掌編 春の日の思い出
それではまた、と三国一美しい王子と謳われている第二王子殿下が一分の隙も無い優雅な笑みを浮かべて暇を告げた。隣に控えた弟王子のヘンリー殿下も丁寧に頭を下げた。夕明かりに照らされた銀髪が緩やかに光を散らす。
「今日はどうもありがとう。また一緒に連弾しようね」
末の王子様はそっと腰を折り、妹に笑いかけた。いつのまにかニールの背に隠れ、その袖口をきゅうと掴んでいた妹はおずおず顔を出し、こくんと頷いた。
澄んだ青空を閉じ込めたような瞳を蕩けそうなほど滲ませて、少年はやさしい笑みを落とした。こちらにもう一度頭を下げ、兄王子の背中を追いかけて行く。
家に入るぞ、と妹に呼びかけたが、いらえがない。
妹は遠ざかるヘンリー・ロー・サージェント第四王子殿下の背中をぼうと見つめていた。
「イザベル」
とりあえずもう一度、名前を呼ぶ。
ようやくこちらを見上げてきたイザベルは頬をほんのり朱く染めていた。母譲りの大きな淡い菫色の瞳いっぱいに星を煌めかせながら。
「へんりーおにいさま……」
ひどくあどけない口調で紡がれた、末の王子様の名が、何故だか特別やさしいものに聞こえた。
頬を掻いたのは、春の穏やかな風が心地よく身体を撫で、通り抜けたせいだけではない。
あの日の妹を思い出すたび、ニールはどことなく気恥ずかしいような、甘酸っぱいような思いを抱く羽目になる。