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第15話 月の妖精は、愛の言葉を呟く。

「ううん。嬉しくて、眠るのが勿体(もったい)なくなっちゃったの」


 月明かりに照らされ、夜風に絹糸のような黒髪を流す美少女。

 今にも消え去りそうな儚さと弾けるばかりの生命力。

 相反するものを持っている、まるで月からきた妖精の様。


 ……やっぱり柊さんって綺麗だなぁ。


「嬉しくて?」


「うん。今までわたし、ちゃんと認めてくれた人に会った事が殆ど無いの。あ! 先生は別ね」


 うふふと嬉しそうに笑う柊さん。

 その幼げな笑みを見て、僕も嬉しくなる。


「わたし、日本に来たばかりの時は日本語に慣れてなかったの。だから、しばらくは米軍関係者の家族が通うインターナショナル・スクールに行ったの。でもね、そこまでお父さんを恨んだ人が来ちゃって事件になったわ」


 僕は、小学生の頃にあった外国人学校占拠事件を思い出した。


「……あ! あの事件。確か、子供を人質にして学校に立て籠った海外からの人が居た事件。あれ、確か犯人が自殺して終わったって聞いたような?」


「犯人は自殺なんてしていないわ。わたしが殺したの。それを見てしまった友達、事実を知った知人は皆わたしを怖がって逃げて行ったわ。まあ、そうよね。子供が大の大人、それも特殊部隊の軍人を返り討ちにしちゃうんだもん」


 柊さんは、衝撃的な過去を淡々と話す。


 僕は一瞬驚くも、柊さんの戦闘能力を考えれば不思議ではない。

 また、彼女が自分が原因で他の子を巻き込むのは良しとしないのも分かる。

 自分だけが犠牲になればと、犯人と戦って殺してしまったに違いない。

 僕は、そこまでを瞬間的に思った。


 ……柊さんが強いのに、まだ秘密がありそう。特殊部隊と戦って勝てる程だもの。


「無理しなくても良いよ、柊さん。君が犯人を殺さなければ、他の子どもたちが殺されてたんでしょ? 君は何も悪くないよ。正当防衛だ」


「……やっぱり、マモルくんは変な人ね。そして貴方の家族も皆さん変。変過ぎて、優しすぎて……。わたしには眩しすぎるわ」


 泣き笑いしながら、涙をぬぐう柊さん。

 その横顔に僕はドキンとする。


「マモルくん。今日は招待してくれてありがとう。わたし、少し分かった気がするの。今までわたし、自分の身を守るためだけに戦ってきたの。お父さんを恨む人、わたし自身を恨む人。戦う為に力が欲しい、だから日本政府との取引で公安の仕事をするようになったわ」


 月を見上げながら、とつとつと語る柊さん。

 彼女が日本に来るまでに何があったのか。

 全部語らないまでも大変な事があったのは、僕にでも想像できる。


「公安の仕事をしている内に、何で戦うのか分からなくなってたのね、最近。そんな時にマモルくんに出会ったの。可愛い男の子でお人好し、馬鹿なくらいお節介焼き」


 うふふと微笑みながら、僕に視線を向ける柊さん。

 でも、何処か悲し気な笑顔だ。


「わたし、色々と弱点があるわ。子供が危ない事に巻き込まれると足がすくんじゃうの。わたしが育った特殊施設での訓練と事故、そしてインターナショナル・スクールでの事件。助けられなかったあの子、助けた子に怖がられた事。それが原因らしいの。だから、チビちゃんの時も、コンビニでも動け無かったわ。でもね、そんな時にマモルくんがわたしを助けてくれたの」


 僕の手を、ぎゅっと小さな手で握ってくれる柊さん。

 ウルウルとした灰色がかった蒼くて大きな瞳に、僕が映っている。


「とっても嬉しかったわ。わたし、人を助けても助けてもらった事はあまりないの。普通のどこにでも居そうな男の子が、勇気を振り絞ってわたしを助けてくれた。そしてその男の子も男の子の家族も、わたしの事を知っても怖がるどころか、暖かく抱きしめ返してくれたわ。こんな素敵な人たちを守る為に、わたし戦っているんだなって思ったの!」


「僕、君の事を一目惚れしちゃったんだ。駅で初めて見た時に可愛い子だなぁって。でもね、君と一緒に居る内に外見だけでなく、君の中身。優しくてツンデレで人恋しくて、そして気高い君が大好きになったんだ」


 僕も柊さんの手をぎゅっと握り返す。


「わたし、ツンデレ? まあ、良いわ、うふふ。わたしもマモルくんの事は好きよ。マモルくんになら背中を任せられる。何故かそう思っちゃうの。そういえば、マモルくん。貴方って妙に強いけど、どこかで武道とか習ったの? 悪いけど、あまり似合わない気がするんだけど?」


「あ、そうか。柊さんには話したことが無かったよね。僕、お爺ちゃん、母さんのお父さんなんだけど、その人から合気道を習ったんだ。元は古武道の流れを組むらしいんだけど」


 僕は、僕自身にあった過去の話を柊さんに伝えた。


「……貴方も大変だったね。庇った子にまで裏切られるなんて」


「今思えば、しょうがないって思うよ。だって、相手は学校一の不良。その上、親が政治家ときたら、僕を生贄(スケーブゴート)にして逃げてもね」


 僕は中学校時代、学校一の不良から虐められていた同級生を庇った。

 そして彼と友達になろうとした。


 ……あの時は人間不信にもなっちゃったよ。恐怖と悪意を見せつけられちゃね。


 しかし彼は僕を裏切り、不良の元へと走った。

 僕を新たな犠牲者とすべく売ったのだ。


「僕は学校に行くのが怖くなって、不登校になったんだ。しばらくは家に閉じこもって何もしなかった。外が怖かったんだ。人の悪意を見ちゃったからね。あ、これも言ってなかったか。僕、なんとなくだけど人の感情というか、次どんな風に動くかが見える時があるんだ。柊さんの心は、いつも済み切ってて綺麗だね」


「ま、マモルくん! 貴方、突然わたしを褒めるのは辞めてよねぇ。び、びっくりするんだもの。そうか。不登校のままじゃダメって、お母様に引っ張り出されたんだ」


 びっくり顔の柊さん。

 手を握っているからか、彼女の感情が見えて面白い。

 今は彼女の鼓動すらも、はっきりと感じる。


「そうなんだ。爺ちゃんの道場に引っ張り出されて、後はご想像通り。子供たちの相手とか爺ちゃんに習いに来ていた警察の人とかと技の練習するうちに、僕は人が怖く無くなくなったんだ」


「それでなのね、あの不思議な投げ技は。自動車を避けられたのも、その応用ね」


「うん、その通り。学校に戻ってからは、イジメてくるバカに勝ったよ。殴りかかってきたのを、足引っ掛けたんだ。何回も転がしてたら怖がりだすし、逆に先生へ泣き言言いだすんだもの。おかしいや。あんなのを怖がっていただなんてね」


 僕たちは手を握り合い満月に照らされながら、しばらく自分たちの事を語り合った。

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