第79話 沼の主なの。
勇者の依頼で南部の水田地帯に来ていたレイニィ達は、村に着いた翌日、村から少し離れた沼に来ていた。
「この沼から、この辺一帯の田んぼに水を引いているわけなの?」
「そうだ。だからこの水に魔力を帯びさせることが出来れば、全ての田んぼに魔力が供給出来るという寸法だ」
「なるほど、考えたの。水田ならではの方法なの」
「そうだろう。そうだろう」
レイニィに褒められて元勇者は得意顔だ。
「それはいいとして、村長が言っていた沼の主については、どうするつもりなんだ?」
エルダがそんな勇者に注意を促す。
「出て来たら倒して仕舞えばいいだろう。村人も困っているみたいだし。一石二鳥だ」
「それはお前に任せていいんだろうな?」
「おう。任せておけ。沼の主ぐらい一捻りだ」
「そうか。それならまあいいが。余り調子に乗っていると足元をすくわれるぞ」
「わかってるって」
「それじゃあ沼に魔力を込めるけどいいの?」
「おう。ありったけ込めてくれ」
「では、いくの!」
「レイニィ様、頑張ってください」
レイニィは沼全体に魔力を込める。水面が光り輝く。
「綺麗。流石レイニィ様だわ」
「おお。凄いな」
「こら、レイニィ。魔力の込め過ぎだ。いつも頑張り過ぎるなと言ってるだろう!」
魔力を感じられない二人は、呑気に綺麗だなどと騒いでいるが、魔力を感じられるエルダにしてみれば、沼全体を光らせる魔力量に驚いていた。
「ん?もういいの?」
「一度にやらずに、様子を見ながらやっていこう。魔力過多になっても、それはそれで厄介だ」
「はいなの」
エルダに言われて、レイニィは魔力を込めるのを止める。
すると、さっきまで光り輝いていた水面が渦巻き始めた。
「何か出て来るの?」
「主が出てくるのか!」
ザッパン!!
渦の中心から巨大な何かが姿を現した。
「ドラム缶並みの太さがあるが、あれは、大蛇か?」
「大蛇ってヘビですか?!キャー!!レイニィ様逃げますよ」
スノウィはレイニィを抱き上げると一目散に逃げ出す。
どうも、スノウィはヘビが苦手な様だ。
大蛇はレイニィの魔力がもっと欲しいのか、レイニィを追って沼から這い出てきた。
「元勇者よ、出番だぞ」
「任せろ!」
元勇者は、聖剣を抜くと大蛇に向かって斬りかかっていった。
ヌル。
元勇者の聖剣は、大蛇の表皮の滑りにより、大蛇を斬り裂くことなく滑ってしまう。
「何だと。この。これでどうだ!!」
元勇者は再び斬りつけるが結果は同じで、聖剣が滑って、大蛇を斬ることができない。
「くそう。表皮の滑りで剣が役に立たん」
大蛇はクネクネ、くねりながらレイニィを追って行く。
「キャー!追って来ました。いやー!!」
スノウィが叫び声を上げて、レイニィを抱えたまま逃げ回る。
「ん?あの大蛇、ヒレがあるな。エラもあるし。体の滑りといい。大蛇じゃなくてウナギじゃないのか?」
「ウナギだと。だとすると主鰻か」
エルダと元勇者の会話をスノウィが聞きつける。
「ヘビでなくウナギなのですか?」
「多分、ウナギだな」
「そうですか。ウナギですか・・・」
スノウィの目付きが変わる。逃げるのを止め、抱えていたレイニィを下ろすと、主鰻と対峙した。
「レイニィ様。魔法で頭を釘付けにしてください!」
「え、え、釘付け?」
「レイニィ様、早く」
「水が側にあるし、氷柱でいいか___」
スノウィに急かされて、レイニィは魔法を放つ。沼の水を使って氷柱を作ると、それを主鰻の頭に向けて打ち付けた。
「貸しなさい!」
「あ、俺の聖剣___」
スノウィは元勇者の聖剣を奪い取ると、そのまま主鰻に向かって走り寄り、その背中に飛び乗ると、そこに聖剣を突き立てた。
「ウナギの捌き方は、背開きよ」
そのまま、尻尾に向かって切り裂いていく。そして、瞬く間にスノウィは、主鰻を捌いてしまった。
「ふう。一丁上がり」
「凄いの。これ、蒲焼き、何人前なの」
「たいした腕前ね」
「いえ、これくらい侍女として出来て当然です」
「それに引き換え、口だけの人もいるけど」
エルダが元勇者を冷ややかな目で見る。
「うっ。それは・・・」
「まあ、元勇者も頑張ったの。でも、役立たずなの」
「ガーン」
レイニィにまで言われて、元勇者はショックを受けてその場で項垂れてしまった。
「まあまあ。元勇者さんもウナギでも食べて元気を出してください」
「ううう。ありがとうございます。こうなりゃやけ食いだ!」
レイニィ達は、無事、沼の主を退治し、田んぼに魔力を供給することにも成功したのだった。