8 私に似た子
次の休み時間に、私はあの「私に似た子」を探しに行った。
不自然にならない程度に、一つずつ教室を覗いていく。
三つ目の教室で、教室の隅にいる彼女を発見した。
三人の女子で喋っている。窓際の方にいたので、名札までは見えない。
「あの」
他のクラスの教室に勝手に入ることは禁じられているので、私は通りがかった親切そうな子に声をかけた。
「名前はわからないんだけど、あそこの奥の三人の中の、髪二つに結んで私と同じくらいの背丈の……」
「あ、重谷さん?」
その子が訊いた。
重谷さんって。
兼子くんが小学生の時に告白した一人目が、あの子自身だったのか。
私は何だか、かあっと顔が熱くなるのを感じた。
兼子くんが照れたように「好みなんです」と言った様子が勝手に頭の中によみがえった。
小学生の時あの子が好きで、今私が好きだ、というのであれば、それは何だかすごく筋が通っているように思える。
……いや。
その間に宇佐美さんがいるのだから。
兼子くんの趣味についてはまだわからない。
私がお願いしたので、親切な子は奥まで行って重谷さんを呼んでくれた。
少しのやりとりの後、重谷さんは私のいる廊下まで出てきた。
「ええと……」
重谷さんはおずおずと私を見た。
髪質とか肌の感じとかが本当に私と似ていて、さらに声のトーンなんかも近いので、正直少し気持が悪い。
顔は全然違うと思う。でも、表情や動きは、自分は外から見たらこんな印象なのかな、と思えてしまう。
洗練されてない、野暮ったさ。
「ごめんなさい突然」
一緒の感じになるのが嫌で、何となくいつもよりシャキシャキとした話し方になる。
「この間の金曜日に教えてくれたこと、もう少し詳しく知りたくて」
「あ、うん……」
やけにぼんやりとした反応に、私はちょっといらついた。
私はこの子とは友達になれないなあ、と思った。
似てると思ったり、いや私はこんなんじゃないと思ったり、ともかく冷静でいられない。
さっきから、この子に対しては失礼なことばかり考えている。
「ここで話すのはあれかな。もしよかったら、あっちの方……」
「でももうチャイム鳴るよ」
おどおどしているかと思ったら、彼女は急に偉そうな感じで言った。
確かに彼女の言ってることは正しくて、教室の時計の針があと一つ動いたら次の授業の開始時間だった。
「じゃあ次の休み時間にもう一回来てもいい?」
「四時間目は体育だから。昼休みは?」
「昼休みに、お願いします」
約束して、別れた。
自分の教室に向かって走りながら改めて思い返すと、別に彼女の態度は偉そうでも何でもなかったし、ごく自然でむしろ親切なものだったじゃないかと思った。
それなのに過剰反応していやなことばかり思ってしまう。
気をつけないといけない。別にちっとも悪い子じゃないのに。
「間に合ったっ」
教室に走りこんだ私を、ノコちゃんは下敷きであおいでくれた。
「私はいい友達がいて本当によかったなあ」
「ふふふ。そうだろうそうだろう」
ノコちゃんは満足そうに言う。
昼休みになった。
ついていこうか?と言ってくれるノコちゃんに、ううん、こっちが二人だと相手も緊張しそうだし、と私は一人で重谷さんのところへ行った。
人のいないところで話したかったので、教科棟に続く渡り廊下まで行った。
金曜日に兼子くんと話した、あの中庭が遠くに見えた。
「兼子くんに告白されて、どうなったの?」
先に口を開き、そう訊ねたのは重谷さんの方だった。
私は自分が教えてほしいと頼んだ立場なので、ややこしい部分は省きつつもなるべく丁寧に答えた。
「土曜日、一緒にお祭に行きました。でも、偶然宇佐美さんに会って、そうしたら突然兼子くんは帰ってしまって、それから態度が豹変しました」
「そうなの……」
私は同族嫌悪を感じるほどに重谷さんと自分が似ているように思っているけれど、相手はどうなのだろう。そう思っていると、
「私たちって感じが似てるよね」
重谷さんはずばりと言った。
やはり相手も同じことを思っていたらしい。
「正直なことを言うと、ちょっと気持ち悪い」
私ではなく、そう言ったのは重谷さんだ。
私は苦笑いを浮かべた。
確かに私もそう思っているけれど、でも私はそれを口に出したりはしないのに、と思った。
まあでも、率直に話してもらえるのはありがたい。
「小学生の時、重谷さんは兼子くんに告白されたって聞いたんだけど」
私も遠慮なく切りこんでみる。「その時何があったのか、教えてほしい」
重谷さんはちろりと私を見た。
冷たい嫌な目だと思ったけれど、本人は無意識かもしれない。
私も、そんなつもりはなかったのに冷たい目を向けたと人に言われたことがある。
「杉田さんと、似た感じ」重谷さんは言った。
「告白された。クラスみんながいるところで。だけとそれから一週間後に、兼子くんはやっぱりみんながいる前で、今度は宇佐美さんに告白した」
「重谷さんは、告白への返事はしなかったの?」
「その時はできなかった」
「後からはした?」
「した。でも、向こうから断られた」
「なんて言われたの?」
「告白は本気だった。けど、もう好きではなくなったって」
重谷さんは淡々と言った。
私は心臓に、ひゅっと冷たい風が入ったような感じがした。
酷い。
やっぱり兼子くんは酷い。
酷い話だ。
「でも、宇佐美さんと兼子くんがつきあうようになったってこともなかったんだよね?」
「二人のことはよく知らない。でも、つきあい始めたりはなかった」
「兼子くんは何がしたかったんだと思う?」
「さあ」
重谷さんも私に対して、同族嫌悪を感じているのだろうか。
私の嫌悪感や過剰反応を差し引いても、やっぱり実際にちょっと感じ悪い態度のように思える。
「さっぱり、全然わからないまま?」
私は少し下手に出るような感じで、何かもっと引き出せないものかと訊いてみた。
「うん、わからない。全然わからないまま」
遠い中庭の方に目をやりながら、言い捨てるように重谷さんは言った。
でもそれから急にこちらに向き直ると、やけに真剣な目をして続けた。
「だから金曜日に、告白されてた杉田さんのこと、放っておけなかった。私と同じ目に遭ったら可哀相だと思ったから。兼子くんは酷い奴だから、もうこれ以上、関わらない方がいいと思う。絶対もう、やめた方がいいよ」
「そっか……ありがとう」
私は言った。
まだ時間はあったけど、お互いにもう話すことはなかったので、程なくそれぞれ教室に戻った。




