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ラブラブ★ドッキュンッ!④


「では一通り聞いたところで……まずは五キロの重りの追加よッ!」


「五キロと言えば、生まれたばかりの赤ちゃんが少し大きくなってきたくらいだ。お母さんと子ども、果たして両方を抱えられるのか!?」


「ぐっ……」


 イベントスタッフによって、背中に重りが着けられました。


 お姫様抱っこでオトハさんを抱えているため、後ろに重りがくるのはバランス的にありがたいのですが、それでも純粋に負荷が増大したことは結構身体に響いてきます。


 まだ、これくらいなら大丈夫ですが。


「フッ……まだまだ余裕だな」


「ぐぐぐぐぐ……ッ」


 そして、射的屋の筋肉お兄さんはまだまだ余裕そうです。流石、見て解る筋肉は伊達じゃないってことっですか。


 一方の海の家の彼氏は、なかなかしんどそうに見えます。解ります、その気持ち。まだ大丈夫とはいえ、なかなかキますからね。


 しかしこのままでは、あの余裕そうな射的屋の筋肉お兄さんが優勝してしまいそうです。


 妨害も何もできないこの勝負は、こちらが諦めない以外に取れる選択肢がありません。あれ、これヤバいのでは。


「ちょっと、これじゃヌルいんじゃない? アンタ、あっち行きな。届かないから」


「なんだ? 別にいいが、あっちに何が……?」


「ほらよっと」


「え”ッ?」


 そう思っていたら、筋肉お兄さんがお姫様抱っこしていた彼女さんが、突如としてその体勢からアイリスさん達が使用していた司会者机を持ち上げましたウッソだろお前。


「ぐあっ!? あああああああああああああああああッ!!?」


「ほらほら。頑張りなよお前さん」


「いや何してんのお前らァァァッ!?」


 お姉さんに加え、司会者机まで一緒になって持っている筋肉お兄さんが悲鳴を上げ、そして司会をしていたオーメンさんもまた悲鳴を上げました。


 これ、ゲーム的にどうなんでしょうか。特に公平性とか、そういう観点が。


「何って、机を持っただけじゃないか。他の組とは違って日々鍛えてるのがアタシの男だよ? これくらい耐えてもらわなきゃ、アタシも納得しないってだけさ」


「だからって勝手にやるの止めろやッ!? これで脱落されたりしたら、こっちとしてもルール的にどう扱っていいかわかんねーんだよッ!!!」


「そんときは辞退するさね。こっちが勝手にやったんだからさ。なあに、アタシの男はそんな簡単に終わったりしないさね」


「あっ、もう無理」


 そんなやり取りの最中、筋肉お兄さんが限界を迎え、お姉さんと机を落としました。


 お姉さんは驚いた顔をしていたものの、机を持ったままあっさりと着地します。


「……おい。アンタ、何勝手にギブアップしてるんだい?」


「いや無理だからッ! ただでさえ筋肉ダルマのお前だけでも重いのに、机まで勝手に追加して……」


「アンタ今何て言った? いや、いい。答えなくていいから辞世の句を読みな」


「あっ、しま……アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


「スタァーーーーーーッフッ!!!」


 次の瞬間。先ほどとは別の意味で未成年には見せられないような、マウントを取ってのお姉さんのタコ殴りが始まりそうなところでオーメンさんの叫びが届き、彼ら二人はオーメンさんとイベントスタッフによって退場させられました。


 遠ざかる筋肉お兄さんの悲鳴がドップラー効果で低い音になっていく中、机を元に戻し、コホン、っと一つ咳をしたアイリスさんが、再度仕切り直しと言わんばかりに声を上げます。


「……色々あったけど、これで射的屋のお二人は脱落よッ! 残った二組で最後まで女の子を抱えられていた方が優勝となるわッ!」


 はい、そうですね。色々と胸の中で複雑な感情が入り乱れていて、この気持ちをなんて表現していいか解りませんが、とりあえず優勝候補が脱落したので良しとしましょう。


 それ意外は知りません。ええ、知りませんとも。


「流石に机はないけど、抱えている男の子への試練はまだ続くわッ! 続いては……」


 そうしてアイリスさんの指示のもと、私ともう一人の彼氏への試練という名の嫌がらせが始まりました。


 背中に氷を入れられたり、柔らかい筆先でくすぐられたり、かと思ったら初心に帰って重りを更に追加されたりと、やられたい放題でした。


「ゼエ、ハア、ゼエ、ハア……」


「ううううう、ヲヲヲヲヲ……ッ」


 遂に肩で息をし始めた私と、よく解らない声でうめき出した海の家の彼氏。


 数多の嫌がらせを受け、重りも更に増量されましたので、少しでも気を抜いたら腕の中のオトハさんを落としてしまいそうです。


 と言うかもう落としたい、落として楽になりたいぃぃぃ、という悪魔の囁きが、先ほどから脳内で四重奏を奏でています。


 いや素直に囁やいてくださいよ。いつ練習したんですか。と言うか私の中の悪魔って四体もいるの? なにそれ初耳。天使どこ行った。


 そう思って探してみると、天使の机らしきものの上に休暇届の書類がありました。そして天使の姿はどこにも見えません。


 おのれ、脳内でも労働基準法が適用されるんですか。世知辛い世の中です。


『だ、大丈夫、あなた……?』


「な、何とか……」


 オトハさんも心配そうに声をかけてきてくれます。


 何とか、とは言いましたが、悪魔達の諦めろ合唱がサビパートに入って盛り上がってきたので、諦めたい気持ちが凄いことに。もう止めたい。


「……もう、いいわよ……」


 そろそろ降参しようかと思っていた時に、不意に海の家の彼女の方が口を開きました。


「な、なんだよ……黙ってろって……もう少しで勝てっからさ……」


「もういいって言ってるのッ! 私の為なんかにこれ以上無茶しないでッ! 私が、秘境の温泉に行ってみたいなんて、言ったから、こんな……」


「……うるせーよ」


「な、何よその言い方はッ!? わ、私は、アンタの為に……」


「うるせーって言ってんだろッ!? これに出るのを決めたのも、お前を落とさないって決めたのも、俺なんだよッ! 俺がやるって言ったからにはやるんだッ! オメーにごちゃごちゃ言われる筋合いはねー! 良いから黙って抱っこされてろッ! 温泉に行きたいんだろッ!?」


「……バカ……アンタって、ホント、バカなんだから……ッ」


「……男がバカで何が悪い」


 何でしょうか。頭の中で諦めようと合唱している悪魔の誘いに乗りかけた私を差し置いて、何やら主人公とヒロインっぽいやり取りをされているんですが。あれが、本物の、リアル充実勢の威力。


「キャー! 良いわね良いわね! これは断然、男の子的には負けられないわねッ!」


「心配する彼女を振り切って無茶する! これぞ男の華だぜッ!」


 アイリスさんと、いつの間にか戻ってきたオーメンさんもテンションが上がっています。


 会場も、二人のその姿に魅せられて、各所から声援が送られています。


 あれ、これ、私が完全に悪者な感じですか? ここで私が勝つ方が、なんか空気が読めない感じっぽいですか? 華形のあちらが勝つ方がドラマチックなんですか?


 そうですかそうですか。それはそれは。


(……絶対に負けませんッ!!!)


 声にこそ出しませんでしたが、あんな奴に負けてたまるか。悪魔の四重奏を脳内ドロップキックで黙らせると、身体の各所からのもうキツイという警告を全てシャットアウトし、私は無心でオトハさんをお姫様抱っこすることだけに集中しました。


 集中するんです。無心になるんです。華やかさがあちらの取り柄なら、こちらは陰日向に咲く花のごとく静かにやり切るのみ。


 独り身の私が、あんなモノホンの彼女持ちなんかに……負けてたまるかってんですよッ!!!

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