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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

震えおさえ 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 そろそろ、自転車に乗っていなくても手がかじかむ時期になってきたね。

 夜なんかコート越しでも、ぶるぶる身体が震えちゃってさ。肩をいからせて、帰り道を急ぐとかしょっちゅうだよ。

 ポケットに手突っ込んで、少し猫背になりながらさ。「まだ着かないか、まだ着かないか」とぎょろぎょろ目を光らせ、考えごとしつつ歩いている……はたから見たら、ちょっと怖い人かもしれない。


 この時にしている身震い。多くは失われつつある体温を補うために、身体が熱を起こしているのだと説明される。けれども実は、熱を保つ以外にも役割があるのかもしれない。

 僕の体験した話なんだけど、聞いてみないかい?



 子供の頃の僕は、震えを無くすことに、やっきになっていた。

 以前、かくれんぼをしていて茂みの影に隠れていたんだけど、鬼が近づいてくるのを察するや、緊張で身体がぶるっちゃってね。茂みが揺れて、見つかっちゃったんだ。

 自分でも意外なくらい、僕はそのことを根に持ってしまった。自分のミスならともかく、身体の生理現象で不覚をとるとか、許しがたいと思ったんだよね。

 自分が悪いんじゃない。身体が悪いんだと。

 

 それ以来、僕は身体が震えようとするたび、その部位へ容赦なくお仕置きをかました。

 よく被害にあるのは手の指先や、両膝だ。寒い風に当てられたなら、二の腕から肩にかけて、大胆に震えることもある。

 そこを打った。空いている自分の拳を何度も打ち付けて、「震えるんじゃない」と頭の中で??りつけていた。

 

 ――僕の身体なんだ。僕がいいということ以外に、勝手なことはするな。全部、僕の言うことを聞いてくれなきゃダメなんだ。

 

 冬のさなかということもあり、来る日も来る日も、僕の身体中は「修正」を受ける。

 その甲斐あってか、一か月もする頃には、身体の震えがいささかおとなしくなってきたような印象を受けたよ。

 少し考えれば、殴ったことによってそこが熱を持ち、震える必要がなくなったためかもしれなかった。でも当時の僕は、身体を自分でしつけてやったんだという、満足感しかなかったんだよ。

 

 だが、なかなか克服できない難敵が存在した。

 トイレの時だ。特に小用を足した時の身体の震え。こいつはなかなか抑えることができずにいた。

 学校のトイレに取り付けられた小用便座。そこから湯気を立ち上らせながら、ほぼ出し終わるころになると、ぶるりと身体が震えてしまうんだ。

 そのたび、やはり制裁を下してやるのだけど、これがなかなか効果が出ない。熱いヤカンに触った時、ぱっと手を引っ込めてしまうような反射に近しい、強情さだった。


 ――だったら、お仕置きを強めるまで。


 震えを完全に目の敵にしていた僕は、殴る拳に小石を握り込むようになっていた。

 ときおり、握った指のすき間から石のとがった部分が顔を出し、揺さぶるばかりでなく、皮膚の表面を傷つけていく。

 血が出ようが構わない。いうことを聞かない、そちらが悪いんだ。

 自分の身体であるのをいいことに、僕は傷が開こうが、痛みが残ろうが、僕はひたすらに身体を責め続けていた。



 そうして、毎日のように痛めつけられる中。ついに僕は排泄の震えも、抑えることに成功する。

 また石を握り込んだうえでの小便。湯気の立つ便器まわり。気持ちよささえ感じる、下半身のつかえの消失。その整った環境の下、僕はあたかも緊縛されているかのように、脇をぎゅっと締めていた。

 どんどん、どんどん、出が弱くなっていく。それでも、いつもなら来る震えがこない。

 石を握った手は、今も振りかぶって待ち構えているも、震えはどこにも現れないんだ。


 そうして、いよいよ空っぽの時を迎える。

 微動だにしないままの身体でいることに、「ふっ」と息を漏らしてしまう僕。

 ついに身体をしつけてやったぞ、と思うと自然とにやけが口の端に浮かんでくるものだ。

 だけど、事態はそこで終わらなかった。出し残りを処理しようと、そこの部分だけを揺らしたところで。



 どっと、鈴口めがけて液体が突っ込んでくる気配があった。

 あれよあれよという間に、下腹部、胃、喉と駆け上がる感覚をもたらすそれは、思わずつまんでしまうくらい、鼻の奥をツンとさせる。

 勢いは止まらない。ついに頭まで至った刺激は、内側から頭蓋を金づちで叩くような痛みを、何度も何度も響かせてくる。


 僕はたまらず、個室へ逃げ込んだ。とても立ったままではいられなかった。

 腰を下ろし、手の甲で頭を支える形で、脳の鼓動がおさまるのを待つ。

 予鈴がなっても、痛みは完全に引かず。僕は何とか不調を悟られないよう装いながらも、教室へ向かったが、どかっと椅子へ腰を下ろすや、机に突っ伏しちゃったよ。

 残尿感はない。代わりに、時間とともに増してくる痛みは、授業が始まってもおさまる気配がなかったんだ。


 そうとう体調悪く見えていたんだろう。

 隣の子が手を挙げて授業を止めてくれた時には、僕は広げたノートを枕に、薄目でぼんやりと黒板の文字を追うのが、やっとになっていた。

 熱とかじゃない。頭の中で延々と続く、ゆったりと鐘を打つような痛みと揺れが、考える力を削いでくるんだ。しかも、自分の脳みそが釣鐘そのもののようにして、叩かれていると来ている。

 だけど本当にひどいのは、そこから。保健委員に連れられて、保健室へ向かおうとしたときだった。


 一段も階段を下りられなかった。

 廊下より低い段へ足を着いたとたん、これまでのひと打ちの、何倍もの痛みが頭へ走ったんだ。

 鼻水が垂れる。これまでにないほどの水っぽいそれは、緑のリノリウムに垂れてもはっきり分かるほど、赤黒く染まっていたよ。


 僕は逃げた。このまま降りて行ったら、自分がどうなるか、考えたくなかったんだ。

 保健委員を押しのけ、下り階段の反対。上り階段へ足を掛けたと思ったら、もうそこを一段飛ばしで上がり出していた。

 痛みが、遠のくんだ。足を出し、段を上がり、身体を弾ませていくと、あれほど苦しかった頭痛が、冷えたようにおさまっていく。

 でも、同じところにとどまっていると、また痛みは強まってきた。

 2階から3階、4階、そして屋上の戸の前まで来るや、僕は力任せに体当たりしていたんだ。

 他のことは考えられない。

 もっと前へ、もっと上へ。

 そのために目の前の戸をどうにかしようと、ひたすらに力押ししていたんだ。強まる痛みを引っ込めたい一心で。

 

 そこからはあっという間というか、夢のようだった。

 音と階段に垂れる鼻血を追って駆け付けた先生たちに、僕は取り押さえられた。

 ほとんど記憶にないけれど、その時の僕は廊下にねじ伏せられながら、「下へ降ろすな、下へ降ろすな」と、歯を剥いて怒鳴っていたらしい。

 そこで最も背が高い先生が、僕を肩車する形で階下へ降りていったんだ。それが一番、僕の落ち着く方法だったとか。

 ややあって、親に迎えに来てもらったけれど、連れていかれたのはお医者さんじゃなくて、お寺の境内。

 どうやら母親と住職さんが知り合いみたいでね。二、三言葉をかわした後、僕はだだっ広いお堂に裸で横たわらせられた。

 

 それから一晩中、住職さんや他のお坊さんが両側から身体をつかんで、がくがくと左右へ揺さぶっていったんだ。

 頭から始まり、顔、肩、腰と、あのとき奇妙な感覚が駆け上がったのとは真逆の流れで、振られていく全身。

 するとね、あわせて痛みが下っていくんだ。頭を抜け出し、身体の各所を走る時、僕自身の身体もブルブル震えた。抑え込んで久しかった、あの感触さ。

 そうしてまた下腹部に戻った痛みは、用を足すときそっくりの感覚で。ただし中身は何も見えないまま、勢いよく抜けていった。

 直後、身体が誰に揺すられるわけでもなく、数分間は勝手に震え続けていたよ。



 住職さんの話だと、用を足すときの震えを我慢すると、まれにこのようなことが起こる。

 用を足したばかりで、すき間の生まれた身体の中。また尿がこし出されるまでのわずかな時間で、よからぬものがおさまってしまうと、こうなると。

 身体の震えは発熱を促す以外にも、このよからぬものをおどかして、中へ入ってこないようにする威嚇も兼ねているのだとか。


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