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それは予想できない



 た、確かに意外というか、想像もしなかった方だとは思いますが、そ、そんなに驚かなくても、良いではありませんか。


「オホッ、オホッ……」


「ゲホッ! ゲホッ! ゲホォォォッ!」


「だ、大丈夫ですか、お二人とも……?」


 咳き込むお二人が流石に心配になってきて、わたくしはお二人の背中をさすります。


 ウルリーカに至っては、もはや別のものを吐き出しそうな勢いでしたので、気持ちちょっと優しさ倍増でさすってあげましたわ。


「ハア、ハア、ほ、本気なのかい、マギーちゃん……?」


『あ、相手は魔王、だよ? それは解って……』


「そ、そんなことは百も承知ですわッ!」


 言われるまでもありませんわ。彼は魔族の方。身体の作りも育ちも、わたくしなんかとは全然違うでしょう。それくらいのことは解ります。


「だ、だからわたくしとしては、この気持ちが恋なのかをはっきりさせたいのですッ! おっしゃるとおり、彼は魔族の人ですし、そもそも魔王ですし、第一わたくしもそこまでお話したこともございませんし……」


『い、一体どうしたの、マギーさん? どうして急にあの魔王のことが……?』






「……実は先ほど、彼にお会いしたのです」


「「ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」」






 リバース、再び。


 先ほどあれだけ盛大に吹いておいて、まだ吹けるものがあったことにもびっくりですが、こうまで驚かれると思っていなかったのでわたくし自身もびっくりですわ。


「さ、さ、さっき会ったって本当なのかいッ!?」


「え、ええ。マサトと薪を割っていた時に偶然……」


『その話詳しく』


 急に真剣に話を聞く体勢に入ったお二人に更にびっくりしながらも、わたくしは先ほどの出来事を順番にお話しましたわ。


 マサトがトイレに行ってからあまりにも遅いので見に行ったら、あの人がいたこと。あの人と少し会話していたらこの地方特有の突風が吹き、体勢を崩したわたくしをあの人が優しく受け止めてくれたこと。


 そして、その時感じたこの気持ちを、お二人に解りやすくお話します。


「……その時わたくしを受け止めてくれた彼の胸板が厚くて、固い感触だったのにあったかくて、妙に安心してしまいましたわ。その時に少し汗ばんでいた彼の香りが脳をくすぐるみたいに漂ってきて、クラクラしていたわたくしに彼が優しい声で大丈夫かって耳元で……」


『へ、へー……』


「そ、そんなことが、あったんだ……」


「……男性の匂いを生まれて初めて間近で体験したのですが、恐ろしいものでしたわ。先ほども言いましたが臭いとかそんなことは全然なく、無論それは人によると思いますので、合う合わないは当然のことだとしても、あの時のわたくしはまるで蜜の匂いに吸い寄せられた蝶であるかのような高揚感を……」


『う、ウルちゃん……これ……』


「うん……これは、尋問した方がいいかもね……」


 お二人がなにやらお話していますが、そんなこと関係ありませんわ。


 わたくしは先ほどの感覚が記憶の彼方に行ってしまう前に、キチンと言葉にして残しておかなければなりませんもの。


「それにあの声ですわッ! 最初に聞いた時は思わず、良い声ですね、と口に出してしまいましたもの。低くて、お腹に響きそうで、でもどこか優しい印象を持つ声がわたくしの耳元で囁いてくれましたのよッ!?

 もう顔中真っ赤になってしまって、それを隠すために彼に身を寄せたら今度は暖かい胸板とあの匂いが襲ってきて、耳と鼻から同時に攻められたわたくしはもう……」


『ま、マギーさん? あ、あんまりお話してるとみんなが心配するかも……』


「あー……つ、続きはまた聞くからさ! 今日のところはこの辺で……」


「何をおっしゃいますのッ! お二人にはわたくしの感じたことをしっかり聞いていただいて、その上でこの気持ちがどうなのか判断していただかなければなりませんわッ! これからが良いところですのよッ!? キチンと聞いていてくださいましッ!」


「『え、えええぇぇぇー…………』」


「そうですわ! せっかくですから、未来の話も考えましょう! わたくしがオトハに料理を教えてもらいたかったのは、もしかしたら彼に料理を振る舞う時が来るかもしれませんからですわッ! 料理は女性がするものという印象が昔からありますが、時代は男女平等。一緒にキッチンに立って二人で料理するのが理想ですわ。苦手なわたくしが少しミスをしても、彼が優しくフォローしてくれて。最初こそ上手くいかないかもしれませんが、一緒に頑張ろうって言ってくれて、毎日やる内に少しずつ少しずつ上手になっていって、気がついたらわたくしの料理じゃなきゃ満足できない、なんて言われてしまうかもしれませんわ! わたくしはわたくしで彼の味付けに魅了されてしまって、外食なんかほとんど……あ、でも特別な記念日は、良いレストランに行きたいですわねッ! 景色の綺麗なレストランで普段はあまりしないような豪華な衣装で、彼はあまりそういったものが得意ではないかもしれませんが、ここはわたくしの顔を立てるということでちょっと奮発した良い服装で、でもそれがまた凄く似合っていて逆に周りから羨望のまなざしで見られてしまって、わたくしが一緒にいるのに女性から声をかけられたりしてしまったりして、そうすると流石のわたくしも少し不機嫌になってしまうかもしれませんが、それを見た彼が不意にわたくしの耳元で、大丈夫、私には君が一番だから、的なことをそっと囁かれたりして、そのままそっとレストランを後にして景色の良い公園なんかで二人っきりなった時に彼が不意にわたくしの唇に向かってあああいけませんわそんなことされたらわたくしはもうキャーーーーーーーーーーッ!!!」


『助けて、ウルちゃん……わたし……耐えられな……』


「大丈夫さ、オトちゃん……死ぬ時は……一緒だよ……」


 結局、日が暮れてイルマ達が別荘に戻ってくるまで、わたくしは存分に語り尽くさせていただきましたわ。


 何故かグロッキーになっていたお二人に結局はどう思うかと聞いたところ、


「『それは間違いなく恋だよ』」


 と言われましたので、わたくしは恋をしてしまったのでしょう。そうですか、これが、恋、なのですね。


 彼のことを考えると胸が温かくなりますわ。彼に会えないと思うと胸が締め付けられますわ。嬉しいと寂しいが一緒にある、なんとも不思議な感覚。


 わたくしの人生の中で、こんな気持ちは生まれて初めてです。


 この想いを大切にしていきますわ。またいつか、あの人に出会った時に、笑顔でキチンとお話できるように……。

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