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休み時間の激励


「……っはー! もー終わりかよ」


「はあ、はあ……け、結構、疲れましたわね……」


 終了の合図と共に、生徒たちがみんな武器を降ろし、自分たちの陣地へと戻っていきます。ウチのクラスの突撃部隊の皆さんも、帰還しました。


 結局、突撃部隊で生き残ったのは、兄貴とマギーさんだけでした。十人近くいた他のクラスメイト達は、皆ハチマキを奪われて脱落しています。


『マサト、大丈夫っ!?』


「……はい、何とか……」


 木刀でしばかれた背中はまだ痛みますが、身体はそれ以外、特に問題ありません。結構長かった白兵戦での疲れはありますが、少し休めば回復するでしょう。


「結構ハチマキ取れたぜ。これだけありゃ二人くれーは……って、あり? 兄弟、やられちまったのか?」


 やがて兄貴がハチマキを奪われた私に気づき、こちらに近寄ってきます。マギーさんも一緒でした。


「まあ! 大丈夫ですのマサト?」


「はい、背中に一発もらいましたが、何とか……」


『早く救護班のところに行こう! 怪我してたら大変だよ!』


「そーだな。歩けるか、兄弟?」


「大丈夫、です……」


 そのまま皆さんに連れられて、救護班の先生がいるテントへと向かいます。本当に大丈夫ですか、初戦にしては上出来だったぜ、無理したら駄目だよ、等、皆さんが口々に心配してくれています。


「おや、やられてしまったのかい。こっちが終わったら診てあげるからそこにお座り。すぐ行くからねえ」


 救護班のテントに到着すると、初老のお婆ちゃん先生が出迎えてくれました。この人は保健室の先生なのですが、皆さんがお婆ちゃん先生と呼ぶので本名が解りません。


 既に他の生徒を診ているお婆ちゃん先生に促されて、私は空いているシートの上に座ります。


「心配なのは解るけど、他のみんなはクラスへお帰り。他にもいっぱい人が来るから、場所を取っちゃうからねえ」


『……解りました。マサト、大人しくしてるんだよ?』


「無理すんなよ兄弟。やられることは誰にだってあるからな」


「またわたくしが鍛えて差し上げますわ! 終わったらお昼にしましょう。中庭でお待ちしていますわ」


「はい。皆さん、ありがとうございます……」


 そうしてお婆ちゃん先生に追い出された皆さんに手を振ると、お婆ちゃん先生がやってきました。ぶたれた背中を診てもらい、特別異常がある訳でもなかったため、自然治癒力を上げる魔法の施された包帯を巻いてもらいました。


 そう言えば、この世界には治癒魔法はないみたいです。このように自然治癒力を高める魔法はあるみたいなのですが、元の世界の漫画やゲームみたいに、即座に傷を癒やすようなものはないのだとか。まあ、そんな便利なものがあったら医者いらずですしね。


 背中以外は特に問題なかったので、治療もあっさり終わりました。お大事に、と見送ってくれるお婆ちゃん先生に手を振りつつ、私はマギーさんに伝えられた中庭へと向かいます。


 その途中、出てくるのはため息ばかりでした。


「……駄目、でしたねぇ……」


 結局、勇み足で突っ込んだ私は、やられてしまいました。あれが本物の戦場なら、あっさりと死んでいたでしょう。


 たかだかひと月くらい頑張ったからって、結局は何にもなりません。強い人は強い。頑張ったからと言って報われる訳じゃない。結果が残せなかったら、そこで終わりなのです。


 そんなこと、元の世界でも嫌というほど解っていたはずなのに。


「なに……やってるんですかね、私は……」


「すみませんそこの学生殿! ちょっと良いでありますか!?」


 トボトボと重い足取りで歩いていたら、強い口調で声をかけられました。ビクッとした私が振り返ると、そこには長い茶髪を後ろでひとまとめにした男性がこちらを向いて立っています。この人は、確か。


「えーっと、ノルシュタイン、さん?」


「はい! 人国陸軍総務部総務大佐、ノルシュタインであります! 覚えていただき光栄であります!」


 私の疑問を含めた問いかけが当たっていたらしく、勢いの良い敬礼とお返事をいただきました。


 ここまでパンチの効いた人を忘れる人はそうそういないと思うのですが、とりあえずお礼を言われたので、どうもと頭を下げます。


「それでその、ノルシュタインさんが私に何の用で……?」


「はい! お手洗いはどこでありますか!? この学校には初めて来たために、地理があまりわかっておりません! どうか一度、道を教えていただけないでありますか!? 道を教えていただければ、後は自力でたどり着いてみせます!」


 普通に喋る時もこのテンションなんですね、この人。疲れないのでしょうか。そんな感想を抱きつつ、私はとりあえず一番近いお手洗いへの行き方を教えてあげました。


 ここからなら一回曲がるくらいでそんなに難しくもないので、迷うことはないでしょう。


「ありがとうございます! これなら迷わずに行けそうです! ……時に学生殿! 浮かない顔をされてましたが、どうかされましたか!?」


 道を教えてそのままバイバイかと思っていたら、不意に話を振られました。しかも、浮かない顔であったことまで見られていたみたいです。予想外の事に口が回らなくなります。


「あっ、えーっと、その……」


「ハチマキがありませんね! もしかして先ほどの予選でやられてしまったことを、気にしているのでありますか!? 違っていましたら申し訳ないのであります! 何せ、私が気になっただけでありますので! 違うなら違うとはっきりおっしゃってください!」


 えっと、はい、当たりです。また顔に出ていたんでしょうか。と言うか、おっしゃっていた通り、ハチマキがなければ一発で解りますか。


「あっ、はい、間違っていません。その、思ったほど、上手くいかなくて……」


「そうでしたか! 間違っていなくて安心したであります! そして学生殿! 気にしなくても良いのであります! 上手くいかないことなんて、誰にでもあるのであります!」


 それにしても凄い力強さです。これ、ただの世間話ですよね。大声コンテストの練習ですと言われても違和感ないほど、ノルシュタインさんの声がお腹に響いています。


「そ、そうですかね……?」


「そうなのであります! 一番いけないのは、一つ失敗したからと言って全部を諦めてしまい、そのまま何も挑戦しなくなってしまうことであります! 諦めなければ、思わぬ道がみつかるものです! ネバーギブアップ、であります!」


 力強くそう言われ、思わずはいと頷いてしまいました。なんというパワーか。


 しかし、気圧されて頷きましたが、実際に良いこと言われています。本気で私を元気づけようとしてくれているのも良く解るので、私は素直にお礼をすることにしました。


「……ありがとうございました。もう少し、頑張ってみようと思います」


「その意気であります! 少しでも力になれたのなら幸いであります! では、私はこの辺で! 無理せずに頑張るのですよ学生殿!」


 そう言って、ノルシュタインさんはお手洗いの方へと行ってしまいました。一番いけないのは、一つ失敗したからと言って全部を諦めてしまい、何も挑戦しなくなること、ですか……そう、ですよね。それに。


「……諦めなければ思わぬ道がみつかるもの、ですか」


「……あっ。マサト~」


 すると、また声をかけられました。この声、この話し方。私が後ろを振り返ると、そこにはニコニコと笑いながらこちらへ歩み寄ってくるウルさんの姿があります。


「ウルさん」


「身体は大丈夫かい? いい感じに背中に入ってたみたいだったけど」


 その言い方だと、やられたところを見られていたみたいですね。あの無策の特攻を見られていたという羞恥心が湧き上がり、私は顔を赤くします。


「大丈夫、でしたよ。ただの打撲程度みたいでしたし」


「そっかそっか。君が無事で良かったよ。なにせ、マサトはボクのものになったんだからね~」


 それを聞いて安心したということで、ウルさんは早速、賭け勝負についての話題を出してきます。


「嬉しいなあ。君がボクのものになるなんてさ。自分で倒せなかったのはちょっと心残りだけど、勝ちは勝ちだもんね~。さあて、マサトをどうしよっかな~」


 とても嬉しそうに、ウルさんは喋っています。そうです、私は負けました。だから私は、ウルさんの秘密を聞くことも、ウルさんを手に入れることもできないまま、約束通り、今後は彼女の言いなりにならなければいけないのでしょう。


(……でも、諦めなければ……よし。一つ、頑張ってみますか)


 しかし、ノルシュタインさんの力強いお話から、少し頑張ってみる気になった私は、素直に降参する前に一度、立ち止まってみることにしました。


 ここからは私の悪あがきタイム。言うだけはタダ。とりあえず言ってみるの精神です。あの帰り道でのやり取りを思い出して、一つ、行けそうな部分を見つけた私は、それを基に自分の中で屁理屈をこねます。


「……いいえ。私はまだ負けてはいませんよ」


「えっ?」


 まずは強めの言葉で相手の注意を引きます。既についたはずの決着がまだついていないとか言われたウルさんは、目を点にしていますね。


 当然でしょう。これでこちらの話を聞く体勢になってくれたはずです。ここからが勝負。


「な、何言ってるのさマサト。勝負はついたじゃないか」


「いいえ、ついてませんよ。だって、私たちはもともと勝負しようとは言いましたが、どうしたら勝ちなのかを具体的に決めてなかったじゃありませんか」


 ここです。私が突くポイントはここ。勝負の約束の際に曖昧になっていた、勝ち負けの基準を明確にしていなかった点です。


 どうしたら勝ち、どうしたら負けなのかをはっきりさせていなかった部分。ここを攻めます。


「個人的に戦って勝敗を決めるのか、それともクラス単位での順位で決めるのか。はたまた先に脱落した方が負けという勝ち残りなのか……決めてましたっけ?」


「……決めて、なかったと思うけど……」


「そうですよね? そうなると、何を持って勝ったというのかが解らない訳です」


 よし、いい感じにウルさんは困惑してますね。このまま畳み掛けてもいいのですが、それだとこちらが一方的に難癖つける形になってしまいます。ここは一度、自分の非を認めて、若干引きましょう。


「とは言っても、私はウルさんより先に脱落してしまいました。見方によっては、私が負けたと見なされてもおかしくありません。先に勝負できなくなったんですからね」


「そ、そうだよ!」


 ウルさんが乗ってきました。よしよし、ちゃんと負けたかもしれないと私が思っていることは伝わりましたね。


「た、確かに決着のつけ方は決めてなかったけどさ、マサトはもう勝負もできないんだよ? だったらボクの勝ちでもおかしくは……」


「……なら仮に。私がまだ勝負できれば、話は変わってきますか?」


 ここで相手の言葉からもらいましょう。ウルさんは今、勝負ができないなら自分の勝ちでもおかしくない、と言いました。


 裏を返せば、まだ勝負ができるならウルさんの勝ちとは言い難い、ということですよね。


「まだ勝負ができるって……」


「私、ハチマキ獲得による敗者復活に立候補しようと思っています」


「っ!?」


 そうです。予選ラウンドでのハチマキの取得数が一定以上あれば、その数に応じて決勝ラウンドで復活させることができます。確かウチのクラスは、二人くらい復活できると兄貴が言っていたはず。


 なら、私が復活に立候補すれば、もう一度勝負できるようになるはずです。


「これで復活できれば、私も決勝ラウンドでまだ勝負することができますよね。今度はしっかり、勝ち負けのルールも決めて」


「…………」


 それを聞いたウルさんが口を尖らせ、ジトーっとした目でこちらを睨んできます。それはそうでしょう。勝ったと思ったのに、ルールを決めてなかったからやり直しだ、と言われたのですから。このまま黙って頷くのは、私でもしにくい部分があります。


 なのでここは、少しこちらが譲歩する形でいきましょう。


「もちろん、タダでとは言いません。一度はついたかもしれない勝負ですから。ただ、私がウルさんのものになると勝負が成り立たなくなるので、それ以外の内容で一つ、ウルさんの望みを私が受ける、というのはどうでしょうか? これは、決勝での勝ち負け関係なしにです」


 ここで一つ相手の望みを叶えるという条件をつければ、勝った時くらいとまではいかないものの、負けてもそれなりのものは得られます。


 勝てば総取りだし、負けても最低限は得られる。負けて何も得られなくなるよりは、まだ良いはずです。


「……どうでしょうか?」


「…………」


 さて、後はジトーっとした視線を向けてくるウルさん次第ですね。これ以上は蛇足になるでしょう。ただでさえ、あまり良い印象のない提案、と言うか屁理屈とか難癖の類ですからね、これ。余計なことは言わないでおきましょう。


「…………」


 ウルさんは少しの間、不満げな顔でこちらを睨んでいましたが、やがて諦めたのか、ため息を一つついて、ポツポツと話し始めました。


「ハァ…………いいよ。もう一回勝負してあげる。難癖をつけられた感は否めないけど、決着のつけ方をちゃんとしてなかったのはボクも悪いしね」


 やったぜ。再戦という思わぬ道、見っけ。ありがとうノルシュタインさん。本当に言いたかったこととは違うかもしれませんが、とにかくありがとうノルシュタインさん。


「勝ち負けは決勝ラウンドで先に脱落した方が負け。これは誰にやられても一緒だし、順番も関係ない。先に出場して勝手に負けたら、ボクとの勝負も負けだ。これでいいかい?」


「はい、問題ありません」


 かなり無理のある言い分でしたが、無事了承を得ることができました。いやあ、何でも言ってみるもんですね。これがゴネ得というやつですか。諦めなければ夢は叶う。ネバーギブアップ、です。


「とりあえず、今回のことは貸し一つってことで、また使わせてもらうよ。すぐにどうこうとか思いつかないしね。後でも別にいいんだろ、マサト?」


「はい、大丈夫ですよ」


 そのくらいなら特に問題ありません。よし、あとは決勝ラウンドで生き残るだけです。チャンスは自分で作り出しました。後は頑張るだけです。


 そのまま二人で歩き出しました。目指すは中庭。お昼を一緒にしようとウルさんとも事前に話していたので、目的地は一緒です。


「あ~あ、せっかくマサトがボクのものになると思ったのになぁ~。マサトがあ~だこ~だ言わなければなぁ~」


 歩きながら、ウルさんはグチグチと言ってきます。


「勝負を挑んできて、ルールを明確にしなかったのはウルさんのせいでしょう。隙を見せたのが悪いんですよ」


「君の会話記憶力を舐めてたよ。前にもそれでびっくりしたしね……マサトって案外、往生際が悪いんだね~。知らなかったよ」


「往生際が悪いとは失礼な。諦めが悪いと言ってください」


「それって何が違うのさ?」


 そんなこんなのやり取りをしつつ、私たちは中庭に到着して、皆さんでお昼ご飯にしました。少しぶーたれているウルさんに他の人がハテナマークを浮かべていましたが、私は何食わぬ顔でお昼ご飯に舌鼓をうっていました。


 なにせ今日のお昼は、オトハさんの手作りお弁当でしたからね。みんなで食べられるようなおにぎりや、楊枝にささった小さめの卵やお肉など、食べやすいおかずがたくさんです。


 身体を動かしていたこともあり、少し濃いめのおかずが、おにぎりとよく合います。美味しい美味しい。


 そうしてお昼休みを挟み、午後の決勝ラウンドの時間となりました。二人の復活枠に当然私は立候補し、特に異論のなかったクラスメイト達はそれを了承してくれました。


 ちなみに、もう一人の復活枠はマークさんになりました。兄貴が斬った魔法に当たって脱落した彼は、こんなの納得できるか、と再戦を希望したみたいです。また当たるなよー、と兄貴にからかわれて、顔を真っ赤にしていました。


「それでは午後の決勝ラウンドを始めます」


 ホルツァー校長の声で、決勝ラウンドが始まりました。決勝はクラス対クラスで行われる一対一の勝ち残り戦。互いのクラスから一人ずつ出し合ってタイマンでハチマキを奪い合い、先に相手クラスの生徒を全て脱落させた方が勝ちです。


 一年生は一組対二組、そして三組対四組が最初のカードです。つまり、いきなりウルさんのクラスと当たるという訳です。


「……今度こそ」


 他のクラスメイトがそれぞれで意気込んでいる中、私は一人で密かに気合いを入れ直しました。次は、負けない。

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