元金は足りてる
「……うん、お金は全部あるわね」
「……これで良かったですか?」
あれから少しして、お店に戻った私は片付けを手伝い、何とか目標額に届いたお金を持って、私がナンパした詐欺師のお姉さんに指定された雑木林の少し開けた場所にやってきました。
戻った瞬間、兄貴とシマオに「「この状況でサボりとはいい度胸だなテメー!?」」と並んで凄まれましたが、私のイベント優勝という栄光あっての売上ですよと言い返して何とか事なきを得ました。
ブーブー言う二人とお金を三等分して、今この場に立っています。
目の前にいる詐欺師のお姉さんは、私が渡したルドのお札を一通り数えた後、それを自分のバックにしまったこう言い始めました。
「そうね。これで解約にかかる元金は、全てもらったわ」
「……元金、は?」
もの凄く引っかかる言い方をされました。なんですか、元金は、って?
それではまるで、他のお金も必要みたいじゃないですか。
「あら。賢い子で助かるわね。元金はこれで頂いたけど、利息がまだじゃないの」
「……利息?」
何でしょうか。お金を借りた時みたいなその単語は。おかしいです、私が見た書類にそんなことは一切書かれていませんでした。
現に私が持っている方の書類も見てみましたが、利息なんていう単語は確認できません。
「……そんな話、頂いた書類のどこにも見当たりませんが?」
「利息なんて単語は書いてないわよ。肝心なのは一番下のところ」
言われて見てみると、書類の一番下にはこう書いてありました。
"なお、諸事情により金銭の受け渡しについて変更があった場合、それに伴って契約の内容を一部修正することができるものとする。"
「……これが何か?」
「あら、賢かったのはさっきだけ? この解約金、本来は解約することが決まった時にすぐに払わなければいけないものなのよ。それを今日まで待ってあげたんだから、その分の利息をつけさせてもらうわってこと。解った?」
やっべ、全然解りません。とりあえず解ることは、このお姉さんがもっと金を寄越せと言っているということです。これ以上は持っていません、はい。
「……すみません。これ以上は、持っていないのです」
「はあ!? 巫山戯んじゃないわよッ! 金がないなら親でも呼んでもらおうかしら?」
「……生憎、前の戦争で親は亡くしておりまして。天涯孤独、というやつです」
「はああああッ!? っんとに使えないわね!」
何で私は悪態をつかれているのでしょうか。言われた金額を用意してきたら勝手に利息をつけて怒っているのは、そちらの都合では。
と思えてきてしまいますが、こう、なんて言いますか、ヒステリック気味なお姉さんを見ていると、とても不安になってきます。
「それならアンタの身柄はアタシが預かるわ。強制労働か身体の切り売りかは知らないけど、売れるとこに売りつけてやる! 出てきなさいッ!」
終いにはなんか物騒なこと言い始めました。不味いことになる前に逃げましょう、と思ったらワラワラと周囲からいかにもガラの悪そうなお兄さん達が集まってきました。
皆さん、ニヤニヤした顔をして私を見ています。わー、笑顔が絶えない素敵な方々ですねー。
「この坊やをひっ捕らえなさい! 最悪、死にさえしてなけりゃどうでもいいわッ!」
「「「あいよぉ!」」」
「って、ウッソだろお前らぁッ!?」
何となく想像はつきましたが、やはりこうなるのですか。
私は素っ頓狂な声を挙げながら、襲ってくる皆さんを慌てて迎え撃ちます。私は空中に両の手を踊らせ、魔法陣を描きました。
「……"炎弾"ッ!」
「ぎゃぁぁぁああああああああああああああああああッ!!!」
「っ! 気をつけろ! こいつ、魔法が使えるぞ!」
真っ先にこちらへ来た男に対して、"炎弾"を打ち込みました。描かれた魔法陣が輝き、炎の塊が射出されます。
炎は真っ直ぐ飛び、襲いかかってきた男に直撃しました。燃えながら倒れますが、マナの量を調整したので、おそらく死にはしていないでしょう。
「やってくれるわね坊や! でもね、魔法なら……」
すると、後ろの方で見ていたお姉さんが私と同じ様に空中に魔法陣を描きます。この人も、魔法が使えるのですか。
「アタシだって使えるのよ! "氷弾"ッ!」
「ッ!」
現れたのは氷の塊。先端の尖った氷が容赦なく放たれて、私は慌ててそれを躱しました。
あっぶな。と言うか、あんなの喰らったら、普通の人ならひとたまりもないのですが。さっき生きてればいいとか言ってませんでした? いつから殺す気になったので?
「今よッ! やりなさい!」
「「「オオオッ!!!」」」
「し、しまったッ!」
回避したことで隙ができてしまい、その機を逃すまいと周囲の男達が群がってきました。
不味いです、さっきのお姉さんの魔法は囮とか威嚇ってやつなのでしたか。私が避けられるくらいの魔法を放ち、体勢を崩したところを数を使って襲いかかる。
そして身柄を確保と、そういう魂胆ですね。なるほどなるほど。よく解りました。
解ったところで、私に対応策はありません。あれ、私、終わった?
「ッ!」
「兄弟に何してやがるテメーらァッ!!!」
「兄さん、無事かいなッ!?」
どうにもならないと私が目を閉じた時、不意に聞き覚えのある声が二つ、この場に響き渡りました。
すると、襲いかかってきていた男達の一部がなぎ倒され、その向こうに見たことある顔ぶれが二つ、見えました。あれは、まさか。
「あ、兄貴……シマオも……」
「おう兄弟。助けにきたぜ」
「兄さんだけあんま遅いから見に来たんや!」
そこには木刀を肩に担いて不敵に笑う兄貴と、自分の背丈より大きなハンマーを地面に置いたシマオがいました。ふ、二人とも。まさか来てくださるとは。
「な、なんだいアンタ達!? ガキはすっこんでなっ!」
「そうはいかねえぜ、ねーちゃんよぉ」
突然の乱入者にお姉さんが声を上げますが、兄貴が淡々とそれに返します。おや珍しい。あの兄貴が、冷静に対応しているなんて。
こんな喧嘩場所ではいっつも頭に血が上ってさっさと突っかけていたのに。
「兄弟が襲われてんだ。俺ぁそれを見てみぬ振りはできねえ。なら……割って入らせてもらうぜッ! 丁度パツキンに負けてイライラしてたとこだしなぁ!!!」
と思ったら、次の瞬間にはいつもの兄貴に戻っていました。声を上げると同時に、周囲で一番近かった男に木刀を真っ直ぐに振り下ろしていきます。
ああ、やっぱりあの時マギーさんには負けたんですね。完全な八つ当たりですが、まあ私が助かりそうなのでこれはこれでいいでしょう。
「兄さんには世話になっとるんやッ! こーゆー時にでもお返しさせてもらうでッ! オラァ、家伝のハンマーを喰らえやぁ!!!」
そして、家伝のハンマーとやらを存分に振るっているシマオ。一振りで大の大人を二人くらいはふっ飛ばしているので、相当な威力があるのでしょう。
と言うか、あんなもんを人に向けて大丈夫なやつなんですかね。若干不安になっています。
「……ありがとうございます二人とも! "炎弾"、"操作"ッ!」
そして私も、周囲が二人に注意を向けた隙をついて距離を取り、再び空中に両の手を舞わせました。
発動と共に、私の前に炎の塊が現れ、今度は射出されずにその場にとどまって私の指示を待っています。
武器も持っていない私の武器は今、魔法だけです。かつてのクラス対抗白兵戦でオトハさんがしていたように、一定距離感を保って接近されないように魔法を使うなら、これしかありません。
彼女のように長時間、手足のごとく操れはしませんが、少しの間くらいなら、私でもできます。
そうして炎を突撃させ、敵が近寄ってきたら側に寄せて守らせ、囲もうとされれば炎を自分の周りで周回させて牽制します。
私では直線的な動きと円を描くくらいしかできませんが、今はこれで、十分。制御のためのマナの断続的な供給と、頭の中で絶えず魔導式を計算して炎を動かすことは身体的にかなりの負担ですが、まだ、まだできます。
私だって、負けない。
こうして私の魔法、兄貴の剣、シマオのハンマーが次々と集まってきていた男達をなぎ倒していきます。
あっ、でも私はそろそろ限界。マナも魔導式の計算も、もうキツイ。
「な、なにをやってるんだいアンタ達ッ!? たかがガキ三人にこんな……あ、アンタ! どこ行ったんだいアンタ!?」
「アア? 呼んだかぁ?」
私の制御が限界に来て、炎が消えた時。ちょうどあら方倒し終わったかと思っていたら、お姉さんの後ろから何やら巨漢の男性が現れました。
で、デカい。オーク族くらいあるんじゃないでしょうか、この身長は。
「ジョック! どこ行ってたんだい!? この大事な時にッ!!!」
「ションベンだよ。なぁに俺が来たからにゃあ、心配はいらねえ」
言いながら私たちの前に立ちはだかる、このジョックさんという男性。構える私たち三人を一睨みすると、一気にこちらに向かって駆け出し、その大きな拳を振るいました。
「ガキの三人くらい、俺一人で十分だッ!」
「うわぁ!?」
「おおっとぉ!?」
「わわわわわっ!?」
振るわれた拳を全員、何とか躱しましたが、殴り抜いた地面が衝撃で少しえぐれています。
何ですかこの威力は。一撃で意識どころか命まで持っていかれそうなんですが。こんなの聞いてませんよ、いやホント。
「……ちったぁ、歯ごたえのありそうな奴がいるじゃねえの、ああァッ!?」
「言うてる場合かノッポ! こ、こいつヤバそうやで!?」
「ヤバそうだぁ? んなもん……」
そう言って、兄貴は木刀を腰に戻し、体勢を低く構えます。あっ、あの構えはまさか、マギーさんとの戦いで見せた。
「……やってみなきゃわかんねーだろーがァッ! "流刃一閃"ッ!」
兄貴による抜刀の一撃。腰から抜きながらそのまま一撃を見舞う、速さと威力を兼ね揃えた一撃。
その一撃の軌跡も見えないまま、ジョックさんの脇腹に命中しました。や、やりましたかっ。
「……アアア? なんだこりゃ、なんの冗談だ?」
「な……ッ!」
しかし、それを受けたジョックさんは、揺るぎもしないまま打ち込まれた木刀と兄貴を交互に見ています。あ、兄貴の一撃が、通じない……そ、そんな。
「な……ならこれはどうやデカブツッ!」
次に攻め立てたのはシマオ。兄貴がとっさに身を引いた入れ替わりで前に出て、あの巨大なハンマーを振り下ろします。こ、これならいけるのでは?
兄貴の木刀と違って、あのハンマーは質量も抜群です。威力という観点で言えば、細かい理論を抜きすると大きな質量を速い速度でぶつければ良いだけのこと。
兄貴に匹敵するシマオのバカ力にあのハンマーが加われば、威力は先ほどの比ではないでしょう。これなら……。
「おおっと……」
「んなっ!?」
いける、そう思った私に反して、ジョックさんは今度は身を傾けてハンマーの一撃を避けました。
あの巨体に加えて、ハンマーの一撃を避ける程の身軽さ。な、な、なんですかこの人は。
「あぶねーなぁ。そんなもん当たったら、怪我すんだろーが……よっ!」
「ヘブッ!?」
「シマオッ!」
ハンマーを振り下ろして無防備になったシマオの顔面に、ジョックさんは容赦なく拳を叩き込みました。
殴られたシマオは握っているハンマーと共に、後方にふっ飛ばされます。ハンマーごと殴り飛ばすなんて、なんて怪力。世の中、上には上がいるものです。
「大丈夫ですか!?」
「へ、平気や……まだ、いけるでぇ……」
地面に擦れながら倒れ込んだシマオは、殴られた顔を抑えつつも立ち上がりました。良かった、大事にはなっていないみたいですね。
「おー、結構いいとこ入ったと思ったんだけどな。やっぱドワーフ族ってのはチビの癖に、どいつもこいつもいちいち打たれ強いから面倒くせえわ」
「誰がチビじゃ! このデカブツッ! その澄まし顔、ぶん殴ったるわッ!」
「俺もさっきので終わりとか思ってんじゃねーぞクソ野郎ッ!」
「援護します。二人とも!」
そうして再度、シマオと兄貴が突撃していきましたので、私は後方から魔法で援護することにしました。
いくら相手がタフだからとはいえ、三人がかりでの攻撃。連携も何もありませんが、この人数でタコ殴りにしてやれば、道は切り開けるでしょう。




