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お返しの為だから


 そもそも時間もあまりないこの状況。最早可能性があるのであれば、手段を選んでいられないのも事実です。


 今以上の都合の良いアルバイト先が他に見つかる可能性もなくはないですが、失敗すれば取り返しは二度とつきません。


 であれば、現状行けそうな案に全賭けしてみるのも、アリな手です。一つ、問題があるとすれば。


(……ウルさんとお祭りを一緒に回る約束、どうしましょう……?)


 当日にお店を出すとなれば、調理や接客の人員が必要になってきます。調理担当はシマオがやる気なので放っておいても良さそうなのですが、来てくれるお客に食べ物や飲み物を出したり、飲食後に会計したりする係は絶対に必要です。


 お祭りなら使い捨てのコップやお皿を使えばいいので、洗いものをしなくてもいいのが大きいでしょう。


 しかし、です。仮にお客さんが増えてきたら間違いなく二人は必要になるでしょうし、最悪は二人いても回らない可能性です。


 と言うかそれくらい繁盛させないと、とてもじゃないけど三人分のお金を用意することなどできません。


 そうなると、実働要員となる私が一時的とはいえ抜けるのはかなり苦しいものとなることが予想されるので、ウルさんと二人でのんきにお祭りを回っている余裕などないはずなのですが……。


(……でもウルさんとの約束を破る方が、なんか怖い気がします)


 滅多に働かない私の第六感が、何故か警告を鳴らしています。無断でこちらを優先してウルさんを蔑ろにしてしまうと、かなり良くないことになりそうな、そんな予感が。


 この勘を信じるなら、何か手を打たなくてはなりません。


 しかしこの第六感。マギーさんみたくよく働いてくれたら、もっと楽に生きられそうなのに。それこそ、詐欺に遭う前に逃げたりできたら良かったのに。


 と、無い物ねだりをしていても仕方ないですね。とりあえずは。


「……しかし、他の皆さんにはなんて言い訳をしましょうか。いきなり明日からアルバイトして、一週間後の夏祭りでお店を開きます。なんて言って、すんなり納得してもらえるのでしょうか?」


「あー……確かに」


「女性陣への言い訳……なんて、言ったらええんや。素直にナンパして金が必要になったってゲロる訳にもいかんし……」

 

 私の事情うんぬんはともかく、明日から女性陣らとは別行動して漁師のアルバイト、お祭りの事前設営、そして当日にお店を出す。


 ここまでのことをすることを勝手に決めたのなら、それ相応の理由を用意しなければなりません。


 何せ、本来は夏休みにみんなで遊ぼうというマギーさんのお誘いを履行するために、ここまで来たのですから。


「……鉄板ですが、お返しのため、とか? こっちに来て、女性陣にはお世話になってますし……」


「……それだとバイトだけでいいんじゃねーのってならねえ? わざわざ店出すってんなら……」


 そう切り出した私の言葉に、兄貴は再び腕を組んで考え込みます。もちろん私も。そして私は、この二人のお店から一時的に離れて、ウルさんと一緒にお祭りを回る手段と理由も考えなければなりません。


 あっ、頭痛くなってきた。ホント、なんで私がこんな目に。


「……あっ、これ! これはどうや!?」


 そんな中、シマオが声を上げます。何かと思ったら、彼が持ってきたチラシでした。出店募集の内容の中に、こんな内容があります。


『出店したお店対抗でのイベント開催! ゲームに勝利したお店には秘境の温泉へ行ける旅行券をプレゼント! 出場者は出店一軒につき……』


「……なるほどなぁ。これを第一目標ってことにして……」


「……負けたとしても、私たちでのお店の売上の一部でお返しをする形にして……」


「そうなるとやろうとなったキッカケについては、例えばワイが……」


 そうして三人で言い訳を練りに練った結果。その日の夜ご飯の場で、私たちは女性陣にお話をすることになりました。


 そして時は流れて、その日の夕飯時。


「……という訳で、明日から男子三人でアルバイトをしたいと思っています」


「いっつも世話になってっからなー。まあ、たまには恩返しってことで」


「ワイなんか泊めてもらっとる訳やしな。最悪イベントに勝てんでも、売上でなんか返したいと思うとるんさ」


 予め用意していた内容を三人でテンポよくお話します。内容を簡単にまとめますと、日頃からお世話になっている女性陣へお返しがしたい。


 その時にシマオがチラシを見つけてきて、自分の実家が居酒屋だから出店をやってみないかという話になった。


 こんな経験滅多にないので、是非やってみたいと三人で話したと、こんな感じです。うん、大丈夫。無理はない流れです。


「わたくし達にお返しがしたいと。その心意気や良し、ですわッ! 是非、勝って秘境の温泉へ行ける旅行券をプレゼントしてくださいましッ!」


 話を聞いたマギーさんは、いい笑顔でオッケーしてくださいました。良し、第一段階クリア。


「まさかそんな計画をされていたとは。ワタシも感激でございます。この家にある調理器具はお貸ししますので、どうぞお使いください。この御礼は、必ずやママが穴で返させていただきたいでございます……ねえ、エドワル様?」


「なんで俺ばっかがターゲットなんだよこの変態メイドはッ!?」


 イルマさんも納得してくれたみたいです。良し良し。そして兄貴も言ってますが、何故かイルマさんは兄貴を見てからというもの、兄貴ばかりにセクハラしているみたいです。


 何故なのでしょうか。かと言って、マギーさんにセクハラしない訳ではないのですが。


『……なんでもやってみるのは大事だと思うけど。マサト、エド君。二人とも課題は大丈夫なの? 聞いた話だと、アルバイトは朝から夕方までみっちりみたいだし……』


「「……あっ」」


 オトハさんの言葉に、私と兄貴は口を揃えました。しまった。そう言えば課題の存在を忘れていました。課題は結構な量があるので、どこか一日は課題だけをやる日にしようかという提案も出ていたくらいです。


 しかし彼女の言う通り、アルバイトは明日からで、朝から夕方まで働きっぱなしとなります。


 かと言って、何故か鬼面先生に目をつけられている私たちが課題をやらずに提出したとなれば、説教どころでは済まないでしょう。かくなる上は。


「……兄貴。バイト終わりの夜なら空いてます。本気、出しましょう」


「……おお兄弟。やりゃできるってのを見せてやるぜ」


『……大丈夫? 無理してない?』


「大丈夫です。シマオにも手伝ってもらいますから」


「なんでワイまでッ!? ワイ別に関係あらへんやろッ!?」


「またまたー。俺たち友達だよな? なぁチンチクリンよぉ?」


「友達自称すんならまずチンチクリンって言うなやッ!」


 心配はされましたが、まあ何とかしましょう。死ぬ気で取り組めば、ギリギリ終わりそうですし、シマオもいますしね。


 全てを丸く収めるためには、ここで弱気になっていてはいけません。


「まあ、男子らがお店を出すのは解りましたが、わたくし達はお祭りを楽しみたいですわよね! みんなでお祭りを回ろうではありませんか」


「そうでございますお嬢様。この地域にはお祭りの時に着る、浴衣、という装束がございます。なかなか可愛らしいデザインであるそうなので、ワタシの方で用意させていただきます」


『い、いいんですか? イルマさん、ただでさえ色々とやってくださっているのに……』


「ええ、これくらいは大丈夫でございます。それに浴衣というものは女性のうなじの魅力を最大限引き立てるのだとか。お嬢様のうなじをペロペロできるのであれば、これくらいの散財と労は惜しみませんでございます」


「いつわたくしがそれをオーケーいたしましてッ!?」


「…………」


 そして、お祭りという単語で盛り上がっている女子の中、何も言わずにジトーっとした目で私を見てきているウルさんです。


 ううう、やっぱりここは何かフォローしておかないと駄目ですか。それなら。


「……ちょっと、お手洗いに行ってきます」


「どうした兄弟。大か?」


「ええまあそんな感じで……」


「食事中でしてよッ! マサトもそんなこといちいち答えなくて良いのですわッ!」


「…………」


 兄貴とマギーさんとやり取りしている中、私はそそくさとリビングを後にしました。


 チラリとウルさんを見たら、まだこちらをじーっと見てきていましたので、私は他の人にバレないようにこっそりと手招きをします。


 それを見た彼女が人差し指と親指で丸を作って返してくれたので、そのうち来てくれるでしょう。さて、言い訳の時間です。

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