9 気になる彼の過去
昼休みはまだ時間があった。
教室に戻るとノコちゃんがやって来て、同じクラスの天原さんに話を聞くことを提案した。
天原さんは、全員が彼氏持ちの派手なグループにいる子だ。
私が重谷さんと話をしている間に、ノコちゃんは先日情報をくれた、兼子くんと同じ小学校の子と再度話をして、天原さんが小六の時に兼子くんと同じクラスだったと教えてもらったという。
小学生の頃から彼氏がいたらしいし、より詳しい事情を知っているのではないか、とノコちゃんは言った。
「天原さん、ちょっと話したいことがあるんだけど……」
グループの輪の中にいる彼女に、私たちは声をかけた。
実を言うと天原さんは、七夕星まつりの会場で私を見て嘲笑ったうちの一人だ。
彼女たちのグループの子とは、誰ともほとんど話したことがない。
無視されたり罵られたりするかもしれない。
そこまででなくてもあっさり拒否されるかもしれない。
そんな風に思っていたけれど、
「え、なになに?」
天原さんは、意外にも愛想のいい反応を返してくれた。
あっさりグループを離れてこちらにやって来るので拍子抜けする。
お祭で嘲笑されたように感じたのは、こちらの被害妄想だったのだろうか。
掃除道具箱の前で、私は口を開いた。
「兼子くんのことで、ちょっと……」
「あっ。見たよ七夕星まつりで二人!よかったねえ杉田さんっ」
テンション高く天原さんは言った。
その笑顔が素直な祝福を示しているのかこちらを小馬鹿にしたものなのか、もはや私には判断がつかない。
「あの、天原さんは、兼子くんと同じ小学校だったんだよね?」
「やっぱり気になるよね彼氏の過去!何でも知りたいよねっ」
「あ、いや。ええと……六年生の時、兼子くんが二人の女子に告白したのって、覚えてる?」
「ああ、あったねそんなこと」
「兼子くんは、クラスみんなの前で重谷さんっていう子に告白して、なのにその一週間後には別の……宇佐美さんに告白して、重谷さんが後になってOKの返事をしたのに兼子くんは自分から断って、だけど宇佐美さんともつきあったりはしなかった、って、そう聞いたんだけど……合ってるかな」
「うんうん」
「それって兼子くんは酷いと思うんだけど……」
「それは違うよ」
「違うの?」
「うん、違う」
言うと天原さんはちらっと自分が先ほどまでいたグループに目をやった。
それから少し声を潜めて続ける。
「あれは宇佐美が悪かったんだよ」
彼女のグループには宇佐美さんと仲がいい子もいるから、それを気にしているらしい。
聞き取れるか聞き取れないかぎりぎりの声量で、天原さんは話してくれた。
「宇佐美が調子に乗ってて、みんなちょっとひいてたんだ。それを兼子くんが懲らしめた感じ。つまり英雄」
「ええと……どういうこと?」
「宇佐美への告白は嘘。それにしても……」
「ん?」
「やだ、うける。杉田さんってよく見ると重谷に似てる!そっか兼子くん、そういうことか。アハハハハ」
「でも、重谷さんのことも断ったっていうのは」
「それはよく知らない。それより、ねえちょっと聞いて~」
大笑いしながら、天原さんは自分のグループの方に戻ってしまった。
重谷さんや私、そういったタイプが好きらしい兼子くんがよほど可笑しいらしい。
やっぱりお祭の時には私のことを嘲笑していたのかもしれない。
「失礼な奴だな」
ノコちゃんが、天原さんの反応を怒ってくれた。
「でも、貴重な情報得られたよ」
「うん。やっぱり兼子くんは弥生のこと好きなんだよ」
「それはわからないけど」
「重要なのはそこだろ」
「いやその」
天原さんがあそこまで面白がるほど兼子くんの趣味が異様であることはさておき。
宇佐美さんは兼子くんの趣味からははずれていた……兼子くんは宇佐美さんのことを好きなわけではなかった……ということに思わずほっとしている自分に気がつく。
いや、ほっとしている、なんてかわいいものではない。
あんなに可愛い宇佐美さんよりも、私……いや当時は重谷さんだけど……の方が好き、なんて。
ハイレベル女子が片想いをしているイケメン男子がこちらのことを好きだ、というのは、何だかすごく、いやな……胸やけしそうな優越感を感じさせる。
宇佐美さんにとっては、一体どれだけの屈辱だったのだろう。
宇佐美さんがどんな風に「調子に乗っていた」のかは知らないけれど、嘘の告白をするなんて、それはあまりにも酷いようにも思える。
それに、ならどうして重谷さんは断られることになったのか。
「どうして重谷さんが断られたのかわかったら、今の私のこともわかるかな……」
私は呟いた。
そもそも今聞いた話は、重谷さんから聞いた話とだいぶニュアンスが違う気がする。
それとも重谷さんは、宇佐美さんが告白されたことは知っていたけれど、その告白が嘘だったことは知らなかったのだろうか。
もう一度重谷さんに話を聞きたい気もした。
けれどもそれは、断られた傷を抉ることなのかもしれない。
それにもしも私に対して嘘をついたり意図的に知っていることを隠していたのだとしたら、どれだけ話してももうあまり意味がないように思う。
考え込んでいると、特に親しくないクラスメイトに肩を叩かれた。
呼んでるよ、と言われて廊下へ行くと、今吉くんだった。
「ちょっと報告と相談あるんだけど、帰りに杉田さんの家の辺りに寄ってもいいかな。部活の後になるけど」
今吉くんは言った。
私は頷いた。
「じゃ」
もうすぐチャイムが鳴るので、今吉くんはそれだけ言うと去っていった。
そのまま席に戻ろうとすると、天原さんと同じグループの女子が「杉田さん、モテ期!?」とからかうように言った。
「そんなんじゃ……」
私はもごもごと否定した。
「なんでなんで、よかったじゃん!」
その子は大声で笑った。
……よかった。よかった、のかもしれない。
思いがけずに今吉くんとの交流が復活した。
今、二人で会う約束をしたのだ。
それって、凄いことだ。
もしかして兼子くんは、これを狙っていた……とか。
そんな風に考えてみる。
それはないと思うけど。




