痕跡
「っと、思ったより物々しいな。霧夜、この子を頼めるか?」
「……ああ」
黄色いテープで区切られた場所は警官や鑑識らしき人がまだ多数いて迂闊に入れるような状態ではなさそうだった。なるほど、人が少ないのは早朝ってだけじゃないってことだな。
俺はスメラギとスリートを両脇に抱えて宇田川さんと共に先に進むと、宇田川さんに気づいた警官が敬礼をして声をかけてきた。
「宇田川さんじゃないですか、今日は非番では? ……それにこの子達は?」
「非番じゃないよ!? ……ちょっと『例』の件でここを調べた後、繁華街を回る予定なんだ。この子はアレだよ」
「……! ということは勇――」
「ってことだな、ちょっと見せてくれ」
「ハッ! 周囲はまだ調査中なので迂闊に触らないようお願いします」
宇田川さんは頷いて手袋をはめ、俺とついてきたエリクにも予備を手渡してくれた。交代でつけた後に奥へ進むと、路地にある自販機の近くでどす黒い色になった地面を見て俺は目を細める。
「ここが現場か」
「酷いなこりゃ……」
「だな、二人とも余裕そうだな?」
宇田川さんが俺達に興味深げに尋ねてきたので、俺は周囲を見ながら返事をする。
「『神緒 修』のままなら多分無理だったろうけど、向こうの世界じゃ盗賊やら悪徳貴族なんかを相手にして斬り伏せることはしょっちゅうあったし、人が死んでいるのを見てもそれほどびびったりはしないよ」
「俺なんてちょっと前までそっち側だったしね。ウィード砦を攻められた時はきつかったよ……」
「あの砦まだ使ってるのか? というか攻められたってどこに」
「徽章がネーディル皇国だったらしいってとこまでしか俺も知らないんだよな」
「逞しいな、こりゃ俺が頑張らないといけねえな」
宇田川さんは笑いながら死体があったであろうどす黒い血が濃い場所に片膝を立ててしゃがみ、調査を開始。俺は周囲をもう一度みるため目を動かしていく。
自販機は隣接している酒屋が設置しているようだが、ここは閉店した店舗らしく事件当時も人は居なかったと推測できる。
「で、あれが街頭か」
「ああ、羽須さんって人がぶつかったっていう?」
「だいたい五十メートルのT字路か」
俺は羽須がぶつかったという街頭の下へと向かい、その場所に立った瞬間にスメラギが声を上げた。
<む……! 髭が>
「動いたか!?」
こいつの髭が動いたのであればあっちの世界に関わるなにかがあったということ。これは当たりか? そう思ってスメラギを見ると――
「弱っ!? 微弱すぎるだろそれ!?」
<え、いや、ちゃんと震えているぞ>
「……確かにそうだけど、風で揺れているんじゃないか? 誤差だろ……」
<ち、違うぞ! ほら、よく見ろあの時と同じように震えているではないか!>
「ちょ、顔を近づけるな!?」
スメラギが俺の体によじ登り、頬に顔をつけてきたので引きはがしているとスリートが俺の手から飛び落りて前足を髭に向けて言う。
<俺も少しだけ動いていますから、本当ですよ>
「みたいだな、シュウ兄ちゃんこの事件向こうが絡んでいると思うか?」
「そう思いたいけど、時系列が合わないんだよ。エリク達が暗躍していたころにキャバ嬢が殺されているだろ? で、他に来ていないはず、というのがお前達の話で、ブレンダもそれどころじゃなかっただろ?」
<確かにそうだな。しかしこの髭、いつの間にかエリク達には反応しなくなっているから、微弱ながらもなんらかの形で向こう側の人間が来ている可能性があるぞ>
「これを信じれば、か」
<信じろ……!?>
俺が抱きかかえると短い手足をじたばた動かして抗議してくるスメラギを見て、俺は口を開く。
「よし、これからお前とスリートは地上を歩いて散策だ、どっちか町中を回ってくれるか?」
<では俺が行ってきますよっと。小柄な方が小回りが利いていいでしょ>
「頼むぞ、昼はどこか飯屋に入るけどそれ以外は繁華街から出ないからどこかにいる」
<大丈夫です、匂いで分かりますんでね、それじゃ行ってきますー>
スリートが駆け出したので見送っていると、不意に立ち止まり思い出したように振り返った。
「どうした!」
<お昼ご飯、豪華にしてもらえるんでしょうね?>
「成果次第だ」
<ハッ!>
うむ、見返りを求めるのはどうかと思うが、忠猫とみていいだろう。
<シユウよ、我は――>
「猫缶だ」
<……>
まあスリートにやってこいつにやらないのは可哀そうだから冗談だけどな。
落胆するスメラギを抱っこして背中を撫でながら宇田川さんのところへ戻り、繁華街を歩くため合流することにした。




