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これからもよろしゅう!


 あの様々な出来事があった別荘での日々を終えて、私たちはオーメンさんのおっしゃった通り、日常へと帰ってきました。


 オーメンさんが現れたあの後ですが、アイリスさんたちの人国の軍人の方々が来て、あの詐欺師のお姉さんを連れていきました。


 私たちも連れていかれ、ジョックさんとの戦いで受けた傷の手当をしてもらいました。


 私たちが怪我をしたと聞いてオトハさん達が飛んできましたが、オーメンさんのフォローもあり、ただ難癖をつけられて喧嘩に発展し、こうなったのだと言い訳をしました。


 オトハさんからはまた怒られたりしましたが、ここでも笑いながらウインクしているオーメンさんに借りができてしまいました。なんか私、様々な人に借りばかりができているような気がするのですが。


 そんなこんなでその日を過ごし、日が開けた次の日。私たちがテステラへと帰る時間がやってきて、竜車乗り場でシマオとも別れました。


「兄さんらと過ごしたこの日々、ワイは一生忘れへんで! また会ったら遊ぼうやーッ!!」


 そう言って笑顔で手を振っていた彼の姿も、もうしばらく見ていません。出会いがあれば、別れがある。


 元の世界みたく携帯もスマートフォンもないここでは、遠くに行ってしまえば連絡を取る手段もあまりありません。また、彼と会えたらいいな、と思っています。


「……まだ終わってないのか? 根性が足らんぞ」


「今、やってるじゃ、ないですか……」


「んざけんなよ、この量……」


 そうして少し早い夏休みが開け、士官学校へ通う日々がリスタートした今日この頃。


 私と兄貴は揃って生徒指導室で鬼面監修の元、終わらなかった夏休みの課題と、罰として追加された補習に追われていました。


 あれだけバイトやらお店やら、更にはジョックさんとの戦いでへとへとになっていた私と兄貴は、始業式の日に揃って寝坊。


 お昼過ぎになっても起きてこなかった私たちは、寮長から鍵を借りた鬼面にたたき起こされました。


 そのままクラスに行くこともないままに生徒指導室送りとなり、ただひたすらに課題をやり続けております。


「夏休みに何をしてたかは知らんが、やれと言われたことはしっかりやらんと軍に行ったらどういう罰を受けるか解らんぞ?」


「解って、ますよ……」


「わーってるよ」


「……ったく、本当に解ってんのか? 明日には秋入学の生徒も来るんだから、今日中に終わらせる勢いでやれよ」


 小言の途中で、鬼面先生が気になるワードを口にしました。秋入学の生徒、ですか。


 そう言えばこの世界は人間以外の他種族、つまりはエルフやドワーフ等は人間の社会とシステムが少し違うため、私たちが受けたような春の入学試験とは別に、夏休み明けから来ることになる秋の特別入試が制度としてあります。


 元の世界で言うところの、外国人特別入試みたいな感じでしょうか。


「明日から、ですか。そんなにたくさんいるんですか?」


「いや、今年は一人だ。毎年多くても二、三人前後だからな。エルフならエルフの軍に、ドワーフならドワーフの軍に志願する者がほとんどだ。わざわざ人国の士官学校に来る他種族の生徒は珍しい」


 それこそオトハみたいな奴はな、と鬼面は続けました。確かに、新入生の中でエルフであったのはオトハさんだけでしたし、あとは他種族と言ってもハーフのウルさんくらいしか見かけていません。


 鬼面の言う通り、わざわざ人国の軍隊に入るためにこちらの学校へ来る他種族の方は珍しいのでしょう。


 そうなると、今回来ると言われている一人の方は、かなり珍しい方となります。


「しかも、今年来るのは我が校ではほとんどいなかったドワーフの生徒だ。エルフにドワーフにと、今年は他種族の生徒が多くて勉強の幅も広がるな。良い事だ」


「……兄貴。なーんか私、引っかかるのですが」


「……奇遇だな兄弟。俺もだ」


 うんうんと頷いている鬼面を余所に、私と兄貴は顔を見合わせていました。ドワーフの生徒が、明日からやってくると。なるほどなるほど、よく解りましたとも。


 それってもしかしてエセ関西弁を喋り、商売根性たくましくて、傍らにいつも身の丈以上のハンマーを担いでたりしませんかね。


 いやー、まさか-。そんなことないでしょう。


 いくらドワーフ族が人間よりも少ないからと言っても、まさか出会ったことがある方が来るなんてそんな偶然、ある訳ないじゃないですかー。考えすぎですよね、絶対。


 そう兄貴と頷き合って課題を再開し、その日の内に何とか終わらせて帰宅。そして次に日に学校に行って席につき、鬼面から紹介された秋入学の新入生というのが、


「どーも! ドワーフ族のシマオやッ! 皆さん、よろしゅう頼むでーッ!」


「「やっぱりお前かよッ!!!」」


 ハンマーを携えたままいい笑顔で手を振っている、シマオでした。


 兄貴と揃って声を上げ、クラス中から怪訝な顔をされましたが、そんなことはどうでもいいのです。


 休み時間にシマオをとっ捕まえ、ウルさんも呼んで六人で学食のテーブルを陣取ります。


「いやー、まさか受けた学校にみんなおるとは! これもワイの家伝のハンマーの導きやな! みんな久しゅう!」


『……びっくりしたよ、本当に』


「……わたくしの勘でも、読めませんでしたわ……」


「……世間って狭いんだね~、びっくりびっくり」


「久しぶりっちゅーことで、相変わらず豊満なそのお胸に卑しいワイを埋もれさせてくださいお姉さまヘブッ!?」


「そしてこの変態ドワーフは何一つお変わりないようでッ! 少しはこりたらどうなのですのッ!?」


 全員との再会を果たし、恒例(?)のセクハラもかましたところで、私はシマオに聞きます。


「……しかし、またどうして士官学校なんかに? しかも人国の方なんて」


「あー、そやなー。ぶっちゃけワイも、軍隊とかそんなキョーミなかったんやけど……」


 そう言ってシマオは、ここに来ることになった経緯をツラツラと話し始めました。


「まー最初から話すとやな。ワイの家、ドワーフの国で居酒屋を経営しとったんやけど、おかんを最近亡くしてなー。ワイも悲しかったが、それ以上におとんがふさぎ込んでしもたんや。葬式やら何やらが終わった後もお店も開かんと酒ばっか飲んで、おかんの名前を呼びながらわんわん泣いてて……とても、見てられんかったんや」


「……そうだったんですか」


『……シマオ君も、辛かったんだね』


 いきなり聞かされたのが、予想外に重たい話で、私は少したじろいてしまいます。あのシマオも、背負っているものがあったんですね。


 それはそれとして、初めて会った時に遠い目をしながら彼が言っていた内容を今さら思い出し、それが気になり始めました。


 確か、おとんが二人いる家、とか言っていたような気がするのですが。


「それでもお店を開かんと、ワイもおとんも生活できへん。せやからワイ一人でお店を開いて、飲んだくれるおとんの隣であくせくやってた時に……後にワイのもう一人のおとんになるお客さんが来てな……」


「……もう一人の、親父? 俺の聞き間違いか?」


「……わたくしの聞き間違いでしょうか。お父様は普通、お一人では?」


「……ううん。ボクもそう聞こえた。今までの話からは想像もできない単語なんだけど……」


 兄貴にマギーさんにウルさんも、眉間にしわを寄せて首をかしげています。


 ああ、あの時私が聞いた言葉も間違いなかったのですね。もう一人のお父さん。一体どういうことなのでしょうか。


「……まあ、そうなるよなぁ。ワイも未だに飲み込めてないし……まあ、つまりは、や。たまたまお店にやってきた人間の男性が、ふさぎ込んでたおとんを、こう……元気づけてくれて、な……」


 めっちゃ歯切れの悪い言い方をしているシマオですが、ここまで聞くと凄く良い話じゃないですか。


 奥さんを失って落ち込んでしまったお父さんを元気づけてくれたお客さん。シマオからしても、嬉しい事のように思えますが。


「…………身体で……」


 シマオのその一言で、私たちはこう、何かを察してしまいました。


 あっ、と言った表情を私以外の聞いていた四人全員が浮かべていたように見えます。そして、おそらく私も、彼らと同じ顔をしているのでしょう。


「…………まー、そんなことがあってやな! おとんが元気を取り戻し、その元気づけてくれた人と同棲するって言い出して! ドワーフ内でも最近同性愛が認められたけども、おかん亡くしたばっかやし流石に籍はまだって話になって! 晴れてワイには事実上おとんが二人になりました、と。そういうこっちゃ! あっはっはっはッ!」


 どうしましょう。笑っている本人に対してかける言葉も、こんな時にどんな顔したら良いのかもさっぱり解りません。解る人がいたら、誰か教えてください。今すぐに。


「……その、貴方は、それでよろしかったので? 亡くなられたお母様のことも、ありますし……」


「……ワイも悩んだけどなぁ……」


 マギーさんのその問いに、シマオは腕を組んで答えます。


「おかんを捨てるんか、って思いがない訳やないけども……おとん、おかん亡くしてから、ホンマに見てられん程落ち込んでて……ワイは何もできんかったし……そこはホンマに感謝しとるんやけど、おとんが二人っていうのも……でも、もうおらへんおかんのことでおとん縛ってまうのも、なんか違うかなーとも思ったし……」


 とりあえず彼の中でもまだ気持ちの整理がついていないことがよく解りました。と言うことは、もしかして。


「……もしかして、シマオ。海の時にも言ってましたが、こっちに来た理由っていうのは……」


「……せや。ワイの気持ちの整理がつかへんから、一度家を出ようと思うてな。海で兄さんらと会った時も、ぶっちゃけ家にいたくなくて、半ば家出みたいな感じで飛び出してきてたんや。ちゃんと、二人のおとんに向き合えるように……時間が、欲しかったんや」


「……そーだったのか。苦労してんだな、お前も」


 私の予想通り、シマオは自分の家族の事で悩んでおり、考える時間が欲しくてこちらに来たと、そういうことですか。


『……でも良かったね。たまたま入学した学校に、見知ったわたしたちがいて』


「せやなー、オトハちゃん。もう一人のおとんの勧めを聞いて、ホンマに良かったわ。一回家を出てみるのも、あの人の助言があったからやし。今ワイ一人暮らしになったんやけど、その人が色々手伝ってくれたからやし……ホンマ、人は見かけにはよらんなー」


「……それを聞くと、見かけが結構アレみたいに聞こえるんだけど」


 ウルさんのその言葉に、シマオは反応しました。確かに彼女の言う通り、シマオの言い方だと彼のもう一人のお父さんは、ふさぎ込んでたお父さんを元気づけてくれて、彼に気を遣って一人暮らしを勧めてくれて、更にはその基盤まで用意してくれたというかなりの大盤振る舞いを見せてくれています。


 そんな恩人とも言える人に対して、その言い方はあまり良くないのでは?


「まあ、そーなんやけども……筋肉ムキムキで目はツリ目で頭はオールバックで、ヒゲともみあげと繋がってるけど妙に清潔感があって、オネエ言葉で話す人やから、どうしても、な……」


 聞いているだけで、かなり濃い方だということはよく解りました。


 なるほど。人を見た目で判断してはいけないというのは確かにありますが、その方がここまでしてくれるとはなかなか思わないので、シマオ自身もびっくりしているのでしょう。


「す、凄い方ですわね……」


「せやな。色んな意味で凄い人や。確か名前は……」


 そこでシマオが口にした名前を、私は特に何も思わずに聞いていました。


「……バフォさん、って人や」

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