第10話(累計 第109話) ミハイルくんと僕ら。お互いに語り合う。
「アーシャちゃん、『日常』とやらに汚染されて弱くなったともボクは思ったよ」
オープンスクールの日。
僕、アーシャちゃん、ミハイルくんは、冬なのに日なたが温かい昼間に中庭のベンチに座って、バザーで買ったものを食べながら語り合う。
「でもね、戦ってみて分かったんだ。ボクみたいに守るものが自分の命だけとは戦い方が違うんだよ、キミ達は。ボクは自分の命もチップの一つ、死んだらしょうがないってとも思ってたのにさ」
「わたしもマモル君と出会う前は、自分の命をそう重く無いって思ってたわ。生きていくために多くの命を奪ってきたから、いつかその罰は受けなくちゃって思ってたの」
「そういえば何回もこんなに幸せになって良いのかって、アーシャちゃんは僕や母さんに言ってたよね。でもね、皆等しく幸せになる権利はあるんだ。他人の権利を害しない限り、誰にも自由と機会はあるからね」
二人の戦士は、かつて共に命を軽んじていた。
相手の命を奪うのに、相手の命や相手の家族の事なんて考えている余裕は無い。
殺し合うのに、そういう感情は邪魔になるだけ。
だから、相手の命と共に自らの命も軽く見てしまっていた。
「ボクはアーシャちゃん以上に人を殺した。特に、最後の方は楽しんで命を奪った。敵や味方の命が、自分含めてチェスの駒みたいな感じだったかな?」
「指揮官としては、ミハイルくんの考え方は正しいとは僕も思うよ。指揮官は時として囮や殿みたいな必死な作戦に兵を投入する場合もあるし」
「ええ。わたしもそこは割り切っていたわ。でもね、日常を知り、わたしの事を大事にしてくれる、愛してくれる人が沢山いる事に気が付いたの。そして、それは敵も同じだって」
僕は、ミハイルやアーシャちゃんを擁護する言葉を話す。
まだ戦場に足を踏み入れた回数が少ない僕には、殺し合いの事に対して偉そうに言えないから。
「そうか。でも、それを知ってもアーシャちゃんは強くなった。躊躇いも無しに敵を殺せるんだから。そして、諦めずに戦いボクらを倒したんだ」
「だって、わたしが死んだらマモルくんやパーパ、多くの人が悲しんじゃう。そして敵は悲しむ人々の生活、日常を壊しに来る。だったら、死んでいる暇なんて無いの。必ず勝って、皆を守るわ!」
「僕も基本はそうだね。でも、まだ殺す覚悟は不十分だから、つい不殺にしちゃうんだけどね」
敵も自分も同じ命。
しかし敵が多数の命を理不尽に奪いに来るのならそれを阻止する為に、敵の命を奪う事は正当化される。
また末端の兵士が上層部の命令で行う「業務」において殺人をするのは公務であり、罪には問われない。
……と、理論武装しても、まだ殺しに抵抗あるのは僕、弱虫だからかなぁ。
「いやいや、マモル。不殺で敵を倒せるのは圧倒的に強者じゃなきゃ不可能。キミはボクやヤーコフを殺さずに倒した。その事は自慢しろ。そして自信を持て。じゃなきゃ、負けたボクが恥ずかしいよ」
「そうね。マモルくんって何かを守るとき、すっごく強くなるの。そこは自信もってね」
僕にもっと自信を持てと言うミハイルくん。
何故かノロケるように僕は強いと話すアーシャちゃん。
二人に褒められて、僕は顔が熱くなった。
「あ、アーシャおねーちゃん。こんなところに居たんだぁ! 随分と探したんだよー」
そんな時、聞きなれた元気な声が響く。
僕が声の方角、アーシャちゃんを挟んでミハイルくんの方に目を向けると、妹、ミワが幼稚園児くらいの小さな女の子を連れて居た。
その背後には、大きな紙袋を持つ女の子の母親らしき人がいる。
……あ、あの人は!
「おねーたーん!」
幼稚園児な女の子が一生懸命走ってアーシャちゃんに近づく。
しかし、まだ重心が高く足元が不安定な子は段差に躓き、転びそうになった。
「危ない!」
僕は荷物を放り出して飛び出そうとする。
しかし、距離はまだ四メートル程、このままでは間に合わない。
僕の視界の中では飛び出すアーシャちゃん、慌ててしまい動けないミワや女性、そして……。
「全く危ないね、キミ。レディは慌てて走っちゃだめだよ?」
僕よりも近かったミハイルくん、なんと彼が女の子を助けていた。
「……おにーたん?」
母親らしい女性が急いで女の子を助けに来るが、ミハイルくんはまるで舞台俳優の様に華麗に女の子を抱き上げ、女性に渡していた。
「あ、ありがとうございます。この子たら、年末のテロの際に助けてもらったお姉ちゃんに会えるって興奮していたんです。あ、お兄ちゃんにありがとうって言わなきゃ!」
母子ともに赤い顔でミハイルくんを見つめている。
こういう場面でその美男子な優男かつ銀髪と碧眼は効果抜群だろう。
「ありがとー、おにーたん」
「……いえいえ、未来のレディに傷があっては台無しですからね」
一瞬硬い表情をしたミハイルくん。
しかし、直ぐに他所行きの顔になって親子に対応していた。
「あの節は、ありがとうございました。これ、お預かりしていましたぬいぐるみです。お返し出来て良かったです」
女性は、アーシャちゃんに紙袋を渡している。
袋の上から見れば白い布の固まり、話からして僕がアーシャちゃんに買ってあげたペンギンさんのぬいぐるみだろう。
……よく見たら、ミワもぬいぐるみを持ってるね。僕が預けた分も返してもらったんだ。良かったよ。
「おねーたん、おにーたん。またねー!」
「うん、またねー!」
元気に手を振り、お母さんに手をつないでもらいながら去っていく女の子。
ミワが、付き添いで校門あたりまで連れて行くそうだ。
僕はその様子を暖かく見ていた。
「……そうか。アーシャちゃんやマモルは、あの子の命も背負って戦っていたんだ。そりゃ、何も背負わないボクが勝てるはず絶対に無いや」
ぽつりと呟くミハイルくん。
彼は自分の手を見つめながら、なおも話す。
「あの子。とっても小さかったんだ。今にも壊れそうで、まるで出会ったころのアーシャちゃんみたいだったんだ。だから、つい手が出て助けちゃった。でもね抱きしめると、とっても暖かくて柔らかくて……。あ、命ってこういうものだったんだって、ボクやっと分かったよ」
「ミーシャ。そうよね、わたし。あんな子が泣くのが辛抱ならないのよ」
「僕もそうだね。皆がありふれた平凡な、でも確かな幸せを感じながら生きていける世界を守りたいんだ」
それからも僕たちは色々と話し合った。
これまでの事、そしてこれからの事を。




