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勝負に向けて


「……っし、朝練はこの辺にしておくか」


「……っぷはぁ~! はあ、はあ……」


 兄貴の終了の合図を聞き、私は盛大に息を吐きました。汗もダラダラと流れ落ちていて、肩でしている息は、まだ荒いままです。


 あのウルさんと賭け勝負を行うと決めた翌日から、私は兄貴に稽古してもらうようにお願いしました。


 兄貴がお爺さんの剣術を極めるために日々自主トレーニングをしているのは知っていたので、そこに参加させてもらっています。


 朝は走り込みや木刀での素振り等の基礎練習を。学校が終わってからの夜は軽く基礎練習をした後に、お爺さんの残したメモの内容を解読したり、街で適当なチンピラに喧嘩を売って、習得した技を実戦で試してみたりしているのが兄貴の日課です。たまにサボってエロ本を読んでますが。


 喧嘩までする気のなかった私は、とりあえず朝の基礎練習の時に一緒にやらせてもらってます。


 それからだいたいひと月くらい経ったでしょうか。鬼面のあの二週間のトレーニングがあったお陰か、何とか兄貴に付いていくことができています。


 しかし、だいぶ慣れてきたとはいえ、走り込みの後にそのまま素振りを千回というのは、本当に厳しいです、はい。


 座り込んでいるお尻が地面とくっついてしまったのかと思うくらいには、立ち上がる気力が戻ってきません。


「だいぶ様になってきたじゃねえか、兄弟」


 兄貴が座り込んでいる私に向かって、水の入ったボトルを投げ渡してくれました。兄貴にお礼を言ってボトルを開け、内にある冷たい水を身体へ流し入れます。ああ、生き返る。


「サンキューです兄貴。何とか、身体が覚えてきた気がしてます」


「その辺の感覚は人それぞれだからな。自分がいけると思った形は大事にした方がいいぜ。それが間違ってんならこっちで止めてやっから」


「りょーかいです兄貴」


「しっかしよく続けられるよな、兄弟」


 隣に腰掛けてきた兄貴が、同じくボトル内の水を飲みながら続けます。


「俺ぁ昔からずっとやってたから辛くもねーんだが、特にそーゆーことしてなかった兄弟がここまでやってくるたぁ、思ってなかったよ。正直、途中で音を上げると踏んでたんだがな」


「まあ、こういう、何かを続けるってことだけは昔からよくやってましたので……」


 元の世界で両親の叱責に耐えながら勉強したり、こちらに来てジルさんの折檻に耐えながら学ばされたりと、色々ありましたからね。


 根気よくやり続けることについては、自信があります。それが上手くいくのかはさて置き。


「おつかれさん、二人とも。相変わらず精が出るね~」


 休んでいた私たちに声をかけてきたのはウルさんでした。ウルさんは男子寮の近くで一人暮らしをしているので、朝練をしているとたまに見かけます。最近は忙しいのか、放課後は全然見かけないのですが。


「おはようございます、ウルさん」


「おーっす、ねーちゃん」


 ウルさんはあれから私たちと一緒にお昼を取るようになり、少しずつですけど私以外の皆さんとも打ち解けていっています。


 兄貴はまあ、こういう性格ですので、あまり気にせずに普段どおり接してくれています。


 オトハさんとマギーさんは、最初こそ少しぎこちなかったものの、最近ではウルさんも含めた三人でお喋りしていたりもするので、良い方向に向かっているのでしょう。嬉しい限りです。


「マサトも頑張るね。朝はエド君とトレーニングで、夕方はオトちゃんとお勉強。夜にはマギーちゃんと剣術練習でしょ?」


「なー。よくやるわホント」


 ウルさんの言う通り、私は兄貴と平行してオトハさんとマギーさんに夕方以降で魔法と剣術についても習っています。


 魔法については、私よりも詳しいオトハさんにお願いして、放課後に二人で勉強と実践をしています。オトハさんとは黒炎のオドを制御する訓練も続けているので、それと一緒にマナを扱う魔法についても教えてもらっています。


 と言うか、オドもマナも自在に扱える彼女は、一体何者なのでしょうか。そろそろ本腰を入れて聞いてみても良いかもしれません。


 剣については、兄貴が「ジジイの剣はそう簡単には教えられねーな。つーか俺も、まだわかんねーことも多いし」と言っていたので、ダメ元でマギーさんにお願いしてみたら、二つ返事で了承してくれました。


「わたくしの華麗な剣を学びたいと? おーっほっほっほ! やはりあの野蛮人の剣よりもわたくしの方が優れているからですわね! もちろんオッケーですわ! ビシバシ行きますので覚悟なさい!」


 と言われた通り、夕方以降にはマギーさんのスパルタ教育があります。人に教えるのが楽しいのか、マギーさんがノリノリで教えてくれるのでこちらとしても学び甲斐があります。


「まあ……私も少し、頑張ってみようかと思いまして」


「いーんじゃねーの? 明日はクラス対抗白兵戦があるし。兄弟がどこまで強くなったのかが見れるな」


 兄貴の言う通り、クラス対抗白兵戦はすぐそこまで迫ってきています。ウルさんとの賭け勝負を行う、このイベントです。それを聞いた私は、なおさら気合を入れようと、ひっそり決意しました。


「……いっぱい頑張っちゃって。そんなにボクの事が欲しいのかい、マサト?」


「ちちち違いますよッ!」


 耳元にこっそりと話しかけてきたウルさんの言葉に、私は動揺を隠しきれませんでした。それを見た兄貴が、どーしたどーしたと首を傾げています。


「あっはっはっは! 相変わらず面白いね~、マサトは」


「何言ったかは知らねーけど。ま、兄弟はオーバーリアクションだからな」


「遂には兄貴までそんなことをッ!?」


「ま、それはともかく」


 私の叫びをあっさりとスルーしたウルさんが、私たち二人に向かって言い放ちます。


「楽しみだね、今度の白兵戦。言っとくけど、ボクは負けないよ? これでも結構自信があってね」


「ほう?」


 それを聞いた兄貴が、面白ぇ、と笑みを浮かべます。


「あんま戦ってるイメージがねーんだが……そう言うってことは、結構自信あるのかい、ねーちゃん?」


「まあ、流石に君みたいに悪鬼羅刹とか大層な通り名はないけどさ。いい勝負くらいはできるんじゃないかなーって思ってるよ」


「ハッ! そりゃあ楽しみだな」


 そう言ってボトルの水を飲み干した兄貴が立ち上がりました。腕で口元を拭うと、男子寮の方へ向かって歩き出します。


「そろそろ行こうぜ兄弟。遅れるとまた鬼面がうるせーしな」


「あ、待ってくださいよ兄貴」


 私も遅れて立ち上がりました。ボトル内の水はまだ残っているのですが、まあシャワー浴びてからでもいいでしょう。


 ウルさんに一言言って兄貴の後を追おうとしたら、逆に彼女がこちらに近づいてきました。


「……ホントに楽しみだね、マサト。ま、勝つのはボクだけどね」


「……それはこちらのセリフです」


 挑発的な言葉でこちらを煽ってきたウルさんでしたが、私も負けじとお返しします。


「……貴女に負けないように、ずっとトレーニングしてきたのですから。勝つのは私ですよ」


「……フフフ。ボクのために頑張ってくれてるんだね。なんか嬉しいや」


 何か微妙に話がズレているような気もしますが、まあ気のせいでしょう。どちらにせよ、私はウルさんに負けない為に頑張ってきたのですから。


「期待してるよ、マサト」


 ウルさんはそう言って、さっさと行ってしまいました。期待しているとは、一体何を期待されているのでしょうか。


 まあ、いい勝負ができるようにでしょう。負けませんよ。もし勝った暁には、ウルさんのことを好きにしていいと言う話でしたし……。


「……へへへへへへ」


「……なかなか来ねーと思ったら。気色ワリー顔してどーした、兄弟?」


「ハッ!?」


 気がつくと、先に行ったはずの兄貴がいぶかしげな表情でこちらを見ていました。しまった。桃色の妄想の世界にトリップしていました。


「な、なんでもないです、はい……」


「そうか? エロ本読んでる時と同じ顔してたぜ、兄弟」


 私は一体どんな顔をして兄貴コレクションを読んでいたのでしょうか。ちょっと自分を顧みる必要がありそうです、絶対に。


「ま、まあいいじゃないですか! さっさとシャワー浴びに行きましょうッ!」


「お、おう……」


 とりあえず勢いで場を流すことにした私は、さっさとシャワーを浴びて支度を整え、学校へと向かいました。兄貴は「変な兄弟」と首を傾げていましたが、まあいいでしょう。


 そのまま午前中の授業を終え、恒例になってきた五人でのお昼を済ませ、午後の授業を乗り切ります。そうして放課後になり、私はオトハさんと机を合わせて勉強に取り掛かりました。


『今日もよろしくね、マサト』


「はい、よろしくお願いします」


 オトハさんも最初に頼んだ時は急にどうしたのと首を傾げていましたが、どうしてもオトハさんと一緒にやりたいんですと言ったら、笑顔でオッケーしてくれました。


 何故か上機嫌になったオトハさんに、色々な魔法についての勉強と訓練をしていきます。


『今日はマナで魔法を扱う時の注意点と、効率の良いやり方についてだよ。授業でも注意点は習ったと思うけど、実際に使う時にも細かく考えることがあって……』


 オトハさんのお話は要点がよくまとめられていて、かなり聞きやすいです。おかげで鬼面の授業でも、なかなかの成績を取れるようになってきました。


 あの先生は基本的に説明が大味になりがちですから、細かいところはこうして解る人に聞いたり自分で気づいたりするしかないんですよね。


 そんなオトハさんとの座学を終え、人気のない体育館裏で黒炎の制御について練習した後は、そのまま使われていない第二体育館へと向かいます。そこには、木刀を二つ用意したマギーさんが、仁王立ちで待っていました。


「来ましたわね! さあマサト。今日の稽古を始めますわよ!」


「よろしくお願いします」


『頑張ってねマサト』


 オトハさんもついてきていますが、基本彼女は応援してくれるだけです。基礎トレーニングなんかは一緒にやったりしていますが、基本は私がマギーさんにボコボコにされるのを見守ってくれています。


 木刀を受け取った私が構えると、すかさずマギーさんが攻めてきました。


「はっ!」


「っととととととっ!?」


「あら、よく防ぎましたわね」


 マギーさんはオトハさんとは違い、どちらかと言うと感覚型の人なので、彼女は一から理論立てて順番に教えてくれるということはありません。


「こうするのですわ!」と目の前で見せられて、そしてそれを実際に喰らってみて、そこから学んでいくスタイルを取っています。めっちゃ痛いですけど。


「この前も見ましたので、何となく、ですが……」


「よく覚えていましたわ! 全部喰らって床で伸びていたのが嘘のようですわね」


 そしてこの通り、全くの容赦がありません。全力で行きますので全力で受けて立ちなさい、の実践稽古ばかりで、ひたすらに彼女と木刀で打ち合っています。


「では少し……アゲて行きますわッ!」


「えっ? 嘘? 今までアゲてなかったとか冗談ですよねああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


『ま、マサトーーーーッ!』


 しかし、ひと月近く経ちますが、未だにマギーさんから一本も取れていません。何とかやり合える時間は少しずつ長くなっていますが、彼女と勝負できる程の力量には、まだ到達していないでしょう。こんなんで、ウルさんに勝てるのでしょうか。


「(……それ、でも。できることを、やるだけです!)

 ――ハッ!」


「っ!?」


 そう気を入れて一閃を放つと、今まで攻め一辺倒だったマギーさんが初めて受けに回りました。


 身体に当てることはできませんでしたが、彼女の攻めを止め、防御に回らせることは、何とかできたみたいです。


「……まさか反撃されるとは思いませんでしたわ。やりますわね」


「まだまだ、ですよ……」


 まあ、当然その後が続かずに、ボコボコにされた訳ですが。目を回す私の元に心配そうに駆け寄ってきてくれるオトハさんと、「まだまだですわねッ!」と勝ち誇っているマギーさん。いつか一本、取ってみせます。という気持ちを持って、私は意識を手放しました。


 そんなこんなで一日が終わり、遂に、私は約束したクラス対抗白兵戦の日を迎えました。

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