夏の海で一勝負②
そんな私の復讐心を他所に、二回戦が始まります。次は、兄貴とマギーさんの対決です。
準備運動に余念がないマギーさんに対して、兄貴はあくび混じりに寝そべっています。
「あー、砂浜あったけーなー。飯食ったら昼寝もありだな」
「随分と余裕そうですわね、野蛮人」
兄貴の様子を見て、マギーさんが食ってかかります。
「まさか、わたくしにもう勝った気でいるのではないですか? だとしたらちゃんちゃらおかしいですわ。ええ、おかしいですとも」
「んだよパツキン。むしろオメーこそ、俺に勝てる気でいんのか? ハッ! こりゃあお笑いだぜ」
「なんですってッ!? 笑うのはわたくしでしてよ! 無様に負けて砂浜に膝つく貴方を、上からあざ笑って差し上げますわ!」
「んだとゴラァ! やんのかテメー!」
「上等ですわッ!」
『ま、まあまあ……』
オトハさんが止めに入っていますが、この二人ならもう直接殴り合った方が早いのでは、と思ってしまっている私もいます。
それでも良い気がしますが一応これゲームですので、決着はビーチフラッグスでつけてください、と私がなだめてようやく試合開始。
「行きますよー……よーい、スタート!」
「オラァ!」
「ハァァ!」
「「ブハァッ!?」」
私のスタートの合図と共にお二人は仲良く砂を投げあい、そして二人してむせ返っています。
砂は互いの目にも入っているみたいで、二人して立ち上がったのはいいんですが、小旗の場所が見えてないのか、咳き込んで目をこすりながらその辺でウロウロと探しています。
「き、汚ったねぇぞパツキンッ! 人の顔面に砂ぁぶち撒けやがって……」
「そ、それはこちらのセリフですわッ! か弱き乙女の顔になんてことを……恥を知りなさいッ!」
「……なあ兄さん。あの二人っていっつもああなん?」
「はい、通常運転です」
互いに言葉のブーメランを投げ合う様子を見慣れている私たちとは違って、初めて見たシマオは呆れた様子でそれを見ています。この隙に砂をかけ返すか? いや、まだです。もう少し効果的なタイミングがあるはず……。
「ああお嬢様! もっと左でございます! エドワル様はもう少し右で……そう! そのまま! そのまま二人ともママの胸に飛び込んで……」
「やかましいですわッ!」
「どこに誘導するつもりだテメーッ!」
「メイドさん! なんならワイが代わりに……」
「お前じゃない座ってろ、でございます」
「アッハイ」
「ッ! あ、あった! 取ったぜ!」
「なッ!?」
そうして、ビーチフラッグスとは何だったのかという目潰し小旗捜索戦は、兄貴に軍配が上がりました。
たまたま足に当たった小旗を拾い上げた兄貴が小旗を掲げ上げ、取れなかったマギーさんが膝から崩れ落ちます。
「悔しいですわ悔しいですわッ! こんな、こんな野蛮人なんかにッ!」
「ハーッハッハッハッ! 今回は俺の勝ちのようだなぁパツキンよぉ!」
「一回勝ったくらいでいい気にならないでくださいましッ!」
「お嬢様、残念でございました。これはベッドの中で肉と肉を擦りながら反省会を……」
「と言うか貴女の余計な一言で気が散ったのですわッ! この駄メイドッ!」
「あああッ! 激しいでございます~ッ!!!」
「お姉さまー! ワイにも! ワイにもおっぱいの激しい一撃をぶへらッ!?」
「セクハラは犯罪でしてよこの変態ドワーフッ!」
何やらわいのわいのと盛り上がっている中、少し離れた所に私は新しい小旗を刺し直し、続いてオトハさんとウルさんがそれぞれ寝そべりました。
「さて、と。お二人とも準備はいいですか?」
『……勝ったらお肉だけど。負けたらマサトと一緒に準備と後片付けができる……お肉か、思い出か……』
「……つまり、合法的にマサトと一緒に居られる……しかもどっちかが勝つ訳だから、ここは負けたらオトちゃんはこっちに来られない……ということは、」
「『……ここで負けたら邪魔されずにマサトを独り占めできる……ッ!』」
「……聞いてますかー?」
何かよく聞こえないのですが、ブツブツと何かを呟いているお二人は、私の話を聞いているんでしょうか。
オトハさんに至っては魔導手話なのに聞こえないとか、一体どうなっているんでしょうか。何度か声をかけてようやく気づいてもらえましたので、私はスタートの合図をすることにしました。
「では、よーい……スタートッ!」
『きゃぁッ!』
「うわぁッ!」
スタートの合図と同時に、お二人がともに自身の両手で顔を覆います。
『う、ウルちゃん酷いよ……砂をかけるなんて……ッ!』
「こっちのセリフだよオトちゃん! これじゃあ旗がどこにあるか見えないじゃないかッ!」
「…………」
先ほどの兄貴とマギーさんのように目が見えないとウロウロしているお二方ですが、気のせいでしょうか。私にはお二人が自分で自分の顔に砂をかけていたようにしか見えなかったのですが。
結局二人とも旗を見つけることができずに無効試合となったため、二人ともにお昼ご飯の準備と後片付けをやることになりました。
当の二人は互いを恨めしそうに睨みつけあっていましたが、何なんでしょうか。準備と片付けが嫌なのであれば勝てば良かったのでは、と思うのですが。女の子については解らないことが多いです。
そうして結局、決勝は兄貴とシマオになりました。勝った方が特上お肉串です。羨ましい。万が一シマオが勝った場合には、絶対に嫌がらせしてやります。はい。
「……いいですか。先に小旗を取った人が優勝です」
「勝負やッ! 負けへんで~」
「おうおう威勢だけはいいなチンチクリン」
「だ~れがチンチクリンじゃボケ! ワイはドワーフの中では大きい方やぞ!? 人間がデカすぎるだけじゃ、このノッポ!
(とは言え、兄さんの時に砂かけはやっちまったから、このノッポに同じ手が通用するとは思えへん。あれは初見殺しやしなぁ。そうなると……)」
「ノッポって悪口かそれ?
(こいつは一回戦で俺がパツキン相手に砂を使ったのを見てる。砂かけは対処されちまえば初動が送れる分、損しちまうかもしれねえ。とすれば……)」
((ここは砂を使わず真っ向勝負するが吉ッ!!!))
ドワーフ族の背丈の事情は解りませんが、私たちからしたら小柄に見えるのは仕方ないのでは。
まあそんな感想はさておき、寝そべった二人に対して小旗を刺したイルマさんが声を上げます。
「行くでございます。よーい……スタートでございますッ!」
「「オオラァァァッ!!!」」
おお、二人が共に砂もかけずに走り出しました。ようやくビーチフラッグスっぽくなってきましたね。決勝になってやっとまともな勝負が始まるとか、一抹の感動すら覚えます。
この二人がどういう理由で真面目にやり出したかは知りませんが、ちゃんとしたゲームになっているのでとにかく良し。
「ハア、ハア、は、早いなノッポ……ッ!」
「ち、チンチクリンの癖に、やるじゃ、ねえか……ッ!」
「お~、エド君もシマオ君も早いね~」
『二人とも頑張って!』
「野蛮人! わたくしに勝っておいてここで負けるとか、承知いたしませんことよッ!」
「ママも応援しているでございます!」
「約一名黙ってろォッ!」
そうして二人がどんどん小旗に近づいていき、二人がほぼ同時に旗に向かって飛び込みました。飛び込んだ勢いで砂が宙に舞い、二人の姿と小旗がよく見えなくなります。
「ど、どうなりましたこと!?」
「ほとんど同時に見えたけど……」
砂が宙に舞い、マギーさんとウルさんもよく見えていないみたいです。ようやく晴れてきたかと思えば、そこには必死に小旗を探す二人の姿が。
「ど、どこいったんや、ワイの勝利の御旗はッ!?」
「チンチクリンテメー! 俺に取られそうになったからって、旗蹴っ飛ばしやがったなッ! クソッ! 一体どこに……」
彼らの口ぶりから察するに、どうも目的の小旗は両者掴むことができず、どこかにいってしまったみたいです。
これ、見つからなかったら勝負はどうなるのでしょうか。無効試合か、それとも再試合か。
「あっ、こんなところにございます」
「「へっ?」」
するとなんということでしょうか。たまたま足元に転がっていた小旗を取ったのは、なんとイルマさんでした。
飛ばされた小旗がたまたま彼女の近くに落ちていたみたいです。えーっと、この場合は。
「……先に小旗を取った人が優勝、そういうルールでしたので」
「この場合は、優勝はイルマさんだね~。二人とも残念でした」
「ウッソだろお前ッ!?」
私の言葉に合わせて、ウルさんも口を開きました。兄貴が素っ頓狂な声を上げています。
はい、確かにそのルールなら、優勝はイルマさんです。でもこれ、本当にいいんでしょうか。
「そんなんありか!? そんならワイらは何のために走ったんやッ!?」
「小旗を取れなかったのは貴方達でしょう? 観念してくださいませ」
『うん……まあ、いいんじゃないかな、イルマさんの勝ちで』
シマオの叫びにマギーさんが反論します。オトハさんもそう話されてますし、どうも女性陣からは、色々と準備等をしてくれたイルマさんに美味しい物をあげたい、的なオーラが感じられます。
なるほど。まあ、私たちのために頑張ってくれたイルマさんへの感謝の気持ちをお渡しするのは、まあ賛成です。
ただそうなると、私たちは何のために頑張っていたのか、という虚しさが残る訳ですが。まあそこは、小旗を取れなかったこちらの落ち度としておきましょう。
「……じゃあ、負けた私たちはお昼の準備に取り掛かりましょうか」
『うん、やろうやろう』
「一番美味しいものは無いけど、それでも十分美味しそうなものがいっぱいだしね~」
「動いたらお腹が空きましたわ! 早く済ませてしまいましょう」
「皆さん。ありがとうございますです。この御礼は、いずれ身体で……」
「身体以外でお願いしますわッ!」
「「ドチクショォォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」
そうして、私たちはお昼のバーベキューの準備に取り掛かりました。残された兄貴とシマオの悲痛な叫びが聞こえましたが、まあ、その、頑張ってください兄貴。
そしてシマオ、ざまあみなさい。




