12 聞いてもらってもいいですか?
放課後公園に行くと、兼子くんはすでにいた。
私が先週中庭に行った時みたいに、「来てくださってありがとうございます」と言った。
「それは私のせりふでしょう?」
私は言った。
兼子くんは、少し困ったように笑った。
二人で、先週と同じ砂場の横のベンチに並んで腰かけた。
先週よりまだ明るかったけれど、先週と同じように小学生たちがボールを投げ合っている。
おかしな感じだった。
先週の私は、ここで兼子くんの告白を断ったのだ。
他に好きな人がいるんです、と。
「どこから話したらいいのかわからないんですけど」
兼子くんはそう切り出した。
「聞いてもらってもいいですか?」
迷子になった小さな子どもみたいに不安そうな顔だった。
何でだろう、と私は思った。
重谷さんが言われたみたいに、「告白は本気だった。けど、もう好きではなくなった」と告げられるのだろう、そう思っていたのに。
私はその理由を訊ねる権利があるはずだ。だからそれを聞かせてもらう。
そういう会話になるのだと、そう思っていたのに。
ちょっと想像していた感じと違う。
それとも最終的には、その会話になるのだろうか。
「うん、どうぞ」
「その、七夕星まつりで会った、今吉くんの彼女さんのことなんです」
「宇佐美さん」
「そう、宇佐美さん。僕と彼女は、同じ小学校の出身です。何度か同じクラスになったことがあって……六年生の時も、同じクラスでした」
私はただ、相づちを打つ。
「その、これはとても言いにくいことなんですが、僕はその頃、好きな人がいました」
重谷さんのことだろう、と思いながら、私は話の先を待つ。
「僕はその人に告白をしました。あまり深く考えてなかった。休み時間に教室で言ったんです。まわりは大騒ぎして、当のその人はただびっくりしていました。返事をもらえなかったから、改めて話しかけないといけないな、とか僕は呑気に思っていました。でも、そういう問題じゃなかったんです」
小学生たちが、公園を走り回っている。みんな仲がよさそうだ。
実際のところは、わからないけれど。
「僕が告白したせいで、その人はいじめられるようになりました。僕や僕の友達が止めたことも何度かあったけれど、そうするとその後、いじめはさらにひどくなりました。先生に言ったけど、ちょっと注意したりするだけで、逆効果でした。いじめっこには男子も女子もいたけれど、その中心にいて、その子がいじめられるように仕向けているのは、宇佐美さんでした。なんでそんなことをするのか、僕にはわけがわかりませんでした」
「どうして宇佐美さんがその人をいじめるのか、兼子くんはわからなかったの?」
「その時は、わかりませんでした」
「今はわかるんだ」
「今は……わかっているつもりです。でも、その時にはわからなかった。とても理不尽だと思った。それで、思ったんです。宇佐美さんも同じ目に遭わせたら、いじめられる方の気持がわかるんじゃないか、って」
「それで……同じように告白したの?宇佐美さんに」
私が言うと、兼子くんは頷いて、先を続けた。
「そうしたら、……酷いことになりました。宇佐美さんはクラスの人気者といった感じだったから、同じように僕に告白されても、あんまりいじめられたりはしないんじゃないか、それだと意味はないんじゃないかと、僕はそっちを心配していたのに。実際には、いじめの酷さは、僕が好きだった子……仮にSさんとしますが、その子の時の比ではなかった。Sさんをいじめていたのはクラスのほんの一部で、後はやめさせようとしたり、かばったり、同情的に見ていました。けれど宇佐美さんの場合は……Sさんをいじめていた子たちが手のひらを返して宇佐美さんをいじめ始めた時に、それをやめさせたりかばったりするようなのは一人もいなかった。元々真面目で正義感が強いような奴は、むしろ積極的にいじめに加担した。宇佐美さんという悪に、みんなで思い知らせるんだ、それが正義だ、という空気になっていた。そしてそう仕向けたのは、その首謀者は、間違いなく僕でした。僕もはじめのうちは、宇佐美さんはいじめられる人の気持を思い知るべきだと思っていたし、自業自得だと思っていました。ただ、そのうちあまりにも酷いと思い始めて、何とかみんなを止めようともしました。けれどそうこうしているうちに、宇佐美さんは学校に来なくなりました」
「宇佐美さんのことを好きだ、という時に、前の子への告白のことはなんて説明したの?」
今吉くんから少し聞いていたけれど、私は敢えて訊いた。
兼子くんは、とてもつらそうな顔をした。
「酷いことを……しました。宇佐美さんに対しても、Sさんに対しても。僕はその時、宇佐美さんに思い知らせることだけ考えていて、だから全力で嘘をついてしまったんです。クラスみんなの前で、僕が本当に好きなのは、はじめに告白したSさんではなくて、宇佐美さんなんだ、と熱弁を奮いました。目の端で、Sさんが泣き始めたのが見えて、僕はしまった、と思ったけど、その時はどうしようもありませんでした」
「その子には……Sさんには、後で本当のことは伝えたの?」
「直接言ったのは、だいぶ後になってから……。でも、それより前にクラスで話していたから、本人にも伝わってはいたようです。そう、その日の次の休み時間、宇佐美さんもその子もいなかったけれど、たぶんクラスの半分くらいが教室にいたと思う……その時に、僕は友人たちに説明をしました。宇佐美さんへのさっきの告白は嘘だということ。宇佐美さんたちのSさんへのいじめをやめさせるためにはそれしかないと思ったこと。
そうしたら、宇佐美さんと仲のよかった、いじめをやっていた女子たちが、僕の話が聞こえたらしくやって来たので、僕は責められるのかと思ったんですが……。なぜか妙に讃えられたんです。自分たちも、宇佐美さんの最近の言動はよくないと思っていた、と。Sさんが可哀想だと思っていた、と。それから、僕が告白をした時の宇佐美さんの反応について、厳しい批判が始まりました。そうしてそこから宇佐美さんはいじめの対象になったんです」
「兼子くんも直接宇佐美さんに何かしたの?」
「僕が実際にしたのは、嘘の告白だけです。僕は自分の手を汚さないで、他人を扇動したんです。最低ないじめ首謀者です」
兼子くんは、膝の上に組んだ自分の手に目を落とした。
再び口を開きかけてやめて、それから顔を上げて私の方を見た。
「僕が最低だという話が、もう少し続きます。不愉快だ聞きたくないと言うなら、この辺りでやめますが……」
「やっと話ができたのに、そんなこと言うわけないでしょう」
「でも、杉田さんがしたい話を杉田さんからしてもらって‥…僕がそれに答える、その方がいいような気もしてきました。杉田さんが納得できる、うまい答え方ができるかはわからないですが……」
「うまい答え方なんてしなくていいよ。私は兼子くんが今何を考えているのかが知りたい。だから、兼子くんが思うとおりに話してもらっていいの。続きを話してください。お願いします」
私は言った。
何でもできる、何でも得意なイケメンが、どうしてこんなに不安そうに揺らいでいるのだろう。
自信に満ちあふれて、何も怖いものがない、そんな男の子に見えたのに。
実際の兼子くんは、知れば知るほど臆病者だ。
「わかりました。……ありがとうございます」
兼子くんは言った。
兼子くん自身が、あまりその続きを話したくなかったのかもしれない、と私は後になって少し思った。




