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2 本気ですか

「来てくださってありがとうございます」

 放課後。約束どおり中庭に行くと、兼子くんはすでにそこで待っていた。


 中庭は、いくつかある校舎の各階の廊下から見下ろせる位置にある。

 さまざまな植物が植わっていて、大きな木や茂みにも事欠かない。

 友達同士でその辺に座ってお喋りするには好都合な場所だけれど、なんというか、いざ兼子くんとそこで向きあって立ってみると、人の視線が気になって、とても落ち着いてはいられなかった。


 だいたい昼休み、兼子くんはたくさんの人がいる前で「放課後中庭で」と言ったのだ。

 兼子くんのファンはもちろん気になるだろうし、そうでなくたって、イケメンが冴えない女子に告白するなんて珍事、好奇心のある子なら、どんな様子なのかと聞き耳を立てに来てもおかしくない。


 どうも心なし、普段の放課後よりも中庭にいる人が多い気がする。

 一年生や三年生もいたけれど、別の学年の子が噂を聞いて見に来ている可能性だってある。

 全員ではないだろうけど、少なくとも数人の女子はこちらの動向に注目しているのを隠す様子がない。


「改めて言いますが、杉田弥生さん。僕はあなたが好きなので、つきあっていただけないでしょうか」

 兼子一夜はまっすぐに私を見て言った。


 自分に自信があるからだろうか。

 人の視線に気づいていないはずがないのに平気な顔で言う。

 考えてみれば、人の多い廊下で告白をしてきたぐらいなのだから、今さら照れなどないのだろう。


 というか、やっぱりドッキリとか嫌がらせとか罰ゲームとかではないのだろうか。

 だから照れもないし、むしろたくさんの人がいる前で敢えてこういうことをしてくるのではないのか。


「……あの、お昼にも訊きましたけど、やっぱり罰ゲームじゃないんですか」

「ちがいます」

「私何かしましたか」

「というと」


「いえ、知らないうちにものすごい怒らせてしまって、その仕返しで」

「なんで仕返しで告白するんですか」

「私が本気にしたら『本気のわけねーだろばーか』ってやるんですよね」

「そんなわけないじゃないですか」


「ではなぜ」

「だから好きなのでつきあってほしいと言っているのですが」

「なんで好きなんですか?」


 私が訊ねると、兼子一夜はことばに詰まった。

 ほら見ろ、と思った反面、意外に傷ついた自分に気づく。


 しかし黙り込んで視線をそらした兼子一夜は、斜め下に目を泳がせたかと思うと、これまでと打って変わった小さな声で呟いた。

「……好みなんです」


 うつむいた兼子一夜のその耳は真っ赤になっていた。

 私は、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

 一瞬、頭の中身が全部吹き飛んだような気がした。

 イケメンが、この私に本気だと?本気の本気で告白をしている、と?


「か、兼子くんって、趣味が悪いんだね」

 私は何とか言った。

「よく言われます」

 兼子くんはバツが悪そうな顔のまま、ちょろりと目を上げて言った。


 失礼だなオイ、と思ったが、逆にその正直さに、告白を信じていいような気持になった。

 あまりにも想定外だったけれど、相手が本気とわかった以上、私も本気でそれに応えないといけない。

 そう思った。


「兼子くんは、この後学校で何か用事ある?」

「いえ、今日は部活は休むと伝えてます」

「じゃあもう少しお話したいのですが、場所を変えないですか?」

「喜んで」


 私も兼子くんもカバンを持ってきていたので、そのまま校門へと向かった。

 こちらの様子を窺いつつ近くを歩いていた女子たちも、道を曲がって学校から少し離れた公園まで行く頃にはさすがにいなくなっていた。


 私たちは、砂場の横のベンチに並んで腰を下ろした。

 夕方の公園では、数人の小学生たちがボールを投げ合って遊んでいた。


「……あの。あのですね、兼子くん」

 私は切り出した。

「はい」

 兼子くんはにこにこと返事をする。


「まだ信じ切れてはいないのですが、告白が嘘ではないと受け取りました」

「はい、嘘ではありませんよ」

「そのようなことを言っていただくのは、大変ありがたい、ええと、身に余る光栄であるというのは重々承知しております。ですが」

「ですが……?」


 兼子くんの顔が不安げに翳る。

「大変申し訳ないのですが」

「申し訳ないのですが……?」

「その、お受けするわけにはまいりません」

「なぜでしょうか?」


 ひどく悲しげな顔をして、兼子くんは隣から私の顔を覗きこんだ。

 暗くなり始めた空の下で、そのきれいな顔は胸を打つ。

 私も思わず、ぎゅっとせつない気持になった。

 でも、言うのが誠意だと思った。


「私は他に、好きな人がいます。その人の彼女にはなれないのですが、他に好きな人がいるのに、兼子くんの彼女にはなれないです」

 兼子くんは私のことばを噛みしめるように、しばらく宙を見つめていた。


 それから、そのさわやかな顔を優しく微笑ませて私に向けると、

「どうしてその人の彼女にはなれないのですか?」

 と訊いた。


「なぜかというと、その人には別に彼女がいるからです」

 私は答えた。


「その人に、想いは伝えたんですか?」

「伝えてません」

「伝えたらいいのに。そうしたら、その彼女と別れて杉田さんのところに来るかもしれませんよ」


「ないですよ」

「どうしてですか?」

「だってその彼女、めちゃくちゃ可愛いので」

 私は言った。


 兼子一夜は黙った。

 私に告白したくせに、「杉田さんだって可愛いですよ」みたいなことを言ってくれる気はないらしい。まあ、そんなこと言われても困るけど。


「……その彼氏さんと杉田さんは、お友達ですか?」

 兼子くんは訊いた。

「え?うん」

 質問の意図がよくわからないまま答えてから、「なんで?」と訊く。


「なんとなく。杉田さんが好きになるのは、親しく接している人なのかなあって」

「うんまあ。話したこともない人を好きになるとか、意味がわからない」


 言ってから、それはかなりダイレクトに兼子くんを否定したことになってしまうと気づき、私は慌てて付け加える。

「まあ、悪いってことはない思うけど。外見だってその人だし」


 言ってから、ふと思いついて訊く。

「でも、兼子くんはかっこいいからいろんな人に外見だけで好かれてると思うんだけど……外見だけじゃなくて内面も見てほしい、と思ったりしないの?」


 兼子くんは黙り込んでいた。

「あ、兼子くんは外見だけじゃなくて、何でもできるし内面も自信あるから関係ないか、アハハ」

 ごまかすように笑ったけれど、兼子くんは笑わない。


 失言に失言を重ねてしまったかもしれない。

 けれどもはやどこをどう繕ったらいいのか、自分ではわからない。


「あの……ごめんなさい」

 整った顔立ちの人の無表情は、そうでない人の倍怖ろしい。

 じっと前を見ている兼子くんに、とりあえず私は謝った。


「……え?」

 すると兼子くんはぱっと顔を上げて私を見た。驚いたような表情をしている。


「どうして謝るんですか?」

「え、怒ったかなと思ったから」

「どうして僕が怒るんですか」

「だって黙ってるから」


 兼子くんはぽかんと私を見ていた。

 それから、「あ、すみません」と言った。


「ちょっと考えていたから、外側がおろそかになったみたいです」

 なんだそれ、と思ったが、とりあえず怒ってはいなかったことに胸を撫で下ろす。


「何を考えてたの?」

 無難に訊ねた。

 すると兼子くんは答えた。


「杉田さんの幸せについてです」

 真顔で言うので、私はたじろぐ。


「な、なにそれ」

 私は思わず笑ったけれど、兼子くんは笑わずに続ける。


「杉田さんの好きな人は、きっと素晴らしい人なのでしょう。僕なんかとは比べものにならないほどに」

「あ、いや、兼子くんほどイケメンじゃないし、勉強だって普通だし、ドッジボール大会で最後の一人だったのに肝心なところでこけるし」

「でも杉田さんが惹かれるのなら、すごくいいところがあるんでしょう」


「いいところっていうか……単に小学生の頃、仲良かったというか……」

「どうして仲良くなったんですか?」


「どうしてって……私が定規を忘れて困ってたら貸してくれたり……その後その人が消しゴムをなくした時にお返しに貸したり、落ちてるの見つけたから渡したり」

「それだけですか?それだけで好きになったんですか!?」

 びっくりするような大声で兼子くんが言うので、私は慌てて言い返す。

「いや、それだけってことはなくて、その」


 一番大きなきっかけは、かばってもらったことだ。

「その……クラスで物がなくなった時になぜか私が疑われて……その時に、私じゃないって、信じてくれたからかな」


 あの時、クラスの中心的な存在の女の子が私のことを犯人に違いないと言ったために、私はクラス中から疑いの目を向けられた。

 それ以前から私はその子に、たびたびキツイ物言いをされていた。

 小柄で可愛くて頭の回転が早くて気の強い、そういうタイプの女の子だった。

 なぜか私はそういうタイプの子に目の敵にされることが多い。

 無駄にでかくてぼさっとしているところが、そういう子をいらつかせてしまうのかもしれない。


「他の子の言うことじゃなくて、私の肩を持ってくれたから、それで嬉しかったというか」

 私はあまり人に好かれる人間ではないのだな、とぼんやり思っていた私は、小さくて可愛らしいその子ではなくて私の味方になってくれた彼を、「その子より私を選んでくれた」みたいに感じてしまったのだ。 

 単に彼は優しくて公平だっただけなのに、勘違いして、好きになってしまった。


 もちろん彼とつきあうなんて高望みはしていなかったけれど、それでも何となく、嫌われているわけではないし、もしかしたら、という気持が一ミリぐらいはあった。

 中学校に上がってその人と同じクラスになったとわかった時には、実はものすごく嬉しかった。


「中学生になってからも……」

 中学一年生のクラスで、新学期早々に私はまたもや「小柄で可愛くて頭の回転が速くて気の強い」別の女の子に目の敵にされた。


 私とは別の小学校出身の、宇佐美(うさみ)さんという女の子。

 占いが好きだから、などと言いながら生まれ月や何色が好きかなど、私にだけ妙に訊いてきて、私も馬鹿正直に三月生まれで好きな色は青色で、などと答えていたら、後日私に聞こえるようにわざと大声で他の女子に「ねえ、三月生まれで青色が好きなイニシャルがYSの女子って、性格が悪いらしいよー」と言っていた。

「くせ毛の人ってエロいらしいよー。あ、でも○○ちゃんは違うよー」と他の子のことはかばいつつ言ったりもしていた。


 掃除当番で同じ班の時には、掃除場所の特別教室に行くと中から鍵を締められて入れないようにされた。

 彼女の席が私の前の時には、油断していると配布プリントがもらえなかった。

 彼女が一番後ろの席の時には、私のプリントだけいつも集めてもらえなかった。


 宇佐美さんはいいおうちの子らしくて、しかもあまりにも可愛いので、本当に私なんぞとは違う上の階級のお方なんだという感じがしてしまって、私はその子がストレス発散に多少私に意地悪をするのも、何だか仕方のないことのように思えてしまっていた。

 暴力を受けたり物を壊されるというわけでもなし、一度であれば気のせいだろうと思えるような、本当に些細ないやがらせだったし。


「中学生になってからも、その人がかばってくれることがあって」

 けれどもその宇佐美さんの些細ないやがらせに対して、私の想い人であった彼、今吉いまよしくんは、私の味方になってくれたのだった。

 宇佐美さんの遠回しな私の悪口に「そんなわけないだろ」と言ったり、私のプリントがないことに気づいて声をかけてくれたり、同じ班の時には掃除場所の鍵を開けに来てくれたりした。


「じゃあ、その人だって杉田さんのことを憎からず思っていたのではないですか」

「ううん。単に、真面目で優しかっただけだと思う」


 だからショックだった。

 中一の夏休みの少し前に、今吉くんがその宇佐美さんとつきあい始めたと聞いた時には、本当にショックだった。

 正直、何だか、裏切られたような気がしてしまった。

 今吉くんは、宇佐美さんが私にいやがらせをしているのを知っていた。宇佐美さんが意地悪であることを、わかっていたはずだ。

 それでも、可愛いから、好きなんだ。


「……その人は、意地悪だけどすごく可愛い女の子を彼女にしたの。結局、可愛ければなんでもいいんだなって思った。男子にとっては外見がすべてなのかな」

 私は言った。


 言ってから、これもまた目の前の兼子くんへの批判になってしまったかな、と思った。

 まさか私の外見が、人から好かれる理由になる日が来るなんて、思いもしなかったけれど。


 兼子くんはまた黙りこんでいた。

 今度こそ怒ってるのかな、と思っていると、

「そんなことないですよ!」

 兼子くんは突然大声で言った。


「だまされているんですよきっと!!」

「だまされてるって、なに、誰が」

「杉田さんの好きな人、ええと名前は」

「今吉くん」

 しまった。思わず言ってしまった。


「今吉くん。今吉くんですか。今吉くんは、だまされているんですよその女に!」

 兼子くんは立ち上がり、拳を握りしめていた。


 うすうす気づいていたけれど、兼子くんは相当変な人のようだ。

 まあ、私に告白するぐらいだから、当然だけど。


「あの、落ち着いて兼子くん」

 私の声も届かない様子の兼子くんは、

「杉田さん。杉田さんは幸せになるべきですよ」

 熱い声で言う。


「はあ」

「そして今吉くん。今吉くんも幸せになるべきです。そう思いませんか?」

「え、まあ」


「杉田さんと今吉くんを幸せにするためには、その女を今吉くんから引き離さないと」

 兼子くんは言った。

「僕は杉田さんの幸せを願っています。どうでしょう、二人の関係を見極めて、今吉くんがだまされているとわかったら、二人を別れさせるというのは」

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