クラス対抗白兵戦の始まり
いよいよ当日です。鍛錬に鍛錬を重ね、蓄えられるものは蓄えたつもりですが、未だにウルさんの実力が未知数というのが怖いところです。兄貴との朝練を終えた私は、シャワーを浴び、朝食を終えてから、戦場となる学校へ向かいます。
学校もイベント当日ということで、いつもとは違う装飾がなされていました。荷物を教室に置き、運動着に着替えた後に、全員でグラウンドに集合します。
全校生徒が集められ、いよいよ開会式となりました。
「えー、本日はお日柄も大変良く、絶好の日となりました。皆さんの奮闘に期待していますよ。今日のイベントは軍の方も見に来られています。日頃の成果を、存分に発揮してください」
校長であるホルツァー先生からの開会の言葉を終え、拍手が送られます。しかし、軍の方も見に来ているのですか。なかなか大掛かりなイベントなのですね。そう思っていたら、次に挨拶されたのがその軍の方でした。
「皆さん初めまして! 人国陸軍総務部総務大佐、ノルシュタイン=サーペントであります! この度はお招きいただき、感謝いたします! 停戦になり総務部への異動となりましたが、未来の我が人国軍人達の活躍を、この目で確かめさせていただきたいと思います!」
な、なかなかにパワーのある人でした。黒い瞳に長い茶色の髪の毛を後ろでひとまとめにしており、一言一言に威力があります。後で聞いたのですがこのノルシュタインという人、結構な有名人でした。何でも先の戦争時に活躍し、"消える人間"という異名を持っているくらい強い人なのだとか。それがどうして総務担当へ来ているのかは謎とのことでしたが。
「それではこれより、ルールの説明に入る」
最後に出てきたのは鬼面ことグッドマン先生でした。この人、色んなところで見ますが、結構先生の中では偉い人だったりするのでしょうか。
「午前中は学年別予選ラウンドだ。まずは一年生予選から。一年生四クラス、合計百二十人全員でグラウンドの決められたフィールド内で制限時間付きの白兵戦を行う。クラス別に色違いのハチマキを頭に巻き、それを奪い合ってもらう。ハチマキを奪われた者は戦死扱いとし、フィールドから出ること。制限時間終了の段階でまだハチマキが残っている者が、決勝進出となる」
グッドマン先生の話を聞きながら、私たちは配られたハチマキを頭に巻きました。ハチマキの色は、一組から順番に白、黒、赤、青。私たち三組は赤色ですね。対して、隣の四組であるウルさんは青色です。
そしてハチマキと一緒にリストバンドも配られました。これはなんでしょうか。
「一緒に配ったリストバンドは、魔力制限用のリストバンドだ。白兵戦では当然、魔法の使用も許可される。そのリストバンドをしていれば、どれだけ魔力を込めて魔法を撃とうが一定以上の威力にはならない。まず死ぬことはないだろうから、気にすることなく魔法を使え。怪我は自己責任だ。治療くらいはしてやるが、頭などへの過度な攻撃は控えること。あまりに酷い場合は我々が止めに入る」
気にしていたらグッドマン先生から追加で説明がありました。なるほど。これを身に着けておけば、下手なことでは死ななくなると。まあ多少の怪我はするかもしれませんが、軍を志願する人しかいない学校です。そのくらいは許容しろということでした。この方針、元の世界だとあり得ないかもしれませんね。
「午後には決勝ラウンドを行う。決勝は予選の生き残りによるクラス対抗一対一の勝ち残り戦だ。ルールは予選と同じ、ハチマキを奪われた方が負けとなる。当然、午前中に生き残った人数が多い方が有利になるから、しっかりと戦術を立てておくように。二年生、三年生共にルールは同じだ」
そして、予選でハチマキを奪った数での特典もあるらしく、奪ったハチマキが一定数以上になると、予選でやられた人を決勝に復帰させることができるのだとか。なるほど。基本守っている方が有利ですが、攻めを行うことで後半戦に有利を持ち込める可能性があると、そういうことですか。
「以上だ。では各クラスごとに別れて作戦タイム。その後に、一年生から予選ラウンドを行う。各自遅れないように。以上!」
その一言で、私たちは集合していたグラウンドの中心を離れ、それぞれのクラスごとに用意された仮設テントの元へと集まってきました。ここが戦場で言うところの作戦本部、といったところでしょうか。私たちのクラスの担任はグッドマン先生なので、当然先ほどと同じように話が始められます。
「大まかには既に話したが、今一度復習する。ウチのクラスは部隊を三つに分ける。後方から魔法で援護する魔法部隊、その魔法部隊を守る護衛部隊。そして敵陣に攻撃を仕掛けにいく突撃部隊の三つだ。自分がどの部隊だったかは前に張り出した一覧で確認しておくこと」
魔法の得意なオトハさんは魔法部隊。前線を張る突撃部隊には兄貴とマギーさん。そして私は、オトハさん達を守る護衛部隊でした。この割り振りは日頃の授業の成果からグッドマン先生が割り振ったものですが、一応本人同士の同意があれば交代することも可能です。
「魔法部隊はクラスの主要火力となる。日頃の成果を存分に出すように。突撃部隊は戦場の最前線だ。無為に散ることのないように気をつけること。そして護衛部隊だが、ある意味ここが一番重要かもしれん」
先生の話に疑問を持ちます。聞く限りだと、魔法部隊を守る護衛部隊はある意味一番楽そうなイメージもありますが、一体なんでしょうか。
「まず護衛部隊が壊滅すれば、肉弾戦の苦手な者の多い魔法部隊が敵の突撃兵の驚異にさらされることになる。そうなれば、一気に持っていかれるだろう。かと言って魔法部隊に張り付いていれば良いというものでもない。場合によっては最前線の攻撃部隊の援護に行かなければならないし、かと言って魔法部隊を放っておく訳にもいかない。戦況を見定め、前線の援護に行くのか死守するのかを的確に判断する必要がある。その判断一つで、戦況は大きく変わるだろう」
そう言われると、途端に責任重大になってくるのですが。
「まあそうは言うが、お前達にとっては初めての白兵戦だ。本物の戦場と違って、負けが許されない戦いでもないから、気負わずに行って来い。まずは、こういったものだという経験を積むことが大事だからな。エドワルやマグノリアみたく頭空っぽで突っ込んで散っても、誰も文句は言わん」
「どーゆー意味だそりゃッ!?」
「どういう意味ですことッ!?」
兄貴とマギーさんの返しでクラス内に笑いが起きたところで、一度解散となりました。開始まであともう少し。今のうちにトイレを済ましたり、準備体操をしている人がほとんどです。
「いよいよだな兄弟」
「ですね、兄貴」
柔軟体操をしていた私の元に、兄貴がやってきました。
『もうすぐ始まるね。緊張するなあ』
「マサト! わたくしとの修行の成果、存分に見せてもらいますことよッ!」
女の子二人もやってきて、教室でのいつものメンバーが集いました。四人で談笑しているところに、狼の耳と尻尾を揺らしながら声をかけてくる女生徒がいました。もちろん、そんな人は一人に決まっています。
「やあみんな。いよいよ始まるね」
「ようねーちゃん」
『おはようウルちゃん』
「おはようございますわ!」
「どうもウルさん」
それぞれで挨拶を返します。
「いやー、緊張するね。君たちと敵同士とか、ホントに運が悪いよ。ここは一つ、お手柔らかに頼むよ?」
「よくゆーぜ、負けるつもりなんざサラサラ無いって顔してる癖に」
「あっ。バレた?」
「当たり前ですわ。本当に怖がってる方はそんなにいい笑顔で来たりしませんもの」
自分たちがどこの部隊になったとか、皆さんで楽しくお喋りします。ひと月前のやり取りからここまで普通に話せるようになるには少し苦労しましたが、それでも頑張って良かったと思える光景が目の前に広がっていました。良かった。みんな仲良くが一番ですもんね。
「でも君たちのクラスは要注意ってされてるからな~。ボクと当たる前にやられたりしないでくれよ?」
『……わたし達のクラスが、警戒されてるの?』
「そうだよオトちゃん。何せ肉弾戦の猛者、エド君とマギーちゃんがいるからね。突撃兵は特に、三組に注意するようにって言われてたよ」
「あら、嬉しい評価ですこと。でもそんなこと、わたくし達に言ってしまって良かったので?」
「別に言うなとも言われてなかったからね~」
「そーいや、ねーちゃんはどこの部隊なんだ?」
兄貴が聞いたことに、私も興味津々です。他クラスも、ウチと同じようにいくつか部隊を分けているところが多いみたいなので、ウルさんのポジションが気になります。一体どこを担当するのでしょうか。
「ボクかい? ボクは突撃部隊だよ。エド君やマギーちゃんと、バチバチにやり合うかもしれないね」
「ほー、そりゃあ楽しみだな」
「まあ、勝てない相手からは逃げるに限るけどね」
「こら。敵前逃亡は死罪ですわよ?」
「……いくらだい?」
『そこでためらいなくお金を出そうとするのは凄いと思う』
あっはっはっはとそんなやり取りをしていたら、集合の笛が鳴りました。それぞれのクラスの場所に集まり、いよいよ開始しますという合図ですね。兄貴とマギーさんはウズウズしているのか、「んじゃな」「戦場でお会いしましょうッ!」と言って、さっさと行ってしまいます。
オトハさんがお手洗いに行くらしいので、私もそろそろかなと思っていたら、ウルさんが私に近づき、耳元でこう囁きました。
「……勝負だよ、マサト。勝って君を、ボクのものにしてあげる……」
あまりに官能的な響きのある言葉に、思わず負けてもいいかなとかチラリと心の中で思ってしまいましたが、いけませんいけません。誘惑になど負けていたら駄目です。首を振って煩悩を振り払い、私はウルさんに告げました。
「……勝つのは私です。負けませんよ」
「……フフフ。そう言って、午前の予選ラウンドでやられたりしないでくれよ?」
ウルさんは笑いながら離れていき、少し離れたところでこちらを振り返ります。
「期待してるからね」
そう言い残したウルさんは、クラスの集まりの方へ行ってしまいました。期待している、ですか。この前言われた時も思ったのですが、今まではこうしなさいと強制されたり、できて当然と言われたり。あとは心配されたりすることはありましたが、私が期待されたのは初めてかもしれません。
ウルさんは私の頑張りに期待してくれています。誰かが私に頑張ってくれと、行けると信じてくれている。嬉しいと舞い上がる気分と、その期待に応えなければならないというプレッシャーが同時に溢れてきて、なんとも言えない高ぶりを感じます。こういう気分って味わったことないのですが、これはなかなか……。
「……悪くありませんね」
自分の手のひらを見た後、その手をギュッと握りしめました。やろう、頑張ろう。私にしては珍しく、やる気が満ちています。どこまでできるかは解りません。これだけ盛り上がっておいて、あっさり終わるかもしれません。それでも私は、今目の前で始まろうとしているイベントに、ワクワクしています。
そうして集合場所に行き、私たちはそれぞれの武器を構えました。グラウンドを正方形に区切り、その四隅にそれぞれのクラスが集まっています。全員、準備バッチリです。今か今かとはやる気持ちを抑えていたら、グッドマン先生が開始の号令を発しました。
「一年生による予選ラウンド、開始ッ!!!」
それと同時に、私たちは咆哮を上げました。




