第26話 アーシャちゃんの父親アレクサンドルさん登場。
「ママ、マモル、ミワ! 大丈夫かい?」
「ええ、パパ。皆、アリサちゃんのおかげで無事よ」
ホテルに、父さんが飛んできたのは深夜。
既にミワは眠っていたけれども、父さんの声を聴き起きだしてくる。
「おとーさん! 怖かったよぉ」
口では平気そうな事を言っていたミワ。
それでも目の前で殺し合いを見てしまったのは恐怖だったのだろう。
父さんに飛びつき、涙をこぼしていた。
「マモル。事情は移動中に聞いた。アリサさんは今?」
「部屋に閉じこもっているんだ。謝るばかりで、出てこなくて」
「そうか。礼を言わないといけないと思っていたのだけれども。俺はまだ拳銃を人に向けて撃ったことは無いが、それを幼い女の子の身で行う事の精神的負担は凄まじいと思う。助けてもらって何だけれども、公安上層部は一体何を考えているんだ!? 先生、お話を聞いて良いですか?」
アーシャちゃんの事を心配して憤ってくれる父さん。
僕も何故、苦しみながらもアーシャちゃんが公安の仕事をしているのか知りたいと思った。
……アーシャちゃんからは護身のために公安と取引をしたと言ってたけど、それだけじゃないよね?
「……そうですね。既にアリサちゃんをご家族の一員として見て下さってます植杉さんご家族には、話を聞く権利はあると思います。ですが、わたし自身も全ては知らないのです。これは彼女の生まれ育ちに関係しているらしいのですが」
「先生もご存じござらんか。某も、情報収集過程である程度はアリサ殿の身の上は知ってはおるが、確証の無い話を本人が居ない場で話すのはフェアではないでござる。ただ確かなのは、アリサ殿自身は見ての通りの心優しい乙女でござるよ」
「僕もそう思うよ、ユウマくん。とりあえず、今はアリサちゃんが落ち着くのを待とうよ」
◆ ◇ ◆ ◇
「アリサおねーちゃん、起きてこないね」
「そうね、ミワ。心配だわ」
翌朝になっても、アーシャちゃんは起きてこなかった。
母さんに合鍵を使って部屋へ行ってもらったけれども、今日は全くの無反応。
とりあえず朝食を枕元へ置いてきたそうだけれども、食べてくれるかも不明だ。
「皆さん、警察側の対応はわたしの方で済ませますので、今日は一旦ご自宅にお帰り下さい。移動手段も別途準備します。後日、わたしから皆さんに説明に上がりますね」
「先生。それじゃ、アーシャちゃんは壊れちゃうよ。僕たちが感謝している事を直接話さなきゃ、つぶれちゃう」
「そうね、これはマモルの仕事だとわたしも思うわ。眠り姫を救うのは王子様の役目ね」
先生は僕たちに、もう家に帰ってというが、僕は納得できない。
僕たちにこれ以上迷惑を掛けたくないからの発言なのは理解しているけれども、ここままじゃアーシャちゃんが壊れてしまう。
それは絶対に嫌だ。
母さんも、アーシャちゃんを守るために僕が動くべきだと言ってくれる。
「すイませン。こちらにアーシャが居ルとお聞きしていマスが?」
そんな時、どこか外国語なまりの日本語を話す人が、皆が集まっていたファミリールームのドアをノックした。
「アレクサンドル様! 貴方は国外でお仕事中のはず?」
「愛娘アーシャの一大事なラ、飛んでクルのが当たり前ですが?」
ドアを開けて入ってきたのは、髭面で巨漢の白人男性。
少し薄くなった灰色の髪と灰色ががった蒼い瞳を持つ壮年男性。
僕は、彼の目を見た瞬間に気が付いた。
……アーシャちゃんと同じ眼だ! それに愛娘って。
「アレクサンドルさん? もしかして貴方はアーシャちゃんのお父様ですか?」
「オウ! 君ガいつもアーシャが楽しそうに話してくレテるマモルくんですね。私、【アレクサンドル・ニコラエヴィチ・リヴィンスキー】とイイます。アーシャの父親デス」
傷跡が何か所もある強面の顔を破顔して、僕の手に力強く握手してくれるアレクサンドルさん。
彼がアーシャちゃんの父親だった。
「皆様、イツもアーシャを愛して頂キ、ありがとうゴざいます。我が娘、ワガママでご迷惑をお掛けしテいるかと思いまス。今回モ、イラぬ心配を皆様に……」
「お父様。要らぬ心配などありませんわ。アリサちゃんは、わたしにとっても義娘です。貴方がお仕事の都合で、遠くにいらっしゃるのはしょうがないとは思いますが、傷ついた娘を思う親心はわたし達も同じですの! 側にいるわたし達が心配する事、何処が迷惑や悪い事かしら?」
アレクサンドルさん、アーシャちゃんが迷惑をかけたというが、母さんはキッパリと否定する。
ムスメを思うのに何処が悪いのかと。
……母さん、娘から離れているアレクサンドルさんに少し怒っているんだ。
「僕も母と同意見です。アーシャちゃんは僕にとっても大事な人。この先もずっと一緒に居たい人なんです! 迷惑なんて全く思ってません」
「そーなの、おじさん! アリサおねーちゃんはアタシのおねーちゃんだもん。心配して当たり前なの!」
「……これは私が完全に悪者デスね。宗方サン、アーシャは素敵な方々と家族になったのですね」
「ええ。そうですね」
僕とミワがアーシャちゃんを大事に思っていると更に言う。
するとアレクサンドルさんは、頭を掻き罰の悪そうな顔で苦笑した。
「リヴィンスキーさん。ウチのママや子供たちが失礼な事を申し、すいません。ですが、俺も同じ思いです。乙女に非情な事をさせている俺達大人が全部悪い。だから、せめて普段は俺達で守ってあげたいと思うのです」
「はハは! これは完全ニ私の負けです。普段一緒に居ない私ヨリ、貴方がたの方がアーシャを理解しているのカモですね」
「失礼ついでに教えて下さいませんか? アーシャちゃんが今のようになった原因を……」
半分泣き顔で負けを認めるアレクサンドルさん。
その顔は、娘をとても大事に思う父親のもの。
アレクサンドルさんにも事情があって、悲しいけれども大事なアーシャちゃんと離れないといけなかったのだろうと思えた。
……父親の自覚あるのなら、教えてくれるよね? 大事な娘の事だもの。お母様が居ないのも何か原因がありそう。
「ええ、皆様ニハお話しましょウ。私と妻、そして娘ノ事を」
とつとつとアレクサンドルさんは、自らの事。
そしてアーシャちゃんの事を語りだした。