づく。
向かいの棟の一階窓には、銃口からの閃光がいくつも見えた。
強化ガラスで出来ている窓も弾丸を受けて割れていく。
「慌てず急いで、確実に」
僕は頭上に弾が飛んでいる中、恐怖心と戦いながら廊下を匍匐前進する。
このまま進めば宿直室。
そこで宗方先生と合流し、一緒に逃げる。
まだうら若い女性である先生、僕以上に怖がっているに違いない。
僕は、薄明りが扉から漏れる宿直室を目指した。
「ちきしょー! この小娘がぁ!」
「アンタらこそ、わたしの学校で暴れないでよぉ!」
しかし、僕の目前の窓、強化ガラスが銃撃で割られる。
そこから男らしき者が飛び出し、廊下に転がってきた。
防弾具とタクティカルベストに身を固め、暗視装置を被った男。
体勢を整え、銃口を何かに向けた。
……ひぃぃ! 怖い。あいつ、AK自動小銃を使ってるよぉ! 装備が凄い。こいつ、プロだ!
バナナマガジンを入れ替えボルト操作して、引き金を引く男。
フルオートで暴れる銃口から飛び出した弾丸は、廊下の壁や窓に幾つもの弾痕を残す。
しかし、男よりも後。
割れた窓から飛び出してきた小さな影は、銃口が指し示す先よりも早く動く。
「この魔女め!」
「魔女で結構。いい加減やられなさい!」
暗闇の中、蒼い眼だけを輝かせた小さな影は子供みたいな高い声で叫び、手に持った拳銃を二発撃つ。
拳銃弾は男の両肩を貫き、男は倒れた。
「もう、手間かけさせないでよね!」
小さな影は、男が取り落とした自動小銃を遠くに蹴り飛ばす。
そして男に銃口を突き付けた。
その時、それまで月を隠していた雲が晴れ、廊下へ満月の灯りが届く。
「え、柊さん?」
僕の目に月明かりに照らされた、まるで月の妖精のような美少女が現れた。
なんと、美しい彼女は僕が良く知る左隣に座る女の子、柊さんだったのだ。