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諦めないことこそが


 いくら強大な相手でも、三人がかりで囲んで殴れば勝てないことはない。そう思っていた時期が、私にもありました。


「くっ……ううう……」


「クソ……がぁぁぁ……」


「い、いてぇ……ば、バケモンや、あいつ……」


 しかし、現実はどうでしょうか。


 あのジョックさんに挑んでいき、少しして私たちが晒しているのは、地面に横たわり、身体中に殴打や蹴りの跡が残っている無様な姿です。


「流石はジョック! 素敵ッ! 愛してるッ!」


「ん~~~、久しぶりに楽しめたぜガキ共。ま~、俺は最強なんだけどなぁ……」


 それを見てはしゃいでいるお姉さんと、余裕の笑みを浮かべてこちらを見下ろしているジョックさん。


 何とか立ち上がる私たちでしたが、いくらかの兄貴の斬撃は入れられましたが、まるで効いていません。そして私の魔法も。


「……"炎弾"ッ!」


「懲りないねえ。"守護壁ディフェンスウォール"」


「く……ッ!」


 あのジョックさん前に現れる魔力の壁に阻まれてしまいます。魔法陣を描いていないので、おそらく彼はオドの適正持ち。


 ジョックさんのオドの総量が把握できない以上、ガス欠狙いも愚策でしょう。


 対して私は、周囲のマナに余裕があれど、"操作"を使ってマナ変換回路を断続的に開いていたため、既にその疲労感が頭痛となって悲鳴を上げ始めています。


 あの"守護壁"は、衝撃を防ぐ障壁を展開するものです。私もかつて、クラス対抗白兵戦で使用しましたので、魔法についてはよく知っています。


 あれは魔法に対する絶対的なカウンターではないため、展開された障壁を破るだけの強力な威力を持った魔法を放てれば、破ることができるはずです。


 しかし、私程度の魔法では、あれを破るには到底足りません。


「ォォォオオオオオラアァァァッ!!!」


「……っと。だから当たらねーって、ドチビ」


「ヘブァッ!?」


 その一撃に見合いそうなシマオのハンマーは、サッと避けられてしまいます。ハンマーの一撃は強力ですが、その分振りかぶったりするため避けやすく、しかも放った後は無防備になってしまいます。


 先ほどからハンマーを外しては一撃をもらっているシマオですが、彼、大丈夫なんでしょうか。


「チンチクリン……まだ生きてっか?」


「生きとるわどアホッ!」


 おお、立った。兄貴の問いにシマオが声を上げています。ドワーフ族の打たれ強さは、本当だったんですね。


 そんな感心はさて置き、問題はジョックさんです。幸いにしてスピードは兄貴の方が上でしたので、木刀による翻弄はある程度効いているのですが、兄貴の一撃では彼を揺るがせることはできません。


 かと言って私やシマオでは、彼に一撃を与えられる速度が出せません。身軽にして防御も固いとは、これ、どうしたらいいんでしょうか。


「……どーも、俺の一撃じゃあ役不足みてーだな。これでも結構自信はあったんだが……」


 情けねえなぁ、と自嘲気味に兄貴が呟きます。


「……いいえ。私も力不足です。力はシマオに、速度は兄貴に及ばず、魔法ではオトハさん程の威力も出せません……」


 私も自分を振り返り、そう自嘲しました。オトハさんとの勉強に兄貴のトレーニング、そしてマギーさんとの稽古といいとこ取りをしているような私ですが、その実は四方八方に手を出していて一つに絞り込めていません。


 色々できるが実力は中の下、器用貧乏とはまさにこの事ですね。


 それこそ"黒炎解放"すれば、話は一瞬で終わるのでしょう。でも、それはできません。


 兄貴とシマオをこちらの都合に巻き込む訳にはいきませんし、何より呪いの症状が悪化している今、迂闊に黒炎に手を出したら私自身も危ないのです。


 所詮、黒炎が使えない私はこんなもの。魔王の力がなければ何もできない半端者です。なんて、情けないのでしょうか。


「……何を悲観した顔しとんねん、二人とも」


 そんな私たちに向けて、シマオが言いました。


「まだ負けた訳やあらへん。ワイも兄さんらも、まだやれる。まだやれんなら……後ろ向きなこと言ってても仕方ないやろ!? まだ終わってないんやでッ!? んな事言ってる暇あったら前向けや前ェッ! 後悔なんざ死んでからで十分やッ!」


「「ッ!?」」


 その言葉に、私と兄貴はハッとします。そうだ。何を諦めていたんだ私は。少しつまづくとすぐに諦めてしまう。私の悪い癖が出ていました。


 以前、あのクラス対抗白兵戦の時も、ノルシュタインさんに言われたじゃないですか。


『一番いけないのは、一つ失敗したからと言って全部を諦めてしまい、そのまま何も挑戦しなくなってしまうことであります! 諦めなければ、思わぬ道がみつかるものです! ネバーギブアップ、であります!』


 あの元気のよい声を思い出し、私は再度、深呼吸します。


 諦めなければ、思わぬ道が見つかるはず。後悔は、死んでからで十分。なら、生きている今は、ネバーギブアップ。


「……まさかシマオに正論を言われるとは、私もまだまだですねえ……」


「……ホントだぜ。チンチクリンなんざに尻蹴られるたぁなぁ……」


「オメーらワイのこと過小評価し過ぎじゃねっ!?」


 しかし、そのお陰で活力は戻ってきました。まだ、諦める訳にはいきません。癪ではありますが、シマオには感謝ですね。


 さて、ここからどうしてくれましょうか。私の魔法は防がれ、兄貴の攻撃は通じていません。そうなると頼みの綱は。


「それは置いといて。今のところ、有効打になりそうなのは……シマオのハンマーですね」


「……そーだな。奴はチンチクリンのハンマーだけ、俺や兄弟の攻撃みたく受け止めてねえ」


 私の見解に、兄貴が同意します。そうです。考えてみれば、私たちの攻撃の中で唯一ジョックさんが受けではなく回避を選択しているのが、シマオのハンマー攻撃。


 大したことがないのであれば兄貴の攻撃のように身体で受けられますし、少し厳しいのであれば、私の魔法と同様にあの"守護壁"で受ければ良いだけの話です。


 その両方をしないのであれば、ハンマーによる攻撃は危険だと察していることになります。


「な~るほど。今のあいつは、ワイのハンマーだけが怖いっちゅーこっちゃ」


「だろうな。じゃなきゃわざわざ避けたりはしねーだろうーよ」


 二人も納得しました。こうなると私たちの勝利へのキモは、如何にしてシマオのハンマーを相手に当てるか、という点になります。


 おお、見つかるじゃないですか、思わぬ道。ノルシュタインさんの言葉は、真理かもしれませんね。


「相談は済んだか、よぉッ!!!」


「うわぁ!?」


「あっぶなッ!」


「やっばいわアホォッ!」


 そんな私たちの元に、ジョックさんが突撃してきました。向こうとて手を咥えて見ているだけではありません。


 今度は回し蹴りによる範囲攻撃が、私たちを襲いました。三人で何とか後ろに下がり、その蹴りを避けます。


 拳であの威力であれば、蹴りは一体どれほどのものなのか。想像したくもありません。


「何やってんだいジョック! さっさと決めてよッ!」


「うるせーなー。こっちには余裕があるんだぜ? もう少し遊ばせろよ。なあ? へっぽこな剣にぺっぽこな魔法、かすりもしねーハンマーでもっと俺を楽しませろよ、ああ?」


 なかなか決めきれないことに業を煮やしたのか、お姉さんが声を上げています。


 しかし、ジョックさんはその声に適当に返事をし、ゆったりと私たちを見回したままニヤニヤと笑っています。


 この余裕ぶっこいて油断している今も、劣勢の私たちにとっては好機になりうるかもしれません。


 油断はした方の大敵。何とかして攻め立てて相手の体勢を崩したいですが、一体どうすれば。

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