第六話 ホラアナ脱出作戦2
「ココダ」
突き当たりの壁。その壁の奥から僅かに光が漏れ出ている。壁はかなりの厚みがあり、その光源まではかなりの距離があった。
俺はその穴にミスリルナイフを思い切り突き立てる。
「掘れなくはなさそうだな」
岩肌を突き崩してその穴を大きく広げていく。
「お前、魔法が使えるのか?」
時間が惜しい。俺は手を止めず、作業を進めながらゴブリナへと質問した。
「アア、ナンカイモハムリダガ、ツカエルゾ」
「良し、やってみてくれ」
俺は彼女に魔法の着弾点を指示してその場を一旦離れる。
「ファイアーボール!」
彼女の緑色の掌から赤く光る魔法陣が出現する。その陣の中心より放たれた小さな火球は指定した位置へと見事に命中した。爆散した火焔が光の穴を広げ、岩肌を焼き焦がしていく。
俺は初めて目にした魔法の威力に驚愕しながらもその場所へと戻り、直ぐに作業を再開した。驚いてる時間も惜しいのだ。
火焔で脆くなった岩肌にミスリルナイフを再度突き立て、突き崩し、光の穴を更に拡張していく。
「いいぞ、かなり良い感じだ」
この作業を2度3度と繰り返して掘り進める。それはまるでダイナマイトで爆破しながら掘り進む、トンネルの工事現場のように。
「うん、まだ小さめだけど、これならどうにかイケるだろう」
めでたくこのトンネル工事は竣工を迎えた。本音を言えばもっと大きくしたかったのだが、ゴブリナの魔力も空になってしまったし、何よりも工期がない。今すぐ人間達がこの場所まで追いついて来てもおかしくない状況なのだ。
前世の俺のナイスバディーでは絶対にリームーだが、今の俺の貧弱バディーならギリで通れる大きさまで、穴は拡張されている。
「俺が先に向こう側に抜けて外の状況を確認するから、合図したら俺の体を外へと押し出してくれ」
「ワカッタ、ワカッタカラハヤクイケ」
相変わらず愛想の無い女だなぁ。逃げ切れる可能性が出てきたんだから少しは嬉しそうにしろっての。
無愛想な雌はほっといて、俺はさっさと開けた穴に体をネジ込んでいく。身体をくねらせ、這うように、自分の力で進める限界まで体をネジ入れて。
「いいぞ、押し込んでくれ」
「ウム」
合図を聞いてゴブリナが、俺の足を掴んで思い切り外側へと押し出し始めた。岩肌に接している部分が擦れかなり痛い。痛いが外へとは確実に進んで行っている。
「良し、あとちょい」
光量が増してくる。眩しさに目が焼かれ外気が頬を優しく撫でた。自由までの距離は後少しだけだ。
両腕が反対側へと抜け、再度自分の力で先へと進める状態となった。壁面の外側を掴み、力を込めて最後の脱出を計る。
岩肌に擦られて擦り傷だらけとなった体を全力で引きずり出し、漸く身体の大半が外の世界へと抜け出した。トンネルを抜けるとそこは。
「OHー、オータニーサーン!」
谷だ、てか峡谷だ、てか崖かよ!
穴は崖の途中へと貫通していた。しかしまあ贅沢は言っていられない。
落下しない様に注意しながら足先まで穴から引き出し、切り立つ崖の岩肌にしがみついた。
「まるっきりロッククライミングだな」
足場の良い場所を探して、どうにかこうにか体を安定させ。
「いいぞ、お前も来い!」
洞穴に残るゴブリナを呼んだ。
ゴブリナの体が小さい穴を塞ぎ、少しづつ此方側に近づいてくる。彼女の手が俺の伸ばした手に届き、お互いにしっかりとその掌を握りしめる。
「引っ張るぞ」
「アア、タノム」
少しづつだが彼女の体が此方へと向かってくる。時折彼女がうめく様な声を上げた。岩肌に身体が擦れられて痛いのだと思う。可哀想だとは思うがそこは耐えてもらうしかない。時間がないのだ。
心なしか俺の時よりも進み方が遅い気がする。だが彼女の身体は俺よりも細身で、俺より幾分かは通り抜け易い筈なのだ。身長は俺よりも高いから、そのせいかも知れない。
「マ、マテ。チョ、チョットマッテクレ」
「痛いだろうが我慢しろ、ここしか逃げ道はないんだ」
制止を求める彼女の言葉を無視し、構わずに彼女の腕を引っぱり続けるが
「マテッテ、ヒ、ヒッカカッテ」
「なに!」
引っかかった? いや、そんな筈は無い。俺が通れたんだから彼女が通れない筈がないんだ。
「ム、ムネガ」
「巨乳ちゃんかよ!」
こ、これは誤算だった。細身に見えて意外や意外、隠れ巨乳だったのね。
かといって今更もう他の選択肢が無いのも事実。時間もない。
「わ、わるかった。胸の大きさは誤算だったがお前を中に戻して穴を掘り直す時間はない。痛いだろうけど我慢してもらうしかないんだ」
「・・・ワ、ワカッタ、ヒケ」
「行くぞ!」
あらためてもう一度引く。押し殺しきれずに彼女の声が漏れ出る。おっぱいが岩に擦られるって相当に痛いんだろうな。雄の俺にはわからんけどな。
どうにかこうにか両腕から頭、肩までを此方側まで引っ張り出した。後は問題の胸さえクリアすればミッションコンプリートだ。
初めて間近に彼女の顔と対面して。
「お前って意外と可愛い顔してたんだな」
「ナ、ナナ、ナニヲ」
思わずも声に出してしまった。俺の言葉に反応した彼女が動揺する。
基本的にゴブリナはキツイ顔をしていて可愛いという印象とはかけ離れている。特に目はつり上がっていて細く鋭いのだ。それは彼女も例外ではなくキツメな目なのだが、ボスが囲っていた他の2体のボブリナに比べると丸みがあり、クリッとしていた。その目が何処となく愛嬌があり、全体的な印象とのギャップ萌えが付与されて可愛いらしいのだ。
今にして思えば彼女だけ額のツノが1本だけで、他のゴブリナのツノは2本だった。ゴブリンの一般的な美意識か、ボスの個人的な好みなのかはわからないが、その辺りがボスが彼女にだけ興味が薄かった理由なのかも知れない。
俺からするとこの娘の方が好みなんだがなぁ。
「うん、やっぱりあの2体よりお前の方が可愛いぞ」
「ウ・・・ウルサイ、イイカラハヤクヒッパレ!」
「お、おう。痛いだろうけど我慢しろよ」
何度も言うが時間がない。いつ人間達に追いつかれてもおかしくない状況なのだ。中断してしまっていた引き抜き作業を再開する。
途端に彼女の顔が苦痛に歪む、が、俺は引く力を緩めたりはしない。そうしてどうにか難関だっ胸までを引き出す事に成功した。
俺は彼女の両脇に腕を差し入れ、抱き抱える様にして最後の引き抜き作業へと突入する。
「ナ、ナナナナナ、ナニヲスル」
「あ、暴れんなよ。この方が引っ張り易いだけだ」
「ハ、ハナセ、チカイ、ナ、ナニヲ」
「暴れんなって。下見ろよ、落ちんぞ!」
その体勢に動揺して急に暴れ出した彼女だったが、俺の言葉で今の自分が崖から突き出す形になっている事に気づいてなんとか落ち着きを取り戻す。
「もうちょいだからな、我慢しろよ、いいか引くぞ」
「ウ、ウン、タノム」
なんか逆にしおらしくなったけど…
落とさないように彼女の体を強く抱きしめてあらためて引き出す。一気に腰までを引き出して、残すは両脚だけとなった。ところに
「○◎○、@◆□↑→・・■」
唐突に聞こえてくる先程聞き知ったばかりの人語と思わしき言語。遂に人間にみつかってしまった。驚いたことにその人間がいる所は洞穴の中ではない。奴等は外にいるのだ。
「な・・・なんであんな所に人が」
これは推測でしかないが、俺達は穴を広げる為に魔法を使った。当然だがそれは大きな音を立ててしまう行為だ。だが俺は、洞穴内ならば音は反響して、場所を特定される原因にはならないと考えていた。その考えが甘かったのだ。
人間達が全員洞穴内に侵入して来るとは限らない。いや、洞穴の外にも警戒の為の人員を残す、と考えた方が自然だろう。そして外にいる人間ならば、音の発生場所を特定する事が可能なのだ。
そうして特定した場所が、外から回り込める場所であるならば当然そこを、その音の発生原因を確認しにやって来る。実際に今、人間がいる場所は崖ではなく、俺達のいる崖から50メートル近く離れた斜面の下の方で、足場もしっかりしている。
その場所から俺達の所まで来るのならロッククライミングが必要となる。しかし奴等にはそんな事をする必要はない。なぜなら。
「#/@&☆ー★☆」
人間が何事かを唱え掌を此方に向ける。直後、発生した魔法陣から火球が放たれた。
ファイアーボール。穴を広げる時にゴブリナが使っていた魔法。それと同じ魔法が此方に向かって飛んできた、魔法攻撃だ。
魔法に限らず長距離を攻撃する方法があれば、わざわざ此方に近づく必要などない。そしてその手段を奴等はしっかりと保有していた。
「くそったれが。おい、しっかり掴まってろよ」
俺はゴブリナを抱き抱えたまま、ミスリルナイフを引き抜く。彼女を穴から引っ張り出す時に邪魔になり、壁面に突き刺しておいたミスリルナイフだ。
ゲームによってはミスリルナイフには魔力が付与されているものもあった。
一か八か!
ただの賭けでしかないが、ミスリルナイフでファイアーボールを弾く事が出来るかもしれない。
まだゴブリナの両脚は穴から出てはいない。片手にナイフを構えながらでは引き出す作業もし難いがやるしかない。
手間取れば他の人間達も集まって来てしまう。魔法に対処しつつも逃げる作業を中断することも出来ない。
「ぬぐうぅ」
「キャアッ!」
ゴブリナの全身を穴から引っ張り出したのと同じタイミングでファイアーボールも着弾した。
結果から言うと賭けには勝った。勝ちはしたんだけど。
「やべぇ、死ぬかも」
俺達は空中にいた。魔法をナイフで弾く事にはかろうじて成功した、したのだが足場のほぼない崖では衝撃までを受け切り事は出来なかった。
そんなわけで、今、空中です。このままならオータニーサーンに自由落下してーのジ・エーンド。
周囲を確認し、一ヶ所逃げるには最適な場所を発見した。そこも崖の途中だが窪んでいて着地に問題がなく、人間のいる位置からは死角となっているうえに、岩山の人間とは反対側へと回り込めるので確実に逃げ切れる。
うん、俺、冷静。流石は俺。
問題なのは、吹っ飛ばされて空中にいる俺達には着地点を選ぶ自由など許されていないことだ。
周辺確認中に気になったもう一ヶ所、傾斜がきつくなってはいるが、その斜面の途中に生えている枯れた老木へと視線を移す。
「これしかねぇよなぁ、また一か八かかよ、もう」
成功する確率なんて殆ど無いに等しいだろう。それでもこれしか思いつかないんだからしゃーねぇよな。
飛ばされた惰性が緩み、もう落下し始めている。他の方法を考える時間的な余裕もない。
俺は決断し、ゴブリナを抱きしめていた腕の力を抜いてその拘束を解いた。
「ナ、ナニヲ」
途端に彼女の表情に不安の色が浮かぶ。
「信じろ! 腕を伸ばせ!」
おずおずと彼女が伸ばした腕を掴み、思い切り自分の後ろに引っ張る。
「キャッ!」
空中で勢いよく彼女が俺の背中側へと引かれる。
「良し! 次、お前が引っ張れ!」
言われるがままに彼女が俺の腕を引く。今度は俺が彼女の背中側へと回った。
次に俺がもう一度彼女を引く、今度は少し弧を描くように。
空中で繰り返し場所を入れ替えた俺達の体は、円運動を始めた。
一回転、二回転と円運動を繰り返す。僅かに残る飛ばされた時の惰性の力も利用して回転速度を増していく、その遠心力を利用して
「せぇーのぉーで、てぇりゃぁぁー!」
おもいっきり彼女を投げ飛ばした。狙いは逃げ切るのに最適な窪んでいるあの場所だ。
「届けえぇぇー!」
ドサァッ!
ジャストミーート!
狙い通り彼女の体は窪んだ場所へと到達した。着地で背中を強打したみたいだけど、まあそれくらいは許してもらおう。
で、俺はと言うと、彼女を投げた反動を利用して老木へと一直線!
「って、ちょとズレてるって〜!」
ザクッ!
セ、セーフ。腕をいっぱいに伸ばしてミスリルナイフを老木に突き刺し、谷底への落下を回避。
ただまあ、俺はこっからどうすっかは未定なんだけど。兎に角今は
「逃げろ! 早く!」
窮地を脱したゴブリナに逃亡を促す事が先決だろう。
「・・・・・・」
ん、なんだアイツ? 何をぼけっとこっち見てやがんだ?
「おい! 早く逃げろって」
「・・・・・・」
ああ、もう、何で逃げねえの。声の届かない距離じゃねえし、聞こえてる筈だろ。
「#/@&☆ー★☆」
逃げもせずに此方の様子をうかがうゴブリナにヤキモキしている間なんか待ってくれる筈もなく、人間が俺に掌を向け次弾の装填をし始めた。魔法がくる。
くそ、なんかもう腹立ってきた。
「逃げろっつってんだろが、耳ねえのかグズ、この馬鹿雌が!」
うん、今度こそ確実に俺の声は届いたようだな、顔を真っ赤にして怒ってやがる。
にしても悪口しか届かないってどうよ。
まあ、なんにしてもこれで彼女も逃げ・・・
えっ! な、何してんの? なんでこっちに掌向けてんのよゴブリナさん、 う、嘘でしょ!
「ファイアーボール!」
マジか! アイツ本気で魔法撃ってきやがった!
人間の方も既に魔法を放っている。二つの火球が俺へと迫って来る。
「しゃれになんねー!」
位置的に近く、先に到達したゴブリナの火球をミスリルナイフで弾く。衝撃で枯れた老木は折れ、俺の体は再び大空へと華麗なダイブを決めている。
俺が飛ばされた為に人間の放った火球は外れ、残った老木の根を跡形もなく粉砕した。
俺はさっきよりも谷底よりに飛ばされている。この先の展開として谷の更に深いところに落下する事が確定していた。より谷底深くに・・・谷底に?
「なんだ、そういう事か」
オータニーサーンのお約束に水深の深い川が流れているというのがある。見ればこの谷の底にも割と川幅のある川があった。
視線をゴブリナの方へと戻すと彼女はドヤ顔を浮かべていた。そして漸く彼女も避難をし始める。
「あれでも一応、俺を助けたつもりなのかな?」
下の川が深いとは限らない。実際にはただ頭にきて、俺を攻撃しただけかもしれない。彼女の真意はわからないが、それでも俺に僅かだが生き残る可能性が出来たのは確かだ。
「魔力もほぼ無かったのに無理しやがって、まあ一応感謝はしとくよ」
もう俺に出来る事は何もない。後は幸運を祈りつつオータニーサーンの底へと落ちていくだけ…
「イッツ・ショーターーイム!」
◆◆◆◆◆
「パッシャパッシャ・・・・・ナイトプール、パシャパシャ」
生きてた。
どのくらい気を失ってたのかわかんねーけど、今、俺は流れついた河原で下半身を川に浮かべたまま、足で水をパシャパシャしている。ビバお約束!
まあね、いつまでもこんな事しててもしゃーないから起きるけどさ。
「何処だよ、ここ?」
立ち上がり、自分の身体を確認する。流石は魔物、ミスリルナイフで刺された左腕以外には大きな傷はない。粗方完治していて行動に支障はなさそうだ。
「川の近くは人間達が追ってくる可能性があるよな」
目の前には森がある。仲間達と狩場としていた森とは別の森だ。
森は前世でアウトドアを仕込まれた俺にとって生き残るのに最適なフィールドだ。考えるまでもない。
俺はとぼとぼと森に向かって歩き出した。
「これからどうすっかなぁ」
この時に気付くべきだった。別の森にはそこに縄張りを持つ別の住人がいることを。そして、この時既にその者達に発見されていたことを。
森の奥、茂みの中で妖しく光る幾対もの瞳。その赤く光る眼光は見知らぬ侵入者を監視していたのだ。
魔狼。
群れを形成し、縄張り意識の高いこの魔獣は、侵入者を決して逃しはしない危険な集団である。
次回の投稿は3日の予定です。