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3 別れさせ大作戦

「好都合なことに、明日は七夕星まつりです」

 兼子くんは言った。


 七夕星まつり。

 それは七月七日前後の土曜の夜に行われる地域イベントである。

 地元でその祭りのことを知らない者はいない。

 が、行ったことがない者は私も含め一定数存在する。


 さほど大きくない公園にわたあめやヨーヨー釣りなどの夜店が並ぶ、言ってしまえばしょぼいお祭りである。

 その公園は私が通った小学校の校区からはちょっと遠い場所だったので、小学校の低学年のうちは、あまり行こうという話は出なかった。

 しかし高学年になると、ちらほらと行ったという話を聞くようになった。

 中学生になった去年は、一部の女子が行った話題で盛り上がっていた。

 

 しょぼいしょぼいと言われるくせに、この祭りには妙な価値があるとされていた。

 この祭りに一緒に行ったカップルは、長続きするらしい。

 会場の短冊に一緒に願い事を書くと、二人とも幸せになるらしい。


 そういうわけで、「しょぼい」とみんな馬鹿にしていて友人同士では決して行かないけれど、カップルでは行く、というのがこの七夕星まつりについての私たちの認識だった。

 私のように誰ともつきあったことがない人間にはまったく無縁のイベントである。


 兼子くんの小学校は私たちよりその公園に近いところだったけれど、イメージはほぼ同じのようだった。

 七夕星まつりで売っている星のキーホルダーをつけている、イコール彼氏または彼女がいる印、みたいなところがあったらしい。

 ちなみに兼子くんは持ってたの?と訊くと、なぜか答えをごまかした。


「ともかく明日七夕星まつりに、その今吉くんたちも行く可能性が高い。その様子を観察して、何なら接触して、まず真実を見極めるんです。そして今吉くんが騙されていることがわかったら、それを暴いて別れさせる」

 兼子くんは言った。


「わ、別れさせるってそんな……」

「だって今吉くんがその意地悪女子にだまされてつきあっているとしたら、今吉くんが可哀想です。二人がつきあっていることで遠慮している杉田さんも可哀想です」

 まっすぐな目をして兼子くんは言う。


「ええと……だまされてるってことはないと思うんだ。もう一年近く続いてるし。それに今吉くんは、つきあう前からその子が意地悪な性格だってこと知ってるよ」

「意地悪なのに好きなんですか?」

「可愛ければいいんじゃないの?」

 私が言うと、兼子くんは納得いかないような顔をした。


「というか、兼子くんは私のことが好きで、私につきあってくださいって言ったんだよね」

「はい」

「それでどうして、その、私と今吉くんがくっつくのを応援するようなことをするの?」

「だって好きな人には幸せになってもらいたいです」

 兼子くんは力を込めて言う。


「好きな人が他の人とつきあうのは嫌、っていうのが普通だと思うんだけど・・・・・・」

 私が言うと、兼子くんは考え込むような表情をした。やがて、

「僕の考えを、整理してみてもいいですか杉田さん」

 重々しい調子で兼子くんは口を開く。


「うん」

「まず、僕は杉田さんのことが好きです」

「は、はい」

 明白な事実みたいに断言するけれど、はっきりいって恥ずかしい。


「杉田さんの容姿や雰囲気が僕の好みです。杉田さんの存在自体が好きです」

「……勘弁してください」

 あまりの恥ずかしさに言うと、兼子くんは「え?」という顔をした。


「考えを整理したいので話を聞いてほしいのですが、駄目ですか」

「……いえ、駄目じゃないです。続けてください」


 こちらは顔から火が出そうになっているのに、言った本人は涼しい顔をしている。

 やっぱりからかわれているか騙されているかしているのでは、という気持が湧いてくる。


「杉田さんが嬉しそうだったり幸せそうな姿を見ると、僕も嬉しくなったり幸せになったりする。悲しそうだったりしんどそうだったりすると心配で、どうにかしてあげたいと思う。だんだんその想いが強まって、ああ、僕はすごくこの人が好きだなあと思った。関わりたいと思った。仲良くなりたいと思った。それで僕は告白をしました」


「……ありがとうございます」

 そう言う以外、どうしたらいいのかわからない。


「杉田さんも僕のことを好きになってくれたら、そんなに嬉しいことはありません。でも、一番大事なのは、杉田さんの幸せです」

「はあ」

「杉田さんが好きになるくらいだから、きっと今吉くんという人も、いい人なんだと思います。そうであってほしいと思います。なのに杉田さんは今、今吉くんのことで悲しい気持になっている」


「悲しい?」

「今吉くんが、『単に可愛いから』というだけで意地悪女子とつきあうような、そんな男であるのは悲しいと、杉田さんは思っている。だから、『男子なんてみんなそうだ』なんて言って、無理矢理自分を納得させようとしている」

「まあ……そうかも」


「今吉くんが『そんな男』ではないとわかれば、杉田さんは悲しくなくなります。だから僕は今吉くんを信じたい。一緒に、今吉くんの潔白を証明したい。これっておかしいでしょうか?」


 おかしい。おかしいよ兼子くん。

 兼子くんがそこまで私のことを想ってくれるのは、どう考えてもおかしい。

 けれどもそれを、口に出しては言えなかった。

 かわりに別のことを言った。


「でも」

「でも?」

「でも、もしも今吉くんが実際に『そんな男』だったらどうするの?」

「そんなことはありませんよ」

 確信を持っているように兼子くんは言った。


 兼子くんは頭がいいはずだけど、相当の世間知らずなんだろうか、と私は思った。

 今吉くんは別に宇佐美さんに騙されているわけではない。

 今吉くんは『そんな男』だ。きっと世の中の大概の男子は、「女子は顔が可愛ければいい」と思っているにちがいない。


「そんなことあるよ」

 私は言った。

「そんなことないと思いますけど。でも、そうですね」

 兼子くんはその整った顔を少し傾けて考える表情をすると、

「その時には、僕は全力で杉田さんをなぐさめますよ」と真正面から私を見据えて言った。

 私は、耳から炎が噴き出るかと思った。


「明日、夕方五時に杉田さんのおうちまで迎えに行ってもいいですか?」

 無理。私はぶんぶん首を横に振る。


「え?駄目ですか?」

「その、兼子くんの家から会場の公園、近いんじゃないの?うちまで来ると遠回りでしょ」

「僕は全然構いませんよ」

 いやなんか……困る。何が困るのか自分でもよくわからないけれど、なんか困る。


「うちがどこにあるか分からないと思うし」

「小学校を教えていただいたのでどの辺りかはわかります。あと細かい部分はちょっと教えていただければ」

「や……悪いよ。会場に何か目印ないの?そこで待ち合わせしようよ」

「会場だと人が多いので待ち合わせには向かないです。では、この公園でというのはどうですか?杉田さんの家と会場の間ですし」

「私はいいけど兼子くんは……ほんとにいいの?」

「もちろんです。ではこの公園で五時にしましょう」


 兼子くんはにこにこと言った。

 それから、家まで送るというのを丁重に辞退して、私たちは別れた。



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