第38話 逆転開始! 僕らはテロなんかに負けたりしない。
アーシャちゃんが体育館を出て十分もせずに、火災警報が鳴り出した。
もちろん銃撃音もひっきりなしだ。
……アーシャちゃんが、今も戦っているんだね。
「大分、運動場の動きも激しくなってきたね」
「そうでござる。おそらくアリサ殿が頑張って戦っているから兵を校内に戻したいけれども、銃撃音を聞いて警察が動きはじめたでござるから」
警察だけで無く自衛隊も動いてるらしく、遠くには起動させた自衛隊のパワードスーツらしきものも窓越しに見える。
「今がチャンスでござるね。こちらに敵の視線が来てないでござるから、敵の真ん中に爆弾をスライドさせるでござる」
「じゃあ、皆。準備は良い?」
「おう!」
僕とユウマくんは窓際、天幕の隙間からそっと外を観察中。
敵兵が騒がしくしているので、動くチャンスが来たと判断した。
既に体育館の床、爆弾設置場所から体育館の大扉、運動場に向かって開く扉までは念入りにワックスが塗られていて、つるつるだ。
「それじゃいくよ。5、4,3、2、1、ゼロ!」
「うぉぉぉ!」
僕の掛け声で、野球部とサッカー部の上級生らが炊飯器爆弾を勢いよく押し出した
つるつるになった体育館の床の上、爆弾はカーリングの石よりも早く動く。
「今だ!」
ユウマくんの声で、体育館の大型引き戸が開かれる。
そして扉の前でモップを持っていたゴルフ部のアマチュアプロな女子生徒が渾身のちからで、炊飯器爆弾の横っ腹を叩いた。
「いっけー!」
爆弾は滑ってきた勢いのまま、いや更に加速して飛んでいく。
運動場に待機しているパワードスーツと随伴歩兵達のど真ん中に。
「扉閉め! 全員眼を閉じて、口開いて、耳塞いで伏せろー!」
ユウマくんの指示で全員伏せる。
僕も耳をふさいだ瞬間、爆発が起きた。
◆ ◇ ◆ ◇
「マモル殿、大丈夫でござるか?」
「うん、なんとか。皆も大丈夫?」
僕は身体の上に落ちてきていた強化ガラスの四角い破片を払い落す。
周囲を見回すと、皆は耳を押さえつつも大きな怪我とかはなさそうだ。
……普通のガラスだったら大怪我だよね。窓を強化ガラスにしてくれた先生達に感謝だよ。
僕は、そっとガラスが吹き飛んだ窓の下から外を覗き見た。
「うわぁ。これは大変だ」
爆弾は体育館から十メートル弱飛び、パワードスーツに上手く命中して、そこで爆発した。
直撃を受けたパワードスーツは全壊、横に居た随伴歩兵らは全員血まみれになって地面に倒れ伏していた。
……これは彼らが自爆しただけ。自業自得だ。これで三人は倒せた。残りは二十人とボス!
僕は胃液が口元にまで上がるのを我慢して、次の行動に移る。
「僕とユウマくんは、敵のパワードスーツを無力化しに行きます。皆は灯りを使って警察に救難信号を送ってください。念のために小銃を一丁置いておきます。敵が撃ってきたら当たらなくても良いから、弾幕で敵の頭を押さえて」
「ああ、分かった。お前ら、死ぬなよ!」
「ありがとうございます!」
「御意!」
生徒会の男の子に僕は小銃を渡し、パワードスーツが駐機されているだろう駐車場までユウマくんと共に走った。
「マモル殿。ここからが本番でござるよ」
「うん。敵も馬鹿じゃなければ動くだろうしね」
隣の校舎では、サイレンが鳴り響く中に激しい銃撃音が聞こえる。
まだ、アーシャちゃんは戦っている。
だったら、僕たちがすべき事はアーシャちゃんの戦いを支援すること。
爆弾の解除、人質の解放、敵最大の戦力であるパワードスーツの無力化。
……銃を撃てなくても、僕らの戦いはできるものね。
「あのタイプのパワードスーツ、某は操作方法とオペレーションについて知っているでござる。出来れば駐機中に破壊するなり、奪うのが一番でござる」
「凄いね、ユウマくん。当てにしてるよ」
僕はユウマくんに感心しつつ、廊下を先導して移動する。
もちろん曲がり角ごとに警戒しつつ。
僕は敵から奪った拳銃を、ユウマくんが小銃を構えて移動だ。
基本、廊下の真ん中を姿勢低くして進む。
……一応、CQCの基礎とかサバゲ―での動きくらいは僕にも出来るんだ。
僕らは運良く誰にも接敵せずに、駐車場横まで近づくことが出来た。
建物の影に隠れてそっと向こうを覗くと、誰かが大声で叫んでいた。
「お前ら、早くスーツを一台以外全部出せ! 外はスーツと歩兵が、どっかからの攻撃でやられちまった。警察や軍が突入してくるのを阻止しろ」
「分かりました、『アルファ』。で、『アルファ』はどうなさりますか?」
「俺も討って出る! さっき、ボスは始末した。あんな馬鹿、サッサと殺した方が良かった。いらん事だけして邪魔だったからな。今から本来のターゲットのメスガキを追い詰めに行く。スーツを一台貰うぞ」
「了解です!」
スーツの整備士らしき男に『アルファ』、ヤーコフが日本語で指示していた。
彼が、僕らが聞き取れない英語やロシア語で話さなかったのは幸いだ。
彼らが話している間に、別の一台のスーツが運動場へ飛び出していった。
四本あるうち、右の機械腕に50口径クラスのライフルを装備したパワードスーツ。
身長三メートル程度と小型ながら対戦車兵器も使える、市街戦最強兵器。
型落ちとはいえ、とても普通のテロリストが簡単に手に入る兵器ではない。
……整備士や他のスーツオペレーターは日本人っぽいから、日本語なのかな? こっちとしては助かるけど。でも何処からスーツを入手したのやら。米軍基地がどーとか朝に言ってたから、そこからかな?
なんと、ヤーコフはボス、四十路くらいの太った男を始末したらしい。
話ぶりからして、ヤーコフの目標は最初からアーシャちゃんの殺害。
彼女を弄ぶための切っ掛けに、ボスとやらを山車に使っただけだし、先生を殺したのもアーシャちゃんを苦しめるだけ。
事件終了後にボスへ罪を全部被せて、海外逃亡というのが流れではないかと、僕は想像した。
「『あの方』やヤーコフって、アーシャちゃんをターゲットにしたのかなぁ?」
「その可能性は否定しないでござるが、今は目の前の敵をなんとかするでござる。ヤーコフが出て行ったら動くでござる」
「うん」
僕らは、やむなくヤーコフがスーツに乗って出ていくのを見守る。
僕たちでは、ヤーコフとまともに戦っても勝てない。
圧倒的に強い敵には、奇策と奇襲で勝負するしか無い。
……アーシャちゃん、待っててね。僕が必ず後から助けに行くから!
残る一台のスーツのハッチが開く。
パイロットスーツを着込んだ痩せ型の男が、そこに乗り込もうとしていた。
また、整備士はパソコンに眼を落している。
「ユウマ君、今!」
「御意!」
僕は音もたてずに、背を向けていたスーツオペレーターに襲い掛かった。