ハンマーの一撃で
「……兄弟。まだ魔法は撃てっか?」
そんな私に、兄貴がそう聞いてきました。魔法ですか。周囲のマナはまだありますが、私のマナ変換回路はもうヘトヘトです。
脳の一部であるこの器官は筋肉と同じで、使えば使うほど疲労がたまり、頭痛のような症状となって現れるのです。
この頭痛を治すためには、魔法を使わずに休むことのみ。無理に酷使してしまえばどうなるのか、想像したくありません。
なので無理しない範囲で、私の今の消耗具合を考えますと後は……。
「そう、ですね。あと一発くらいしか……」
「上等。チンチクリン、奴に一泡吹かせる一撃はいけるよな?」
「……溜めはいるが……あるで、テッカイやつ」
「よし。奴は一つ、勘違いしてることがある。そこを突くぞ」
ジョックさんが勘違いしていると、兄貴は言いました。
勘違い、ですか。それは一体、なんでしょうか。耳を貸せという兄貴に、シマオと二人で耳を寄せます。
「……なるほど。そういうことですか」
「……確かに、あのデカブツに一発かましてやれそうやな」
「……だろ?」
「終わったかーい?」
「ちょっと! 今チャンスだったじゃない! 何で見てたのよッ!」
わざわざ私たちの作戦タイムを待っていたジョックさんに、お姉さんが食って掛かります。
確かに、今は無防備を晒していた気がしますが、こちらを舐めてかかっているジョックさんです。どうせ。
「別にいいじゃねーか。どーせ大したことねーだろーよ。こいつらもちいとばかし頭使ったって、俺には勝てねーよ」
やはり。私たちを完全に下に見て、遊んでいます。慢心、油断、そう言った感情が手に取るように解ります。
まあ、だからと言ってバカ正直に私たちが突撃し、勝てる相手ではありません。そう思われても仕方ない部分があるくらいには、個々の力の差はあるのでしょう。
しかし、今回はそれが、命取りです。
「ま、こいつもうるせーし。そろそろ終わらせっかなぁ」
「……いくぞ兄弟。シマオ、やれ」
「はいッ!」
「行くでーッ!」
兄貴の合図と共に、私たちはジョックさんに向かっていきました。
そして、シマオはその場から動かずに、彼の言っていたデッカイやつの溜めに入ります。
「万物の流れをただこの時のため、その全てをただ一心にここへ集約する……」
シマオの詠唱が始まりました。昨今では詠唱込みでの魔法陣を描いたり、それこそオドの適正持ちの方々は頭の中で魔法陣をイメージするだけで魔法が発動できるというのに、こうした方法での魔法とは珍しいですね。
「なんだぁ? そんな隙だらけなんも見逃してやる程……」
「見逃せやクソ野郎ッ!」
「邪魔はさせませんッ!」
ジョックさんの言う通り、目を閉じて詠唱しているシマオは、本当に隙だらけです。
そんな隙をジョックさんが見逃すはずもなくシマオに向かって行こうとして、私たちがそれに割って入ります。当たり前ですよね。
シマオの一撃は、私たちにとっても大事なもの。そうそう邪魔はさせませんとも。
兄貴が身体を張って進行方向を止め、私がその後ろで魔法陣を描きます。
「ハッ! 軽いんだよテメーの剣はよぉ! そんなんじゃ痛くも痒くもねーんだよッ!」
「ああ。俺の剣はまだまだ未熟だって、テメーに思い知らされたぜ。だがな、だからって負けを認めたらあの世のジジイに顔向けできねーんだよッ!!!」
「テメーのジジイなんざ知ったこっちゃねーんだよ! どけやガキッ!」
「ぐあぁぁぁッ!」
やがて前線で抑えていた兄貴がボディに拳の一撃をもらってダウンします。
その隙に兄貴の木刀をぶんどったジョックさんは、それを遠くへ放り投げてしまいました。お腹をおさえてうずくまる兄貴を無視して、ジョックさんが突っ込んできますが、次は私の番です。
マナ的にも、これが最後の一撃。
「剣もねーテメーはもう用無しだよ。次はロン毛のテメーだッ! ハハハッ! テメーの魔法なんざ俺の"守護壁"で簡単に……」
「……"偽景色"ッ!」
「なにィッ!?」
私が放ったのは"炎弾"ではなく、"偽景色"でした。これは相手の脳内に直接幻惑を叩き込み、一時的に混乱させる魔法です。
そう、私の魔法で倒せないなら、私にできるのは時間稼ぎのみ。"守護壁"を展開していたジョックさんは虚をつかれています。
よし、このままシマオが溜め終わるその時間まで、彼を引き止めておければ……。
「ぐぁぁぁ……んなもん……きか、ねえんだよぉッ!!!」
「なッ!?」
するとジョックさんは自身の顔を殴りました。唖然とした私の目の前で、少しよろけたジョックさんが目をギラリとこちらに向けて、その拳を真っ直ぐと振り抜きます。
「ぐはッ!」
思いっきり顔面を殴られた私は後ろに吹っ飛び、詠唱しているシマオの隣に倒れ込みました。い、痛い、目の前がくらくらします。
立ち上がろうにも、先ほどの衝撃で脳が揺れたのか、上手く力を入れることができません。
まさか、自分で自分を殴って幻惑から無理やり目覚めるなんて、そんな方法があるとは思いもしませんでした。
「……終わりだ、ドチビ」
そうして、詠唱の終わっていないシマオの前に、ジョックさんが立ちはだかりました。そう口にするや否や、拳を振り上げてシマオをぶん殴ろうとしたその時。
カッと目を見開いたシマオが、ハンマーを振りかざしました。
「……ただただ己の全てを賭けてッ! チャージ完了やこのデカブツッ! 喰らえやッ!!!」
「っ!? ディ、"守護壁"ッ!!!」
「ワイの……"渾身"ッ!!!」
その瞬間、ハンマーが光って更に一回り大きくなったかと思うと、シマオはそれを全力で横に振り抜きました。
ジョックさんの"守護壁"の展開が間に合うかどうかというところでハンマーが近づいて。
まるで巨大な鉄の塊同士がぶつかりあったような、けたたましい音が鳴り響きました。
音にびっくりして目を閉じた私が恐る恐る視界を開いてみると、そこには振るわれたハンマーが"守護壁"の障壁で止められているのが見えました。
しかしあまりの威力だったのか、"守護壁"の障壁が弾けます。魔力の障壁は突破できましたが、ジョックさんには届きませんでした。
「わ、ワイの……"渾身"、が……」
「……間に合ったぜ。マジで冷や汗もんだったが……俺の勝ちだなぁ、ああ?」
「は、はなさんかい、コラァ!!!」
こちらの最大の一撃を乗り切り、その原因であるシマオも胸ぐらを掴んで持ち上げたジョックさんがニヤーっと笑います。兄貴の剣術を乗り越え、私の魔法を破り、そしてシマオの最大の一撃さえ耐えきってみせたジョックさん。
ここまできたのなら、勝ちは確信へと変わっていることでしょう。私だってそんな状況になれば、勝ったと思い込むに決まっています。
だからこそ、それが致命的な隙になる。
「……"炎弾"ッ!!!」
「グアアアアアァァァッ!?」
突如として背中に着弾したのは、"炎弾"による炎の塊。
その衝撃によってシマオを離し、悲鳴と驚愕が合わさったかのような声を上げたジョックさんがゆっくりと目を後ろへやると、そこには手を真っ直ぐにジョックさんに突き出した兄貴がいました。
「なッ……て、テメー……ッ!」
「……確かに俺ぁ剣はへっぽこかもしれねーな。だがよ、俺の剣がへっぽこだからって、俺が魔法を使えねーとは一言も言ってねーよなぁ? 俺ぁこれでも士官学校通ってんだぜ?」
ニヤリと笑い返した兄貴。そうです、ジョックさんの最大の勘違いはこれです。
兄貴が剣でしか戦っていなかったため、こちらで魔法を使えるのが私だけだと。兄貴は魔法が使えないものだと思い込んでいたことこそが、私たちの光明でした。
「今だ、チンチクリンッ!」
「シマオ、お願いしますッ!」
「おうよッ!」
そうして生まれた千載一遇の好機を逃す訳にはいきません。私と兄貴は揃ってシマオを呼びました。
それに応えた彼は、"炎弾"をモロに受けてふらつくジョックさんの前で、再度ハンマーを振りかざします。
「"渾身"は届かんかったが……ワイの家伝のハンマーの味、たらふく味わえやッ! お代はテメーの命じゃコラァッ!」
「く、クソがァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオラァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
そうしてシマオの全力で振り抜かれたハンマーはジョックさんを吹き飛ばし、その姿を遥か遠くへと運んでいきました。




