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魔法使いのバイエル―銀河帝国宇宙軍を退役した英雄元帥魔法の存在する惑星で乙女ゲーの守護天使にされる  作者: にーりあ
銀河帝国宇宙軍を退役した英雄元帥魔法の存在する惑星で乙女ゲーの守護天使にされる
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序 光の橋を越えて

銀河宇宙歴2306年6月某日。


私―――銀河帝国軍元帥・宇宙艦隊司令長官ルベリウス=ヴェリサリウス辺境伯の退役式が行われた。


「元帥は手ずから惑星開発するのが余生の楽しみと聞いた。ならば船はいくらあっても足りぬであろう?」


「軍を去り行く我が身などにお気遣いくださるとは。恐縮至極にございます陛下」


「なにを言うじい。そち無くして今日の帝国の繁栄はあり得なかっただろう。謙遜が過ぎるぞ。船くらい貰ってくれ。そして気が向いたらまた顔でも見せに来てくれ」


銀河帝国皇帝クラヴィス=テオドシウス=カウカ=シス=ロマ=コムーネは、軍を退役する私への功績に報いらんと、帝国で開発していた最新鋭の移民船を下賜した。


皇帝――帝国の象徴からのはなむけに私は鼻白む。これをするためだけにわざわざ祭日を設け大がかりな祭典を催してくださった陛下の心遣いを、私は生涯忘れないだろう。


「ははっ! 必ずやいつの日かまた、陛下のご尊顔を拝謁いたしたく存じます」


謁見後、催事を恙無く終えた私は式場を後にし、いよいよ宇宙港へと向かった。


「元帥殿! 準備は万端っす」


そこで私を出迎えたのは、新造艦造船責任者である宙軍技術科のアオイ中将であった。


ドッグに係留されていたのは銀河帝国最新鋭の船、モリエール宙軍工廠で建造された帝国最新鋭万能無人艦(アブソリュートクルーズシップ)だ。


全ての操作がAI制御というその移民船の名は【アンフィトリオン】。


「久しいな中将。新技術のデータ収集のためにかなりの兵を動かしたと聞いていたが、もう戻っていたのか」


「はい。元帥殿の口利きに感謝っす」


「私は陛下の命に従ったまでだよ。正直なところ、君の仕事には何ら興味もない」


「うへ、マジっすか。ぴえーんっす。ぴえん超えてぽえーんっす。でもおかげ様をもちましてなかなかいい仕事が出来たっすけどね」

常時宇宙服姿の天才マッドサイエンティストが珍しく笑う。


やや高めの機械音声とその軽口が妙な女性らしさを演出しているが、コイツの性別は不明だ。


いや性別だけでなく、帝国軍人は皆軍機保護法によりあらゆる個人情報が厳重に秘匿されているため人間なのかすらもわからないほどだ。

わかっているのは、私にとってコイツが腐れ縁のどうしようもない後輩だということと、技術以外は残念な社会生活不適合者であるという事実だけ。


だがそれでいい。軍人にパーソナルな情報などあっても職場では支障にしかならない。そんなものがなくてもそれなりに関係性は築けるし、最低限必要なものだって保たれる。


今日という日を皇帝陛下はきちんと祝ってくれたし、アオイ中将もわざわざ駆けつけてくれた。アオイ中将に至っては辺境惑星への遠征から帰ってきたばかりだというのに、アンフィトリオンを引き渡すためだけにここへ直行してきたそうだ。


個人情報など知り得なくても、そういう行動の積み上げにこそ私は相手への信頼感を得られる。勤務時間のほとんどが死と隣り合わせの職場であるからこそ机上の情報よりそちらの方が重要なのだ。


「確か未知の粒子の存在する惑星だったか。下士官たちは魔法の惑星だったとかなんとか言っていたな。どうだった?」


「もう散々っす。理屈の通じない相手と話してる感触っすよ。わかります? もう疲れがパナイんすよ。先輩にもあーしの苦労をおすそ分けしたいのでデータを送っておくっすね――」

「いやそういうのはいらん」


「は? え、なんで? 今どうだった? って聞いたっすよね? なのになんすかそのノールックスルー、ひどくないっすか? まさか、いじめ? っすか? うはっ! 引退際まで鬼畜姿勢維持とかどんだけストイックなんすか! あーひどい! 先輩マジルベリウス! そういうのがカッコいいのはスポーツだけっすよ! あーしの苦労を味わってくださいよどうせ暇っすよね?」


「コンプライアンスだ中将。あと人の名前を意味の分からん形容詞にするな――」

「はいはいもう送ったっすーアラーム付きで? 開かないと何度でもポップするっす」

「――人の話聞けよ」


私は送られてきた電子封書をストレージから即刻削除しつつ、盛大に溜息をつく。


何なんだこいつ。退役軍人に軍の資料をホントに送るとか馬鹿なんだろうか。冗談では済まないのだが。


「私は今、お前を残して軍を去るのに不安を覚えたぞ。お前も軍を辞めるか降格したほうがいいんじゃないか? 軍法会議にかけられて殺される前に」


「いやぁそれほどでも?」


「誉めとらん」


「いやそこは褒めておくとこっすよ! 褒めましょうよ、部下は褒めて伸ばしたほうが効率いいっすよ? 特にあーしの場合は――」

「アホか。機密情報を垂れ流す馬鹿を褒める上官がどこにいるんだ。あ、いや、私は何も見ていない、何も見なかった」


「いやいや先輩、でもっすね、アレなんすよ、あーしもちょっち苦戦してる的な? 先輩の意見を聞いてみたいな的な? なのでもう一回ファイルを送ってみたり」


「やめろ!」「確認よろっす」


なんなんだよこいつやめろって馬鹿、死にたいの? それ犯罪だからね? 軍法会議で一発アウトなやつだからね? と、私は内心でごちる。


「お前悪ふざけも大概に――」

「元帥閣下。あーし実は、ホントに今ピンチなんすよ……惑星に巣くった蛮族を始末しないとどうにも先に進めそうにない感じで――」

「……はぁ。……あぁ、もしかして、例のアレのことか? そういえば狂信者の国家が何とかという報告があったな。文明人選考を外れて蛮族になったとかいう」


「そうそれっすよ。宗教はほんとヤバいっすね。地球教とかいうドマイナーな宗教聞いたことなかったんで超油断したっすよ。被害甚大過ぎて涙目っすよ。知ってます先輩、アイツら歌いながら自爆特攻してくるんすよ? 母なる大地のなんたらがーって」


「そうか。まぁ宗教はしぶといからな。根気よく事に当たるといい」


「ちょ、なんすかそれー。全然協力しようって気持ちが感じられないんすけどぉ。今日の晩御飯なんにする―って話じゃないっすよ?」

「そっちの話のほうが建設的に思えるな」


「うは。先輩のそういうとこ徹頭徹尾マジルベリウス」


「いずれにせよ軍を辞める私に軍でできることはない。が、辺境伯としてできることなら協力しないこともないかも知れない。それでいいなら改めて正式に、軍の公認を得てから話を通しにくるといい。あと人の名前で遊ぶのはやめろ」


世間話もそこそこに、私はアオイ中将の案内で新造艦の中へと入る。


そしてアオイ中将のレクチャーの元、皇帝陛下の好意をその身一身に受けたいと考えた私は、本当に単身で万能無人艦(アブソリュートクルーズシップ)アンフィトリオンを始動させた。


『ハローワールド。初めましてルベリウス閣下。この船を取り仕切る【人工知能体(エンテレケイア)】【グラドール】と申します。以後お見知りおきください』


多数のAI群を統括するAIの究極形態人工知能虚体(エンテレケイア)が話しかけてくる。


人に仕える神を生み出す計画――プロジェクトディプラデニア――によって作り出された人間を模した人型の虚像が艦長室の中空に浮かぶ。

船がルベリウスこと私を艦長と認めた瞬間だ。


「敬称は不要だグラドール。長旅の指揮を任せる」


『かしこまりましたルベリウス。コールドスリープモードをご利用になりますか?』


「そうだな。そうしてくれ。それと筐体のメンテナンスも頼む。齢六百歳を超えるとナノマシンもさすがに限界なのか老いが抑えられん」

『かしこまりましたルベリウス。次に目を覚ました時には万全の状態となるよう調整しておきましょう。暫しお休みください』


アオイ中将を退艦させてすぐ、船は宇宙へと躍り出る。


万能無人艦(アブソリュートクルーズシップ)の性能を喧伝するかのように、私はとりわけ威風堂々と見えるよう意識しつつ帝国首都星の宇宙港を後にした。


全計器を確認し異常のないことを確認後、私は人工知能虚体(エンテレケイア)の指示に従い艦長室に備え付けられたカプセル型ECMLPODに潜り込み目を閉じる。


『――システム起動します……』


コールドスリープモードの導入に用意された夢は、私がその名を宇宙に広く知らしめたカスティリオーネ星域会戦を元にしたものであった。

時は銀河宇宙歴1796年4月。


辺境の叛徒オストア軍1万が籠るマトバ要塞を包囲していた帝国軍中将ルベリウス=ヴェリサリウス辺境伯軍の元に伝令が入るところから物語は始まる。


名将・黒の極星(アビスィズベガ)の名を不動のものとしたカスティリオーネ星域会戦。


それは銀河帝国が辺境宇宙の覇権を確定させた歴史的な戦いであった。


――これを選ぶか……盾の役割を務めあげた今日という日に。


夢の中で私は、誰にも話すことのなかった自身の武勇伝を追想させられる。


まるで私ではない他の誰かの物語のエンディングを見ているような気持ちにさせられているうちに、私の意識はいつの間にか夢を手放し無に落ちていた。


元帝国宇宙軍司令長官元帥ルベリウス=ヴェリサリウスを乗せた最新鋭の移民船が、帝国領の外に待機していたヴェリサリウス辺境伯軍の精鋭たる高速艦艇ら一万と合流し、それらに守られつつ自領地へ向けて長距離航行を開始する。


故郷までのおよそ五十光年の旅は、こうして静かに幕を上げた。

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