第29話 それでも! 僕はアーシャちゃんと一緒に進む。
「そんな酷い事があったのですか、リヴィンスキーさん?」
「えエ、お母様。アメリカに様々な面で遅れ、焦っていた母国は悪魔に心を売り渡シ、禁断の人体実験『超人開発計画』に手を出したのデス。アーシャの場合、私にも秘密裏に『投薬』が行われていたようで、精子時点からの遺伝子レベルでのチューニングが行われテいた可能性すらアルようです」
「もしやすると、アリサ殿の母上が妊娠中毒を起こしたのも、アリサ殿が普通の胎児でなかったからでござるか?」
僕らはアーシャちゃんのお父様、アレクサンドルさんから過去の話、アーシャちゃんがどうして今のようになったのかを聞いている。
「でもアーシャちゃんは、僕の大好きなアーシャちゃんだと思うんだ。その生まれや育ちに何があっても、優しくて寂しがり屋な女の子だよ!」
「マモルくんガ、そう言ってくれるのは、父親としテ嬉しイですね」
僕が、どんな経緯があってもアーシャちゃんが好きと言うと、アレクサンドルさんは僕の方をアーシャちゃんと同じ、暖かい灰蒼の眼で見てくれた。
「私は、母国に帰るたびアーシャに会おウとしまシた。しかし、国は何かト理由を付ケてアーシャに面会すルことを邪魔してキマした。もちろん手紙ハ検閲があっテ、当たり障りのないコトしか書いてイマセンでシタ。ある時マデハ……」
アーシャちゃんからの手紙に、10歳になったくらいから妙な言葉が増えてきた。
手紙を見ると、頭文字に違和感を少し感じる。
よくよく見れば頭文字だけを読むと「日本語」で言葉が隠されていた。
「助けて」と。
「私はアーシャに対し、同じ様ナ暗号で手紙ヲ書きました。『何があった?』と」
その後、暗号から真相を知ったアレクサンドルさんは同じ様に子供を施設に預けている親たちと接触し、共に子供たちを救うために動いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「アーシャちゃん。部屋に入るけど良い?」
僕はアーシャちゃんが居るホテルの部屋のドアをノックし、声を掛ける。
しかし、反応は一切ない。
「……じゃあ、入るよ」
何も返事が無いのを了承として、僕は母さんから借りた合鍵カードを使いドアを開けた。
「アーシャちゃん?」
分厚い遮光カーテンに遮られて、朝なのに真っ暗な部屋の中。
薄明りの中、ベットの上に毛布に包まれた「こんもり」な固まりがあるのが見える。
「ご飯、食べていないんだ? 食べなきゃ、身体を壊しちゃうよ?」
僕はベット側に部屋備え付けの椅子を動かし、そこに座る。
……飲み物にも手を付けていないか。このままじゃ、アーシャちゃんが壊れちゃうよ。
「アーシャちゃん。一言、話さなきゃって思っていたんだ。これは皆も同じ思い。ありがとう。君のおかげで沢山の人達が助かったよ」
僕は聞いていないかもしれないと思うも、アーシャちゃんに感謝の言葉を告げる。
事実、アーシャちゃんが犯人を射殺したことで、多くの命が救われたのだから。
……寝ているのかな? あ、動いた。ちゃんと聞いてくれているんだ。
僕は毛布がピクリと動いたのを確認し、独り言を言い出す。
「ここから先は僕の独り言。僕ね、始めて見た時からアーシャちゃんの事が気になっていたんだ。入学式の日の駅だったかな? とっても綺麗な子がいるなぁって」
それから僕は、アーシャちゃんと出会ってからの話をしだす。
僕の思いを伝えたくて。
「夜の学校で拳銃を付きつけられた時はびっくりしたよ。でもね、あの時のアーシャちゃんは、とっても綺麗だったんだ。まるで月の妖精みたいに……」
「……わたし、妖精みたいに清い存在じゃないよ」
僕の独り言に反応してくれたアーシャちゃん。
僕は、気が付かないふりをして話を続けた。
「そこから先、アーシャちゃんと話す様になって、もっとアーシャちゃんの事が好きになったんだ。強くて綺麗だけど、ツンデレで猫好きで可愛くて怖がりな女の子」
「……そんなにわたし、ツンデレだったの?」
反応があるので、僕は話を更に続けた。
「そんなアーシャちゃんが僕は大好きになったんだ。この子を守りたい、ずっと一緒に居たいって」
「……わたし、周囲に死を振りまく死神なのよ? 死と月の女神なのよ?」
自虐気味に呟くアーシャちゃん。
……あれ? 自分でも綺麗だって思っているんだ、アーシャちゃん。まあ、実際アイドル級の美人だものね。
ヘカテーとは死と魔術、豊穣と出産をつかさどる月の美しい女神。
月の印象が深いアーシャちゃんには似合っている二つ名なのかも知れない。
「僕は絶対に死なないよ。僕の夢はね、アーシャちゃん。沢山の孫や曾孫達に囲まれて幸せに逝くこと。そこにはアーシャちゃんが居て欲しいんだ。僕の妻として……」
「……まだ懲りないの? わたしと一緒に居たら死んじゃうのよ?」
僕の「独り言」に反論するアーシャちゃん。
しかし、その声は涙声。
泣き叫ぶのを必死に我慢している声。
「絶対に僕は死なない。それに、アーシャちゃんも死なせない。僕が絶対に守るよ」
「そんなの無理だよぉ!」
自分を覆っていた毛布を跳ね除け、突然起き上がるアーシャちゃん。
その顔はすっかり涙に濡れ、ぐしょぐしょだ。
「わたしやお父さんを狙うテロリストが沢山居るんだよ? だって、アイツらの計画をわたしとパーパが全部壊したんだもん」
「その話はお父様、アレクサンドルさんから聞いたよ。アーシャちゃんが情報を流して、組織を破壊したってね」
「え、パーパが来ているの!?」
「うん。僕らの部屋で待ってくれているんだ。アーシャちゃんが部屋から出てくるのを」




