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14 手遅れだよ

 気がつくと、遊んでいた小学生たちは誰もいなくなっていた。

 辺りはかなり暗くなっていて、街灯の光に小さな羽虫が群がっている。


「ごめんなさい杉田さん」

 顔をそむけて鼻をすすった私に、兼子くんは言った。

「僕はどうしたらいいのか、わからなくなってしまったんです」

「うん」


「僕は狡い人間です。ついでに白状しますが、杉田さんの幸せを願っているなんて言ったのは、嘘です」

「そう」


「今吉くんは騙されているに違いないから彼女と別れさせようなんて言いましたけど、あれは出まかせです。杉田さんにあっさりふられてこれっきりなんて僕には耐えられないと思ったので、一緒に出かけて距離を縮めて何とかしたいと頭を絞ったんです。後になって、本当に今吉くんが彼女に騙されてて、そっちから離れて杉田さんのところに来たらどうしようかと本気で悩みました。僕はそんなに器の広い人間じゃないので、杉田さんが他の人とつきあうなんて無理です」

「そうなんだ」


「僕はあの日すごい幸せで……杉田さんと一緒に七夕星まつりに行くことができて、普通につきあっているみたいに感じられたので、すごく幸せで……なのにあの瞬間、宇佐美さんが登場したので」

「宇佐美さんとは、中学校でも交流はあったの?」

「いえ、小学生の時に宇佐美さんの家で話して以来、初めて会いました。同じ中学であることも、中学校からはまた学校に行くようになったことも知ってはいました。でも……クラスも遠いから関わりになることはなかったし、正直なところあまり考えないようにしていました」


「久しぶりだったから、あんなに驚いてたの?」

「なんというか……。小学校のあの時以来、長いこと僕に好きな人はできなかったんです。一年生の間は全然そういうことがなくて、僕はもう一生誰のことも好きにならないのかもしれない、みたいに思っていました。ところが二年生になって、僕は杉田さんを見かけて、とても惹かれて。でも初めは、小学生の時のことを思い出して、やめておいた方がいいと思いました。けどどんどん気持が膨らんで、止められなくて、もういいや、思いのままに行こう、と思って……。それなのに、それで杉田さんと二人で出かけるところまで漕ぎつけて、幸せの絶頂の時に、突然目の前に宇佐美さんが現れたので……僕は、何だか、急に夢から現実に引き戻されたみたいな気がしたんです。忘れていたつもりの罪を、突然目の前に突きつけられたような感じがしたんです。あれだけ酷いことをして人を傷つけておいて、誰かとつきあったりする権利がおまえにあるのか?そもそも今回だって、おまえは目の前の目的のために平気で嘘をついて相手をだまして、それでここに来たんじゃなかったか?って。僕はとても怖くなりました。今こんなにも大好きで大切な杉田さんを、あの時みたいに急に好きでなくなってしまうのではないか、そして傷つけてしまうんじゃないか、と」


「それで今現在、私のことは、もう好きではないんだよね?」

 私は訊ねた。

 すると兼子くんはベンチから勢いよく立ち上がり「誰がそんなことを言ったんですか!」と叫んだ。


「ちがうの?」

「ちがいます。大好きです。だからつらいんです。今、まだ杉田さんが僕のことをあまり好きではないうちに離れてしまえばいい、今週ずっとそう思っていました。だから手紙だって全部無視して、そしたら杉田さんはすぐに僕のことなんて忘れるだろう、それでいいんだ、って、そう自分に言い聞かせていました。でも……僕は最低です。僕は結局自分のことしか考えてないんです。今僕は、杉田さんのことが好きで、大好きで、どうしようもないぐらい好きで、いてもたってもいられないぐらい好きで、好きすぎて、もう何でもいいからとりあえず一緒にいたいと思ってしまっていて」


「やめてください」

 私が言うと、兼子くんはびくっとして「すみません」と謝った。

「ほんとやめてください」

 私はもう一度言った。「とりあえず、座ってください」

 兼子くんはベンチに座り直した。

 私は顔から火が出るのを通り越して、顔が炎に包まれているようだった。 


「……兼子くんが、思い込みが激しいことはよくわかったよ」

 私は自分を落ち着かせるようにそう言った。

「重谷さん……あ、言っちゃった。ごめん。正直に言うけど、私、今兼子くんから聞いた小学校の時の話、全部ではないけど、他の人から聞いたんだ」

「そうなんですか!?」


「うん。それで……重谷さんとも話をしたんだけど。私は重谷さんと似てると思うし、そうだね、彼女が宇佐美さんのことざまあみろって言ったみたいに、嫌なこと言ったりすることもあると思う。今だって正直、似たこと思わなかったといったら嘘になるし。兼子くんに幻滅されない自信なんてない。今、まだ嫌われてなかったことに驚いてるぐらい」


 重谷さんは、今も兼子くんが好きなのではないだろうか。

 だから彼女は、私と兼子くんにうまくいってほしくない気持があって、それで私が告白された時にあんな風に声をかけてきたのではないか。

 そんな風にふと思った。

 自分とよく似た人間が、自分が失ってしまったものを手に入れそうになっていたら……悔しくて妬ましくてたまらないと思う。


 もしも今、私が自分から切り捨てなければ、私は重谷さんと同じような、いやもっと根深い嫉妬を、兼子くんの次の相手に抱えることになるに違いない。

 だけど。


「兼子くんが突然私のことをいやになる日が、きっと来ると思う」

 私は言った。

 それからふいに思い出したことがあって、思わず笑ってしまったので、兼子くんはけげんな顔をした。


「あのね、今吉くんとも今回話をしたんだけど」

「えっはい」

「今吉くんは、宇佐美さんのことがとても好きみたい。宇佐美さんが過去にどれだけ酷いことしていても、どれだけ意地悪でも、それでも変わらずに、大好きみたい」


「……やっぱり……僕と違って芯のある素晴らしい人なんですね、今吉くんは。杉田さんに好かれるだけのことはあります」

「まあ、そんな風なのは、相手が宇佐美さんだからかもしれないけどね」

「宇佐美さん、だから?」

「意地悪なのも込みでそれが宇佐美さん、って言ってたから」


 私が言うと、兼子くんは優しい顔をして笑った。

「宇佐美さんにそんな人がいてよかったです。あ、杉田さんには申し訳ないですが」

「ううん、私もそんな今吉くんを、応援したい気持になったから」

 私も笑顔を返す。


「それで今吉くんは、自分がストーカーになるのを心配してた」

「僕もいつ自分がそうなるか、いやすでにそうなのではないか、と思ったことはありますよ」

「そうなの?」

「男はみんなストーカー予備軍ですよ」

「でも、女のストーカーもいるよ」

「じゃあ、人類みなストーカー予備軍ですね」

「ハハハ」

 私は少し笑って、それから言った。


「兼子くんも、覚悟した方がいいよ」

「え?」

 兼子くんはキョトンとした。私は続ける。


「私だって、ストーカーになるかもしれないよ」

「え、今吉くんのですか?」

「なんでよ」

 兼子くんが素で返したので、私も素で低い声を出す。

 しかし兼子くんは本気でわかっていない顔をしている。


「兼子くんは全然わかってない」

 私は言った。

「すみません」

「兼子くんってみんなにイケメンって言われるでしょう?何でもできるでしょう?モテるでしょう?そういう自分のこと、どう思ってるの?」

「いきなりそんなことを言われても……」


「正直に言ってよ。自分がかっこいいことぐらい、わかってるんでしょう?」

「ええと、残念なイケメンと言われたことはありますよ」

「女子に好きだって言われるの、しょっちゅうなんじゃないの?」

「そんなことは」

「でもあるでしょう?告白されたこと」

「まあ」

「追いかけ回されて困ったこと、ないの?」

「いえ、そこまで僕のことを好きになる人なんていませんよ」

「そうなの?じゃあ私が初めて?」

「え?」


「どうするの?今回のでよくわかったんだけど、私、すごく諦めが悪い」

 兼子くんはぽかんとしていた。


「手遅れだよ、兼子くん」

 私は言った。


「私はもう、兼子くんのことが好きになってるから、すごく好きになってるから、今さら嫌になったと言われても、無理だよ」

「もう一度言ってください」

「無理だよ」

「いえ、そうじゃなくてその前」

「だから無理」


 私はなぜか目から涙が出そうだった。

 兼子くんの目も、潤んでいた。


「杉田さん。杉田弥生さん。僕は、あなたのことが好きです。つきあってもらえませんか?」

 兼子くんが言った。

「はい。……喜んで」

 私は精一杯笑って、そう答えた。


お読みいただいた方、ありがとうございました。

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