第30話 僕とアーシャちゃん。二人きりの時間。
「わたしね、お父さんと一緒に組織『秘密の兄弟団』を破壊したの」
「アレクサンドルさんから話は聞いたけど、酷い組織だよね。いくら『国』の為だからって子供たちを改造して兵士やスパイにしていくなんて」
やっと僕に顔を見せてくれたアーシャちゃん。
僕が給仕、というかフォークで突き刺したハムなんかを食べてくれた。
……アーシャちゃんって、泣き虫の上に甘えん坊なのかもね。
「あーんってしてくれない、マモルくん」
「は、はい」
そういう訳で、僕がアーシャちゃんにご飯を食べさせてあげているのが今だ。
「組織の構成員の大半は、パーパと他の子達の親が一緒になって『退治』したわ。組織の上役も捕まえて、証拠込みで大統領あてに送って、何かあれば世界のマスコミにばらすって言ったの」
「そういえばユウマくんが言ってたね。今から四年くらい前にFSBやGRUで大量の人事異動があったって。お父さん達が頑張ったから、組織解体になったんだ」
「後から聞いた話だけど、費やしたコストに対して効果が思ったほど出なかったんだって。それと軍部の中で反乱寸前にもなったそうよ? 子供を人質や生贄にする様な国になんて従えるかって」
ゆっくりだけれども、朝食を食べてくれているアーシャちゃん。
今は、僕が差し出すトーストに齧り付く。
「でも、残党が居たんだね」
「うん。事件後、『国』に嫌気をさしたパーパは、軍を辞めて出国したわ。わたしを連れて」
アーシャちゃんは、アレクサンドルさんと共に『国』を離れた。
しかし、『国』や『国』から放棄された組織残党は、秘密を知るアーシャちゃんとアレクサンドルさんを証拠隠滅のために幾度も襲った。
「最初は東欧とか旧ソ連衛星国家辺りにいたんだけど、何回も暗殺者が来て嫌になったわ。その時に、日本国籍を持つわたしの保護に日本外務省が動いてくれたの」
「そして日本に来たんだね、アーシャちゃん」
アレクサンドルさん、アーシャちゃんを守るために日本に、『国』の情報を流した。
その代わり、自分と娘を守って欲しいと。
「パ―パは軍や駐在武官をしていた経験を生かして、外務省付の護衛武官になったの。そうしたら合法的に武器を持てるし、日本が後ろ盾になってくれるから。日本国籍も貰ったわ」
「そしてアーシャちゃんが公安のエージェントになったのも、自分の身を守るためだったんだね」
「うん。インターナショナルスクールでの事件後、わたしの身元を守るため、そして合法的に武装出来るようにって公安の『犬』になったわ」
未だ幼い少女を襲う敵は多い。
彼女自身を守るためには、戦闘力が十分ある彼女に武装させるのが敵の油断を誘う効果もあって間違いない。
更にインタナショナルスクール襲撃事件で、アーシャちゃんが犯人を射殺してしまった事を公安所属のエージェントが業務で行った事に時系列をさかのぼってすることで、アーシャちゃんを守れる。
……かなり強引だけど、一応辻褄は合うよね。そしてアーシャちゃんが、少女の身を利用して色んな事件を解決することで、公安は一石二鳥を狙う訳か。
「僕の父さんも母さんも、アーシャちゃんに汚れ仕事をさせる『上』には怒っているんだ。だからこそ、普段はアーシャちゃんが幸せに過ごせる様、アーシャちゃんの帰る場所、日常でありたいって言ってくれたんだ。それは僕も同じ。僕がアーシャちゃんの帰る場所になりたいんだ!」
「……ほ、本当に良いの? わたしを狙う敵は多いし、わたしは事件を呼んじゃう死神よ?」
怯えながらも、僕に問いかけるアーシャちゃん。
自分を受け入れてくれるのかと。
「そんなの良いに決まってる。いや、父さん達が嫌だって言っても僕が絶対にアーシャちゃんを守る。僕の名に懸けて!」
「……ぷ! それってダジャレなの? マモルくんがわたしを守るって?」
先程までの不安そうな顔が消え、笑い出したアーシャちゃん。
僕はアーシャんちゃんの笑顔を見て安堵する。
「やっと笑ってくれた。アーシャちゃん、僕は君の笑顔が一番大好きなんだ。その笑顔を僕は一生守るよ!」
「……さっきから孫がどーとか、一生守るとか。マモルくん。わたしの気持ちを無視して、プロポーズしてるのかしら?」
僕の唇に人差し指を触れさせ、いたずらっ子の様な幼い笑顔を見せるアーシャちゃん。
僕は、彼女の言葉と表情にドキンとした。
「あ!? そ、そういえば、ずっと僕の気持ちだけ押し付けてた。ごめん、アーシャちゃんの気持ちを全く考えずに……」
「しょうがない、マモルくんね。じゃあ、ダメなマモルくんに罰ゲーム。このポテトフライを自分の口で咥え、口移しでわたしに食べさせて」
顔を真っ赤にさせたアーシャちゃん。
僕に口移しでポテトフライを食べさせてと言い出した。
「そ、それってキス……」
「なに!? わたしに口移しで食べさせるのが嫌なの、マモルくん?」
僕に向かってドヤ顔で迫るアーシャちゃん。
その桃色でぷるんとした唇が、僕の視界の中でいっぱいになる。
「さあ、どうするの?」
「じゃ、じゃあ……」
僕は長めのポテトフライを咥え、そしてアーシャちゃんに迫った。
「来て、マモルくん」
両手を広げ、僕を迎えるアーシャちゃん。
そして僕の咥えたポテトフライは、薄く開いたアーシャちゃんの唇に吸い込まれた。
「マモルくん。わたしも貴方が大好き。ずっと一緒に居てね」
「うん」
僕たちの唇は、そっと触れ合った。
二人抱き合った僕たち、しばしお互いの体温を感じあった。
◆ ◇ ◆ ◇
「パーパ!」
「アーシャ」
部屋から出てきたアーシャちゃん。
お父さんに、涙をこぼしながら飛びついた。
受け止めるアレクサンドルさんも泣き顔だ。
「イい加減、大きくなっタと思ったけレど、泣き虫は治らないね、アーシャ」
「パーパこそ、泣き虫じゃないの!」
泣きながら抱きしめ合う父と娘。
僕は、この風景を見て幸せな気持ちになった。




