第八話 翔べ! ゴブリン
キャインッ!
完全に制御不能となった状態で地面に到達。運も味方し先に落ちたのは大狼だった。
大樹の幹、そして地面へと立て続けに背中を打ち付けられ、堪らずに大狼はその大きな口を開く。
俺の肘は辛うじて噛みちぎられる事なく生還を果たしたが、肩の爪傷も相まって左腕は使い物にならなかった。
狼達が此方に向かってくる、俺の生還は絶望的だ。だが、もうそんな事はどうでも良い。
今の俺の頭にあるのは大狼との決着だけだ。
背中から落ちた大狼は今、仰向けの状態でいる。俺がその上に覆い被さっている形だ。
大狼の柔らかな腹に右手の爪を立て、ストマッククローをかます。
腐っても魔物。狼のそれとは比べるべくもないがゴブリンにも爪や牙はあるのだ。
大狼の腹を握り潰す勢いで力を込める。が、非力なゴブリンの爪では大狼に致命傷は与えられそうに無かった。
狼の群れが迫る。制限時間はその群れが到達するまで。僅かな時間しか残されてはいない。
爪が駄目なら牙。俺は大狼の腹部に全力で噛みついた。
・・・・・
あ、顎に力が入らない、し、右手の握力も抜けていく。
む、胸から、肩から、の、出血が酷い・・・左肘も、か、辛うじて、繋がって、いる、だけ・・・
狼、達が、来る、までもなく・・・ど、どうやら、タイムアップ・・・、ゲーム、お、オーバー・・・らしい・・・や・・・…
「こ、ここまで・・・」
ブラックアウト。視界の端から闇が中央に侵蝕していく。脳は思考を停止し、意識を手放していった…。
■◆■◆■
「く、くすぐったいなー」
な、何かに舐められてる? なんだよ、くすぐったいなぁ。
「やめ、やめろって…」
顔、胸、肩、肘、全身が何かに舐められてる。な、なんなんだよ、ったく、人が気持ちよく寝てんのに…。
[告: 魔狼の唾液には治癒を促進する効果があります]
んん、文字? 目は瞑ったまんまなんに、なんで文字なんか見えてんの? んで何? 唾液? ってか魔狼! えっ、俺生きて‼︎
ガバッ
っと跳ね起きてみれば
「な、なんじゃこりゃ〜!」
意味がわからん? いや、俺は気を失ってたんだろう、それはわかる。わからないのは今のこの状況だ!
背後から俺を包み込むように大狼が寝そべっていて、しきりに俺の顔をぺろぺろと舐めている。前にも数匹の狼が居て、胸やら肘やらの、俺の傷ついた身体を同じ様に舐めまわす。
「何、なんなんこの状況? コンちゃん、説明して」
[コンちゃん? 当スキルの事ですか?]
「ん、ああ。【添乗員】って長くて呼びづらいからコンでいいだろ。そんな事よりも、今のこの状況を説明してもらえますか、コン先生」
[答: 魔狼族の弱点は腹部であり、その腹部を攻撃されると、攻撃を加えた対象に対し服従する特性が有ります]
「それってつまりゲームで言うと、俺が大狼を従魔にした、みたいな事?」
[正しくはないですが概ね正解です]
おお! ラッキーストラップ! 俺ったら命を拾っただけでなく、おまけで従魔までゲッツしちゃったのか。んな事よりも何よりも
「や・・・やったー! 生きてる、俺は生きてるぞー!」
へんてこな状況になったせいで理解が遅れちゃったけど、俺は生き残ったのだ。
嬉しい。いやあ本当に良かった。正直あの最悪な状況から生き残れるとは思わなかった。
「生きているって素晴らしい!」
今は兎も角この幸せに浸りたい…
(10分後)
う〜ん、まだ他にも疑問はあるし、傷も痛むし…
浸ってられんのも10分が限界だったか…
「ところでコンさんや、大狼はいいとしても他にも狼が居るのはなんでなの?」
[答: 群れの首領が服従した為、この場の魔狼達も追従した様です]
俺は軽く辺りを見廻す。30頭ぐらいいた狼達が、今は3頭しか見当たらない。
「見たとこ3頭しか狼が残ってないのは何で?」
[答: 弱小種族である小鬼に敗れた為、首領を首領と認めずに見限った個体は群れを去ったものと推測します]
なるほどね。納得したけど弱小種族ってのは言い過ぎじゃないの? まあ・・・事実だけど。
「クウン、クウン」
俺がコン先生に質問している間にも、俺の顔を舐め続けていた大狼が頬を擦り付けてくる。
「ん、そうかそうか、よーしよしよし」
前世で親父が猟犬を飼っていた事もあり、俺は犬の扱いには慣れている。某動物王国の名物館長ばりに大狼の首を、頭を撫でまわす。
うーん、こうして懐かれると可愛い奴じゃないか、コイツめ。
[告: 種族名森林魔狼を屈服させた為、特性【従魔契約NO】を獲得しました。種族名森林魔狼並びに種族名黒魔狼3頭に【従魔契約】を使用しますか?]
「おお、【従魔契約】ってメチャ異世界っぽいな。勿論イエスで」
直後、大狼と狼達それぞれの頭上に赤紫色に光る魔法陣が出現した。その光が輝きを増し、それぞれの身体を包み込んでいく。
「これから宜しくな、お前ら」
「「「「ワン!」」」」
俺の言葉が伝わったのか、4頭が同時に返事を返してくれた。
[告: 魔狼族4頭を従魔とした事で種族職種として飼養小鬼並びに騎獣小鬼が選択可能になりました。選択しますか?]
「ま、待て待て、ちょっと待って。先に種族職種について詳しく説明してくれよ」
なんとなくはわかるけどさ、確認しとくに越したことないよな。
[答: 種族職種とは、選択した職種に必要な特性を優先的に取得し、又、職種に適した技術の熟練度を優先的に伸ばす為のものです。デメリットとして他の能力の伸び、獲得は逆に遅くなります]
なるほどね。テイマーなら魔物を仲間にし易くなるし、ライダーなら騎乗中の魔獣を自在に操れるようになる、仮にどちらかの職種を選択したとすると、俺自身での戦闘の能力の伸びは遅くなっちゃうってところか。
さて、どうすっかな。
[告: 種族職種は複数を同時に選択する事も可能です]
「へー、ちなみにいくつくらい?」
[答: 通常の小鬼だと2つまでですが、マスターは小鬼ではありますが同時に特殊固有個体でもあるので3つまで選択可能です]
おお、3つまでなら後で戦闘系の職種を選択する事も出来るな。
それにしても俺って特殊固有個体ってやつなんか。それって転生特典とかの・・・ん、ちょっと待てよ
「なんかコンちゃん物知りになってない? 俺の記憶外の事はわかんないって言ってたのに、種族職種とかのこの世界特有の事も教えてくれてるじゃん。大狼の種族だって最初は狼って言ってたのに今は森林魔狼って特定してるし、どゆこと?」
[答: 当スキルの熟練度は未だスタンダードクラスであり、《世界記憶》への閲覧権限は有しておりません。ですがマスターに関する情報は自動的に上書きされます。よってマスターに屈服、服従した魔物の情報、マスターが取得した特性や選択した種族職種の情報を得る事は可能です]
「へぇー、じゃあゴブリンテイマーの詳しい情報は?」
[答: 選択前なのでわかりません]
だよねー、やっぱ使えそうで使えねー。
[告: 当スキルは優秀なチートスキルです。当スキルは自ら学習し成長する事が可能です。小鬼の言語を3日で理解し、マスターと小鬼との会話を同時通訳していたのも当スキルです]
「うっ・・・使えないとか思ってしまってすんませんした。反省します」
こわっ、怖いわぁ。コイツってば俺の頭ん中見えてんよね、これ。
まあそれは置いといて、マジ優秀だわ、流石はコン先生。
「とりあえず種族職種は2つとも選択しといてくれる」
[了: 飼養小鬼と騎獣小鬼を種族職種に選択、登録します……。マスターの能力の上書きが完了しました]
「おお! じゃあもう俺って大狼、もといフォレストウルフに乗れたりすんの?」
[答: 可能です]
「よっしゃー、じゃあ早速、来て見て触って試乗しよう」
「ウワン」
フォレストウルフは嬉しそうに一吠えすると、俺が乗りやすいように大きな身体を伏せてくれる。う〜ん、うい奴じゃ。
「よっと、は、うんとこどっこいしょ」
狼達のおかげ様で痛みは大分引いたものの、左腕はまだ全然使えない。片腕で大狼の大きな背中へと乗り移るのは、中々に骨の折れる作業だな。
何、なにも今乗る事はないだろって。何をバカな! いつ乗るの? 今でしょ!
俺は新しいゲームは買ったその日にプレイしないと気の済まない質なのだ。積みゲーはするけどパッケージも開けないなんてナンセンス! そんな事をする奴をゲーマーとは呼べん!
「よし、よっこいしょーなんっと」
フォレストウルフが乗りやすい体勢をとってくれたので、片腕でもよじ登る事が出来た。
俺が背中にしっかりと腰を下ろしたのを確認し、フォレストウルフはゆっくりと立ち上がる。
「コイツ、動くぞ。なんてな」
フォレストウルフの毛並みは思っていたよりもふわふわでモフリストの俺には堪らない感触だ。背中も広々としていて座り易い。
「おお、立ったぁ!」
大狼山の標高も思ったより高い。見晴らしも最高。
「んじゃ、行こうか」
「ワン」
フォレストウルフがゆっくりと歩き出す。俺は前世で乗馬の経験もあるのだが、馬と狼とでは歩き方にかなりの違いを感じる。
「意外と揺れるな。乗り心地はイマイチかも」
「クオン」
俺の言葉がお気に召さなかったのか、フォレストウルフはそこから勢いよく走り出した。凄い瞬発力でグングン加速していく。
走ると馬との違いは更に顕著になった。身体全体を伸び縮みさせて走る狼の背中に乗るにはかなりのコツが必要なようだ。
「さ、流石に速いね。馬なんかとは比べ物にならないよ、うん」
「クオンッ」
更に加速。フォレストウルフが1段階ギアを上げた。
あ、あれ、褒めてあげたのに、なんで?
「は、は、速いなあ。さ、流石はフォレストウルフ。凄い速さだ。ははっ、凄いぞ」
「クオオンッ!」
そこから一気にトップスピードへ。トップギアでエンジン全開のフォレストウルフは、俺には未知の領域へと突入していく。
え、えーい、連邦のフォレストウルフは化け物か!
「ち、ちょっと、は、速過ぎるかな。ゆ、ゆっくり行こう、ね、ははっ」
「クアオオォン!」
「ぬあっ!」
突然の跳躍! 枝に飛び乗り幹を蹴る。地面を駆けていたフォレストウルフが凄まじい程の跳躍力で宙を舞い、直線的な動きは立体的な軌道へと変化。
「まっ、待って待って、ちょい待って」
「アオオオォォーーン!」
いよいよフォレストウルフのノリは最高潮。俺を喜ばせようと縦横無尽に駆け巡る。
む、無理、ぜ、絶対無理だ。こんなの絶対乗りこなせないって! しかも片手だし、落っこっちゃうよ、俺。
[告: 種族職種として騎獣小鬼を選択しても、騎獣技術を習得した訳ではありません。騎獣技術を磨く下地を得ただけの事で、技術の習得には日々の鍛錬で熟練度を地道に上げていく必要があります]
[告: 特に森林魔狼は希少種個体であり騎獣は困難です。 先ずは黒魔狼に騎獣し、騎獣技術を磨く事をお薦めします]
だーかーらっ、言うの遅いって、やっぱ使えねー!
「やば、お、落ちる、マジで」
あり得ない速度で景色が流れる、と、先の景色が途切れている事に気付く。
「ま、また崖? うそ? マジ?」
風圧に目を細め、必死に先へと目を凝らす。崖が迫る。だがフォレストウルフは速度を落とさない。
「待って待って、と、止まって、止まれ〜!」
「あっ!」
急カーブ。フォレストウルフは崖から落ちる直前でほぼ直角に華麗に転進。こともなげに崖からの落下を回避した。
ところでさ、慣性の法則って知ってる? 等速直線運転をしている物体は外力が働かない場合はその状態を続けるってやつ。簡単に言うとね、車は急に止まれないってヤツだよ。
もうわかるよね、そう、俺もね、急には止まれないんだよ。
で、今の俺の状態はって言うと、これももうわかるよね、そう、飛んでます。本日二度目の華麗にフライハイ!
念のために言っておきますが、機動兵器と違ってゴブリンに空中戦は出来ませんよ。期待されても困るので、念のため。
ついでなんでフォレストウルフの現状も報告しときますね。俺が落ちた事には気づいてないみたいっす。
今も上に乗る(もういないんだけど)俺を楽しませようと、元気いっぱい走りまくってます。
「クオッ!」
あ、気づいた。立ち止まってオロオロしてる。手でも振ってやっか「おーい」って。
「ワン、ワワン!」
うんうん、飛んでる俺にも気づいたね。なんかすまなそうな、心配そうな、複雑な顔してんな。
「クゥーン…」
そんな顔すんなよ、落獣した俺が下手くそなだけで、お前が悪いわけじゃねーからさ。
「さてと、どーすっかな」
空中から下を眺めると崖って程じゃなかった、ちょっとした谷、いや、窪地って感じだね。射出速度が速かったんでその窪地も飛び越えそうです、着弾地点は向こう側の森の中になりそうだ。
しかし良い景色だな、山の景観もさることながら空が良い。
陽も暮れ始ていて遠くの空だけが茜色だ。真上の空の雲一つない藍色からのグラデーションが堪らない。
えっ、妙に冷静だって、そりゃそうでしょ、今日二回目のダイブだよ。空中で出来る事なんかないし、慌てたってしゃーないっしょ。お後がヒァーウィーゴーっしょ。
目線をフォレストウルフの方に戻せば、アイツったらまーだしょぼくれた顔してやがる。
「おーい! 向こうの森まで迎えに来てくれよなー! 頼むぞー! ・たのむぞー・・タノムゾー・・…ノムゾー……ムゾー… 」
「ワオオォォーン! ・オオォォーン・・オォォーン・・…ォォーン……ーン… 」
晴れ渡る青空の下、狼の哀しき遠吠えが一つ。その遠吠えだけが山に窪地にと虚しく木霊していた…。
次回投稿は7日の予定です。