第28話 地獄の育成機関。わたしは……。
「アリサちゃん。ここに朝食を置いておくから、食べられるだけ食べてね」
わたしは、ホテルのベットの中。
一人丸まって動かない、いや動けない。
……だって、わたし。皆の前で人を撃ち殺しちゃんたんだもの。
マモルくんのお義母様、合鍵を使い態々わたしの枕元まで朝食を運んでくれている。
「また後で来るわ。いつでもお話しを聞くから、呼んでね」
お義母様は、布団に包まるわたしに優しく声をかけてくれる。
……お義母様、わたしの手が血塗られているのを実際に見たのに、どうして声をかけてくれるの? でも、いずれは離れていくに違いないの。だって……。
厚いカーテンで朝の光を遮られた部屋。
それは、わたしの心の中と同じ漆黒。
「わたしの周りからは誰も居なくなっちゃうの。ミーシャくんも、カーシャちゃんも。どうせマモルくんも、すぐに居なくなっちゃう……」
わたしの心は、どんどん落ちてゆく。
かつての地獄の日々、「Тайное Братство」時代へと……。
◆ ◇ ◆ ◇
「アーシャちゃん。この日本語って、どう読むの?」
「えっとね、カーシャちゃん。『わたし』って書いてて自分、という意味なの」
生まれてすぐに母親を失ったわたし。
軍の情報部に勤務している父が外国勤務が多いため、軍が管理をしている養護施設「暖かい家」で育った。
「アーシャちゃん。すごいね、ロシア語だけでなく、英語に日本語も読めるんだ!」
「そんなにすごくないよ、カーシャちゃん。ミーシャくんはドイツ語にスペイン語も読み書きできるんだよ? わたしが日本語を読めるのは、お母さんが日本人だったのと、お父さんに教えてもらってたからなの」
物心つく頃、わたしは自分と同じような境遇、片親が軍に勤務している子や亡くなった両親が軍勤務だった子供達と一緒に育てられていた。
そこでは、子供達へひそかに人体強化やドーピング等が行われ、小学校に行く頃には各員が得意な専門分野へと送られていった。
後から、国家単位での人体実験、将来の国を支える人材の育成を目的としたプロジェクトだったと、わたしは知った。
……特に運動能力が高い子は、オリンピック選手になるような専門校に行ったそうなの。彼らはまだ幸せよね。薬漬けになっても、わたし達みたいに殺し合いをしなくていいんだもん。
「それでもアーシャちゃんはすごいの! 勉強も運動も、射撃もできるんだもん。わたしは、銃が怖くて撃っても当てられないの。アーシャちゃんなら、日本向けの凄腕スパイになれそう?」
「わたし。カーシャちゃんには、ナイフバトルで勝てないんだけど? スパイはどーなのかなぁ? 普通にお父さんみたいな駐在武官補佐で良いもん」
この頃、わたしは国の秘密スパイ養成機関「秘密の兄弟団」にいた。
わたしの場合、容姿が日本人の母譲りなアジア系。
更に多言語と銃を扱う才能があったようで、対アジア方面向けにと考えられていた様だ。
「アーシャちゃんなら、国のために頑張るすごい子になると思うよ」
「わたしも、国には育ててもらった恩返しはしたいな」
そう、この頃のわたしは、純粋に国を信じていた。
国が発展していき、更に国民や世界が幸せになる事を夢見てた。
しかし、わたしの幼い夢は現実に壊されていった。
「そういえば、あの子は最近見なくなったよね」
「親戚のお家に引き取られたんだって」
訓練や学習を続けるうち、皆に付いていけない子が出てきだした。
そんな子達は、いつのまにか施設から消えていった。
……先生たちは、居なくなった子は引き取られていったって言ってたけど、全部ウソだったのよね。
これも後から知ったことだけれども、スパイに不向きと判断された子達。
一部は記憶処理の実験対象になった上、親元に返された。
大半が記憶を失うと同時に廃人化したのだが。
そして中途半端ながら「使える」と判断された子達は、「人間爆弾」。
要人暗殺用の使い捨てコマになって死んでいった。
……爆弾だけじゃなくて、神経ガスや放射性物質を使った自爆毒殺なんかもあったらしいの。
残されたわたし達にも悲劇は訪れた。
「おい! どうして、そこでトドメを刺さんのか!? これが実戦ならお前死んでるぞ? 仲間なんて戦場では足手まとい。自分が生き残る事だけ考えろ!」
戦闘訓練教官ヤーコフは酷く残酷な人間で、訓練をしていたわたし達を酷く痛めつけた。
まだ10歳にも満たない少年少女たちを、戦闘訓練と称して罵倒しながら殴ったりした。
これも後に知った話だが、ヤーコフは旧KGB、現在のFSBからの出向者。
戦場で数多くの虐殺行為に加担。
軍から追い出されて情報部にいくも、そこでも残忍な捕虜虐待、拷問をすることで更に問題になった。
行き場のなくなった彼は、スパイになる子達に拷問耐性を与えるために教官になった。
「オラオラ! 捕まったスパイは死ぬよりも酷い拷問を受けるんだ。だから、捕まったら潔く死ね! さもなくば、死ぬ前に敵を皆殺しにしろ!」
ヤーコフによって、何人もの子供達が死んだり、再起不能になった。
「どうして、わたしがアーシャちゃんを殴らなきゃならないの? もう勝負はついたんだから、それで良いじゃない? わたし、友達を殴ったりできないよ!」
「オマエ、俺に逆らうのか? 俺は教官、俺の言葉は国の言葉も同じ。もう一度、聞く。オマエは国に逆らうのか?」
「そうよ! 仲間や友達を大事にするの、何処が悪いの!!」
ナイフ戦闘訓練で、わたしを負かしたカーシャちゃん。
とどめを刺せ、殴って倒せと迫るヤーコフに友達を傷つけられないと反論をした。
「そうか。では、国家反逆罪で死ね!」
いきなり拳銃を取り出したヤーコフ。
躊躇なくカーシャちゃんの頭を拳銃で撃ちぬいた。
「カーシャちゃん!!」
崩れ落ちたカーシャちゃんを、わたしは抱きとめた。
しかし、カーシャちゃんの瞳は何も映しておらず、わたしの手はカーシャちゃんの熱い血で濡れていった。
反対にどんどん冷たくなっていくカーシャちゃん。
「カーシャちゃん、カーシャちゃん! うわぁぁ」
その後、勝手に子供を殺したことでヤーコフは施設にはいるものの、教官からは外された。
カーシャちゃんの遺体は、わたしから無理やり奪われていった。
カーシャちゃんがどこに埋葬されたのか、組織が解体された今になっても分からない。
「マモルくん。わたし、壊れちゃうの……」




