祭りの終わり
「……やりまし、た」
「……ああ。やってやったぜ」
「わ、わ、ワイらの……ワイらの勝ちやぁッ!!!」
ジョックさんの姿が遥か彼方へ消えてから少しして、私たちは自分たちの勝ちを確信しました。
周囲で倒れている男たちは誰も起き上がってこず、一番の障害であったジョックさんもその姿はありません。残っているのは。
「な、な、な、な……じ、ジョック、が……」
唖然とした表情でこちらを見ている、あの詐欺師のお姉さんだけです。
これはもう勝ったと言っても過言ではないでしょう。私たちは三人で拳を合わせて、この思いを共有します。
「ありがとうございました、二人とも。来てくれなかったらどうなっていたことか……」
「なに、良いってことよ兄弟」
「そやそや。ぶっちゃけ、詐欺られたって兄さんが一番ヤバいと思ってたしな~」
「ヤクザの方々の女の子をナンパしたシマオほどではないかと」
「ほ、ほら。ああいう人たちはちゃんと筋通して謝ったら許してくれること多いし……」
「俺も裁判沙汰にならんで済んだわ。ホント、良かった……」
「案外、司法が敵だった兄貴が一番やばかったかもしれませんね」
「せやな~。ワイらはボコられるだけで済んだかもしれんけど、ノッポは社会的に死んでた可能性も……」
「な、何を終わった気になってるんだいアンタらッ!?」
互いの苦労を労っていたら、お姉さんが声を上げました。何でしょうか、まだ何かあるんでしょうか。
「おう、そこのねーちゃん。兄弟が交わした契約の解約金とやらはもう払ったんだよな? なら、これ以上なんだってんだ、アアンッ!?」
兄貴が木刀を担ぎながら凄んでいます。こういう時、兄貴って強いですよね。
そんな態度を取ってると、傍から見たらもうどっちが悪者か解らなくなってきますもん。
「そんなことはどうだって良いのよッ! よくもアタシに恥かかせたわねッ!」
そう言ってお姉さんは、かばんから遠話石を取り出します。どこかに連絡するつもりなのでしょうか。
だとしたら、この状況下で一体どこに連絡するつもりで。お姉さんの立場上、流石に警察や軍はないと思いますが。
「ジョックの属してる組に連絡してやるッ! 数十人も連れてきたら、流石のアンタらもお終いよッ! アタシに歯向かったこと、後悔させてやるッ!!!」
「「「えっ?」」」
お姉さんの叫びに、私達は声を揃えました。えっ、数十人の組の方々? それが今からここに来る? ウッソだろお前。
「ま、不味いのでは、これは……?」
「ヤッベ。早く逃げねーと……」
「フフフ……もう連絡は始めちゃったわ、ザマア見なさいッ! どこに逃げようが、絶対に見つけ出してやるッ! アッハハハハハハハッ!!!」
そうして遠話石が少ししたら繋がったらしく、お姉さんは声を上げました。
あっ、終わった。これはもう、どうしようもないですね。せっかくここまで来れたというのに。
「もしもし! アタシよッ! 今、ジョックの奴をぶっ飛ばしてこっちを舐めた男が三人いるわッ! 今すぐこっちに……」
『……あー! あー! もしもーし、聞こえてるかしらー?』
やがて遠話石から聞こえてきたのは、女性の声でした。
ああ、どこの世界でも男女平等。最近はこういう組でも女性の活躍が多くなってきているのですね。
そんなことを考えていた私は、ふと、あることに気づきました。
遠話石から聞こえるこの女性の声、どこかで聞いたことあるような……?
『あっ、繋がった繋がった。もしもーし、こちら人国軍人、アイリス=イングリッシュでーす。聞こえてますかー?』
と思っていたら相手が判明しました。なんだ、アイリスさんでしたか。どうりで聞いたことある声だと思いました。納得納得。
そして詐欺師をしているお姉さんが連絡した相手が、何故知り合いのアイリスさんになので? 謎がまた一つ増えます。
「な、なんだいアンタ? アンタなんか知らないわよッ!? 一体どうして……」
『あー、もしかして外回りの人かな? ごめんねー、貴女の懇意にしてた組の行動が目に余るってことで、私たち軍が出ることになったのよ。援軍でもアテにしてたかもしれないけど、もう全員とっ捕まえちゃったからね。ご愁傷様』
アイリスさんのその言葉を聞いたお姉さんは固まっています。えーっと、つまり。お姉さんが援軍としてアテにしていた組の方々は、アイリスさん達が既にお縄にしてしまっていたと。
と言うことは、ここに数十人のヤバい人たちが押し寄せてきて、私たちをどうにかするという可能性もなくなったということですので。
「た、助かった……?」
「そーゆーこった」
私のその呟きに合わせて現れたのは、なんとオーメンさんでした。安心しろ、と言わんばかりに私の肩を叩きながら、後ろからぬっと現れます。
「だ、誰や、この人……?」
「あ、あんたはオーメンさんっつー、近くに引っ越してきた新婚の旦那さんだったはずだが……あんた、軍人だったのか?」
初対面のシマオは誰だろうと首を傾げ、話を一部しか聞いていなかった兄貴はまさかという顔をしています。
「おー、確かエドワル君だっけ? 久しぶりだなー。そうだよ、俺は軍人だったのさ。びっくりしたかい?」
「あ、ああ……かなり……」
「そりゃ良かった。出待ちしてた甲斐があったってもんだぜ」
出待ちしてた、と。オーメンさんはそうおっしゃっていました。それってつまり、私たちの一部始終を全て見ていたってことですよね。私のそんな表情を察したのか、彼はつらつらと話し始めました。
「ああ。たまたま通りがかったら、知り合いがヤクザ者に絡まれてんじゃねーの。流石にヤバかったら手出しするつもりだったけど、よく勝ったな。カッコ良かったぜ、お前達」
そう言いつつ私の耳元にこっそりと呟きます。
「……最初から見てたから事情は一通り知ってるぜ。オトハちゃんには黙っててやるから」
「ッ!?!?」
その呟きに、私は飛び上がりそうな衝撃を受けました。えーっと、オーメンさんの任務って確か私の護衛(あと監視)でしたよね。
護衛ってことはつまり、私の事を遠くから見ていたということで。最初から見ててオトハさんには黙っててあげるということは、私がナンパに失敗して詐欺られたことも全部……。
「…………ぁぁぁああああああああああああッ!!!」
「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!」
バレていた、と。あのイベントの時にも何で私たちがこんなことをしているのかも、全て知っていたと、そういうことになります。
は、は、は、は、恥ずかしいッ! 恥ずかし過ぎるッ!!!
「……ま、若い時は火遊びしたくもなるよなー。でも、程々にしとけよ? こーゆーことになっから、な?」
「~~~~~~~~ッ!!!」
「ど、どうしたんだよ、兄弟……?」
「兄さん、いきなり叫んでどないしたんや……?」
「なあに気にすんな」
トドメと言わんばかりのオーメンさんの言葉に、私はうつむいて顔を隠す以外何もできませんでした。
いきなり叫び出した私を心配する兄貴とシマオを他所に、オーメンさんはさっさと歩いて呆然としているお姉さんのところに向かいます。
「おーいアイリス。聞こえてるー?」
『あら。その声はオーメンじゃない。どうしてそこにいるの?』
「ちょっくら散歩してたら、このねーちゃんに出会ってな。ついでだからこいつも連れてくわ」
『あらそう。手間が省けて助かったわ。……ん? アンタがそこにいるってことは、マサト君でもいるの?』
「ああ、たまたま絡まれてたみてーでな。お陰さんでこいつもとっ捕まえられたからラッキーラッキー」
『なぁんだそうだったの』
アイリスさんとそんなやり取りをしつつ、オーメンさんが私に向かってウインクしてみせました。
ああ、これはアイリスさんにも黙っててくださるみたいですね。どうしましょう。今後オーメンさんに頭が上がらない気がして止まないのですが。
「け、結局どういうことなんや? お姉さんが援軍呼ぼうとして、実はそこのお兄さんが軍人で……」
「なんか向こうの組とやらは軍に潰されて、そこのねーちゃんもオーメンさんが連れていく、と……助かった、ってことなのか?」
「まあ、つまりは、だ」
イマイチ事態を把握しきれていない兄貴とシマオに向かって、そして羞恥心からうつむいて震えている私にも向けて、オーメンさんがこうおっしゃいました。
「祭りは終わり。また日常が戻ってくる、ってな」




