勝負の結果
「さて。勝負は私の勝ちですねウルさん」
「…………」
あの勝負の後、ウルさん共々倒れ込んだ私は二人仲良く保健室に運ばれました。酷い疲労感でしばらく寝ていたのですが、夕方になるくらいに二人して目を覚まします。お婆ちゃん先生に診てもらい、あとはゆっくり休むだけだよ、とお墨付きをもらって身体は問題なし。そろそろ締めの挨拶が始まる頃だから、二人とも行ってきなさいと保健室を後にしました。
ちなみに聞いたところ、あの準決勝はウチのクラスが勝ったみたいなのですが、決勝で負けてしまったために総合順位は二位だったとのことでした。ウルさんのクラスは三位決定戦で勝利し、三位だったみたいです。
グラウンドの方からノルシュタインさんの威勢のよい終わり挨拶がかすかに聞こえる中、移動中の私はウルさんに向かって勝ち誇っていました。
「一対一の勝負で間違いなく勝ったのは私です。そうですよね?」
「……そ~だね」
「つまり、勝者は私ということになります」
そうです。勝ったのは私です。ということは、ウルさんは私のものになり、私はウルさんを好きにして良いということになったのです、ぐへへへへへへへ。
「……笑顔が気持ち悪いよ、マサト。下心丸見え」
「なんとでも言ってください。勝ったのは私です」
何を言われようと勝ちの余韻に浸っている私からしたら、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんね。これが、圧倒的勝者の愉悦。浮足立ってそのまま空も飛べそうな気がします。きっと今は、果てしなく自由に。
「……そ~言えばマサト。勝負のやり直しのために、一つ、ボクの望みを叶えてくれるって話だったよね?」
「はい?」
有頂天になっていたらウルさんから言葉を投げられました。望みを叶える? ああ、ああ。思い出しました。そう言えば、勝負のやり直しの際に、向こうへの飴玉としてそんなことを言った気がします。
「ああ、あれですか。はい、確かに言いましたね。それが何か……」
「あの望み、今ここで使っても問題ないよね?」
続けてウルさんがずいとこちらに近づいて聞いてきます。何ですか。そんなに念を押すみたいな言い方。別にあの約束を今さら反故にしたりはしませんよ。
「ま、まあ、いいですけど。一体何を……?」
「言ったね? じゃあボクの望みは、負けたボクがマサトのものになるっていう約束をなしにする、ってことで」
「…………」
一瞬。言われた言葉が理解できませんでした。えーっと、もう一度ウルさんが言った内容を読み返してみましょう。彼女は先ほど、ボクの望みは、負けたボクがマサトのものになるっていう約束をなしにするってことで、と言いました。うんうん。つまりは、です。
「って、ええええええええええええええええええええっ!?」
つまりは、この勝負の景品であるウルさんを私は得られなくなってしまうということです。そんな殺生な。
「そ、そんなこと認める訳ないじゃないですかッ!」
「え~。でもマサト、あの時言ったこと、覚えてる? まさかマサトともあろうものが、忘れてる訳ないよね~?」
ニヤリと笑うウルさんに催促され、私はあの時のやり取りを思い出します。えーっと、あの時は確か……。
「マサトは、ただ、マサトがボクのものになると勝負が成り立たなくなるから、それ以外の内容で一つ、ボクの望みをマサトが受ける。これは、決勝での勝ち負け関係なしに、とか言ってたよね?」
思い出してみても、私の記憶と差異はありません。はい、確かに言いました。
「それってつまり、マサトがボクのものになる以外の望みだったら何でもオッケーってことだよね? ならボクのさっきの望みでも、問題ないってことじゃないか」
「…………」
彼女が言ったことを自分の中に落とし込み、ゆっくりと考え直します。私は確かに、ウルさんのものなるという内容以外で一つ、と言いました。と言うことは私は、それ以外の願いの縛り内容を全て認めてしまったということです。その約束を守らなければ、そもそもこの勝負自体がなかったことになってしまいます。つまり、私が勝ったということもなくなってしまい、それによってウルさんを自分のものにできなくなるということで、でも勝ちを認める場合、ウルさんの望みを聞かなければならなくなるということで、結局……。
「……ぁぁぁあああああああああああああああああっ!」
「あっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
私の中で合点がいったと同時に、私は自分がやらかしたことも理解して絶叫しました。何をやっていたんだ私は。あんな約束したらこの望みを受け入れなければいけないじゃないか。それじゃあ勝ったところで何にも得られないという、結局何のために戦ったのかも解らない結果に……。
そんな風に自己嫌悪に陥っている間、隣でウルさんはゲラゲラと笑っていました。
「いや~、良かった良かった。マサトがあの提案をしてきた時にはしめたものだと思ってたよ。結局、ボクがもう一回勝てばいいだけだし、負けてもこうやってなかったことにできる。ボクにとってあの約束は、もう一回やるっていう面倒を除けばいい事尽くしだったからね」
「畜生ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
私は膝から崩れ落ちました。得意げにウルさんに詰めが甘いとか言っておきながら、本当に詰めが甘かったのは自分でした。アホ丸出し。穴があったらそこに入って、その中でさらに深く掘り進めたいです。今すぐに。
「は~笑った笑った。やっぱり君は面白いよマサト。ホント、いつもいつもボクを笑わせてくれるよね、最高だよ」
「こんな間抜けを晒すくらいなら逃げます! 何もかもから!」
「え? 駄目だよ。ボクが笑えなくなっちゃうじゃないか。悪いけど逃さないよ」
「神は死んだ!」
疲れてる身体を引きずって無理やり逃げ出そうとしたら、ウルさんにガシッと肩を掴まれてしまいました。やめてよして触らないで間抜けの面が見えちゃうから。
「は~、最高最高……ま、せっかくボクに勝ったんだし……一つくらいは、ご褒美あげようかな~」
「い、一体何を……っ!?」
掴まれていた私は次の瞬間、ウルさんに頭を掴まれてグイッと正面を向けられたかと思うと……。
彼女にキスされました。
「…………んんっ」
「!?!?!?!?」
そ、そのまま今、口の中に何かヌルヌルした柔らかいものが這い回って……あっ、今、私の舌と絡まって……。
「……っはぁ……どうだった、マサト? ボクの初めて……」
「な、ななな……」
少し赤い顔で艶めかしく微笑むウルさんに、私は言葉を返せずにいます。い、い、今の感触って、まさか。
「柔らかかったでしょ? ボクの結構肉厚だから、気持ちよかったんじゃないかな……あれ? もしかして、イッちゃった?」
ぺろり、と舌を出してみせる彼女に、私はもう口をパクパクさせるしかできませんでした。今されたこと、ウルさんの初めてだったこと、そして自分の舌を這い回ったあの柔らかくヌルリとした感触。全ての要素が合わさって、私の脳の許容量をゆうゆうと超えます。
「反応も可愛らしいね、君は……まあ……ボクも……結構恥ずかしいん、だけどね……」
少し恥ずかしげに赤らむ顔を背け、段々と声が小さくなっていく彼女のその反応を見た瞬間、私は限界を迎え、鼻血を出しながら廊下に倒れ込みました。なんかもう、駄目です……。
「えええっ!? ま、マサト? 大丈夫かい!?」
ヤバいどうしよう、彼女の顔がまともに見れません。ここは目を閉じて気絶したフリをし、何とかこの胸の高鳴りと起き上がりつつある息子が収まるまで時間を……。
「……青春ですなあ」
その時。全く聞いたことの無い声が突然聞こえてきました。誰だろうと思ったのもつかの間、ウルさんが声を上げます。




