第一話 なんて日だ!
あんまり考えずに書いてるので、あんまり考えずに読んで下さいね( ´∀`)
「クソっ、マジかよ。シャレになんねぇ!」
ったく、なんでこんな事になったかなあ。意味わかんねぇ。
命からがらなんとかよじ登った大樹の上から、荒れた息を整えつつ眼下を見下ろすと、大地を埋め尽くす勢い(大袈裟かも知らんけど切羽詰まってる俺にはそう見えるんすよ)で存在を主張している黒、いや、黒と見紛う程に濃い灰色? いやいや、陽光に照らされて輝く毛並みはガンメタかな。
ってそんな色なんかはどうでも良いだろ、馬鹿か俺! 違うだろ!
今問題なのはこの状況をどう切り抜けるかだ。俺を追い詰めている狼の群れからね。ちなみにその数は凡そ30頭(ね、思った程は多くないでしょ)。何の罰ゲームだよ。
ったく、俺はなんも悪い事なんてしてねえってのに。
あ、え〜っとね・・・ ち、ちょっとだけ… ほ、ほんのちょっとだけ出来心でね、放心状態の人間の女の子で童貞卒業しようとはしたけどもさ… あれは不可抗力だし何より未遂だよ。未遂だったよ、ねぇ…。
なにわともあれ木に登る事の出来ない狼達から一時の避難に成功した俺は、大樹に群がり唸り声をあげる奴等を改めて見直し深いため息を吐く。
「ないわぁ。勘弁してくれよぉ」
現状を再確認!
嘆いていてもどうにもならない。現在の自分の置かれている状況を確認し直す事こそ今は重要だろう。
先ずは俺と狼達との戦力比を確認しよう。俺の身体の能力は魔物へと転生したが為、人間だった頃に比べれば向上している。してはいる、けどもだ。けれどもだよ。
「ゴブリンだぜ、俺」
そう、何を隠そう(隠しようがない容姿してて何言ってんだか)今のこの俺は小鬼だ。
ザ・やられキャラ! 雑魚中の雑魚! キング・オブ・ルーザーなのだよ。
雑魚とはいえ一応は魔物。人間よりも高い身体能力ではあるのだが、前世の俺は高2にして185センチ、高身長のナイスガイだったのだ。
日々の暮らしこそ帰宅部、インドア、廃ゲーマーの三重殺。不摂生確定生活を送ってはいたが、ハイパーアクティブアウトドア親父に結ばされた約束事により、無理矢理鍛え上げられた細マッチョなナイバディーを誇っていた俺からしたら、その能力の伸び率たるや微々たるものだ。にしても
「はぁ〜。なんだかなぁ」
新たなマイボディとなった肉体をマジマジと見つめ、思わずため息が漏れ出てしまうのも仕方のないことだろう。
「貧弱過ぎだろ、この体!」
現在の俺の体は150センチにも満たない低身長。細っそい手足に栄養失調の証明のような下腹ポッコリ。頭には鬼の象徴ではあるが絶対に武器にならないだろうピョコンと立った小さな三本のツノ。前世の面影なんぞまるでナッシングアプリケーション。
身につけている物は衣服とは呼ぶに呼べないボッロい腰布一枚だけ。頼りなさ以外を感じることは不可能な緑色の体を惜しげもなく曝け出してる有様、仏様、稲葉様(平成版稲尾様)だ。
現状確認は初っ端から暗礁に乗り上げてしまった。さて、どうしたものか…。
話は変わるけど仲間のゴブリン達のツノは一本か二本で、三本ヅノの奴はいなかったな。頭のホブゴブリンも二本ヅノだったし、頭が囲ってた3体のゴブリナ達のツノも、2
体が二本で残りの1体は一本ヅノだった。
三本ヅノって珍しいのかな? まあうちの群れは50体規模の小さな群れだったし、偶々いなかっただけかな? ……。
って、今はそんな事はど〜でもええんじゃい! 何話変えてんだよ。現実逃避か! 今はこっからどうやって逃げるのかが問題なんじゃろがぁ!
「えっ!!!」
算段が纏まらないうちに、大樹を囲む狼達とは別の気配を身体全体で感じ取った。ゴブリンに転生してから危険に対しての感度が上がっているのか、時折こういった気配を感じとれる様になった。
「嫌な予感しかしないんすけど、気のせいっすよねぇ」
恐る恐るその気配の先へと視線を向ける。
「な、なんだコイツ」
俺の視線が捉えたのは一際デカイ四足獣。隣の大樹より俺の居る大樹に向かって真っ直ぐに伸びた大枝の上に雄々しく立つ大狼の姿だった。
額の一本角と共に光る鋭い眼光。長い鼻先の下で鈍く輝く鋭利な牙。
豊かな胸前を囲う様に隆起する、肩端から上腕にかけての漲る筋肉。そしてそこから肘、前腕、手根から足先までへと伸びる逞しくも美しい前脚。
キ甲から背中、腰へと真っ直ぐに伸びたボディーラインは臀部でふっくらとした丸みを帯、引き締まった脾腹と共に最高の曲線美を描き出している。
前脚以上の筋肉量を有する大腿と下腿。直立する四本の太い脚からは野生の力強さが溢れ出していた。
そして何よりも異彩を放っているのはその毛並みだ。その色彩は森林迷彩。
野生の物とは思えぬその毛並みは、どこぞの軍事オタクが自らの理想とする美を描いたのでないかと錯覚してしまう程の渾身の力作だ。
「カッケー。いやマジカッケー。激鬼卍!」
暫くの間俺の意識は、置かれている自分の立場も忘れてその荘厳とも言える圧倒的な力強さと、壮大な森林に溶け込みながらも一種独特な異彩を放つ野生の造形美に魅入られてしまっていた。
「どうせ魔物に転生すんなら、俺もあんなカッケー魔物になりたかったよなぁ」
クゥオオォォォーン!
だがその意識は樹上の大狼の一鳴きで、現実へと引き戻される。
それまではバラバラに大樹を囲んでいた狼の群れが、大狼の嗎を合図として、大樹を中心に放射線状の見事な円形の隊列へとその姿を変化させたのだ。
「チィェックメイツ!」
はい詰んだ。完っ壁に詰みましたあ。
大枝の上でこちらをロッコンしている大狼こそが、狼達の群れのボスであることが確定した瞬間です。
勝ち目はない。
そうとはわかっていても俺は、偶然手に入れることが出来た卑小なゴブリンが持つには不相応な獲物、聖銀小刀を右手に構える。
「死にたかねぇし闘るしかねぇよな、ったくよお」
全身が小刻みに震える。幸いにして足場としている大樹の枝は太く、充分に踏ん張りが効きそうだ。人間にやられ、裂いた腰布を巻き付けて止血しただけの左腕も、布に血が滲んではいるものの傷自体は辛うじて塞がっていて、戦闘には支障はなさそうだ。
腐っても魔物。回復速度は人間の比じゃねぇ。ねえのだが魔物の生命を支える特性である魔属性、その天敵と言える聖属性、聖属性の象徴とも言える物質である銀、中でも聖属性の含有率が極めて高い金属が聖銀だ。多分だけどね。
前世のゲームでのミスリルナイフの設定だと、大体こんな感じだったからさ。まあそれは置いといてっと。
そんな聖銀製の武器で付けられた左腕の傷痕は魔物の治癒速度を持ってしても簡単には治らず、今も灼けた金ゴテを押し付けられた様に爛れ、薄い煙を燻らせている。
まだ強く痛みを残す左腕に視線を落とし、心を弱気が侵蝕していく。だが闘らなければ殺られるだけだ。
弱腰、不安を打ち払うように首を振り、感触を確かめるように手の中でナイフをクルクルと回す。
「クソ親父に仕込まれたナイフ術が、こんな化け物相手に通用するとも思えねぇけど、闘れるだけ闘ってやらあ」
恐怖と開き直りの勇気が交互に襲い来る、覚悟を決めろ!
木製の柄以外の部分が肌に触れれば忽ち肌は火傷に見舞われる。そんな魔物には相応しくはない武器であるミスリルナイフの柄を握る右手に力を込めた。直後!
グルアアァァァン!
咆哮と共に一瞬で大狼が迫る。額の一本角を武器とした突進攻撃。
咄嗟に枝を蹴り、頭上の枝を掴んだ俺は腰をくの字に折って丸くなる。
弾丸、いや砲弾と化した大狼の巨体が俺の足元を通過、避け切れずに左足の爪先は二つに裂かれた。額の一本角による裂傷だった。
「いってぇ、速過ぎんだろ、コンニャロー」
[告: 固有特性【添乗員ST】が定着、文字表記が可能となりました]
枝にぶら下がったままに振り返ると、通り過ぎた筈の大狼が再び目前へと迫っていた。太く逞しい前脚を振り上げ、鋭利な爪を此方へと向けている。
俺は数本の枝をつたって幹の裏側へと回り込み、凶悪な爪での攻撃の回避に成功。
しかし、森の木々を巧みに蹴ることで華麗な立体軌道を披露した大狼は、次の瞬間には既に俺の正面で次の攻撃への体制を整え終えている。
「ナイフなんか使う暇ねぇじゃねえかよ」
ナイフを構え直し大狼の動向を注意深く確認する。その視界の端に不自然に映る見慣れない文字列があった。それは脳に直接投影しているかの様な妙な違和感と共に浮かび上がっている。
「な、なんだこれ? 告? スキル? 定着? 意味がわからん?」
ゲームの画面に現れるメッセージのような文字群を見て、前世の記憶から似た物を引き摺り出す。
「もしかしてあれか、異世界物のアニメとかでよくある鑑定とか探知みたいなもんか」
ユニークスキルってのが転生特典とかであるそれっぽいし、コンダクターって名前からしてそういう機能を備えてそうだよな。
もしそうなら自分が強くはなれないにしても、相手の強さを正確に把握出来る。今の窮地を打開する手助けくらいにはなるかもしれんよね。
「よ、よし、コンダクター、アイツの強さを鑑定してみてくれ」
[解: 種族 狼。特徴 凄く強そう]
・・・。へ、それだけ?
浮かぶ文字を見て、俺は呆気にとられてしまう。
「い、嫌だなぁ。もっとなんかあんでしょ。ステータスとか属性とかさあ。鑑定とかって有名なチートスキルじゃんか。冗談はガンバレなんとかのよしこさんでしょ」
[答: 当スキルの熟練度はスタンダードクラスであり、《世界記憶》への閲覧権限を有しておりません。よって当スキルがマスターの記憶の範囲外の情報を提供する事は不可能です]
「クソがぁ!」
つっかえねえ! マジ使えねえ!
つまりは俺の知ってる事しか情報がねぇってこったろ。それに何の意味があんの? 何? 《世界記憶》って? ねえ、何の為のスキルなの? 君。わけわからん?
ガルルアァァ!
スキル相手のゴタゴタを大狼が待ってくれる筈もなく、薙ぎ払う様に振われる鋭利な爪が顔前に迫る。
伏せに近い状態まで低く屈んで下に避ける。
頭上スレスレを通過した魔獣の爪は、大樹の幹に三本の凶悪な爪痕を深々と刻んだ。
チャンス!
大振りに前脚を振り回した大狼の体勢が僅かに崩れた。圧倒的な暴力でこの場を支配していた大狼が見せた、隙と呼ぶには小さ過ぎる程の僅かな隙。
しかし、非力なゴブリンにとっては見過ごすことの出来ない数少ない勝機だ。
「殺ったぁ!」
ガギイィン!
逆手に握ったミスリルナイフの刃は、大狼の太い首を根元から切り裂いた。・・・筈だった。
「嘘だろ」
信じられない程の上下の顎の力でミスリルナイフの刃を噛み止め、怒りに皺を寄せた鼻の上の殺気に満ちた二つの眼光と俺の目線とが至近距離で重なる。
真剣白刃取りの噛みつきバージョンを事もなくやってのけた大狼は、次の瞬間にはあの凶悪な爪での攻撃を繰り出していた。
がふっ!
胸元に深く突き刺さった大狼の爪は、三本の致命的な爪痕を胸に深く刻みながら乱暴に振り払われる。
折れた枯れ枝の如く軽々と吹き飛ばされ、後方に聳え立つ大樹の幹に背中から叩きつけられた俺の体は、地面へと自由落下を始め。
「ぬおおぉぉぉぉぉ」
このまま地面まで落下してしまえば、下で舌舐めずりしながら待つ狼達に噛み散らかされてしまうのは自明の理。何本もの枝を折りながらも、その内の一本の枝に必死にしがみつくことになんとか成功。
胸に刻まれた爪痕からは緑色の血液が多量に流れ落ち、腕も脚も枝との格闘で受けた擦り傷だらけ。
上を見上げれば、追撃の為の跳躍を開始している大狼の姿をまたしても美しいと見惚れてしまう。
普通の高校生だった俺が唐突に小鬼に転生して三か月。
勝手の分からぬ異世界でなんとかかんとかやってきた訳なんだけど…。
「全く・・・なんて日だ!」
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