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7 告白魔のクソ野郎

 人間不信になる。

 土曜日の夜、私はそんな風に言ったけれど、それでもその時は、まだ私は兼子くんのことを心のどこかで信じていた。


 宇佐美さんが「小六の時に兼子くんに告白された」と言って、それに動揺して兼子くんが帰った。

 それだけだ。

 小学生の時に兼子くんが宇佐美さんに告白して、その後何が起こったのかはわからない。

 でも、今私たちはもう中学二年生で、兼子くんは、今は私のことが好きで、私に告白してくれた。

 そのはずだ。


 だから日曜日、私は兼子くんが、フォローとか弁解とかしてくれる、そんな連絡をくれるのではないかと思っていた。

 でも、なかった。


 学校で会った時に話してくれるつもりなのかもしれない。

 月曜日、そう思いながら登校した。

 でも、朝の時点で私はそうではないのだと知った。


 昇降口で靴を履き替えた直後の廊下で、私と兼子くんはばったりと会った。

 兼子くんが途端にうろたえたような顔をしたので、私は内心かなり傷ついた。

 でも、心の準備ができてなかったせいかもしれないと思って、こちらから、必死の笑顔で「おはよう」と言った。


 すると兼子くんは、私から気まずそうに目をそらしたのだった。

 口の中で小さくおはよう、とは言ってくれていたのかもしれない。

 でも、ほとんど聞こえなかった。

 そのまま足早に廊下を抜け、兼子くんは階段を駆け上がっていった。

 いくらなんでも、酷すぎないだろうか。


 私たちの様子を目撃した女子数人が、いかにも愉しそうに何ごとかをささやきあっていた。

 やっぱりどう見ても、罰ゲームで冴えない女子に告白したイケメン男子が、真実が明るみになった後に罪悪感で逃げ出した、その構図なのだろう。


 でも、もし本当にそうなら、なんであそこまでやる必要があったのだろう。

 誰も見ていないのに私の幸せのための提案をしたり、私と歩いてあんなに嬉しそうな顔をしたり、そこまでやる必要が、一体どこにあったのか。

 だまされる私を見て兼子くん本人がほくそ笑んでいたならわかるけど。

 もしそうなら、今あんなに辛そうな顔をして私から逃げ出すのもおかしい。


「おはよう」

 教室に入ると、私はさらに追い討ちをかけられた。

「おはよう」と返す友達のノコちゃんは何だか不自然な笑顔で、私は急に、友達の気持も考えなくてはいけないことに気づいたのだ。


 友達がいきなり男子に、しかもイケメンに告白された場合、どんな気持になるか。

 私が兼子くんに廊下で告白された時、ノコちゃんは明るいままだったしいつもどおり優しくて頼もしかった。

 でも、もしかしたら心の中は複雑だったのかもしれない。


 私たちは男子の誰が好き、なんて話はしたことがなくて、たぶんお互いに暗黙の了解で「私たちは恋愛とは無縁の人種」と思っていた。

 ノコちゃんはころんとした体型で、決して顔は不細工ではないと思うけど、私と同じで格好や髪形についてほとんど意識していないようなタイプだ。


 もしも逆の立場で、ノコちゃんがいきなり誰かに告白されたり、彼氏持ちになったりしたら……祝福しなきゃと思いながら、私は内心ちょっと裏切られたような気がして、やっかんだり、つらい気持になっていたかもしれない。


 ノコちゃんが、もしもそういう気持を抱いて、その気持を内心にとどめきれなかったとしても、そんなのは絶対に責められない。


 いやでも……そういう意味ではよかったのかもしれない。


 金曜日、兼子くんがいきなり変なこと言ってきたじゃない?

 聞いてよ、ひどいんだよ。

 私、弄ばれたんだよ。

 いくらダサくてイケてない女子だからって、やっていいことと悪いことがあるよ。

 男子なんて最低だ。イケメン男子なんて人間じゃないんだよ。


 今回のことの顛末を聞かせたら、ノコちゃんはきっと大いに同情してくれるだろう。

 私を可哀相だと言ってくれるだろう。

 心のどこかでちょっとほっとしたりもするかもしれない。

 ともかく私たちの友情は、今までどおり保たれる。


 学校生活において、友達関係は何より大切だ。

 はっきりいって彼氏彼女なんて一部の人の贅沢品みたいなもので、別になくたってやっていける。

 でも友達がいないのは、だいぶつらいしだいぶ困る。


「ノコちゃん、聞いてほしい話があるんだ」

 一時間目の休み時間に、私は早速ノコちゃんに申し出た。

 するとノコちゃんも妙に真剣な顔をして、

「実は私も弥生に話がある」と言った。


 私はノコちゃんが私を罵り始めたらどうしよう、そんなことが始まる前にとにかく兼子くんが酷いという話をしなくては、と思った。

 けど、二人で人気のない廊下の端まで行って、いざ向きあうと、何と切り出したらいいのかわからなかった。


「あの……あのね」

 私がしどろもどろになっていると、

「弥生。先に伝えておく」

 ノコちゃんが、芝居がかった重々しい調子で言った。


「いいか弥生。弥生は私の親友だ。私はそう思っておる」

「ははあ」

「これだけは信じてくれ。私は弥生のことを心から思っておる。本気で弥生のことを心配しておる。これから言うのは、嫉妬だとか悪意だとかそういうものから出る戯言ではないのだ」

「わかっておりまする」


「って言ってもなあ。なんかどう考えても、私がやっかんでるようにしか聞こえない気がしてなあ。はあ、今日は朝から気が重くてなあ」

 ノコちゃんは言った。

 それで朝、あんな不自然な笑顔だったのだろうか。


「でもなあ。私は弥生が心配だから、弥生に私が嫌われる危険を冒しても、言うべきだと決意したんだ」

 ノコちゃんが本気の目をしてそう言うので、私はノコちゃんが私をやっかんだり罵ったりするのではと考えたことが急速に恥ずかしくなった。


「弥生はノコ殿のこと、決して嫌ったりいたしませぬ。何なりと仰ってくださりませ」

「うむ」

 ノコちゃんは芝居調でうなり、けれどしばらく黙っていた。

 やがて意を決したように口を開く。


「兼子くんのこと」

「うん」

「弥生のこと心配だから、ちょっとリサーチしたんだ。兼子くんと同じ小学校の子に」

「うん」


「そしたら、兼子くんにまつわる『連続告白事件』というのがあったとわかった」

「連続告白事件?」

「小学校も五、六年になると誰が好きとかそういう話題が出始めて、さらに告白したとかされたとかそういう話も聞くようになる」

 ノコちゃんの小学校は私とも兼子くんとも違うところだ。

 でもまあどこも同じ感じなのだろう。


「小六の時に兼子くんは、クラスみんなの前で重谷しげやさんという女子に告白したらしい」

「クラスみんなの前で?」

「そう。クラスみんなの前で。弥生もみんなの前で告白されたから、私はなんだかそれを聞いていやな予感がした」

「うん……」


「それから少しして、兼子くんはまたクラスみんなの前で、さらに別の女子に告白したらしい」

「え?」

 なんだそれは。


「どういうこと?」

「どういうことかはさっぱりわからん。ちなみにその時告白されたのは、あの宇佐美さんらしい」


 ノコちゃんは顔をしかめて言った。

 ノコちゃんは、私が宇佐美さんに意地悪をされたりしていたことを知っている。

 今年私と宇佐美さんは別のクラスだけれど、たまに家庭科や体育の合同授業で一緒になることがあり、それでちくっと嫌なことをされたりした。

 その時に、去年宇佐美さんにされたこと含めて、ノコちゃんにはあれこれ話をしていたのだった。


「それで……兼子くんは結局どっちとつきあったの?」

「それがな。兼子くんは誰ともつきあわなかったらしい。少なくとも重谷さんとはつきあってなかったと。あと、宇佐美さんは身体が弱いんか?なんか学校を休みがちだったからそれでうやむやになったのかもしれんとは言っておったが。けどまあともかく兼子くんは、昔からイケメンで、彼を好きだという女子は何人もいたが、途中からは女子二人に公衆の面前で連続告白した変な男子、というイメージがあったと。基本的には優しいしいい奴だが、恋愛対象としては厄介な存在だと思う、とその子は言っておった」


「公衆の面前で連続告白……」

 人前で告白しても恥ずかしいという気持がなく、さらに惚れっぽいということなんだろうか。


「一人目の子に断られたから、すぐに別の子に告白したってことだよね?」

「それが、そうじゃないからどうかしてるんだ」

「断られたわけじゃないの?」

「その場で返事してたわけではないらしいが、その重谷さんという子は、告白されて嬉しそうだったというよ。それなのに、その二人がつきあい出すということもないまま、その次の週くらいにいきなり第二の告白があったと」


 一体何がやりたいんだ、それは。

「それはつまり、嘘の告白をして、単に相手の反応を見て面白がってたと……」

「どうしてもそういう、告白魔のクソ野郎に思えてしまってなあ。まあ、一人の曖昧な記憶の話だし、わからんけどね」


「でもそういえば、私が告白された時、『兼子くんだし』って言ってる子たちがいたね」

「うん、私も聞いた。同じ小学校の子らだったのかもしれんね」

「兼子くんと同じ小学校の、六年の時同じクラスだった子……もう少し詳しいこと知ってる子、いないかな……」


「兼子くんだし」と言っていた子たちの顔は覚えていないしなあ、と思っていて、私は「あ」と思った。


 あの時私に意を決したように話しかけて忠告してくれた、私に似た子。

 あの子は兼子くんと同じ小学校だと言っていたし、かつての「兼子くんの告白」について知っていたから、あんな風に忠告してくれたに違いない。

 名札を見る余裕もなかったし、クラスも知らないけれど、あの子なら、見ればわかる。


「あのな。そういうわけで私は弥生のことが本当に心配で。もちろん兼子くんのことを私は直接知らんし、兼子くんが弥生のこと好きになるなんてありえないとも思わんし、弥生は弥生の信じたいことを信じたらいいと思うんだが。ただ弥生が傷つくのが心配で」

「うん、ありがとうノコちゃん」

 私が言うと、ノコちゃんは心底ほっとしたように「ハア」と息をついた。


「言おうか言うまいか、ほんとに悩んだんだよ」

「言ってくれてよかった」

「うん。私にも、何でも言ってくれな。今の話が単なる誤解とかそんなんで、弥生が素敵イケメンとラブラブになったとしても、私は弥生の親友を辞める気はないからな」

「うん……」

「なんじゃい」

「ラブラブはないかな」

「わからんだろ」

「ううん、ない……」


 私はノコちゃんに、ざっと土曜日の話をした。

 今まで話したことはなかったけれど、もう洗いざらい、今吉くんについての話もした。

 今朝の兼子くんの態度についても話した。


 ノコちゃんは、「ひどいなあそれは……」と呟いて、私の頭を「可哀想に」と撫でてくれた。


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