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10 幸せ者だね

 六時頃、私は家の前でうろうろと今吉くんを待った。

 やって来た今吉くんは、私に気がついて、小さく手を挙げた。

 私はすでにてきとうな服に着替えていたけれど、帰り道の今吉くんは当然ながらまだ制服だった。

 住宅地の中だと声が響きそうだったので、私たちは近所の集会所のちょっとした広場のようなところに行った。


 今吉くんは体操着が詰まった鞄をどさりと地面に下ろすと、

「宇佐美さんたちと小六の時同じクラスで、兼子くんとも当時仲が良かったという奴に話を聞いてみたんだ」

 と切り出した。


「思ったよりも、重い話だったよ」

「重い話?」

「うん。……主に悪いのは宇佐美さんではあるんだけど」


 天原さんは、宇佐美さんが「調子に乗っていた」と言っていた。

 そのことだろうか。


「発端は、兼子くんが重谷さんという子に告白したことらしいんだけど。クラスみんながいる前でその子が告白されて、それがきっかけでその重谷さんという子はいじめられるようになったらしい」

「いじめ……」


「そのいじめの中心にいたのが宇佐美さんだった。たぶん宇佐美さんは兼子くんのことが好きだったから、悔しかったんじゃないかな。重谷さんの髪型や服装をからかったり、悪口を言ったり、教科書を取り上げてその辺に投げ捨てたり、頭を叩いたり突き飛ばしたり……結構ひどかったらしい。宇佐美さんと仲の良かったグループの女子数人、それから便乗した一部の男子がそういうことやってて、俺が話聞いた奴はちょっと止めたこととかあったって言ってた。けど、止めると余計にひどくなる感じもあって、女子こええな、ってなってたって」


「今吉くんは、宇佐美さんがそんな酷いことしてたっていう話聞いても、平気なの?」

 私は思わず聞いた。

 そんな話を聞いても、それでも好きなのだろうか。


「……平気ではないけど」

「けど?」

「そういう過去がある宇佐美さんなんだな、と思う。それも宇佐美さん。というかそれが宇佐美さん。今同じことしたら、何とかして止めようとはすると思うけど」


 ……ああ。

 何だか急に、すとんと胸に落ちるものがあった。

 今吉くんが私の悪口を言う宇佐美さんをたしなめていたのは、私のことを思っていたわけではなかったんだ。


 初めから今吉くんは、宇佐美さんだけを見てたんだ。

 いやがらせを受けていたのが私ではなかったとしても、今吉くんはかばっていたのだろう。

 宇佐美さんがそういうことをするのを、やめさせたくて。


「で、話の続きなんだけど。そしたらある日突然兼子くんが、またクラスみんながいる中で、今度は宇佐美さんに告白した。重谷さんに告白したのは実は嘘で、本当は宇佐美さんのことがずっと好きだったって。宇佐美さんは初めは信じてなかったけれど、本当なんだ、って熱く訴えた。それで話しているうちに宇佐美さんもだんだん信じ始めて、ちょっと嬉しそうな顔も見せてしまったりしたことで……仲が良かったはずの、一緒に重谷さんをいじめていた女子たちが反感を持ったらしくて、今度は宇佐美さんをいじめるようになった。重谷さんをいじめてた男子もそれに便乗して、今度は宇佐美さんをいじめるようになった。宇佐美さんが重谷さんをいじめてたのはみんな知ってたから、同情する人はいなかった。それでそのうち宇佐美さんは……学校へ来なくなったらしい。その出来事は秋頃だったらしいけど、結局それから最後まで不登校で、卒業式も来なかったって」


「ということは、中学からまた学校に行くようになったってこと?」

「そういうことになるね」


 驚いた。

 中学一年生の教室で同じクラスになった宇佐美さんは、可愛くて頭の回転が速くて社交的で、自信にあふれているように見えた。

 不登校だったなんて、とてもそんな風には見えなかった。


 でも、もしかしたら私に対してあんなに攻撃的だったのは、私自身がどうこうというよりも、重谷さんと私が似ていたから、だったのかもしれない。

 まあ、私みたいなタイプが元々嫌い、という可能性も充分あるけれど。


「中一の春は、だからやっぱり無理してたんだろうな。明るいようで妙に不安げな顔よくしてたから」

「私には、全然そんな風に見えなかったなあ」

「まあ、宇佐美さんの自業自得と言えばそれまでかもしれないけどね」


 近所の犬が、わおんわおんと吠えているのが聞こえる。

 仕事帰りらしい女の人が横の道を通って行った。

 こんなところで立ち話をしている私たちは、どんな風に見えるのだろう。

 つきあっている男子と女子、に見えたりするのだろうか。


「私も今日、クラスの子とかに話を聞いたんだ。同じ話。でも、いじめと不登校のことは知らなかった」

「いじめの件なしだったら、なんて言ってた?」

「……宇佐美さんが調子に乗ってたから、って。それで兼子くんはそれを懲らしめた英雄だったって。……別の子は、単に兼子くんが二回連続で別の人に告白した変な人ってイメージだったって」

「いろいろなんだなあ」


「宇佐美さんが調子に乗ってたからって言ってた子は、もしかしたら、宇佐美さんと元々仲がよくて一緒に重谷さんをいじめてて、その後宇佐美さんのこともいじめたのかもしれない。だから自分では、いじめのこと言わなかったのかも」

「そういうことはありそうだな」

「うん……」


 でも、わからない。

 天原さんは英雄だと言ったけれど、宇佐美さんが不登校にまでなったことに、もしかしたら兼子くん自身は悪かった、と思ったのかもしれない。

 だから宇佐美さんと会った時にあんなに驚いて、「告白を忘れてない」という言葉にあんなに動揺していたのかもしれない。


 だけどそれはそれとして、重谷さんのことを好きだったのは本当なら、それでつきあったらよかったのに、なんでそうしなかったのだろう。

 そして、過去にそんなことがあったとしても、どうして今私は、告白を受けたのにあんな態度をとられることになったのだろう。


「ともかく俺は、また宇佐美さんとゆっくり話してみようと思う」

 今吉くんが言った。

 自分に言い聞かせるように、うんうん、と自分で頷いている。


「宇佐美さんは幸せ者だね」

 私は言った。

 本当に、心から。


「なんで?」

「だって、過去にいじめをしてようが、現在進行形で意地悪だろうが、どれだけわがままでひどい態度をとろうが、自分のこと一途に好きでいてくれる人がいるなんて、凄いよ」

 今吉くんにそこまで想ってもらえるなんて、凄いよ。

 私にはひとかけらの可能性もないことを、改めて、身に染みて、理解した。


「うん……一途というと聞こえがいいけど、ストーカーにならないように気を付けないと、と思ってるんだ」

「ええっ自分で?」

「だって、相手がどんなでも好きっていうのは、そういうことにも」

「まあ確かに……」

「その時は止めて下さい杉田さん」

「できるかなあ」


 私は笑った。

 今吉くんも笑いながら、鞄を手に取る。


「話、聞いてくれてありがとな」

「ううん。私も気になってたから、知れてよかった」

「あれから兼子くんとは話した?」

 今吉くんは軽く訊ねた。

 

 話してない。

 兼子くんは酷いんだよ。

 兼子くんは金曜日に私に告白したくせに、今日、月曜日の朝には私を見て、気まずそうに目をそらしたんだよ。


 今吉くんにそう訴えたい気もしたけれど、やめておいた。

 私は曖昧に頷き、そうして笑顔で手を振って、別れた。



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