試験結果と視線
まず最初に適性試験を受けたのはマギーさんです。彼女は恐る恐る、右手を魔水晶へと持っていきました。
「~~~~っ!」
目をぎゅっと閉じて、逆の左手を必死に祈る形にしています。
「……はい、反応ありですね。マグノリアさん、あなたはオド組です」
やがて担当の女性教師からそう言われ、マギーさんがハッと目を開けました。彼女が触れている魔水晶は、青白い光を放っています。
「…………。おーっほっほっほっ!」
少しの間呆気に取られていた彼女でしたが、適正があったと解った瞬間、高らかに笑い始めました。
「やはりわたくしは英雄の血を引く者! 適正があって当然という訳でしたのね! おーっほっほっほっ!」
「あーあー、うっせぇパツキンだなぁ」
本当に嬉しそうにオド組のカードを貰っているマギーさんの次は兄貴の番です。高笑いする彼女がうるさいのか、耳に指を入れて栓をしながらもう片方の手で魔水晶に触れます。
「さあて……できれば合宿なんざごめんなんだが……」
兄貴が触れて少しした時、魔水晶がマギーさんと同様に青白く光り始めました。
「……はい、反応ありですね。エドワルさんもオド組です」
「やったぜ! ザマァ見ろ鬼面!」
「誰が鬼面だ。グッドマン先生と呼べ」
ガッツポーズをした兄貴にグッドマン先生が立ちはだかります。
「お前が強化合宿に来られないのは残念だが……代わりにお前専用のメニューを組んで、生徒指導室でみっちり教えてやってもいいんだぞ?」
「え、遠慮しとくぜ。あばよ……」
いい笑顔で生徒指導室行きを提案してくるグッドマン先生の隣を、オド組のカードをもらった兄貴はそそくさと通り過ぎて行きました。次はオトハさんも番です。
『よろしくお願いします』
オトハさんはそのまま魔水晶に触れました。少しして、魔水晶が青白く光り始めます。
「……はい、反応ありですね。オトハさんもオド組です」
『ありがとうございました……っ!』
すると、カードを受け取った瞬間にオトハさんが声なくくしゃみをし、その拍子に彼女の頭から白く光る球体が現れました。元の世界で言うバレーボールくらいの大きさのあれは、魔国で見た彼女の魔法ですね。
「わわわわっ!」
カードを渡していた先生もびっくりしています。その球体は生徒の頭上を不規則に動き回っています。
「落ち着け! 全員一度伏せろ!」
やがてグッドマン先生の声が響き渡りました。魔法に当たらないようにと、生徒らが次々と床に伏せていきます。
「いいかオトハ。落ち着いて深呼吸しろ。そうして、あの魔法は自分のものだと思うんだ。そうすれば、あの魔法も操れる。できて当然と考えろ」
『は、はい……』
そしてそのまま、グッドマン先生はオトハさんの所に行き、彼女を励ますように声をかけています。しかし、おかしいですね。魔国で見た時、あの魔法を確かオトハさんは自由自在に操れていたはずです。このタイミングで誤って発動してしまうなんて考えにくい……と、言うことはまさか。
「…………あっ」
そう思った私はオトハさんの方を注視していると、彼女が後手で水晶に向かって何かの魔法を発動していることに気が付きました。他の皆さんは、飛び回る球体に目が行って気づいていません。
『こ、こうですか……?(……"封魔")』
「よし、そのままだ」
やがて後手の魔法を終えた彼女は、あたかも先生の助言で魔法が制御出来たかのように魔法を解除しました。ざわついていた体育館も、ひとまずの落ち着きを見せます。
「だ、大丈夫ですか!?」
『は、はい、何とか……』
カードを配っていた女性教師が、オトハさんに駆け寄ります。
「あの魔水晶は、素質のある者のオドを底上げすることもある。おそらく、エルフであるオトハは元々高い素質を持っていたのだろう。それが少し暴走しただけだ。今回は事故だな。幸い怪我もなかったし、今後は暴走しないようにキチンと学んでいくこと。解ったか?」
『すみません。ありがとうございました』
「よし」
そうしてグッドマン先生に少しのお怒りをもらった彼女でしたが、ペコリと頭を下げてさっさとマギーさん達のところへ合流しました。
「大丈夫でしたかオトハ!?」
「びっくりしたぜ嬢ちゃん。まさかもう魔法が使えるたぁ……」
『心配かけてごめんなさい。もう大丈夫ですので』
「よし。思わぬハプニングもあったが、改めて適正試験を行う」
やがてグッドマン先生の一言で、適性試験は再開されました。他のクラスの人たちも、少しのざわつきはあったものの、そのまま適正試験を受けていきます。
ふとオトハさんの方をみると、彼女はペロリと舌を出して見せました。
(……オトハさんって、なかなか曲者なのかもしれません)
彼女の思わぬ一面を見たところで、私の番となりました。彼女が何かしてくれた筈なので、特に心配することもないでしょう。特に何も気にしないまま右手を伸ばし、私は魔水晶に触りました。
その瞬間。パリーンっと何かが割れるような音がしたかと思うと、透き通るような青色だった魔水晶が真っ黒に染まります。水晶の内側では炎が渦巻くような揺らめきが映っていました。
「えっ? な、なにこれ!?」
「なんだ、今度はどうした!?」
担当していた女性教師もびっくりしており、グッドマン先生が様子を見に来ようとしたところで、魔水晶は粉々に砕け散り、辺り一面に黒い破片が飛び散ることになりました。
「…………」
大丈夫だと思っていた私は呆気に取られたまま、その場で水晶に触れた時の体勢のまま固まっています。ゆっくりとオトハさんの方を見ると、彼女は慌てふためいていました。
「っ!? っ!?」
どうも、彼女にとっても想定外の出来事だったみたいです。わたわたとしており、心配そうな目でこちらを見てきています。
「これは……マサト、ちょっと来い」
砕け散った魔水晶の欠片を拾ったグッドマン先生が、何かを察したのか、私の手を取って歩き出しました。
「えっ? ちょ、先生ぇ!?」
「お前には凄い力があるかもしれん。一度しっかり調査する必要がある。砕け散ったクラスの分は、終わった他のクラスの魔水量で代用してくれ。終わった生徒は掃除の手伝いを頼む。俺はマサトと一緒に校長室に行ってくる」
歩きながらさっさと指示を出し終わったグッドマン先生は、色んな人からの視線をもらいつつ、私を連れてさっさと体育館を後にしました。
そのまま私は廊下を抜け、先生に連れられて一階にある校長室まで連れていかれます。
「失礼する。校長、いらっしゃるか?」
「いますよ、グッドマン先生」
ノックして返事をもらってから、私たちは校長室へと足を踏み入れました。中には、モノクルをかけた白髪の初老の男性が、机に向かって書類仕事をしています。
「ほっほっほ。授業中に来られるとは珍しいですな。何かありましたか?」
この初老の男性こそ、この南士官学校の校長であるホルツァー先生です。ちゃんと見るのは入学式での挨拶以来でしょうか。私の中では物腰の柔らかいおじいちゃん、というイメージがあります。
「校長。これを見てください。この生徒の適性試験の結果です」
「どれどれ」
グッドマン先生が校長に先ほどの破片を渡します。それを見た校長は、目を丸くしていました。
「これは凄い! グッドマン先生、これは本当かね!?」
「解りません。なので一度、校長がお持ちのあれで検査してみようかと」
「そうじゃなぁ! ワシも是非見てみたい! えーっと、確か隣の部屋に……」
「お手伝いしましょう。マサト、ここで少し待っていろ」
「は、はい……」
そのまま校長とグッドマン先生は、隣の部屋へと入っていってしまいました。部屋に残された私は、一気に不安感に襲われます。
(……どうしましょう……?)
オトハさんの仕込みでなんなく躱せると思っていたら、予想外の展開になってしまいました。先ほど私が触れた瞬間にパリーンと割れた何かが、オトハさんの仕込んだ魔法だったのでしょうか。
仕込みが効かなかったということは、私が持っている黒炎のオドが予想以上の物であったことになります。それはオトハさんの仕込みの魔法を破り、そのままあの魔水晶を破壊してしまう程の物であったと。
先ほどの校長とグッドマン先生のやり取りから、砕けた魔水晶以上の物を持ってこられて調べられることは確定的です。下手したら、私が魔王の力である黒炎を持っていることがバレてしまう可能性があります。
(……逃げる、しかないのでしょうか。このままバレたら私自身、どうなってしまうのか……せっかくマギーさんや兄貴に会えたというのに、このままじゃ全部……)
頭を抱えていたその時、コンコン、っと窓の方から音がしました。顔を上げて見ると、校長が座っていた机の後ろの窓の向こうに、オトハさんがいます。焦った様子で手招きしており、早くこっちに来て欲しい、という様子がありありと伝わってきます。
私は急いで彼女のいる方へ向かうと、鍵を外して窓を開けました。
「不味いです、オトハさん。もっと凄いので調べられてしまいそうです。もうこうなったら逃げるしか……」
『わかってる。大丈夫だよ、マサト……だから、ごめんね』
オトハさんはそう言うと、私にキスしてきました。
「っ?」
(……"内封魔")
「っ!?」
びっくりしたのは言うまでもありませんが、何よりもびっくりしたのは、冷たい何かが流し込まれているような感覚に陥ったからです。彼女が両手でガッシリと私の顔を掴んでいるので、離れることもできません。
「……っぷは」
『……す、すぐに切れるから、し、心配しないで……ッ!』
少しして私を離してくれたオトハさんは、顔を真っ赤にしたままそう言い残して、さっさと行ってしまいました。唇に残る感触にボーッとしていた私でしたが、やがて身体の中で何かが蓋されたような感覚を覚えます。
「あったあったこれじゃあ!」
「よっと……うん? どうしたマサト?」
やがて隣の部屋から、先ほどと同じくらいの魔水晶を運んできた校長とグッドマン先生に声をかけられました。余韻に浸っていた私はビクッとして、慌てて窓を閉めます。
「な、なんでもないです、はい……」
「そうか? なら、ちょっとこっちに来てくれ」
そうして机の前まで動いた私は、その上に先ほどの適性試験の時の似たような魔水晶が置かれているのを確認しました。ただ先ほどの透き通るような青い水晶ではなく、濃い紫色の水晶です。
「これは先ほどよりも高度な魔力をも確認できる魔水晶じゃ。ワシの宝物でもある」
「マサト。この水晶に手を触れてみてくれ。それで全て解る」
「は、はい。わかりました……」
勧められた私は、そのままその水晶へと手を伸ばしました。
「楽しみじゃのう。もしこれが本物なら、この学校始まって以来の天才じゃ! その際にはグッドマン先生! 是非彼の才能を伸ばしてやってくだされ」
「もしそうであるなら、全力で取り組ませていただきます。この才能、野放しにしておくには惜しいですから」
「そうじゃのう! その際には特別カリキュラムを組まねばならないのう! 育ちきった彼を軍へ送り出す時が楽しみじゃわい!」
私の後ろで何やら不穏な会話がされていますが、もしこの水晶に触れて先ほどと同じような結果が出たら、私はどうなるのでしょうか。卒業までグッドマン先生が専属で付き、他の学生と関わらないような特別授業を受けさせられることになるのでしょうか。
兵士として軍に行き、そこからのし上がって戦争を終わらせるという目標のためには良いかもしれませんが、オトハさんやマギーさん、そして兄貴らと一緒に学校生活を送れなくなるのは、ちょっと……。
そんな思いが頭の中で渦巻つつも、私は魔水晶に触れました。ひんやりとした感触が、手から伝わってきます。その結果。
「…………」
「…………」
「…………。な、何も起きんぞ?」
校長先生が沈黙に耐えかねて、口を開きました。そうです。魔水晶に触れているのに、何も起きないのです。
「ま、マサト! 両手で! 両手で触れてみろ!」
「は、はい」
グッドマン先生が急かすように言ってくるので、私は両手で魔水晶に触りました。しかし何も起きません。
「…………校長。この魔水晶、不良品とかでは……?」
「な、何を言うかグッドマン先生! これはワシが長年の貯金の末に大金をはたいてようやく手に入れた正真正銘の本物じゃぞ!? 幾重にも鑑定していただいたんじゃ! 不良品なぞ有りえん!」
「し、しかしですね……」
動揺が隠しきれない先生方を尻目に、私はそっと魔水晶から手を離しました。確かに、何も起きなかったです。先ほどと違うところと言えば、オトハさんにキスされたくらいで……。
「~~~~っ」
思い出したら恥ずかしくなってきました。しかしあの後、自分の中に何か蓋をされたような感覚があったのも事実です。その感覚は、今もまだ残っています。もしかして、これが……?
後で聞いたのですが、オトハさんは体内のオドを一時的に封じる魔法、"内封魔"を口移しで入れた、とのことでした。この魔法は体外からかけても効果がなく、しかも口づけ等で直接体内に入れなければならず、終いには効果時間も短いので戦闘ではあまり役に立たないらしいのですが。
そうだとしても、いきなりキスされるとびっくりするので事前にお話してもらいたかったです。まあ、事前に聞いたところで、今からキスしますと言われたらびっくりしそうですけど。
「と、とりあえず、体育館に戻ってみましょう。もう一度、他のもので確かめてみるんです」
「そ、そうじゃな!」
そうして私は校長とグッドマン先生に連れ戻されて、再び体育館へと戻ってきました。体育館ではほとんどの学生が適性試験を終えたらしく、残っているのはわずかな生徒と試験をしている教師のみです。砕け散った魔水晶も、綺麗に片付けられていました。
『あ、マサト……』
「戻ってきましたわ。どうだったんです?」
「おー、お疲れさん。何か解ったのか?」
オトハさんにマギーさん、兄貴の姿もありました。わざわざ私を待っていてくれたのでしょうか。それは嬉しいのですが、少し申し訳ない気もします。
「い、いえ、全然。もう一度今から試すことになりまして……」
「マサト、こっちだ」
彼らに返事をしていたら、グッドマン先生に呼ばれました。呼ばれた先には、先ほどと同じ魔水晶がありました。透き通るような青い色で、表面がツヤツヤとしています。
「マサト。もう一度だけこれに触れてくれないか? それで終わりにするから」
「両手じゃ! 両手で触れるんじゃぞ!?」
「は、はい……」
グッドマン先生と校長にお願いされ、私は再び両手で魔水晶に触れました。校長は何故か、祈るように手を合わせています。そしてその結果。
「…………」
「…………」
「…………」
魔水晶は、何の反応も示しませんでした。ひどく落胆している校長の向こうで、オトハさんが胸を撫で下ろしているのが見えました。魔水晶から手を離した丁度その後くらいに、自分の中にあった何かに蓋をされている感覚がなくなったのがわかりました。あっ、魔法が切れましたね。
「……へぇ……」
慌ただしかったこともあり、その様子を興味深そうにこちらを見ている一人の女子生徒がいることに、私は気が付きませんでした。




