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ラブラブ★ドッキュンッ!②


 残ったのは八組。惜しくも予選落ちとなってしまったカップルは、それぞれ最後の言葉とお店の宣伝を行った後に退場します。


「さあて。ちいとばかしトラブルもあったが、続けて二回戦に行くぜッ! 二回戦の内容はー……」


「あ~んわんこ蕎麦よッ!」


 続いて私たちの前にテーブルが運ばれてきて、お箸と水がなみなみと入ったヤカン、そして少量の蕎麦が入った器が山の様に用意されました。


 ゲーム名とこの用意からだいたい内容は想像がつくのですが、しかし何故こんなに飲み物が多いのでしょうか。わざわざヤカンを用意するなんて。


「ルールは簡単ッ! 女の子が男の子にわんこ蕎麦をあ~んで食べさせて、たくさん食べられた上位三組が決勝進出よッ!」


「女の子のあ~んがあれば、男子はいくらでも食べられるよなぁ? 男性諸君ッ! 男の甲斐性を見せてやれッ!」


 やはり、あ~んでのわんこ蕎麦でしたか。正直、今日は朝から準備ばかりでロクにご飯を食べていなかったので、丁度空きっ腹です。


 よし、やってやろうじゃないですか。


「では位置についてー……よーい、スタートッ!」


『はいあなた。あ~ん』


 開始の合図と共に、オトハさんがお箸で蕎麦を口元に持ってきてくれます。


 正直、女の子にあ~んしてもらうのを大勢の観客に見られているというのもなかなかの羞恥プレイのような気がするのですが、先のパッキーゲームを乗り越えた私に、もはや羞恥心など……あんまりない。あんまり。


「あ、あ~ん……おおおっ」


 口に入れた瞬間、蕎麦の香りに包まれつつ、出しの効いたつゆの味が広がって、私は自然と笑顔になりました。


 美味しい蕎麦です。これは嬉しい。


『あなた。お蕎麦は消化が良いから、そのまま飲み込んでもいいよ』


 もぐもぐと咀嚼していた私に、オトハさんが教えてくれます。


 へー、そうなのですか。そう言えば元の世界でも、通の人は蕎麦を噛まずに飲み込んで、のどごしを楽しむという食べ方がありましたね。


 噛まないで食べるなんて大丈夫なんだろうかと思っていましたが、そういう理由があったのですか。


「わかりました。では、そのように」


『うん、頑張ってね。はい次。あ~ん』


 今度はお蕎麦をすすり、そのまま噛まずに飲み込んでみました。おおっ、こんな感じなんですか。喉をお蕎麦が通っていく感触が、また新鮮です。


 鼻をお蕎麦とだし汁の香りが抜けていく感覚。これはこれでありですね。


 そうしてオトハさんのあ~んのもと、私は次々と器を空けていきました。周りの人もなかなか食べているみたいですが、フッ、成長期の私に勝てるでしょうか。


 この蕎麦ならいくらでも食べられそうです。


 いつの間にかあ~んされているということも忘れ、私は蕎麦を食べることに夢中になっていました。


 いける。食べられる。そう思った私が次の蕎麦を口に入れた瞬間、


「ッ!?!?!?」


『ど、どうしたのあなた?』


 飲み込もうとした瞬間に危険信号が走り、慌てて口の中に蕎麦を留めます。


 しかしその蕎麦から広がるのは、舌の上に乗った刺すような痛み。口の中に広がる刺激。カーッと上昇する体温。


 これはつまり……めっちゃ辛いッ! 吹き出さなかった自分を褒めてあげたいくらいです。


「おおっと、一部は早くも激辛ゾーンに入ったようね!」


「一定数の蕎麦を食うと、そこから先は激辛調味料を練り込んだ特別な蕎麦、通称激辛ゾーンだッ! 女の子のあ~んがあれば辛さなんて余裕余裕ッ! 思う存分堪能してくれッ!」


 き、聞いてないです。予想外の刺激物に軽くパニックになった私は、置いてあったヤカンをラッパ飲みしました。


 口の中に水を大量に流し込んで、蕎麦と一緒に少しでも口内の激辛成分を飲み込もうとします。


 なるほど、やけにデカい飲み物はこの為でしたか。辛さを紛らわせる為に。


「……っぷはぁ。はあ、はあ……」


『だ、大丈夫、あなた?』


「はい、何とか……」


 少しは落ち着いた私は周りを見渡してみると、他の参加者の方々も激辛ゾーンに苦しんでいる様子が見えました。


 一部では吹き出している人もいます。ああ、やはりそうですよね。


 そして周りも激辛ゾーンに入っているということは、今のところ他の組との差がそんなにないということ。つまり、


「……行きましょう、オトハさん。あ~んをお願いします」


『う、うん。無理、してない?』


「大丈夫です」


 ここでスパートをかければ、ひょっとしたら決勝まで勝ち残れるかもしれないということです。


 正直なところ、このイベントで優勝するなんて無理だと思っていました。所詮はナンパ隠しの言い訳のための参加。


 適当にお茶を濁しても、誰も文句は言わないでしょう。それならここで頑張る必要も、ないのかもしれません。


 それでも、です。私は行けそうと思った感覚をポイする程、達観している訳でも敗北主義を掲げている訳でもありません。


 要は、勝てるなら勝ちたい。そういうことです。極めて単純な、男の子の思考回路です。


『……うん、わかった。いくよ、あなた』


「お願いします! あ~ん……アーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 あ~んが途中で悲鳴に変わりながらも、私は激辛蕎麦を食べ続けました。一気に飲み込もうとすると喉が拒絶して吐きそうになるので、今度は咀嚼してから飲み込みます。


 お陰でもはや口が痛いのか周りの空気が痛いのかすらも解らなくなってきましたが、痛いと辛いの全てを頭の片隅に追いやり、かつては美味しかった蕎麦を食べ続けました。


 その結果。


「終了ーッ! はーい、そこまでッ!」


「あああっ! だ、ダーリン駄目よ、そこは弱いのぉ……」


「ハニーの弱ぇところは全部知ってんだ……俺無しじゃ生きられねぇ身体にしてやるよ……」


「おいお前らァッ! まだいやがったのかってか二人だけで盛ってんじゃねぇよこれ健全なイベントォッ! 集まれスタッフッ! スタァーーーーーーッフッ!!!」


 再びアイリスさんの終了の合図と、オーメンさんの怒号が飛び交いました。と言うか一組、なんか変な人達が混ざっていませんか。


 ただ私自身の身体中から熱いのに冷や汗が出てきて、唇から食道まで麻痺していてそれどころではないのですけど。


『だ、大丈夫、あなた……?』


「へ、へいきれす」


 心配そうにオトハさんが声をかけてきますが、まだまだ元気ですよ。


 あっ、でも呂律が回らない。まだまだ元気とか言ってすみませんでした。かなり痛み。いや、辛味。


 少し触ってみましたが、私の唇、ボンボンに腫れたりしてませんか。それこそ、元の世界で言うタラコ唇みたく。


 まあ、それはそれでいいでしょう。肝心なのは結果です。ヤカンの水で唇を洗い流しつつ、果たして、私が身を削った成果とは如何に。


「さあて食べた数の集計の結果……決勝に残ったのは次の三組よ! 射的屋、"要件を聞こう"。海の家、"アバンチュール"。そしてそして……酒モドキ居酒屋"イカしたワイの店"! この三組よッ!」


「や、やひまひた……」


 決勝に進出できました、やったぜ。頑張った甲斐があったというものです。


「もうメンドくせーからコイツらはその辺のラブホに放り込んどけ! 代金は俺が出すッ! だから健全な子ども達の視線から早くコイツらを消してェェェッ!」

 

 そしてオーメンさんが悲鳴を上げていますが、私が激辛と格闘している間に一体何があったのでしょうか。


 このままでは気になって夜しか眠れませんよ。あっ、麻痺してた唇のヒリヒリ感が戻ってきた。これでは夜も眠れないかもしれません。


『も~、無茶ばっかりして……』


「あ、あひがとうごらいまふ……」


 そしておしぼりをもらってくれたオトハさんが、私の唇を拭いてくれます。痛くないように、優しく、丁寧に。


 彼女の気遣いが心に染みます。そして激辛調味料の残骸が唇に染みます痛ぇぇぇ。


『あなたはわたしがいないと駄目なんだから……』


 あとオトハさんはいつまで夫婦のつもりなのでしょうか。このイベントに来てからというもの、彼女からいつものように名前で呼ばれたことがないのですが、あれ、これもしかしてずっとこのまま……?


「……さあて。決勝に残った三組で最後のゲームに行くわよッ!」


「最後のゲームは……抱えた愛は誰にも負けないゲームだぁ!」


 そうして、脱落者らのお店の宣伝と、わんこ蕎麦も一通り片付け終わった後。司会者の二人により最後のゲームが発表されました。

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