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……甘かった

「ジルのあねさんよぉ。何もこんな夜に呼び出さなくてもいいじゃねーの」


「無駄口を叩くな。我らはただ、命じられたことを遂行すればいい」


「……早く歩きなさい」


 ジルは早足で、マサトを気絶させた部屋へと戻っていた。


 彼女の後ろには、あくびをしながら悪態をつく長髪の男、吸血鬼のノーシェンと、厳しい表情をした狼の顔を持つ男、魔狼のヴァーロックが続いている。


 二人ともジルの下についているリィと同じ、彼女の部下であった。


「カァー! ヴァーの旦那は相変わらずお硬いねぇー。もっと気楽にやんなきゃ疲れちまうぜー?」


「ノーシェン。お前は適当過ぎる。もっと真面目に生きろ」


「へーへー。ヴァーの旦那は生真面目過ぎるたぁー思いますがーねーぇー」


「静かに。もう着くわ」


 そう言ったジルの言葉に、二人は顔を引き締めた。なんだかんだやり取りをしつつも、この二人はやる時はしっかりやってくれる。


 ジルがこの二人を信用して配下に置いているのも、この辺りが故である。


「さあて。さっさと魔法を加重にかけて頭ぶっ壊して、いけない記憶を星の向こうまですっ飛ばしてやっかぁ。幻影魔法はあんまし得意じゃねーんだけどなー」


「稀代の天才と言われたお前が、できないということはないだろう」


「できねーと苦手は別っすよ、ヴァーの旦那」


「入るわ」


 いつの間にか三人は、部屋の前まで到着していた。ジルは言葉と同時にドアを開け、中で気絶しているであろうマサトを目で探す。


 しかし、その目に飛び込んできたのは、気絶しているリィと開けられた窓。


 そしてごちゃごちゃにされた部屋の家具と調度品、そこから伸びている部屋中のカーテンを使って作られたであろう紐が、その窓から外に続いている光景であった。


「っ!?」


 その光景に嫌な予感が走ったジルは、窓の方に走って開け放たれた下の光景を見ると、部屋の内部から伸びているカーテンの紐が、地面スレスレのところで切れており、風に揺られている。


 それ以外の、マサトやあの奴隷のエルフといった姿は見えない。


「逃げられたっ!?」


 自分で口にした後に、ジルはハッとしてポケットに手を入れる。取り出したのは丸く平らな魔法の石。


 マサトの首につけた首輪の位置を教えてくれる、受信機の役割をしてくれる魔法石だ。


「……くっ!?」


 起動した魔法石が示すのは、この部屋の中。示された方向に振り返ると、机の上に外せない呪いをかけたはずの首輪が置いてあるのが彼女の目に入った。


 それと一緒に、偽装用にと渡した夜魔の角の作り物も丁寧に置いてある。


(外されている……前魔王様の黒炎で無理やり外したか……? いや、首輪が焦げていない……となるとあの奴隷エルフ……まさか、解呪が使える程の……!?)


「……あーあ。やられたねぇ。リィちゃんも死んじゃいねーみてーだが……」


 ノーシェンはそう言いながら、仰向けに倒れているリィの頬をツンツンとつついている。


「言っている場合か。由々しき事態だぞ……」


 ヴァーロックも、ごちゃごちゃに積み上げられた家具と調度品、そこから伸びているカーテンを見ていた。


「重たい家具ですらこの有様だ。普通の人間とエルフの二人がかりとはいえ、この短時間でここまではできん。つまり……」


「あの人間の野郎、前魔王様の力も持ってることに気づいたってことか……」


 ヴァーロックの言葉に続いて、ノーシェンがそう言いながら立ち上がった。


「どーしやすかい、ジルの姉さん? 探さなきゃいけねーが、あんまし大っぴらにもできねーだろ」


「そうであろうな。魔王が人間であるという事実は、国民や一般兵らには知られていない。戦争が一時的に停められているとはいえこの状況下、混乱が起こることは避けたい。

 ましてや逃げられたなど知られたら最悪だ。万が一、人間側に知られでもしたら、これ幸いと侵攻してくる可能性がある」


「…………」


 二人の言葉を受けつつ、ジルは頭を回している。まず大前提として、奴隷のエルフはいいとしても、逃げたマサトを捕まえなければならないことは明白だ。


 だが言われている通り、現状、魔王としているマサトが人間であるという事実は、一部の特権階級や首脳陣しか知らない事実だ。ここで公にするという選択肢はない。


 公にできないということは、公開捜査ができないということである。そうなると、多くの兵を用いた人海戦術が使えない。


 かと言って、信頼できる少人数では、探す能力に限界がある。


 最悪なのは、取り逃がすことだ。なんとしても捕まえなければならない。しかし公にはできない。ならばどうするか。


「…………ノーシェン」


「はいはい」


 少しの沈黙の後、ジルは口を開いた。


「蝙蝠を動かしなさい。生きていれば、状態はどうでもいいわ」


「りょーかいです。全力を尽くしますよ。しかし、いくらオレの蝙蝠っつっても、それだけじゃ足りないんじゃねーの?」


「そこも考えたわ。ヴァーロック」


「はい」


「コード付きの奴隷エルフの情報を調べて、彼女を指名手配にしなさい。罪状は機密情報の強奪。奴隷のエルフが機密情報を持って逃亡したことにして、公開捜査に踏み切るわ。

 あと、奴隷エルフには人間の協力者がいるため、これも捕縛すること。両方とも、生きてさえいれば状態は問わないことも合わせて伝えてね」


「わかりました」


(これで最悪の情報を伏せつつ、大規模な捜査が可能になる。幸運でも重ならない限りは見つけられると思うけど、あとは……)


 そこまで言った後、ジルは歩き出した。考えることは、まだ終わっていない。


「……ちなみに、姉さんはどーするので?」


 部屋を出る直前で、ノーシェンから声をかけられた。ジルは厳しい表情のまま振り返る。


「……魔皇四帝に、状況の報告をしてくるわ」


「……そーっすか。まあ、お気をつけて」


「……健闘を祈る。ノーシェン。我々もすぐに仕事に取り掛かるぞ」


「へいへーい」


 ヴァーロックがジルを追い越して、部屋を後にした。ノーシェンもそれに続いて部屋を出る。入り口の所に残されたのは、ジルだけであった。


「…………」


 お気をつけて、健闘を祈る、という言葉に、ジルは苦虫を噛み潰したような気分であった。


 この失態について、魔王の配下である魔皇四帝らからの糾弾は避けられないだろう。よしんば逃げた人間らを捕らえられたとしても、失態に対する責任を取らなければならない。


 そうなれば、現在の地位にはいられないだろう。処罰を受けることも確定的だ。そうなった場合、自分を信じて付いてきてくれていた彼らはどうなるのだろうか。


 そもそも逃げた人間らを見つけることさえできなかったら。嫌な考えが、次々と彼女の頭を過ぎる。


(……それに魔族にする禁呪の進行も、あの注射無しでは進まない……)


 加えて、マサトにかけた禁呪についてだ。人間を魔族へと変えるあの禁呪は本来、かけられた本人が対象となったオドを使うたびにその一部を喰らって呪いが身体を浸食し、最終的に種族を変えてしまうという禁呪である。


 今まではマサトが魔王の力に気づかないように魔法を使わせず、オドを無理やり作用させる薬を注射することで禁呪を動かし、徐々に進行させていたのだ。


(……前魔王様の力に気づいたあの人間が、調子に乗って黒炎を使い続けてくれたらいいのだけど……流石に希望的観測か……)


 一度発動したあの禁呪が勝手に解除されることはないが、このまま逃げられてしまいずっとオドを使われなかったら、それこそ自分は何のために身を削ったことになるのか。


「……甘かった。最悪だわ……」


 まさか魔王の力に勘付かれるなんて思わなかった。まさかあそこまで痛めつけ徹底的に従順にさせたはずの人間が逃げるなんて思わなかった。まさかあの奴隷エルフが見張りを任せたリィを倒せる程の実力者なんて思わなかった。


 頭の中でグルグルと回る自身の油断と不甲斐なさを悔やみ、そこから込み上げる怒りを理性で抑えつつ、ジルは報告のために部屋のドアを閉め、歩き出した。


 まだ何とかなるはず、と自分に言い聞かせて。


「ぐるぐるきゅ~……」


 部屋の中で気絶しているリィは、そのままに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 遂にマサトは脱出しましたが、今後どのような道を歩むのか、そして新たな場でどんな出会いが待っているのか。
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