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守護天使①-2-3

そうして次に意識を取り戻した時、私は前にいた場所とは違う場所にいた。

粗末な寝台――脇に古びた木製の扉があるだけの、何の家具もない、装飾すらない狭い部屋だ。

目覚めた直後思い出されたのは吐いてしまった記憶。

しかし現在体調不良はない。すこぶる気分は悪いが、それだけだ。

スローネシステムの再起動によって目が覚めたらしい。

看護されたわけでもなさそうだが、とりあえず安静にさせて様子見のため軟禁した、というところか。

――さて、いったい何をされたのか。

あれほどの異常だ。薬か何かを寝ている時に投与されたのだと思うが、ログを見ればそんな小細工はすぐにわかる。私はスローネシステムの入力ウィンドウを呼び出し――その途端、拡張現実(AR)表示が連鎖ポップする半透明なウィンドウで埋め尽くされた。

――？　誤動作(ブラウザクラッシュ)……ではないか。

急に出てきたウィンドウ群に一瞬あっけにとられたが、私はすぐに気を取り直し書かれている内容を確認する。

『〈――筐体内に流入した正体不明の粒子によってバイタルはクリティカルコンディションへ――〉』『〈筐体破損を回避する為の緊急措置。【自発功(オートマティスム)】モードを強制起動――〉』『〈スローネシステムによる解析――〉』『〈正体不明の粒子を危険度最悪と断定――〉』『問題解決を導く計算。システムの解、候補――〉』『〈記憶回路に貯蔵された情報へアクセス。成功。該当情報を検索。筐体改修案を精査――〉』『未解明の力(ラスタライズ)変換に成功、排出――』『〈データフィードバック後即時筐体再改修――〉』『システム更新を実行。成功。再起動までカウントダウン――〉』

筐体に起こったことがシステム再起動に合わせて一斉通知されたようだ。

プログラムで機械的に説明を生成しているためか、msg内容はかなりいい加減で不適切なもののように思える。意訳すると、生命を守るためにシステムのアップグレードを完了した、という旨を示しているようだが――。

――……更新(アップデート)ではなく、改修(アップグレード)？　……医療ポッド無しで？

書かれている内容を素直に読めば、それは私の体が私に無断で自己改造を自力で行った、ということになる。だがスタンドアローン状態の筐体が、自前のリソースのみで自らを改修するなんてできるわけがない。

――……バグだな。

私はログをしばし読む。理解を補正するためにもう一度読む。それでもわからずさらに読み直す。そうして何度か読んでいるうちにふと、筐体データの数値に違和感を覚えて自分の体を目視点検し――私は自分の筐体を二度見した。

手足の長さがおかしい。

寝台から降りればすぐに視点が低くなっていることに気が付いた。

――っ！！

嫌な予感がして、私はためらいなく自分のズボンをめくってみると――。

――なんということだ……。これではローティーンではないか！

私はそこにあったはずのものがなくなっていることを目視確認し、それでようやく自筐体の肌の質感もおかしいと気が付く。

――最悪だ。やりすぎたなポンコツAI。私の緑豊かなジャングルとビッグツリーを返せ。

私は失意の中過去ログを遡る。アンフィトリオンに乗り込みメンテナンスを受けた時のログだ。

ログには帝国科学の最先端技術を結集した最新型の筐体へ主要臓器を移植し、不可逆の変質による遺伝子の変性化問題に対処するため人工臓器リジェネドライヴを二基追増、云々などと記されていた。

「こいつのせいか……しかもツイン……これ……十七禁忌機関(ウロボロス)だぞ――」

私はこの時唐突に理解した。あぁこれ、アオイのせいだわ、と。

この事態。アンフィトリオンのAIグラドールがガンガン行こうぜとばかりに派手にやらかした結末というところだろう。昔から子供は親の背を見て育つというけれど、ダメなところが産みの親そっくりというオチには怒りを通り越し脱力感が湧いてくる。

――だとしても無限増殖細胞(リジェネドライヴ)はダメだろ。なんてことしてくれたんだあのポンコツ！

これはまずい。いくらなんでも軍を引退した人間に最重要軍事機密のシステムがくっついているなんてしれたら軍法会議、いや、その前に星光教会で異端審問される事間違いなしだ。誰もが死を懇願するようになると名高い星光教会謹製特別拷問コースへのご招待など御免被る。

――確かに筐体のメンテは頼んだ。メンテの方法は指定しなかったし全てお任せだったが、こんなのありえないだろう。想定の範囲外だ。これはAIの不具合による事故だって立証できないと処刑待ったなしでは……。

私の筐体は私の意思関係なしに新たな環境に適応するため勝手に独自の進化をした。そしてそれは命を守るため、謎の粒子に対抗するためだった、という事後報告。それを医療ポッド無しで可能にしたのが無限増殖細胞(リジェネドライヴ)で、その禁忌の施術をしたのは皇帝陛下に下賜された船のAIで。むろん私の指示ではなく、なにもかも私の与り知らぬ形で。すべてはアオイ中将の陰謀だったのです――と。

――うん。事実だ。大丈夫。ギリセーフな気がする。釈明すれば何とかなりそうな気が……いやしかし、アオイが出てきて「確認義務怠ったのは誰っすか？」って突っ込まれると厳しいかもしれん。

「自分は貰っただけで知りませんでしたとか言い訳になってると思ってるっすかｗ？」「まさか先輩は、下賜した陛下の確認ミスとか恐れ知らずなこと言ってるわけじゃないっすよねｗｗｗ？」と煽られるに違いない。その可能性しかない。もはや未来予知と言ってもいい。

――ヤツはこういう局面では絶対にミスをしない。「むしろこれって誤作動とかバグ以前に使用者の管理責任問題以外の何物でもないっすよね」で終わらせようとするに決まっている。

駄目だ巻き返せる気がしない。

くそ。なんて日だ。