半人半魔の彼女
「……で。結局は、私だけがマナ組になってしまった訳ですが……」
私は息も絶え絶えになりながら、不満を漏らしていました。
「……いきなり生徒に断崖絶壁を登らせるのはどうかと思いませんか!?」
それも切り立った崖の斜面で。命綱は付いていますが、そういう問題ではありません。今の今まで普通の学生らしく座学や体育、あっても剣術基礎などの身体を動かし方を学ぶみたいな科目がほとんどだったというのに、この強化合宿に入った瞬間からこれですよ。ギアの上げ方がいきなり過ぎやしませんか。
私の周りには、同じように先の適性試験でマナ組になった生徒がチラホラ見えます。ひいひい言っている者や、どうしてオドの適正がなかったんだ、と自分を恨みながら登っている生徒がほとんどです。
「ハア、ハア、……こ、この崖の上が強化合宿の拠点なんて……作った人は何を考えていたんですか……ホント……」
「そこにマナスポットがあったんだから仕方ないよね」
そろそろ手足の疲れが溜まってきたと思っていた時、私は不意に声をかけられました。ちなみにマナスポットとは、普通よりもマナが満ちている場所のことを言います。なんでも、そこで修行することで、マナを使用できるようになるのだとか。
ふと横を見ると、体操服を着た一人の女生徒が私の方を見ていました。何故か頭を下に、足を上にする上下反対の宙づりの体勢で。
「やあ」
「ど、どうも……えーっと、貴女は……」
「ボクかい? ボクは隣のクラスのウルリーカ=ダイア。ちょっと前にこの学校に来たばかりの転校生さ。長いからウルって呼んでよ。君はマサト君だったよね?」
「は、はい。よくご存知で……」
「知ってるよ。君……というか君たちは、結構有名だからね」
声をかけて来た女生徒――ウルさんは面白そうな声色で、そう言いました。白髪で白い獣の耳と褐色肌の人間の耳を両方持ち、モフモフの白い尻尾も生えているみたいです。引き締まってスラっとした身体に、マギーさん程ではないにしろ盛り上がっている胸。ぱっちりとした目を持っていてなかなか美人だなぁ、という印象でした。
しかしこの人、パッと見では魔族に見えますが、どうして人国の士官学校にそんな方が……と、思わずジロジロと見ていたら、ウルさんが何かを察したように話し始めました。
「……あっ。ボクのこと魔族だと思った? ピンポンピンポーン。半分正解でーす。ボクは魔族と人間のハーフなんだ。この人間の耳も魔狼族の耳も、両方とも本物さ」
私の疑問に、ウルさんはあっけらかんと答えてくれました。なるほど、魔族と人間のハーフ。戦争中とはいえ、こういった人もいるんですね。
疑問が解けたと同時に、私はもう一つの気になることを聞いてみることにしました。先のウルさんの言葉の中にあったことです。
「そ、そうなんですね。教えてくれてありがとうございます……それで、その。私たちが結構有名、というのは?」
「ああ、そのこと?」
そう言うと、ウルさんは頭の後ろに両手をやったまま、ツラツラと話し始めました。というか。命綱があるからってそれに全体重を預け、宙づり状態のまま空中で休んでいるとか、どういう図太い神経していたら思いつき、そしてそれを実践するのでしょうか。
「学校なんて来るの久しぶりだったんだけどさ。人国の裏切り者であるヴィクトリア家の娘、悪鬼羅刹と呼ばれてるめっちゃ強いヤンキー、魔国に捕らわれていた元奴隷のエルフ。こんだけ濃いメンツが固まってたら嫌でも噂は耳に入ってくるし、なおかつそこに授業を真面目に受けてる特に何の変哲もない普通の生徒が混じってたら、そりゃ覚えるってもんさ」
言われて思いましたが、私たちのグループって結構ひとクセもある人達が揃っていたのですね。関わっている分には全然気にしていませんでした。しかし周囲からの私の印象って、特に何の変哲もない普通の生徒だったんですか……なんか悲しみが……。
「更には入学初日から上級生の有名不良グループとドンパチやって、挙げ句魔族まで現れて、全員を病院送りにした事件まであったんだから、みんなが噂しててもおかしくなくない?」
「まあ、確かに……」
「トドメに君、この前の適性試験で魔水晶壊して校長先生まで呼ばれてたよね? 普通の人だと思ってたら、あいつも変な奴なんじゃないかって、また噂になってるよ~」
「左様ですか」
改めて自分や周りの方々の行動を思い返してみると、そりゃ有名になって当然だな、と納得できることばかりです。そう言えば最近、遠巻きに何かヒソヒソとお話されていたのをたまに見たような。そして遂には変な人扱いされているのですか。何と言うか、こう、また悲しみが……。
「んで。こわーい悪鬼羅刹さんも、声と胸の大きい裏切り者さんも、いつも一緒のエルフちゃんもいないから、君が実際どんな人なのかなーって思って話しかけちゃいました。オーケー?」
「オーケー」
要は、話しかけてみたいけど他のメンツだと怖いので、一番無難そうな私が一人の時を狙って話しかけてきたと。そういう訳ですか、はい。
「でも私は、他の皆さんのような特別なことは何もありませんよ。それでもオーケー?」
「オーケーオーケー。なんだなんだ、ノリいいじゃん?」
兄貴とふざけるようになってから、結構こういったノリというものも楽しめるようになってきました。相手がふざけるなら、こっちもふざけ返す。元の世界にいた時は、そういったやり取りもする相手もいなかったので、個人的にはなかなか楽しんでます。
「んでさ。結局君ってどういう人な訳? どうしてあの人達と仲良いの? オトハちゃんとマグノリアちゃんならどっちが好み?」
「どういうと言われましても、私はオトハさんと同じ戦争孤児で、マギーさんに拾っていただいたから関わりがあっただけで、兄貴とは寮で同じ部屋だから仲良くなっただけですし、どっちが好みかと言われれば……」
勢いに流されるままに順番に答えていこうとして、私はハッとして口を止めました。このまま流されていったら、余計なことまで口にするのではないか、と。
「……危うく口が滑るところでした」
「え~、い~じゃん! 教えてよ~」
私が口を止めたことで、ウルさんがぶーぶーと文句を言ってきます。
「減るもんじゃないんだしさ~」
「減るんですよ。私の社会的な地位とか男のプライド的なサムシングが」
「もう変人集団にいる普通そうな変人って思われてるんだから、今更気にすることないってないって」
「そうだとしても、私にも譲れない部分があります」
「男として譲れないもの、ってやつ? ……女の子はおっぱいが大きい方がいいとか、そういうのかい?」
「それについては兄貴とも散々議論していますが、私の中での結論は形が大事だとスタァァァップッ!!!」
ストップ。止まりなさいマサト。初対面の女の子に何を話しているんだ私は。慌てて自分に喝を入れて言葉を切ります。
「あっははははははははははははっ! 君面白いね~。仮にも初対面の女の子相手に、自分の性癖について語ろうとするなんてさ! へ~、胸は形ねぇ~」
「いや今のは不可抗力というかそもそも貴女若干誘導してましたよねッ!?」
「エサは吊るしたけど、そんな簡単に引っかかるとは思ってなくてさ。あっはははははははっ!」
マサト、一生の不覚。
「はーぁ、笑った笑った。ちゃんと笑ったのなんて、ホント久しぶりだったよ。んじゃ、そろそろボクは行くね。マサトも、早くしないと不味いかもよ~?」
そういい残したウルさんは、ひっくり返っていた体勢をもとに戻すと、スルスルと登っていってしまいました。ある程度は打ち解けられたのか、いきなり呼び捨てにされましたね。まあ、別にいいのですが。
「……って、あれ?」
気がつくと、周りでひいひい言っていた他の生徒達がいません。上を見てみると、皆さんは既にゴールしていたり、あとちょっとのところだったりしています。さっきまでお話していたウルさんですら、さっさと登り終わりそうな位置にいます。
「ま、不味い……このままでは私がビリに!?」
ウルさんと雑談していたら、いつの間にか置いていかれてたみたいです。私は慌てて上り始めましたが、結局、頂上にたどり着いたときには私がビリでした。
「よりにもよってビリはお前か。合宿に来たら覚えておけと、以前言ったことは覚えているな?」
グッドマン先生に凄まれましたが、よりにもよってとはどういう意味ですか鬼面先生。遠くの方でウルさんが笑っているのが見えて、私は恥ずかしさと怒りでプルプルと震えながら、鬼面の説教を聞いていました。
「……なあマサト。お前、あのウルリーカと知り合いなのか?」
一通り説教をくらった後、げんなりしていた私は各人の部屋まで移動する途中で、クラスメイトのマークに声をかけられました。マークはマギーさんと同じ金髪で、クルクルの天然パーマと白い肌にそばかすを持った見た目をしています。
席が近いので何度か話したことはあるんですが、話しかけられたのが久しぶりだったので少し驚きました。
「知り合いというか、今日初めて話したばっかりなのですが」
「そうなのか。なんか親しげだったから、てっきり知り合いかと……お前も大概凄いよな」
「どういう意味です、それ?」
「だってよ、マグノリアにエドワルにオトハだろ、お前の友達って」
裏切り者に悪鬼羅刹に元奴隷のエルフと、そう言いたいのでしょうか。皆さんがどう思ってるのかは知りませんが、そんなこと私は特段気にするようなことでもないですよ、はい。
「そこに半人のウルリーカまで入るってんなら、そりゃまたびっくりするわ」
「……半人?」
マークさんの言葉の中に知らない単語が出てきて、私は首を傾げます。半人とは。ウルさんが半分人間だから半人、ということなのでしょうか。
「そうそう。あいつは敵国の魔族の血が入った半人だぜ? みんなも口には出さないけど、あいつのこと警戒してるさ。見ろよ」
そう言ってマークさんが指差した先に視線をやると、そこには他の生徒と一緒に楽しそうに談笑しているウルさんの姿がありました。あれがどうかしたのでしょうか。普通にクラスメイトと交流しているようにしか見えないのですが。
「あれが何か?」
「少し見てろって。すぐに解るさ」
そう言われた私は少しその様子を見ていました。すると、一緒にいた他の女子生徒達がウルさんを残して別のところに移動していきました。ウルさんはそれに着いていくことなく、カラカラと笑いながらその場で手を振っています。
「な? 見ただろ? 対面的には普通に接してるけど、内心じゃみんな半人だって警戒してんのさ」
マークさんがそれ見たことかと言わんばかりの口調でまくし立ててきます。ウルさんを置いていった女子のグループは、別のところで談笑を始めています。チラチラと、ウルさんの方を見ながら。それを見た私は、半人という言葉が、この世界では差別的な意味で使われているんだと解りました。
「…………」
「まあ、気をつけろよマサト。あいつ、結構人懐っこくみんなのところに寄ってくからさ。仲良しって思われると面倒だぜ? 適度に相手して、放っておくのが賢さってもんだ」
親切からの忠告だぜ、とマークさんは言い残して行ってしまいました。
その後のウルさんは、他のグループに話しかけに行っていますが、どこのグループでも少し話した後に、ウルさんを残して去っていきます。残されたウルさんは、一息ついた後に、また話しかけられそうなグループをキョロキョロと探しています。
「……ウルさん……」
私はその様子を見て、ポツリと呟きました。




