第37話 僕たちに別れを告げるアーシャちゃん。
「じゃあ、そろそろわたしは一人で行くね。敵がここに来る前に迎え撃たなきゃ。貴方たちは後をお願い。銃撃戦が始まった後に爆弾を無力化して逃げてね」
アーシャちゃんが、突然僕達から別れて単独行動をすると言い出した。
「どうして? 僕はアーシャちゃんの背中を守るって約束したよね。今がその時じゃないか!?」
「いいえ! 所詮、わたしは死神なの。今回の事も、半分はわたしの責任。先生も貴方たちも学校の皆も巻き込んでしまったわ。もう、皆んなやマモルくんの側に、わたしは居られないの!」
とても悲しそうな顔で、僕に別れを告げるアーシャちゃん。
アーシャちゃんの白磁な頬に、つーっと涙が流れた。
「そ、そんな事言わないでよ! 僕はね、ずっとアーシャちゃんの側に居たい。一生、共に居たいって言ったよね。それをアーシャちゃんも同意してくれたじゃないか!?」
「あの時は、もう大丈夫と思ったの。わたしは皆を守れるって思ったから。でも現実は、こうなの! 宗方先生は殺され、校長先生は蹴られ、学校の皆は人質にされちゃったわ。わたしじゃ。皆を守れない! わたしは敵を殺すくらいしかできない、ただの殺人鬼なのよ! わたしは、マモルくんから離れるしかないの!!」
泣き叫びながら、もう僕と一緒にいられないと訴えるアーシャちゃん。
「そ、そんなことは絶対に無いよ。今から僕と一緒に戦って、こんな馬鹿な事した奴らを倒そう!」
「嫌なの。マモルくんが人殺しになるのは、一緒にいられないよりも嫌なの! わたしと一緒にいたら、マモルくんは人殺しになっちゃう。お義母さまにも、お義父さまにも、ミワちゃんにも、悲しい思いをさせたくないの! だから、だから……。さようなら!」
いきなり僕に抱きついてキスをするアーシャちゃん。
その後、僕に背を向けて体育館から飛び出して行った。
「アーシャちゃん!」
僕はアーシャちゃんを追いかけようとする。
「マモル殿! 今、追いかけたらアリサ殿が危ないでござる!」
しかし、ユウマくんは僕の肩に手を置き、僕をを制した。
「どうして!? あのままじゃ、アーシャちゃんは自暴自棄になって敵を倒しても死んじゃうよ!」
「だからこそでござる。正直、マモル殿は銃撃戦では生き残れないでござる。足手まといになり、二人とも死んでしまうでござるよ!」
「じゃあ! アーシャちゃんが勝手に死ねって言うの? 皆に怖がられて、僕からも離れて一人でアーシャちゃんに死ねって言うの!?」
ユウマくんが言おうとしている事は、理性で正しいとは思う。
でも、感情はアーシャちゃんを思う気持ちでいっぱい。
今、ユウマくんの意見を僕は聞けない、そう思った。
「だから落ち着いて、マモルくん! ぼくだって、もう誰にも死んでほしくないんだ。それはアリサちゃんも一緒。だから、ぼく達はアリサちゃんを背後から支援するんだ! ぼくも戦うよ」
「え!? ユウマくん?」
僕はユウマくんの顔をじっと見た。
そこには、普段のオタクなユウマくんは居ない。
冷静に事態を見通して最適解を指示できる指揮官が居た。
「とりあえず、爆弾をなんとかしよう。あ、皆。動ける子は手伝ってくれない? あ、お手伝いを頼むでござる!」
僕を説得するときは、らしくない真面目な顔で話していたユウマくん。
恥ずかしそうにして普段の「ござる」に戻り、周囲の子達に協力を願った。
「もう俺達は何もしないでいいじゃないか。柊が敵を皆殺しにして終わりだろ?」
「そうよ。もう怖い事なんてしたくないわ! 全部、柊さんがやったらいいの。人殺しなんて勘弁」
「近くにずっと人殺しがいたのよ? もう怖い事は嫌なの!」
しかし、荒事に慣れていない皆は拒否をする。
それどころか、アーシャちゃんの事を人殺しと非難する。
……もしかしたら、以前のインターナショナル・スクールでの事件の時も同じ経験をしたから、アーシャちゃんは僕たちの前から去ったのかも。
「そうでござるか。しょうがないでござる。では、マモル殿。二人で戦うでござるか」
「うん!」
僕は体育館倉庫に向かい、そこから床用ワックスを持ち出した。
「……どうして植杉くんは、戦えるの? 怖くないの? 柊さんが好きだからなの?」
ワックスの缶とモップを爆弾の前に運んでいる時、僕はクラスの女の子から声を掛けられた。
「僕だって怖いよ。でもね、何かしなきゃって思うんだ。自分が出来る事をしなきゃって。それにね、何もしなかった後で後悔はしたくないんだ。どうして、あの時動かなかったんだって」
僕は、人助けをしたのに裏切られた事がある。
そして、その後苦しんだ。
でも、今は助けた事を後悔なんてしていない。
やりたいからやった。
自己満足かもしれないけど、僕は誰かを助けたい。
大好きなアーシャちゃんも助けたい。
だから、今出来る最大の事でアーシャちゃんを支援する。
アーシャちゃんの笑顔を、もう一度見たいから!
「……植杉くんって可愛い顔して強いんだね。教えてくれない? 柊さんは、ずっと今みたいな事をしてきたの?」
「うん。アーシャちゃんは生まれた時から過酷な環境に居て、殺し合いをしなきゃ生き残れなかったんだ。でもね、決して殺したくて殺してる訳じゃないんだ。自分を守るため、大事な人を守るため、止む無く殺してきた。最近は出来るだけ、殺さないようにして事件を解決してたよ」
クラスの女の子が聞いてきたので、僕はアーシャちゃんの事を簡単に教えた。
「本当は甘えん坊で、寂しがり屋。すぐに恥ずかしくなって顔を真っ赤にするし、焼きもちも焼く。猫が大好きで、とても優しい。幼い笑みがとっても可愛い、何処にでもいそうなツンデレな女の子。それがアーシャちゃんなんだ!」
僕は、皆に話しながらアーシャちゃんの無事を祈る。
先程から、銃撃音が校舎の方から聞こえてきた。
おそらく、僕たちの方に兵を送らないように自分が囮になって、敵兵を倒しているに違いない。
「植杉。俺達も手伝わさせてくれないか? 小さな女の子に殺し合いをさせておいて、男が何もしないのは癪にさわる。テロリスト共に天馬学園の力を見せて付けてやろうぜ!」
「あ、ありがとうございます!」
上級生の男の子から、僕たちを手伝う声が上がった。
僕は嬉しくなって、泣いてしまった。




